第31話


 注意深く周囲に視線を這わせながら、一向は進軍を続けていた。ジョージが適度に本陣へと連絡を取りつつ、他はあのダチョウのような魔物を警戒し続けている。あれだけの群れが居たのだから、今も見張られている可能性が高いからだ。


 しかし、そんな中で1人だけ別の目的から視線を動かしている者がいる。もちろん太郎だ。彼だけは、この危険地帯において完璧たる平静を持って、今は夕食時の野営用に食材を探している。


 地面は苔に覆われているが、チラホラと背の高い草もある。そこから野草を見つけられば、夕食を飾る彩りを足せるはずなのだ。すでにメインのダチョウ肉があることを念頭に、太郎は野草に対する意欲を尖らせていた。


「うわ、不気味な木ね」

「ん? 何ですか?」

「ほら、あの木よ。ぐにゃぐにゃしてるし、細長くて……他の木に絡んでる」


 リオンの指さす方向へと、太郎の視線が素早く動かされた。ぐにゃぐにゃしていて細長い木は数多くあるが、その中に日本人なら誰しも聞いたことのある種がある。そうして、見事に太郎の期待していた種がそこにあった。


「アケビだ」

「……アケビ?」

「あぁ、アケビだよ。(この世界では)初めて見た」

「それって図鑑とかで知っていたということ?」

「あぁ……そんなところだ」


 より丸みを帯びたラグビーボールのような形状が、パッカリと割れて内側の種を覗かせている。ファスナータイプの筆箱が開いたような姿に、地球からの愛情をもって太郎は視線を送っていた。……まさか、この世界でも出会えるとは、と。


(本当は新芽も食べられるけど……残念ながら実がなってるから厳しいか)

「キモい木の実だな」――と、ジャッキーが。

「しかし、あれは食べられる植物なのです」

「は? あんなのを食うのか? 中身とか……虫の卵的というか……」

「特に中身が甘くて美味です」

「柿を知っていますか?」

「あぁ、それなりにポピュラーだからな」

「また別種ですが、近い種族だとも言われているんです」

「う、う~ん、何とも言い難いな」

「あれだけあるんですから、試しに一つ取って食べてみてください」

「……え、マジで?」

「そうです、マジです」

「――……う、それで、これの何処を食うんだ?」

「皮も可食部位ですが下処理が入ります。その中身を食べてみてください」

「うわ……感触まで最低だ。子供の頃に触った芋虫みたいな……」

「ほら、冒険者らしく冒険を」

「い、いやな言い回しだな。………………………あま、うま」

「つまり、甘くて美味いわけですね?」

「信じられん。ここまで野生化で甘くなる植物が存在するのか?」

「はい。凄まじい実力でしょう。あぁ、種は吐いてくださいね」


 忠告をしてから太郎はアケビの収穫に入る。この人数なら10個もあれば足りるだろう。残りの実は本陣に残しておけばいい。早速、素晴らしい食材を手に入れて頬を綻ばせた。実際に味見をしたジャッキーなどは、太郎の収穫から免れた二つを仲間に配って、彼らの喜ぶ顔を見つつ自分も更に一つ頬張っていたほどだ。


 冒険者として歴の長い彼らだからこそ、遠征下で得られる甘味の貴重度合いを熟知しているのかもしれない。とはいえ、これだけで食材の全てが賄える訳じゃない。もちろん遠征ということもあって幾つかの持ち込みはあるが、それでも潤沢ではない。引き続き太郎の視線は鋭いままだった。すると、苔の間から赤褐色の頭を覗かせる小さな体を見つける。直ぐに、太郎は側で膝をついた。そんな太郎の隣にリオンもやってくる。


「何か見つけたの?」

「これは……アカヤマドリです」

「アカヤマドリ? それが鳥には見えないのだけれど……」

「あぁ、すみません。正確にはアカヤマドリダケです。つまり茸なのです」

「確かに姿形は茸そのものね」

「非常に美味しい茸です。見つけられてよかった」

「へぇ、見たところ……周囲には幾つかあるわね」

「傘が開いたモノから、閉じた幼菌まで……収穫しておかねば」


 すでにアケビで博識であることを証明していた為に、他の面々も太郎の収穫を興味深そうに観察していた。そこまで群生する茸ではないから、今日の夕食分が揃ったくらいの量が手に入った。


「……陽が落ち始めたな。意外に魔物が少ないのが不気味だが、本当に酷い魔素嵐だから……それが理由である可能性もある。とにかく、ここらで野営にしよう」

「了解です。本陣に連絡を入れておきます」


 夕陽の赤が、深緑の森林に満ちる。足元は苔の緑に支配されているのに、そこから視線を上げれば木々が赤褐色に染まっているのだ。とても不思議な光景だった。あるいは、この森は認識できないほどの傾斜があるのかもしれない。踏みしめた苔の柔らかさを感じながら、ふと太郎は両手に息を吹きかけた。



◇――[未開領の野営]――◇



 無事に設営を終えて、今は篝火と松明が周囲を照らしている。その薄い灯りに二つの天幕が晒されていた。二人用の天幕が二つ、残り1人は見張りをすることになる。通常なら交代制で見張りをするが、そこは太郎が名乗り出た。年頃の男と二人で天幕を使うリオンには申し訳ないが、こうした局面では珍しくもないことだ。


 篝火の上に網を乗せれば、太郎の周りに一同が集まって来た。全員が毛皮に座っているが、苔のおかげで普段よりも柔軟性がある。居心地がいいからか、全員がこの場から離れようとしないのだ。火を囲んで雑談を続けている。


「太郎氏は、野営組合員になってから長いのかい?」

「二年ほどですね」

「へぇ、それで調査任務に就いたのか? かなり大胆なタイプだ」

「一度でも最高峰の危険と対峙すれば、後がずっと楽になると思って……」

「となると、ここまで危険なのは最初で最後?」

「はい。流石に死にたくはありませんから」

「だな。実は俺達も似たような感じだ。多分、これが最初で最後かな」

「お互い、生きて帰れるように祈りましょう」

「もちろんだ。二人のことは必ず守れるようにするから」


 会話の間にも、太郎は夕食の準備を続けている。今は二つ目の篝火を作っているところだ。大量にあるダチョウ肉を、燻す為の火になる。なるべく燻製の時間を短くするために、鶏肉を一口くらいに切り分けていく。続けて細かく砕いた岩塩と、臭いけしの黒胡椒や香草を塗って、簡単な味付けを済ませる。岩塩のおかげで水分が抜ければ軽量化もできる。ジャーキーほどではないが、それなりに乾燥させるつもりだ。

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