第27話


 太郎の指示に従って、味噌汁の注がれた白米をフォークでかき混ぜる。元よりドワーフは豪快な種族で、さして抵抗はなかった。味噌汁を吸って白米の艶が落ち着き、一ミリ以下の膨脹を見せる。それをフォークで掬ってやれば、隙間から零れることなく挟まっていた。ゆっくりと口に運び……彼女は目を見開く。


「モチモチなはずのお米が、歯に当たって解ける。でも不快な感じは無くて、そこから味噌汁の御出汁の味と混ざって、さらに美味しくなるのが解る。それに……どうして味噌汁がトロトロなの? それがお米との相性を抜群にしているみたい」

「ヤブガラシの新芽です。オクラほどではありませんが、多少の粘り気があるんですよ。味も苦みなどの癖が少なくて、汁物との相性がいいんです」

「……凄い。これが雑草だなんて」

「どうぞ、煮びたしを食べて確認してみてください」


 想定を超える美味に、マルテラの手から疑いの鈍りが消える。太郎に言われるがまま素早くヤブガラシの煮びたしに手を伸ばしていた。少しをフォークで刺して、流れるように口に運ぶ。むにゃむにゃと口を動かして、それからゴクンと飲み込んだ。


「本当だ。少しの粘りと……辛みがあるのね。味噌汁が少しだけ辛く感じたのは、このヤブガラシのおかげだったんだ。まるで香味のような役割も果たしているわ」

「でしょう。フェンスなどを覆う厄介な雑草ですが、こうして美味しく頂けます」

「……で、でも、タンポポはどうかしらね。こんなの雑草中の雑草でしょうに」

「では、ご賞味ください」


 自信のある太郎の素振りに、マルテラが視線を細める。流石に悔しかったのか、タンポポと御揚げのゴマ油炒めに伸びる手が鈍る。しかし、食欲と言う名の矛を収めることはできず、彼女は御揚げとタンポポをバランスよく取って口に運んだ。まず駆け抜けるゴマ油の香り。それからタンポポの苦みがやってきて、最後に御揚げの吸った水分、そこにある魚粉と昆布茶の塩味と旨味が口に残る。それはタンポポの苦みと融合して、最高の風味を演出していた。


 先ほどのように言葉を発することもなく、二口目を口に寄せるマルテラ。そこで太郎の視線に気づいて、ピクリと手を止める。悔しそうに下唇を咬んでから、それでも二口目を口に含んだ。このゴマ油の香りと、タンポポの苦みの相乗効果が彼女を絡めとって離さないのだ。


「どうやら、すでに結論は出ているようですね」

「お、美味しいわよ、とっても! これでいい? もう食事を再開してもいい?」

「ハハハ、どうぞ。邪魔をしてすみませんでした」


 太郎もまた、食事を開始する。一番の自信作である煮びたしに手を伸ばした。好物のモロヘイヤによく似た味は、太郎を魅了するには十分だった。あえて勿体ぶり、少量を取って口に含む。そして――……


 ――白目をむいた。


 ギュルンと勢いよく白目になる太郎に、マルテラがビクリと震える。それから無事に黒目をとり戻す太郎に、彼女は唖然としていた。そんな視線に頓着せず、太郎は食事を続ける。素晴らしい出来に脳内は自画自賛で埋め尽くされていた。


「あぁ、一つ警告させて下さい。どこにでも生えている雑草だからといって、適切な下処理をせずに食べるのは止めて下さいね。特にヤブガラシは、シュウ酸カリウムが含まれていますから、しっかりと灰汁抜きをする必要があります」

「そ、そうなのね。無知は罪とは良く言ったモノね」

「他の野草にも、そう言った種は多くありますので……あしからず」

「肝に銘じておくわ」


 そんな雑談を挟めば、食事を終えるのはあっという間の事だった。二人は皿を地面に置くと、静かに視線を合わせる。先に口を開いたのは、意外にもマルテラの方であった。彼女は太郎を見て、僅かにではあるが首肯しつつ言葉を紡いだ。


「言わんとすることは理解したわ。……私も概ね同意ね」

「…………わかって頂けましたか(何の話だ?)」

「まさか野営食を通して、人道を解いてくるとは。正直いって降参よ」

「恋愛でも胃袋から掴むべきとかいいますからね(想像力豊かな人でよかった)」

「ふん。雑草のような人間でも、こうして価値を見出せる、か。この年で学ぶとは」

「ま、まぁ、そんなところです」


 太郎は食器を片付けながらも、なるべく音を立てないようにして彼女の言葉に耳を澄ませていた。本当に単なる休憩だったのだが、想定以上の効果を発揮したようだ。もちろん彼にとって幸運であるのは確かで、彼女の理解のままに想像の風船を膨らませて貰って、弾ける前に空気の侵入を留める。その代わりに、太郎の方がバレないように一息吐いた。


「でも、問題があるわ。どうしたって……私達は戦争をすることになる。どのような理由があろうと、ロザリッテは強硬するわ。私には使命に殉じる覚悟もある」

「そう、ですね。取りあえず手はあります」

「へぇ、是非に聞かせてちょうだい」

「このままリオンさんを連れて帰って下さい。報告の内容は、エメロッテとは全く別の脅威が現れた、としましょう。それも今回は、古龍を超える存在である、と」

「……全く別の脅威をでっちあげるのね。それにモーゼンが殺されたことにして……でも、まさかアナタのことを報告しろってこと?」

「いいえ、脅威とは僕のことじゃありませんよ。そこまで背負えません」

「なら、どうするつもり? 完全な嘘だと流石に見抜かれるはずよ」

「次の調査までに一週間ほど時間を稼げますか?」

「まさか……魔物をスカウトするつもりなの? それも古龍以上の個体を?」

「おそらく戦争を避ける為の、最も容易な方法だと思います」

「そんな魔物を呼び込めば、今度こそコントロールが利かなくなるわよ」

「……世の中に100%はありません。確かに危険な賭けになりますが、それでも今後のことも想定するのなら、この方法は一考に値します」

「ちょっと待って……まさか、嘘でしょ。アナタの考えていることが、やっとわかったわ。いいえ、わかってしまったというべきね。……はぁ、馬鹿げてる」

「この賭けに乗りますか?」

「…………はぁ、クソ。最低な気分ね。乗るわよ、乗る、乗ればいいんでしょ!」 


 ドスンッ、言葉の勢いに任せて、マルテラが地面を殴った。なかなかの振動が発生、それに砕けた瓦礫も幾つか。視界の端に篝火を捉えれば、行動とは矛盾して青く揺れている。決意の影に覗く恐怖に、太郎は視線を細めた。


「一つだけ条件を出す。リオンを連れて行きなさい」

「……彼女には国に残した母親がいます。それに……片腕を失った今の状況では、足手まといになりますから」

「ガーデニアは腕の再生もできないの?」

「それは可能ですが……彼女の存在を公にする必要がある」

「失念していたわ。それだけの治癒師なら、公的機関に所属しているわよね」

「もちろん秘密裏に実行することも可能ですが、最低でも三日は消費してしまう」

「はぁ、つくづく行き当たりばったり感が否めないわ。ここは私が補ってあげる」


 その一言に太郎は首を傾げる。失礼ながらマルテラが優秀な治癒師には、とても見えなかったからだ。そんな太郎は放って小声で「マテオ」とマルテラ。その瞬間に現れたガントレットが、彼女の手に乗っている。とても武骨なルックスで、シンプルな鉄製品に見える。派手好きな彼女にしては珍しく、やけに質素な防具だった。それをリオンの左腕の空白に当てはめると、そこに何かがあるように嵌る。


「私の『生態武具』なら、左腕の代理ができる。これで連れて行けるでしょ?」

「これ以上の議論は無駄そうですね。……彼女の同行を了承します」

「私は約束を守る。必ず一週間の時間を作る。でも、それは戦争を避ける為よ」

「もちろん僕も最善を尽くします。最良の結果を求めて」

「では、契約完了ね。よろしく……太郎」

「えぇ。よろしくお願いします。マルテラさん」


 先ほどまで殺し合っていたというのに、二人は硬く手を結んだ。そこにある目には映らない何かが、その先の物語を紡ぐのだ。

 揺れる篝火が、火の粉を吹いて小さく爆ぜた。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

[あとがき](※まだ完結ではございません)

▷とりあえず一段落ついたかな、と思います。戦闘で決着をつけるのも迫力があって面白いですが、たまにはキャンプでもしながら説得で終わるのもいいかな、と思って書きました。

 あと、この小説は非常に誤字が多いと思います。一度も読み直さず修正もかけずですので、かなり怠慢に書いておりました。もちろん私の日本語力が低いのも大いにありますが……。

 読みづらい箇所が多々あったはずなのに、こうして約8万字も読了して下さった皆様、本当にありがとうございました。毎回のように応援を下さる方もいて、とても励みになっております。

 何のイベントにも参加しておらず、とても見つけ辛かったことだと思います。この小説を見つけて下さって、また読んで頂いて、重ねて感謝を申し上げます。

 ありがとうございました。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る