〈※未定〉

第28話

◇――[大森林]――◇



 やや太郎より背の高い木が、広めのパーソナルスペースをとって乱立している。まるで入場者である二人の噂話をするかのように、彼らは風が吹く度にザワザワと揺れていた。その噂話に耳を傾ける為に、リオンが左手のガントレットを耳元に当てる。鉄の手甲は陽光を吸って、それを適度に吐き出していた。


 地面は去年の落ち葉を残しているが、遊んだ後の散らばったカルタみたいな配置だから、まだ肌寒いはずだ。踏みしめる為に匂い立つ腐葉土の香りは、揺れる木々の葉と混ざって来訪者を癒しているのかもしれなかった。


「……素晴らしい森。駆け落ちにはピッタリの場所ね」

「その冗談には乗った方がいいですか?」

「冗談? これって駆け落ちよね? 私はロザリッテに全てを残して太郎に攫われてしまったのだから。もう簡単には国に戻れないでしょ」

「僕が決めた訳では……。どうしても、とマルテラさんが言ったから」

「まあいいけど。こうして家族から離れてみると、どうせ私を心配している人なんていないんだろうなって、まるで憑き物が落ちたみたいに思える」

「一緒に暮らしていたお母様は?」

「言ったでしょ。私たちは居場所がなくなって家から出ただけ。その原因を作ったのは女児として生まれた私なのだから、別に仲直りした訳じゃなかった」

「すみません。僕の理解が足りませんでした」

「いいのよ。これからは良き旦那として、私のことを学んでくれたらいいから」

「勘弁してください。ただでさえ女心は難題なのですから」

「ふふふ、からかい過ぎたか」


 あれは気力と連動していたのか、今はリオンの赤い髪が垂れている。セミロングくらいの髪が、風に揺られて翻った。こめかみくらいで三つ編みを作り、それが耳の後ろに流れている。不思議な髪型ではあるが、彼女本来の器量が浮いて、美しい背景と相まって絵になっていた。


「――で、ここは何処?」


 ようやく、当然の質問を彼女がした。というのも、平然と歩いて森林を満喫しているが、今の彼女は目覚めて10分ほどしか経って居ない。それまでは、赤の勇者との戦闘の負傷を眠りながら癒していたのだ。もちろん万全ではないが、移動に要した二日間の休眠で、大まかには回復していた。とんでもない彼女の回復力についてはさておき、つまり、残りは五日間しかない。


「――おいそこっ!! 逸れるなよ!!」


 リオンの質問は、切り裂くような怒号に阻まれた。そちらに視線を向ければ、まるで大名の大行列のような集団がいる。彼らの多くは上質な装備を纏っており、烏合の衆ではないと一目でわかる。太郎が「すみません」と謝罪をして、一同の後ろについたので、それに合わせてリオンも集団に馴染んだ。


 明らかに屈強な戦士であるのに、やけに彼らは緊張している。ある程度の雑談はあるものの、そのつど警戒もしているから何処かぼやけた会話が多い。彼らの不気味な様子に、事情を知らないリオンは首を傾げるしかなかった。特に、集団の中心に陣取る二台の馬車を守るような陣形は、彼女の疑問を深めるばかりだった。


 すると、集団から一人が歩調を落として太郎の横に並ぶ。青い短髪の男で、細身だが筋肉質ではある。長い移動を想定しているのか、軽い革鎧をまとっていた。腰と背中に剣をぶら下げており、背中の品は剣身が露出している。陽光を反射する鋭利な刃が、彼の力量をリオンに想像させていた。太郎から情報を得ることを諦めて、会話から盗もうとリオンは黙った。


「今回の『未開領』の調査。野営組合員の動向を、ボスは最後まで悩んでいた。正直いって危険だから、太郎氏みたいな勇敢な人材がいてよかったよ」

「ありがとうございます。ですが、勇敢ではなく無謀なだけです」

「へえ。というと?」

「お金が良かったから……」

「ハハハ、そいつは正直で良いね。生きて帰れるように頑張ろう」

「はい。皆さんの為に最善を尽くすつもりです」

「……ところで、隣の美しい方は?」

「申請はしてあります。僕の知人で、同じく報酬に釣られて……」

「そうか。とても美しい女性だから、他に稼ぐ方法が幾らでもありそうだけど」


 歯の浮くような言葉と共に、青い髪の男はリオンに右手を差し出す。彼女はプレゼントでも受け取るみたいに、愛想のいい笑顔を浮かべつつ握り返した。それに満足気に頷くと、ふたたび男は開口した。


「俺は『ジャック・ハザード』。気軽に『ジャッキー』と呼んでくれ」

「私はリオン・バラライカ。よろしくお願いします、ジャッキー」

「『未開領』は大変な場所だから、いつでも頼ってくれていいよ」

「感謝します。ところで、こういう任務には慣れているんですか?」

「いや、今回のような『調査任務』は稀だよ。素人類は何度も未開領を切り開いてきたけど、まさか名誉ある調査任務につけるだなんて」

「……そう、ですよね。野営組合員としてですが、私も誇りに思います」

「こんな仕事に励むんだ。もはや立場は関係ない」

「ありがとうございます」

「ところで、無事に帰れたら食事でもどうかな?」

「ああ……ごめんなさい。彼と交際していて……」

「え、本当? 意外に手練れなんだな、太郎氏。油断していたよ」

「ハ、ハハハ、ハハ……ハハ」


 視線を正面に固定したまま、太郎は苦笑いをする。確かにリオンの容姿では、こうした集団で問題を抱えることもあるだろう。ここは素直に犠牲になるのが近道か、と太郎は下唇を噛んで反論を飲み込んだ。


「それじゃ、二人の時間を邪魔しちゃ悪いから、俺は前を歩くよ。二人のことは俺が守るように言われているから、本当にいつでも声をかけてくれ」

「手厚い警護に感謝します」

「本当に気にする必要はないから。俺だって生き残る為の打算的な思いもあるし」

「そうですね。こんな場所では、誰だって必死になる必要があります」

「よくわかっているね」


 ジャッキーは笑みと共に前を歩き始めてしまった。その瞬間に、リオンの拳が太郎の腹部に直撃する。隣を見れば、彼女の視線には濃密な怒りが込められていた。何の事情説明も無しに調査任務につけば、誰だって同じ反応をするのかもしれない。


 最も危険な依頼とは? ――と、冒険者にアンケートを取れば、百人中百人が少しも迷わず「未開領の調査任務」と答えるはずだから。

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