第26話


 まず最初に、太郎は『水筒』を取り出して、小鍋とメスティンに水を溜める。後は網の上に置いて加熱――湯が沸くのを待つ。もちろんメスティンには白米が入っている。そのついでに『浄化』の込められたシルクを取り出して、どちらの野草も拭っておく。そうすれば水で洗わずとも簡単に清潔となる。よほど効果が強いようで、タンポポの主根が陶器のように白くなった。


 さらにタンポポを根と葉に分ける。続けて根の方を細かく刻んでいれば、ようやく水がコポコポと細かい呼吸を始めた。一先ず小鍋を火からおろして、そこにヤブガラシを投入。深く黒い緑色の新芽が、寝起きに伸びるみたいに水に広がっていった。


「茹でるのに火から下ろすの?」

「これは茹でているのではなく、灰汁抜きをしています。本来なら重曹を使いたいところですが、残念ながら手に入らなかったので」

「重曹? 聞いたことも無いわね」

「まあ、気にすることはありません」


 ヤブガラシの灰汁抜きを済ませる間に、太郎はフライパンを取り出す。細かくしたタンポポの根を火にかけた。じっくりと炒って、あえて焦がして風味をつける。白い陶器のようだったのが、焦げ茶色に変化し始める。あまり加熱し過ぎても、嫌な苦みを肥やすだけなので、程度の良い所で火から外した。


 灰汁抜きをした水を捨てて、また小鍋に水を入れて湯を沸かす。その間にリュックから『コーヒーミル』を取り出して、そこに炒ったタンポポの根を入れた。上部のレバーを回すと、中身を粉砕するゴリゴリと言う音が鳴る。本来の用途であるコーヒー豆よりは柔らかいから、どこか小声で話しているみたいだった。


「……不思議。日常で聞く分には煩いのに、外で聞くと心地いいのね」

「僕も同じように思います。環境が違うだけで、音の意味が変わるみたいです」

「音の意味が変わる、か。不思議と当てはまる言葉ね」


 急くことも無く、太郎はタンポポの根を挽き終えた。続けてリュックからコップを二つ取り出し、サッとシルクで拭う。その一つにドリッパーを置いて、そこにコーヒーフィルターを重ねた。小鍋に視線を移せば、なべ底から非常に細かな水泡が浮き上がる。それを目印に鍋を火から外して、ゆっくりとドリッパーへ注ぐ――適温は80度だが、太郎は自分の感覚を信じた。最初は少量で根を蒸らす。それから徐々に湯量を増やしてゆく。明らかにコーヒーの香りとは異なるが、それらしい臭いが立ち上るのだから不思議なものだ。若干、本来のコーヒーよりも薄い色ではあるが、それを太郎はマルテラに差し出した。


「タンポポコーヒーです」

「……舐めてるの?」

「味見はしてません」

「薄々勘付いてはいたけれど、タンポポでコーヒーって舐めているのかしら?」

「あぁ、そっちの意味でしたか。どうぞ一口だけ含んでみてください」

「……はぁ、不味かったら戦闘再開するから」


 また不機嫌になりながらも、マルテラは太郎を睨みつつカップを口に近づける。それが空を見上げるみたいに傾けば、彼女は目を見開く――口元が隠れていたから、より見開かれた眼球が強調されていた。


「……嘘、でしょ」

「どうです? 本物を超えることはありませんが、かなり肉薄していますよね」

「い、いいから、早く料理を続けなさい!」


 恥ずかしそうに、彼女はカップに隠れてしまった。小柄だからできる芸当だが、太郎であれば遠近感を使っても、あそこまで隠れられなかっただろう。タンポポコーヒーで時間を潰せば、再び湯がコポコポと沸いている。


 太郎はリュックから調味ベルトを取り出して、そこから収納のせいで弾丸のようにも感じる小瓶を二つ見繕う。次に正方形の和紙の袋を出して、器用に指先で開いた。取り出した二つの小瓶は、魚粉と昆布茶の粉末である。


「怪しい粉ね。大丈夫かしら」

「これは魚粉と昆布茶ですよ」

「……料理は不得意なのだけれど、それって出汁ってヤツよね?」

「そうです。こうして現地で調合すると応用が利きますから」

「ふ~ん、面倒臭そう」

「環境に合わせて料理をするのが野営の醍醐味ですから。こうした調味も微細な変化を持たせることで、こちらから食材にアジャストするんです」

「何その早口、キモイわね」

「……では、料理を再開します」


 やや昆布茶を多めに調合した和紙の袋を投入、それが出汁を吐き出すのを待つ間にタンポポの葉部分を一口サイズに切っておく。続けてリュックから、先ほどの和紙のような正方形の物体を取り出す。橙色にも近づくほど薄い茶色で、マルテラは首を傾げつつ観察していた。


「それは?」

「お手製の『御揚げ』です」

「薄切りの豆腐を仲間で火が通るまで上げたモノを言います」

「……そんなのが美味しいの?」

「どちらかと言えば他の素材を活かすのに使いますね。保存がききますから、僕の野営では重宝するんです。今回は肉の代用して活躍してもらいます」

「肉の代わりって、ちょっと強気すぎないかしら」

「食感的な意味合いが強いですね。流石に味は再現できないですから」

「まあ、確かに草だけの食感って、たかが知れてるからね」

「全ては調和です。仮に雑草でも、調和すれば力を発揮できます」

「…………へぇ、調和ね」


 コーヒーカップを両手で抱いて、マルテラの視線がリオンに置かれる。それを視界の端で捉えつつも、太郎は料理を続けた。小鍋を網の端にずらして、そこにフライパンを設置する。調味ベルトから油の小瓶を取って鍋に引いておく。そして適当に刻んだタンポポの葉と御揚げを投入して加熱、ほどほどに火が通ったらゴマ油を回しかけて軽くあえる。ゴマ油を最初から加熱すると香りが飛ぶので注意がいる。仕上げに出汁を吐いた和紙の袋を取り出して、そこから魚粉と昆布茶の粉をかけてやれば、程よい塩味が加わって味が整うのだ。


 ステンレスの皿を出して、一旦とりわけておく。更に作った出汁にヤブガラシを投入。新芽は柔らかいので、時間を誤れば煮崩れてしまう。さっと湯通しして『煮びたし』を作り、それを『ごま油炒め』の横に並べる。出汁を少しと醤油をかけて置けば深みが極まり味が芳醇になる。


 後は残したヤブガラシの一部と、御揚げの一部を出汁に投入して、小瓶から味噌を溶かしてやれば、簡単な味噌汁まで完成してしまう。『タンポポと御揚げのゴマ油炒め』、『ヤブガラシの煮びたし』、それに『ヤブガラシと御揚げの味噌汁』、最後に焚いて置いた白米を添えれば、完璧なチームが完成する。得意気にマルテラの前に並べれば、彼女は視線を細めて料理を眺めた。


「……なんだか質素ね」

「実際、野営食です。『特性雑草定食』、白米は猫まんまにして食べて下さい」

「ね、猫まんま? 何それ」

「味噌汁を白米にかけた状態を言います」

「不思議な呼び方ね。でも美味しそう」


 マルテラは白米の器を覗きつつ、ゆっくりと味噌汁を注いだ。

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