第32話


 燻し用の網にダチョウ肉を並べ終え、太郎の視線はジャッキーへと向けられた。その間にも手元は稼働し続ているが、次の材料を並べたりなど、単純な作業に限られている。どちらかと言えば、話に集中しようとする意図が覗いていた。


「そういえば、お三方は何故、冒険者に?」

「……申し訳ないが、ありふれた理由だよ。移民街で育って、そこから這い上がる為に冒険者になった。やはり職業差別は否めないからね」

「三人の名前が似通っているのは偶然ですか?」

「どちらともいえる。俺が名前の似た二人に声をかけたんだが、あくまでも出会ったのは偶然だった。組合に行って、偶然にも似た名前が二つあってね」

「先ほどの連携を見るに、単なる偶然ではないのかもしれません」

「嬉しいことを言ってくれるね。俺も運命だと思っているさ」


 そうして、太郎はアケビの処理に映った。まずナイフで中身と皮を分けて、それから皮を一センチ間隔でスライスする。続けてスライスしたモノをボールに移して、渋みを抜くために晒しておく。


 鍋にアケビの中身を移して加熱。その際に、調味ベルトを取り出して、ほどほどに砂糖を加える。木べらで優しくアケビの実を潰して――種を潰せば苦みに成る――粘液状になるまで混ぜれば、その後で網ボールに移して種と果実を分ける。力を込め過ぎれば前述したように種が潰れて苦くなるから、太郎は丁寧にこした。


「ジョージ。飯を食ったら寝てていいから、使い終えた食器を洗ってあげてくれ」

「了解です。寝れば魔力は回復しますからね」

「ところで太郎氏。何を?」

「これはジャムです。鶏肉と一緒に食べる予定ですが、甘いだけでは流石に美味しくならないので、ここは一工夫したいと思います」


 その後にフライパンを出して、ジャムを加熱。焦げ付かないように煮詰めながら、そこにワインビネガーを加える。これで甘味と酸味の調和が生まれて、肉のソースとして成立するのだ。特に鶏肉は淡泊だから、ソースが肝になる。とはいえ、魔物肉に常識が通じるかは試してみてのお楽しみではあるが。


 ステンレスの器にソースを移して、太郎はフライパンをジョージに向かって差し出した。彼は苦笑しつつも、魔法陣を展開して洗浄する。「ありがとうございます」と礼を述べてから次の作業へ移った。


 とはいえ、今度の作業は簡単だ。アカヤマドリを取り出して、ナイフで石づきを落とす。それから、目に余るほど傷んだ箇所を削いで、一口大にスライスする。このままフライにできれば、肉の付け合わせとして素晴らしいが、茸は油の吸収率に富んでおり、揚がる前にべちゃついてしまう。


 ソースに一手間かけたから、ここはシンプルな作業に落ち着かせる。フライパンにバターを挽いてソテーするだけだ。それだけで立ち上る濃厚な香りに、一同の顔つきが恍惚とする。感情豊かなオーディエンスに、太郎もまた満足感を覚えた。


 とはいえ、これで高揚されては困る。ここからが本番なのだから。おもむろに俎板へとダチョウ肉をビタンと置く太郎、夜闇に紛れる集団から「オォ」と感動の小声が漏れている。更にその隣に、太郎は鳥の皮を置いた。


 熱中する視線を受け止めつつも、太郎は鳥を切り分けていく。燻製用の網を退かして、そこに適量の油を入れた小鍋。やや大きめの一口サイズに切った鳥皮を放り入れる。すぐにパチパチと音が鳴り始めるも、太郎は別の作業に取り掛かっていた。


 また別のフライパンに、フライパンを満たす大きさに切った鳥を、遂に投入したのだ。まず皮面を下にして入れることで、しっかりと焼き色を付けることが重要になる。パリッとした鳥皮は、人の心を十二分に躍らせるのだから。


 パチパチと小気味いい音を鳴らしながら、鶏肉を焼き続ける太郎。ここで晒しておいたアケビの皮を脱水して、次の過熱の準備をしておく。そうして十分に焼き目を付けてから、太郎は鶏肉をひっくり返した。見事な焦げ茶色に、またオーディエンスが唸る。それに静かに笑みを零す太郎、緊迫する未開領の野営とは違った様相が整いつつあった。


 鶏肉の過熱を終えて、遂にアケビの皮の過熱に入る。アケビの皮は苦みが強く、味噌との相性がいい。太郎は調味ベルトから出した味噌を入れて、アケビの皮に火を通し始めた。ここで重要なのは、鶏肉の皮面から出た油で炒めることだ。味噌に肉の風味が着くだけで、とても表情がかわる。そうして、アケビの過熱が終わったタイミングで、ようやく油で素揚げにしていた鳥皮を引き上げる。カリッカリに揚がったその姿は、人類を魅了する魔力を纏っているかのようであった。


 そうして、ようやく料理を終える太郎。5人分を更に分ければ、野営とは思えないほど豪華な見た目となった。ジャッキーは手元に来た料理に目を輝かせながら「今日のメニューは?」と、まるでコース制のレストランのような質問をした。


「アカヤマドリのソテー、アケビのみそ炒め、鳥皮のチップス、鶏肉のステーク風アケビソースがけ、です。どうぞ、冷めない内に」

「……い、頂きます」


 己が欲求に逆らえず、ジャッキーは迷わず鶏肉のステーキ風から手を付けた。この世界における魔物肉とは、得てして期待に応えてくれるような味ではない。しかし、魔力を纏う肉は、魔力の回復に役立つ他、寄生虫や菌を受け付けないのだ。あの魔物が地球のダチョウと何処まで似通るかは解らないが、非常に免疫力に優れた動物だから、おそらく生でさえ食せる可能性がある。――無論、試しはしないが。


 口に含んだ瞬間、ジャッキーが涙を零した。「まさか野営で……」なんて言葉を漏らしているから、感動しているに違いない。彼の口内には、ジャムの成す甘味とワインビネガーの酸味がハーモニーを起こし、何とも贅沢な味わいを作っていた。そんなジャッキーの横で、次に声を上げたのは口数の少ないジョージだった。それに追従するように、ジェイクも応答する。


「このアカヤマドリ、まるで芋だ。ほくほくで柔らかくて、仄かに甘みがある。だから横にあるアケビのみそ炒めと食べると……苦みが和らいで更に美味い。このアケビの皮って、まるでナスみたいなんだな……」

「こっちのチップスもえぐいぞ。これって鳥皮か? まるで菓子だよ。岩塩の塩味が合わさって、サクサクの食感とハーモニーを起こしてやがる」


 野営食とあって、決して手の込んだ料理ではない――が、その味の領域は果実に状況から逸脱していた。それに感動したジャッキーが、思わず太郎に聞いていた。


「……プ、プロなのか?」

「まぁ、一応、野営のプロです」

「す、凄いな。ウチの専属にならないか?」

「隊長、賛成っス」

「右に同じく」

「非常に嬉しい申し出ですが、これ以降は簡単な依頼しか受けたくなくて……」

「クソッ、だよなぁ。はぁ……最高の人材が見つかったのに」

「こんな料理が色んな出先で食えたらなぁ……」


 残念そうにする三人組に視線をやりながらも、横から「でしょ?」と偉そうな呟きが聞こえた。それはリオンからの言葉で、彼女も美味しそうに料理を頬張りながら、何故か得意気になっている。先に知っていたという優越感にでも浸っているのだろうか。半ば呆れつつも、太郎もまた料理を頬張る。


 ――瞬間、一同が笑いに包まれた。


 太郎の瞳孔が正面に戻った時には、一同の笑顔が彼を迎えた。


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