第13話
ボソボソとしていて、歯の隙間に詰まる。それに危機感を覚えた人体が、大量に涎を口内に分泌する。しかし、それは本来の臭みを広げるだけで、本質的な食感と味の悪さを改善することはなかった。それでも、眼前にて黙々と食事を続けるボンを見習って、太郎は必死に口を動かした。
急に異世界転移をして依頼に出たのだ。当然のように調味料や香味料などある訳がなく、それは貧困から立ち上がったボンも同様であった。彼にとって飯が不味いのは当然のことで、腹を満たせるだけでも上等なのだ。
「不味そうに食うってことは、前は裕福だったのか?」
「そ、そうですね。(この世界よりは)裕福だったのかもしれません」
「そうか。まぁ冒険者の野営なんて、こんなもんだから耐えるしかないさ」
「こうした食事には慣れているのですか?」
「肉が食えるだけ上等かもな。家に居た頃は、苦い草ばっかり食ってた」
現在は野営中である。すっかり陽も落ちて、ギルドに戻るのは危険だという判断がボンより下されたのだ。流石にテントは無いが、ボンが魔法で火を起こしてくれた。それを囲む太郎とボン、二人を囲む森の木々と深い闇、そんな構図だ。
「……文句を言って、すみません」
「いいんだ。今後は同じ穴の狢ってな」
ハッとなり顔を上げる太郎。明らかに彼は『ことわざ』を使った。それに引っかかれば、成立する会話にまで違和感が生じた。確かに街で日本語は見かけたが、圧倒的に多言語の比率が高い。この世界の公用語は日本語なのだろうか? と太郎は首を傾げる。しかし、あの街の光景を鑑みるに、その確率は低いはずだ。異世界に転移する中で、同時翻訳的な素養を授かったとしか思えなかった。それも制度が滅茶苦茶で、多言語の入り混じる粗悪品なのかもしれない。
「で、仲間になったはいいが、太郎は何者なんだ?」
「……えっと、初心者の冒険者、というだけでは足りませんか?」
「残念ながら足りない。明らかに動きが悪すぎるんだ。初心者うんぬんでは無くて、もっと根本的な違和感がある。この世界に生まれて、戦闘的な素養が全くないだなんてありえないさ。農民だって多少は戦えるのに」
「だから、あのギルドには試験が無かったのか。誰にでも最低限の知識があるから」
「いや、あれは職務の怠慢だ。他のギルドにはテストがある」
「…………僕は異世界人です」
「そう、か。会話が咀嚼後くらいグチャグチャなんだが、太郎の世界では言語が発展途上なのか?」
「違います。僕が著しく劣っているだけです」
「今後は解りやすく話すよう努めるよ」
「助かります。……というか、驚かないんですね?」
「そりゃ驚かないさ。ジェイド王が近々『越界召喚』をするってパレードを開いていたからな。もう一週間まえの話だけどな」
「あの人はジェイドって言うんですね」
「アンビル・ロンディーン・ジェイド。ロンディーン王国を統治している男だ。この国は武力より商才を評価されていて、その最たる理由は王にあるんだ。傲慢で嫌な奴だが、金を稼ぐのは一流なんだぜ」
「素晴らしい王なのですね」
「いや、どうしようもないクズさ。この国は貧富の差が激しくて、あえて王が仕向けたんだ。まぁ、それも理由があってだが」
「想像し辛いですね。あえて貧富の差を作るだなんて」
「億が一に夢を叶えれば、他国の貴族を足蹴にできるくらい儲かるんだ。生じる貧富の差は、そういった長所の側面でしかない、と考える馬鹿もいる」
彼は兎のもも肉を咬みちぎり、眉間に皺を寄せながら恨み節を唱える。太郎は彼の表情から察して、「その被害者なのですね」と、しんみりと言った。その瞬間に、ボンはギラリと目を光らせた。
「――そうだ。だが、馬鹿でもある」
「僕もです。頭が悪くて……」
「違う。知能の話じゃない。さっき言った国状の話だ。俺は親の作った借金で、泥を啜るような貧民側を味わった。だがそれは、この国の側面でしかないと考えていた」
「あ、あぁ、そっちの馬鹿ですか」
「俺には野望がある。この国で成り上がり、吐くほど金を稼ぐんだ」
「そう、ですか。素晴らしい野望ですね」
「それで移住する。自然ゆたかな国で、常にバカンスみたいな生活を送るんだ」
夢を語るボンの瞳は、陽光ほども輝いて見えた。それから太郎は、ふと自分の状況に向き直る。このまま冒険者として活動しても、おそらくジェイド王の予言を実現することになるだけだろう。それならば、声高に夢を宣言する少年と共に、何か目標を探すのも悪くない。冒険の書の1ページ目から、聖なる剣を引き抜く必要などない。
本当に重要なのは、きっと出会いだから。
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