第20話


 元来、マルテラは読み合いが得意では無かった。年齢に見合った老練な女性というよりも、年齢に見合わぬ豪快さで評価されてきたような人生であった。だから、今日日おそれを知らず、リオンの下へと踏み出した。


「御飾り勇者の実力拝見と行きましょうか」


 まるで着火剤でもついているみたいに、マルテラは瞬間的な加速をみせる。彼女の姿が霞んだかと思えば、次の瞬きにはリオンの眼前に到達していた。ドワーフは身体が小さいが、根本的な筋肉の出力量が素人類を大きく上回る。無論、それは速度にも反映されており、いとも簡単にリオンを間合いに収めてしまったのだ。


 いつの間にか振り上げられた紅蓮の戦槌、リオンを食い尽くさんと黄金の獅子の視線が彼女を捕捉。対するリオンは、右手を開いて掲げた。まさか、ドワーフの膂力を素人類が片手で受け止める気なのか、と嘲笑を浮かべるマルテラ。では、愚かな試みを腕ごと蹴散らそう――と、マルテラは戦槌を振り下ろした。


「バンッ!」


 衝突の寸前に、切り裂くようにリオンは叫んだ。同時に彼女の背後に「バンッ!」という文字が現れる。それに引きつるマルテラの笑み、真正面からの衝撃に後方へと吹き飛んでいった。


「ほう、相変わらず興味深いスキルじゃ! 確か『擬音』といったか。行動に生じる背後の文字が、威力を高めるスキルだと聞いていたが……どうやら、自発的に発すれば任意の効果を得られるようじゃの!」


 冷静に分析するモーゼンの真横に、マルテラが転がってくる。彼女は引きずる戦槌を基点に姿勢を正して、彼の隣で勢いを収めた。立ち上がるとドレスの汚れを軽く払って、左手を支えに首の骨を鳴らした。先ほどの嘲笑は、まだ彼女の口元にある。吹っ飛ばされたはずであるのに、まったく堪えた様子がなかった。


「そこまでの威力でもないわね。……私一人でも対処可能だけど、ここは御国の意向に沿う必要があるかしら。どれくらい残り時間があるの?」

「三時間以内に帰国せよ、との指令じゃ。往復に二時間は必要じゃから、時間一杯に見積もっても、あと一時間といったところじゃの」

「……ふぅん、私のスキルは速攻向きじゃないし、性欲賢者の力を貸してもらおうかしらね。本当に不本意ではあるのだけれど……」

「馬鹿者、ワシに幼女趣味はないぞ!!!」

「一線を越える気? 死体を一つ増やしたいの?」

「今のは高尚な冗談と言う奴じゃ。まだ死にとうない!!」

「なら、さっさと手を貸すことね」

「できれば古龍の行方も調査したいからの! リオンちゃんが討伐している可能性も含めて、ここを調査する必要があるじゃろう。二人なら55分は捻出可能じゃ!」

「端的に5分で終わるって言えないのかしら……。もういい、戦うわよ」

「では……いつものように」


 モーゼンの表情から、うつけのような要素が消える。唐突に澄んだ水面のように、賢者モードへと移行したのだ。彼に対する油断の一切が消えて、僅かに腰を落としてリオンは攻勢に備える。モーゼンの周囲に三つほどの魔法陣が展開、それと同時にマルテラの身体が赤い光を、そして青に変化したかと思えば、最後に紫となって落ち着いてしまった。すぐにリオンは強化魔法が行使されたのだと気づいた。


 また、マルテラの身体が霞んだ。真正面からやってくる彼女に対して、咄嗟にリオンは右手を開いて突き出す。再度「バンッ!」と発声――しかし、今度のマルテラは衝撃を通過、後ろへ靡く赤い髪に波を作っただけであった。ふたたびリオンを間合いに収めて、草を刈るように戦槌を薙いだ。


 瞬間、リオンの視線は黄金の獅子に釘付けとなった。涎を撒き散らしながら、その大口を開けて彼女に迫ってくるのだ。咄嗟に聖剣を獅子へと薙ぐ――も、黄金の獅子は剣に嚙みついた。その力は尋常ではなく、ピクリとも聖剣を動かすことができなかった。そのまま、マルテラが力任せに戦槌を振り回す。それはリオンをも伴って、風に踊る羽のように彼女を振り回した。ドワーフの力と、モーゼンの強化にモノを言わせて、容赦なくマルテラはリオンを投擲した。


 洞穴の壁面へと弾丸が如く飛ぶリオン、今度は彼女の身体が霞んだ。振り回された衝撃で脳が揺れるも、咄嗟に「ふわり」と呟くことで勢いを消化する。猫のように身軽に空中でクルリと身体を回転させて、何とか壁面への着地に成功した。だが、足首に走る鋭い痛みが、マルテラの膂力を彼女に思い知らせていた。そして、痛みを隠しながら着地した。


「……スキル『生態武具』。武器や防具に生命を与える厄介な力であるな」

「御飾り勇者に褒められても嬉しくないわね」


 ……さて、どう打開するか、とリオンはマルテラを静かに観察する。その背後にはモーゼンも映るが、未だに彼女は冷静なままだった。あの太郎の食事のせいか、それとも圧倒的な現実に、やるべきことが明確化しているからなのか。この至極単純な構図の中から、非常に複雑な勝ち筋を探り続けている。既に膂力差は明白であり、何か裏をかく必要があるのは明らか。


 リオンは聖剣を握る力を、僅かに強めた。

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