第29話
◇――[一先ず野営]――◇
――Q.「未開領」とは?
――A.「人類を含む、どの種族も統治していない地域」
とは言いつつも、もちろん例外はある。地球でも先住民族がいるように、未発見の種族が居る可能性があるのだ。そこで、発見国は選択を迫られる。侵略か、交渉かの二択だ。未発見の先住民族は数多いる。それは歴史の影に葬られた、コマンチのような不の遺産なのかもしれない。
太郎は黙々と昇る煙を眺めつつ、陽光を見上げる。時刻は正午ほどだろうか。明朝に、この「名の無い大森林」に到着してから数時間ほど探索を進め、一旦は休憩するべしと落ち着いた。これは100人にも及ぶ調査隊なので、未だに太郎は隊長と会ったことが無い。ジャッキーに採用されてこの場にいる。
ジャッキーを含めた数人が、太郎の網の周りに集まる。たったの一個小隊ほどで、太郎が担当する面々だ。他に野営組合員が10人ほど同行しているため、大体10人ほどずつに分けられている――が、この部隊だけは5人のみだ。やや重い面持ちで、ジャッキーが開口した。それに二人の冒険者が応答する。
「すでに説明してあるが、俺達は先行部隊。いわゆる斥候みたいなもんだ」
「一番に損な役割じゃないっスか」
「まぁな。だが、その分は報酬に反映されるよ、ジェイク」
「隊長、素晴らしい役割っスわ」
「で、だ。この休憩を最後に本陣とは別行動になる。そこからは、前方の様子を本陣に細かく報告するのが役割だ。通話魔法はジョージの役割だ」
「了解です」
お調子者のジェイク、坊主頭に赤いハチマキが目印だ。それから魔導士のジョージは、金髪の短髪と、羽のピアスが特徴的である。太郎は二人の特徴と名前を頭に入れつつ、コーヒーを配った。カフェインで集中力を高めるのが狙いだ。リオンも記憶しているのか、やけに難しい顔をしている。ジャッキーはコーヒーを啜りつつ、前方に視線をやりながら顔を強張らせた。
「この先は『魔素嵐』で魔法の構築が難しい。まずは本陣との通話ができる限界の距離を見極めよう。特に魔素嵐は体調を崩しやすいから、酔い止めを飲んでおけ」
「どの程度の魔物が出るっスかね」
「まず簡単な個体は出ないだろうな。未開領ってのは、面倒だから残ってるんだ」
「そんな場所を開拓して、意味があるっスか?」
「今の素人類なら、よほどじゃない限りコントロールできるさ」
「……ほどいい環境であることを祈るっス」
残ったコーヒーで酔い止めを流し込むと、ジャッキーが立ち上がる。太郎が片づけを始めれば、意外にもリオンが手伝ってくれた。リオンが道具を集めて、それを太郎がリュックの定位置に収納する。ものの一分ほどで片付けを終えた。それから、二人は三人の後に続く。
ジャッキーを先頭に本陣を突っ切るように歩けば、周囲からは拍手が送られた。未開領の先行部隊とは、どうやら英雄的な扱いを受けるらしい。それは高い死亡率に起因しているのかもしれなかったが、全員が覚悟の上だ。そう、太郎の隣を歩くリオン以外は……。彼女だけは、若干だが不機嫌そうにしていた。
――本陣から離れて1時間後。太郎とリオンは最後尾にて同行しつつ、周囲に視線を這わせている。森が深くなるにつれて、地面を覆う苔が目に入るようになっていた。それは香りにも反映されており、一度の深呼吸だけで数度分の爽快感を蓄えることができる。しかし、それが居心地に反映されることはなかった。未開領という危険地帯が、彼らの心を浮かせているのかもしれない。慎重に歩を進めつつ、またジャッキーが開口する。それに応答したのは不安そうなリオンだった。
「幸運かもな」
「というと?」
「地面を苔が覆っている。この種の苔は獣道を照らすんだ。獣に踏まれれば草臥れてしまって、そこだけ禿げる」
「ようは、獣道が無いから獣が居ないってこと?」
「そうさ。まだ暫くは安全だろうな」
「でも……それなら、どうして未開領になったの? 簡単に開拓できそうなのに」
「おそらく魔素嵐のせいだろうな。魔法が安定しない状況で探索できるほど、強固な調査部隊を派遣できる国が無かったんだ。だから、数の多い冒険者を使って……今回であればガーデニアの主導だが、調査部隊を派遣したというわけだ」
「なるほど。でも、ガーデニアからは二日の距離……国土にできるのかしら」
「どうかな。ガーデニアはロザリッテと険悪だろうから、いたずらに国土を拡張するのは賢くない。これは俺の予想だが、ロザリッテとの戦争に備えて、他国との関係を構築する賄賂にでもするのかもしれない。一応は極秘任務扱いだしな」
「国土を賄賂にって……めちゃくちゃ大胆ね」
「ガーデニアは不思議な国だよ。誰も思いつかないことをやり続けている」
「……そうね。面白い国ではあるけど、その点を危険視されているし」
「それは間違いない。出る杭は打たれるからな」
とても難しそうな顔で、リオンは口を結んだ。それから太郎の横に戻ってくる。暫くは安全だという言葉から、警戒を思考に回しているようだった。チラリと横に並ぶ太郎に視線をやれば、この男は気難しそうに正面を睨んでいた。
「ジョージさんは索敵魔法が使えますか?」
「もちろん可能だが、まだ温存した方が良い。君らみたいな野営組合員では気付けないかもしれないが、すでに魔素嵐の中だから」
「通話魔法は、どの程度の距離までは届きそうですか?」
「この一時間の検証では5キロってところかな。俺は普段、国を跨ぐ通話さえ可能だから、ここの魔素嵐は本当に濃いよ」
「……であれば、索敵魔法を使っても500メートルくらいが限度ですかね」
「へぇ、良い読みだね。俺もそれくらいだと思っていたよ」
「本当に一瞬だけ展開してくれませんか? 損はないと思います」
「おいおい、俺達は専門家だぜ? 君たちが怖いのは解るが、流石にまだ……」
「お、お願いします。本当に不安で……震えが止まらなくて……」
「いいさジョージ。本陣だっているんだから、少し大胆でもいいだろ。使ってやれ」
「た、隊長~、あとで後悔しても知りませんよ」
「あ、ありがとうございます。こんな僕なんかの為に……」
「気にするなよ。その代わり、今日の飯は期待するからな」
「ま、任せて下さい。精一杯に振舞いますから」
やれやれと言った様子で、ジョージが魔法を展開し始める。詠唱する代わりに「まったく隊長は甘いんだから」とぼやいていた。おそらく、彼のスキルは「詠唱破棄」である可能性が高い。比較的に覚醒数の多いスキルだが、有用性は説明するまでもないだろう。彼らの確かな力量を確信しつつ、太郎は一つ頷いた。それと同時に、ジョージの正面に魔法陣が展開される。
「……やっぱり隊長の指示に従ってよかった。周囲に魔物が居ます」
「――数は?」
「ま、魔素嵐で反応が乱れてます。でも10は居ないかと。真正面から来ます」
「真正面から……本当なのか?」
「キャァッ!!??」
「ど、どうしたんだ!? リオンさん!!」
「う、後ろよ! い、いま後ろに何かが見えたの!」
「クソッ!? いくら魔素嵐でも、索敵魔法の方角まで狂うのかよ!?」
悪態をつきつつも、指示もなくジャッキーらは後方に向けて陣形を作る。その速度に加勢の必要が無いことを察し、太郎とリオンは下がる。陣形を作る三人から距離を取って、聞こえない程度の声で会話を始めた。
「流石ね。太郎が言い始めるまでは気付けなかった」
「素晴らしい演技でした。魔素嵐の起こす錯覚に彼らは気付いていなかった」
「ここまでの魔素嵐は初めて。本当に未開領ってヤツは……」
「経験があるんですか?」
「いいえ、噂の通りって意味よ」
「なるほど。噂通りで収まれば可愛いものですが……」
――そうして、姿を現す魔物。太郎の視線は厳しく射抜くようであった。
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