第19話

◇――[ためには]――◇



 意外にもリオンは落ち着いていた。ほとんど、余命が来たのと同義であるはずなのに、物静かに洞穴に迷い込む足音を待つことができた。それは前日に過去を明かしたことによる恩恵なのか、それとも太郎の食事の恩恵なのか、とかく体調は不思議なほど万全である。


 そうして、その瞬間は訪れた。エメロッテによって精緻に形の整えられた洞穴は、起伏などが少ないから足音を奥まで響かせる。しかし、依然としてリオンの表情は柔らかなまま、それは戦士というより、1人の人間として立ち向かう為の備えなのかもしれなかった。


 しかし、違和感がある。ここは強力な龍の巣だと言うのに、足音の数はたったの二つしか聞こえなかった。それなのに、隠密のように隠そうとする気配さえない。歩いてくる人物は、よほどの実力者でもあり、そして自信家でもあるのかもしれない。


 最初に目を引いたのは、強大なハンマーである。それは成人男性ほどのサイズがある、紅蓮の戦槌であった。戦槌の右側には黄金の獅子が、左側には白銀の龍があしらわれ、どちらも立派な鬣を生やしている。赤い髪に同色のドレス、スカートは後ろ部分だけ長く、女性の長髪のように艶やかだった。存在感の大きさは見た目だけに起因せず、所持者によるところも大きい。あれだけ強大な武器を、年端もいかぬ少女が持っているのだ。とはいえ、リオンは少女の正体を知っている。


「あらリオン、無事だったの? とっても残念ね。もしも死んでいてくれたのなら、死体を確認して終わりだったのに。……本当に使えない御飾り勇者ね」

「……マルテラ。ドワーフというのは脳みそまで小さいのであるか? ここへは我を救出に来たと思っていたのだが?」


 リオンと同じ、赤の勇者「マルテラ・スキャッチャ」である。リオンよりも上位の存在であり、同時に赤の勇者の中では長老のような位置にいる人物だ。エルフほどではないが、ドワーフも長寿な種族だから、長期間にわたってロザリッテにて活躍している名の知れた猛者である。


「私が利口でないのは認めるけれど、それはアンタも同じでしょ。だって、他の魔導士たちを連れずに現れるんだもの。それって、種明かしを催促してるみたいよ」

「ガッハッハ、脳筋同士の会話は愉快じゃの!! ワシも仲間に入れてくれい!!」

「モーゼン、キサマは切れ者であるのに、どうして馬鹿に見えるのだ?」

「そう言うなリオン! オマエが生き残る道を示せるのは、勇者の中ではワシくらいじゃぞ!! ここは媚び諂ってくれて構わんのじゃが!!!」

「参考までに我の生き残る方法は?」

「幸いにもオマエはめんこい!! ワシの性奴隷になるのじゃッ!!」

「却下である。死んだ方がマシぞ」


 剣呑な目つきで、リオンは同僚である「モーゼン・サージェ」を睨んだ。一見すると外骨のように細い老人だが、それは彼の顔を包む髭や体格のせいであり、まだ30代の半ばほどである。非常に切れ者で、勇者の中でも珍しく、知略で武功を立てて昇進を続けている。しかし、性欲に実直であるのが難点で、本来ならば今よりも上の立場に居るはずだった男だ。黒いローブを、古代ローマ人のように着こなした姿は、どこか只者では無い雰囲気を匂わせていた。


「どうして、我を殺すのだ?」

「冥途の土産という言葉は好きではないが……つまり、冥途があるかどうかは不確定であるからして……すまない、話が逸れたのじゃ。端的に述べれば、ロザリッテは戦争を求めておる。それには理由が必要になるのじゃ」

「我が死体は、本当にその理由に相当するのであるか?」

「詳しい説明は受けていないが、推測は可能じゃ。この龍の巣にてリオン殿の死体が見つかれば、少なくとも龍の巣を撤去する正当な理由には成りえる。戦争の前段階として、この邪魔な瓦礫山脈を取り除く。それがロザリッテの狙いじゃろう」

「では、我が死体を見つけ次第、すぐに戦争が始まるようなことは無い、と?」

「恐らくはそうじゃ。他国との関係もあるからの」

「強引な策に聞こえるが、ロザリッテであれば成し遂げるのであろう」

「その通り。幾つかの障害は、パワープレイで乗り切るのじゃろうな」


 概ね、太郎の推測どおりか、とリオンは溜息をつく。それから視線を戻せば、ちょうどマルテラが背中から戦槌を下ろすところであった。どうやら、戦いは避けられない運命であるらしい。モーゼンの言葉に溜めた怒りを、そっとリオンは解いた。


「死ぬ準備はできた?」

「死ぬ気で抵抗させて貰おう。どちらが死ぬかは、まだ決まってはいない」


 とはいえ、想定以上の戦力を投入してきたことは否めない。勇者を一人殺すのだから、勇者を二人送ればよい。考えれば単純だが、実行するとなると困難だ。ただでさえ、ここは他国の領土なのだから。しかし、最速最短で事を終える為ならば、少数精鋭が向いているのも事実であった。


 リオンにとって酷なことに、ぐっと勝算は落ちた。それでも、彼女は前を向いて二人を柔らかに見つめている。明らかに龍の巣の掃討任務に就く前の彼女とは異なっており、その不気味な変化に二人は気付いていた。簡単な任務になるはずだったのに、二人の間に僅かな緊張が走る。彼らの方が、それを表情に出していた。


 思えば、違和感は他にもある。この龍の巣の宿主がいない。万が一に、彼女が魔導士らの妨害を振り切り龍を討伐していたのだとすれば、すでにドラゴンスレイヤーに至っている可能性が高い。そして、ロザリッテに裏切られたのだと知った彼女は、その力を持ってして報復を始める。リオンの実力から鑑みるに、その可能性は限りなく低いと二人は考えていたが、彼女の変貌に見解が変りつつあった。


 マルテラは戦槌を握る力を、僅かに強めた。



 

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