リオン

第4話

◇――[がれきの山脈]――◇



 太郎は手に収まるくらいの石を拾って、それを無造作に投げた。カツンカツンと音を鳴らしながら、それは不規則に跳ね回っている。子供に追い回されるバッタが、草原を跳ね回っているかのようであった。


 ――瓦礫山脈、それがこの場所の呼び名だ。


 永遠に跳ね回るかと思われた石は、やっと適当な仲間に抱き着いた。この場所の重力は乱れており、磁器さえも拒む。だから方位磁石も使えず、来る者を惑わせては飲み込んでしまうのだ。木々もない灰色の世界だと言うのに。


 ここに来ると必ずと言っていいほど懐古することになる。当時の仲間との会話は、やけに興味深い内容が多かったな、と太郎はまた一つ瓦礫を放った。


「……――成り立ちはこうだ。ガーデニアの都市開発には莫大な資源が投入された。もちろん魔法から生み出された物が多いが、とにかく大量に瓦礫が発生した」

「まさしく圧巻の都市でしたから、莫大な瓦礫であったことは想像できます」

「それらは都市から南西に1000キロメートルの位置に廃棄されたんだ。魔法があれば運搬は難しくないし、後で説明するがそこがベストな位置だった」

「興味深いですね。はやく続きを教えてください」

「乗ってきたな。廃棄した瓦礫には都市と同じように魔力が根付いていて、それが魔物を引き寄せ、高級な住処と化してしまった」

「……正直、自業自得な気もします。自然が憤怒した、それだけの話でしょう」

「いや、それがガーデニアの狙いだった。瓦礫を廃棄したのは敵対国との境界に近い位置だったんだ。それで、わざと廃棄していたってわけだ」

「それでベストな位置だと……。ようは簡易的な防壁を作っていたわけですね」

「敵対国は単なる嫌がらせだと思って、ずっと放置していたんだ。何より領地ではないし、手を出せば戦争まで待ったなしだから」

「たかが瓦礫など、いざとなれば魔法でどうとでもなりますからね。敵対しているとはいえ、瓦礫を積まれたくらいで戦をしては、他国からの嘲笑の的です」

「そうして山脈の如き瓦礫が積みあがって、魔物の高級住宅街ってわけだ」

「どれくらい魔物が生息しているんですか?」

「世界各国が手出しできないくらい」

「それって……ガーデニアの計算通り?」

「だったら格好良かったが、それなら俺達が呼ばれるわけないだろ」

「つまり、想定以上の結果だったわけですね」

「ガーデニアは都市を作るついでに、近場に魔物の国を作っちまったってわけよ」

「残念ながら笑えそうもありません。そんな場所に向かうのですから」

「無事に目的を達成できれば、すぐに帰れるはずさ」

「……それで、今回の目的は?」

「それは――……」


 ――コツ。太郎は背の低い机にコップをおいた。飲み口とはよく言ったもので、冬場に吐く息に色がつくように、白い柱を夜空に立てている。まだ道中ではあるが、夜間の移動は自殺行為に等しい。重力が乱れているから、視界不良は致命傷に成りえるのだ。そっと視線を這わせてから、太郎は天幕を取り出した。


「まずいな。昔を思い出していたら、すっかり暗くなってしまった」


 瓦礫山脈での野営はコツがいる。というのも、ここは瓦礫や石材が地盤を作っているので、当然のように平らな場所が少ない。それでも目を凝らせば、今の太郎がいるのと似た、家の壁を丸ごと廃棄したような平地がある。しかし、問題は他にもある。天幕を固定しようにも、床代わりの石材が杭を弾くのだ。ただでさえ引っかかりが少ないから、杭が無ければ天幕は風に踊り狂う。


「杭々(くいっく)」


 そんな硬い石材に、悠々と杭を打ち込む太郎、その右手には黒い木槌が握られていた。複合スキル「野営」、太郎の所有する唯一無二のスキルだ。神々の祝福とも言われる「スキル」は、覚醒する場合は必ず一人に一つだけ。それは太郎にも例外ではないが、稀に「複合スキル」のような、一つのスキルに複数の能力を内包したイレギュラーが爆誕するのだ。今のは「野営」の中の一つ、「杭々」である。一瞬にして万物に杭を立てる、それが効果だ。


 さっと天幕を張り終え、太郎は食事の準備に移行した。ほくそ笑みつつリュックを覗いて、棒状の山菜の束を取り出す。浅い緑色の先端には、若い葉が巻き付いて筆のようである。これは、とても大きく成長する植物の新芽だ。


「魔素の濃い山脈にのみ自生する山菜『シオデ』、地球では山のアスパラガスと呼ばれるポピュラーな山菜だが、この世界の品は一味も二味も違う。……やはり魔素の有無が明暗を分けるんだろう。味なんかは比較にならないほど濃厚だ」


 その緑色の筆で鼻の下に線を引く。もちろん香りを味わうためだ――が、その邪悪な笑みを他人が見れば、速やかに通報していたことだろう。今度はリュックから縦横25センチほどのシルクを取り出した。本来は縦横50センチほどだが、今は四つ折りにしてある。これには太郎の能力「浄化」が込められており、軽く拭うだけで対象を清潔な状態にできるのだ。


「……まずは塩焼きかな」


 先ほど湯を沸かした篝火の上に、脚付きの網を設置。この世界の鍛冶師に注文して作った特注品だ。その上にシオデを並べて、先に軽く火を通す。その間に小さなステンレスの器と、あの調味料のベルトを取り出して準備を進める。まず水筒から器に水を入れて、調味ベルトから大粒の塩を加える。


「ここ瓦礫山脈からのみ採取可能な『バター岩塩』。濃厚な旨味を蓄える、最高の塩の一つだ。普通なら醤油系の調味料を選ぶが、こっちの方が僕は好きなんだよな」


 シオデの肌が軽く焼けて疎らに膨れている。この凹凸は乾燥の証拠でもあり、ここにバター岩塩の塩水を塗るのだ。さっと刷毛で肌をなぞってやれば、乾燥した表面に化粧水のように馴染んでいく。すると、また表面の水分が蒸発して、太郎の鼻腔まで濃厚な香りを運んだ。たんなる塩水が、バターのような香りを放っていた。塩水を塗る工程を、三度のみ繰り返した。


「この香りは……さながら忍耐力の訓練だな」


 軽く表面が焦げたところで、脚付きの網を篝火から離した。そしてリュックから箸を取りだす。「あちちッ」と言いながらも、太郎はシオデの先端を指で摘まんで、器用に薄皮を箸で剥がしてしまった。人体と同様に、植物の茎には皮がある。アスパラのような植物に共通して言えることだが、この手の種は網で焼いてやると、その皮でもって内側を蒸すのだ。皮の剥がれたシオデの肌は、湯浴みを終えた女性の肌のように、艶めかしく照りが出ている。それを見ただけで、太郎の口内に涎が溢れた。


 ゆっくりと持ち上げれば、シオデはへにゃりと箸に身を任せた。そのまま口に運べば、まだシャクッと音を鳴らすのだ。同時に、濃厚な旨味の爆弾が弾ける。薄皮を通して塩を吸って、その甘みという潜在能力を限りなく引き出していた。特徴的な緑の香りまで伴って、それは太郎の味覚を掌握してしまった。


 ――ギュルンッ。太郎の瞳孔が眼球から消えた。


「……あっぶ。気絶しかけた」


 数秒後、また瞳孔が戻ってくる。旨味の絶頂を駆け抜けるのは、時に凶悪な魔物との対峙さえ上回るのだ。この濃厚な食事を前に、完食はあっという間であった。


 食事を終えて、今度は手のひらサイズの小鍋を取り出す。元の位置に網を戻して、水とシオデの薄皮を小鍋に入れる。いわゆる野菜のブイヨンを作っておくのだ。ここから、シオデのブイヨンと持ってきたベーコンのパスタを作る。太郎は自分の完璧な作戦に、思わず笑みを零した。


 ――が、すぐに視線を上げる。


 こちらに向かって何者かが駆けて来る。人の足音は1人分のみ、但し背後には重い追跡者の音を伴っていた。太郎は黒い木槌を持って、網の前に立った。この完璧な計画を何者にも阻まれてはならない。そこには強烈な使命感があった。


「た、助けてッ!!」


 暗闇から飛び出してきたのは、やはり女性が1人――背後には、二足歩行の走龍を三匹も伴っている。地球で言うラプトルに近い見た目だが、その肌は赤黒く、体長は3メートルに届く。水族館のホオジロザメより一回り小さいくらいだ。龍種に共通する黄金色の瞳孔を見開き、涎を垂らして女性を追いかけていた。ヤツらはAランク相当の「ターボ・リザード」、瓦礫山脈を根城にする龍種の一角だ。


 女性と入れ違いに、龍種に立ちふさがる太郎。三頭はトライアングルの陣形でもって、太郎に接近してくる。先頭の一匹が大口を開けて――……


「ここに来た自分の運命を恨むんだな。……『杭々(くいっく)』」


 ――頭部を失って死亡。そのまま山脈を転がり落ちていった。


 その様子に急ブレーキをかけた残りの二頭。太郎を見て、ギギギィと奇妙な声をあげている。あまりにも簡単に先頭が死んだから、完全に怯えていた。優劣はあれど、他の魔物に比べて龍種は利口だ。太郎との力量差を悟ったのだろう。そのまま姿勢を低くして、ゆっくりと背を向けずに下がっていく。やがて、夜の闇の中に溶けた。


 太郎はホッと一息ついて振り返った。そして、愕然とする。


「ちょっと薄いけど、まぁまぁの腕前である。……ゲプッ」


 ブイヨンの小鍋を持った赤髪の女が、太郎と視線を合わせてゲップした。

 第一印象は史上最悪最低、それが赤の勇者との出会いであった。


 

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