第30話



 現れたのは鳥のような魔物が三体だけ。姿形は地球で言うダチョウに近く、色合いは黄色と黒だ。屈強な足と猛禽類のような鉤爪、そこには明確な殺意を内包しているかのようであった。しかし、重要なのは彼らそのものではなく、数が反応の半分以下である点だろう。魔素嵐による乱れなのか、それとも隠れて窺っているのか。とにかく警戒が先をいって、ジャッキーらは動けない様子だった。


「……何だ、アイツら?」

「魔生物指標には載っていない個体っスね」

「だが、戦意ばバチバチに伝わってくる。戦闘は避けられないだろう」

「どうするっスか?」

「ジョージの魔力は温存しておきたい。ここはジェイクの弓矢で牽制しつつ、まずは様子を窺ってみよう」

「追い払えるかもってことっスね」


 指示を受けて、ジェイクが弓矢を構える。腰には剣があるから、別に弓専門という訳では無さそうだ。太郎の推測では、前衛のジャッキー、万能型のジェイク、魔導士のジョージという構成だと思われる。おもむろにビュンと矢を放てば、それは直進してダチョウ(仮称)の足元に刺さった。


 それを見おろすダチョウ、意外にも視線は静かだ。それから、首をコクリと傾げ、ジャッキーらを見つめた。太郎とリオンを覗いた、その異変に最初に気づいたのはジャッキーだった。彼は即座に視線を左右へ動かし、それから指示を飛ばす。


「ジェイク、左右から挟まれている! オマエは右に対応しろ!」

「りょ、了解っス」


 その号令と同時に、木々の裏からダチョウが大口を開けて迫った。かなりの速力であったが、すでに二人は抜剣ずみで、迫るダチョウの首へ向かって剣を振り切る。あの長い首は明らかに弱点であるはず。初見の魔物であるから、最初の一手としては妥当であるように思えた。しかし、ダチョウの首は二人の剣を簡単に弾いてしまった。その時に生じた「ギャインッ!」という音は、金属同士のぶつかった音と丸っきり同じように思えた。


 想定が外れて、二人は大きく仰け反る。まるで剣を返すように、ダチョウの首がグルリと回転して二人を迎撃。何とか剣を立てて防御に成功したが、凄まじい衝撃に身体が背後へと運ばれる。二人は背中合わせに衝突しながらも、互いを支えに姿勢を維持してみせた。


 そんな彼らへと更に近寄って首を振るダチョウ。まるで達人同士の斬り合い見たいに、二人は魔物と斬り結んだ。ジョージの杖を握る手に力が込められる。それでも、彼は魔法を使わずに見守っている。手に汗を握る戦いとは、まさしくこうした戦闘のことを言うのだろう。


「5、4、3、2――……」


 数字を口ずさんだのは、ジャッキーだった。彼は器用にダチョウの斬撃を受け流しながら、何かをカウントする。そして、最後に「1」と唱えた瞬間に、二人は同時に屈んだ。ダチョウ同士が互いの首をぶつけあって、仰け反るように弾かれる。二人はたわめた膝の余力を使って、思い切り飛び上がる。その勢いを全て使って、ダチョウの胴体に剣を深く突き刺した。


 数秒ほど藻掻いたが、剣は心臓まで届いたようで、やがて動きが止まった。何とか二体を仕留めたところで、視線を正面へ戻す。依然として向かってくることは無く、最初の三体は彼らを観察していた。それから何かを察したのか、そのまま木々の裏に姿を消す。それが余りにも不気味で、二人は剣をしまいつつ一息吐いた。 


「かなり利口な魔物だな。首は鉄の棍棒みたいだった。切断されることは無かっただろうが、当たれば骨が砕けて無事じゃ済まなかったはずだ」

「流石に強いっスね。Aランク相当はあったんじゃないスか?」

「いや、スキルが無いからBランクくらいだろ。身体能力はAランク相当だったな」

「……そうっすね。そう言えばスキルを使ってこなかった」

「よし、ジョージ。今のを本陣に報告してくれ」

「了解。すぐに通話魔法を開始する」


 太郎とリオンもダチョウの死体に近づく。首から頭にかけては黒く、黄色い胴体、そしてまた足は黒い。あまりにも濃い警戒色に、太郎は目を擦って頭をかく。側に寄ればジャッキーの息は上がっておらず、素直に感心するしかなかった。そんな彼の質問に、太郎は眼鏡に一度ふれてから答えた。


「太郎氏、どう思う? まだ野営は続くから、コイツは食えそうか?」

「う~ん、そうですね。僕が見たところ問題ないと思います」

「そうか。一匹は解体して、もう一匹は本陣に残しておこう」

「ジェイク、手伝ってあげてくれ」

「了解っス」


 どうやらナイフも携帯しているようで、ジェイクは太郎の解体に助力した。冒険者として当然のことなのかもしれないが、明らかな熟練の手捌きに太郎の手が鈍る。別に競うつもりも無かったから、太郎はジェイクに合わせるように動いていた。


「素晴らしい解体の腕前ですね。失礼ですが、冒険者ランクを伺っても?」

「あぁ、俺たちは皆そろってZランク冒険者っス」

「なるほど。先ほどの戦闘も、力量だけじゃなく技巧まで見惚れてしまいました」

「余力で勝る魔物には、連携で対抗するのが一番っス」

「魔法だけではなく、スキルまで温存するだなんて」

「ハハハ、まあBランク相当の魔物だったから」

「ですが、膂力はAランク相当だと相談されてましたよね」

「力強かったっスよ。でも、適切に連携すれば対応できる程度っス」

「戦闘を拝見させて頂いたおかげで、不安が和らぎました。ありがとうございます」

「気にしないでくださいっス。未開領の調査任務だから当然のことっス」


 雑談をしながらの解体だったのに、ものの3分ほどで終わってしまった。それからジャッキーがジョージに向かって「魔法で洗ってくれ」と指示を出す。血液などは臭みに繋がるので、清潔に使う為には洗っておく必要がある。食料は魔力より重要だというジャッキーの適切な判断から、魔法の行使が許されたのだ。清掃が終わったダチョウ肉を、太郎はリュックから出した布袋に入れて、またリュックに戻した。


「今夜の野営で燻しましょう」

「だな。この三日間は食いつなぐ必要がある」


 かなりの量が採取できたので、リュックがズシリと重くなった。とはいえ、荷物持ちのような側面もある野営組合員の足腰が強いことは、一般常識である。すでに芽生えつつある信頼関係からか、誰も太郎を心配しなかった。


「陽が沈む前に、もう少し調査を進めよう」


 あと三時間ほどで陽が沈むはずだ。太郎は傾き始めた太陽を見上げて、作戦の進捗度合いを見極めていた。差し込んでくる陽に目を細めて、それからまた歩き始める。そんな太郎を横目で見るリオン。未だに詳細さえ教えられていない彼女は、心の底で不安を膨らませ続けていた。

 

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