第25話

◇――[かくして野営]――◇



 エメロッテを巣穴に残して、太郎とマルテラ、それにリオンは外に出た。意識をとり戻したものの、左腕を失い右肩に重傷を負ったリオンは、未だに自分の意識では動けないままだった。今は太郎の両腕に抱えられている。普通ならショック死していてもおかしくない状況なので、こうして命があるだけで凄まじいことなのだが、彼らのような異世界の実力者は、根本的に地球人よりも生命力が強い。特にリオンのような実力者なら猶更である。


「まさか、仲間を火葬した男と並んで歩くことになるなんてね」

「世の中は不思議なことだらけです」

「でも、そんなに気にしてないわ。モーゼンのヤツだって、私を囮にしても気にする素振りも無かったし……」

「……仲間、ですか。勇者とは、そこまで厳しい役職なのですか?」

「勇者を役職って……まぁいいけどさ。でも、逆の立場でも同じことをしたかもね。国の利益が最優先、それが私たちの使命だから」

「もっと英雄的な存在を想像していました。国民、いや人類を守るのが使命かと」

「他国の勇者なら、あるいはそう答えるのかもしれないわ。私は赤の勇者だから」

「ですが、マルテラさんは対話を選んだ。赤の勇者でも異端です」

「どうかしらね。まだ戦闘を放棄した訳じゃないのよ」

「……発言には気を遣うようにします」

「そうね。それがいいわ。取り合えず武装は解除するけど」

「ほう、鎧が消えてしまった。……って、そのドレスは破れていませんでしたか?」

「私の武具は生きているの。よほどじゃない限り、時間を与えれば回復するわ」

「……本当に、勇者とは途方もないスキルを所有していますね」


 瓦礫山脈から適当な平地を見繕って、太郎はリオンを降ろした。大きなリュックから毛皮を取り出して、その上に彼女を寝かせ直す。そうして様子を窺えば、もう呼吸は随分と安定しており、命の危機からは脱しているようだった。左腕にできた空白を眺めて、太郎は視線を細める。それから頬を掻いて、やがて視線を逸らした。


 そして設営を開始。泊まる気はないから天幕は張らず、篝火を起こして更に毛皮を敷いた。それに網を合わせてポットを設置、篝火が水を加熱し始める。太郎が篝火を起こす際に、瓦礫を数枚ほど火に投げ込んだから、マルテラは唖然としていた。火を囲んで日常に溶け込んでしまえば、まるで本当の子供のようだった。


「食材を調達してきます」

「あらら、リオンを残して行っていいの? 彼女を殺して帰宅すれば、私は使命を全うできるのだけれど……」

「かもしれませんね。マルテラさんが卑怯者なら」

「……言葉には気を遣うんじゃなかった?」

「あぁ、僕としたことが。失礼しました」

「――それと、私の舌は肥えているからね」

「流石は勇者様です。全身全霊を尽くします」

「なら、さっさと行ってきなさい」


 太郎はサムズアップしてから、ようやく歩き始めた。その素振りに眉間に皺を寄せるも、マルテラは怒りを収める。すぐに視線はリオンの方へ移った。胡坐をかいて、右膝に右肘を乗せて、その先の手に顎を乗せる。ブスッと頬を膨らませて、ジッと彼女を眺める。脳裏には太郎の「卑怯者」という言葉がこびりつき、それが楔となってマルテラを拘束しているのだ。


「だから、嫌いなタイプなのよ。ああいう利口なヤツは」


 女性二人だけになった野営地で、不機嫌そうにマルテラは呟いた。




 ――そして一時間後、太郎が野営地に戻って来た。


 ブスッと頬を膨らませて、マルテラが太郎を睨む。それに苦笑しつつも、太郎は自分用の毛皮に腰を下ろした。大きなリュックから俎板を取り出して、その上に採取してきた植物を並べる。瓦礫山脈は植物にとって過酷な環境なので、たったの二種類しか採取することができなかった。それに、どちらも美味とは言い難い。


「……それって、よく見る雑草よね。どっちも」

「まぉ、そう呼ぶ人もいますね」

「特に片方は、興味のない私でも名前を知っているわよ」

「ほう、流石ですね」

「馬鹿にしているでしょ。『タンポポ』なんて、誰でも知っているから」


 非常に細い黄色の花びらを幾枚も重ねるお馴染みの姿に、マルテラは更に不機嫌そうに顔を歪めた。わざわざ近くに寄ってきて、一つ摘まんで持ち上げる。その小さな手も相まって、まるでタンポポが首を絞められているみたいだった。


「こんなに太い根っこなのね」

「主根つきは当たりのタンポポです。ひげ根の種もいますから」

「へぇ、物知りなのね」

「庭掃除をしたことがあれば、誰でも知っていることだと思いますが……」

「この私が庭掃除をすると思う?」

「いいえ、失言でした」

「それで、こっちの植物は?」


 ようやくタンポポを開放して、もう片方の植物を手にとる。今度はサイズ的に首を絞めるようなことにはならず、数枚の葉がまとまった物を摘まんで持ち上げている。あのシオデのように、幾つか新芽を採取してきたのだ。


「それは『ヤブガラシ』です。公園のフェンスとかに絡まっているヤツです」

「もしかして……あのやけにデカいヤツ?」

「そうです。駆除に手間のかかる、やけにデカいヤツです。瓦礫に混ざるフェンスに絡んで、採取したヤツは2メートルくらいまで成長していました」

「でも、こんな葉っぱだったっけ?」

「それは新芽だからです。時間が経てばは卵型の大きな葉になります」

「……正直いって、まったく期待が出来ないのだけれど」

「あまり期待されても困りますから、こちらとしては好都合です」

「というか、そもそも料理とかできるの?」

「先ほども答えたじゃありませんか。この野営が仕事でもありますし」

「……ちょっと待って、何て言った?」

「野営が仕事でもある、ですね」

「それって……私が知っている通りの意味なのかしら?」

「だと思います。僕は野営組合員ですよ」

「――……は?」


 マルテラは、あんぐりと口を開けて丸を作った。

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