第3話

◇――[話し相手]――◇



 あれから三日が経過した。太郎は現在、都市を囲む防壁の門の前に横たわる強大な蛇の如き行列の中腹にいた。列の長さは優に100メートルを越える。中には荷台を引く馬車なども混ざっており、それを適当ではあれど確認するのだから、この長さは当然のことかもしれなかった。


 とはいえ、退屈である。先にケイを帰してしまったから、他の待機者たちのように雑談することもできなかった。


 辺りは砂漠だ。大気を歪ませるほどの熱を帯びており、太陽光が行列に並ぶ者達を静かに炙っている。ここが網の上だと気づけなければ、ゆくゆくは死亡することになるのだろう。だが、多くの待機者たちは心得ており、この行列に並ぶのに水を忘れる愚か者など居ない――そう、目の前でふらつく少年以外は。


 彼は身の丈ほどもあるリュックを背負っているから、もしかすると何処かの村から来た行商人なのかもしれない。家族の世話がある母や、別の仕事をしている父に代わって、野菜などの商品を子供が卸に来るのは有り得るはなしだ。


 別段、善人でもない太郎は溜息を一つ吐く。それから少年の肩を叩いて、自らの革の水筒を差し出した。それに眼球を発射するのではないかと思えるほど瞼をひん剥いて、少年は奪うように受け取った。そのまま真上を向いて、あらん限りの力を込めて水筒の水を飲み始める。牛の乳を搾るというより、雑巾を絞り上げるように吸って、そこから最後の一滴をピチャンと口に垂らした。


 ようやくハッとなり、少年は水筒を返却した。ジトッと見つめてくる太郎に気づいて、頬を掻きながら謝罪する。


「ご、ごめんなさい。まだ1時間は待つだろうに……」

「はぁ……構いませんよ。これも差し上げます」

「えっ!? 受け取れませんよ」

「でも、帰りはどうするつもりなんですか?」

「は、ははは……なにからなにまで、本当に感謝します」


 渋々と言った様相を呈して、少年は太郎から空の水筒を受け取った。その瞳の隅にある輝きには、幸運を享受する素直さ、そして子供らしさがあり、太郎から怒る気力を奪ってしまった。


「それにしても、この防壁は圧巻ですよね。ぼ、僕は初めて見たんです」

「あぁ、どおりで水筒を忘れるわけですね。ですが、その所感には僕も同意です」


 太郎も初めて見た時には、この地球ではあり得ない規模の防壁に感動させられたものだった。無から有を生み出す「魔法」あっての偉業だろう。なにより門を通り過ぎる時に実感する、その分厚さは壮観だった。おおよそ10メートルはある頑強な防壁なのだ。


「はぁ、これが自由都市『ガーデニア』か」

「砂漠にある庭、そんな意味合いが込められているらしいですね」

「そう、だから、お願いしてきたんです。別名『ドーナツ都市』とも呼ばれているんですよね。円を基調とした都市づくりをして、建造物、自然、建造物、自然……のように繰り返して、中心には巨大時計塔『エデン』があるとか。名前の由来は地下にある庭で、この都市の自然を維持する為の『魔晶石』があって――……」


 両手を合わせて恍惚の表情となり、早口で情報を羅列してくる。その素振りは地球のオタクそのもであり、どの世界でも共通している人種なのだな、と太郎は一人でに懐かしさを覚えていた。そうして思考を逸らすも、未だに少年は語り続けている。


 ――そして一時間後。


「おい、君! 入国するんだろ! いつまでツラツラ話しているんだ!」

「えッ!? いや、僕は布教を……いやいや、雑談を楽しんでいただけでして」

「雑談だぁ? どこに相手がいるんだよ」


 焦って周囲を見回すも、すでに太郎の姿はなかった。残ったのは、未だに手に持ったままの革水筒だけ。トホホと溜息をついてから、少年は門番に頭をさげる。


「すみません。これが身分証です……」


 以上、閑話休題。



◇――[墓参り]――◇



 ここはガーデニアの端、庭部分である。未だに太郎は荷物を背負ったままで、深い考えがあるわけでもなく、足に身を任せて運ばれたに近い。みずみずしい草花木を陽光が照らして、建物の作る日陰に幾つも反射光の線を引いていた。甘い花の香りが鼻腔を潜れば、ここガーデニアの威光を思い知らされた気分になった。


 そんな庭部分の一角に、墓所がある。太郎が来たのは集団墓地で、一つの大きな墓石に幾つもの魂が巡るとされている場所だ。ここは野営組合が管理しており、もともと金のない者たちが、少しでも家族に残せるようにする為の、自らの埋葬費を削減する仕組みでもあった。無論、冒険者の集団墓地もある。二つは多面体にある一面にすぎず、こと目的においては酷似しているからだ。


 とても大きな墓石だ。それこそ見上げるほどもある。直径1メートルほどの円柱が3メートルは伸びて、その上に大きな球体が鎮座している。野営組合長いわく、天幕を張るのに使うペグを模しているんだそうだ。ただペグというよりは地球のこけしのような比率だから、更に卑猥なように揶揄されることもある。


 太郎が墓石に歩み寄れば、その前に並ぶ御供え物の花の中に、一つだけ花弁を落とした葉っぱがあった。不器用な人だな、と太郎は墓石の前だから密かに笑む。月光花から造れる薬品は幾つかあって、なかには葉から生成できる高級な品まであるのだ。それなのに葉を供えてしまうなど、たった一人しか思い当たらなかった。


 きっと、これは証拠なのだろう。とある少女から手向けられた、とある男にだけ伝わるメッセージ。いや、自分を含めれば二人になるか。そんなことを想いながら、そっと太郎は手を合わせた。


「お礼が遅れました。親切にして頂いて、ありがとうございます」


 その謝辞は、静かな庭園の中に溶け――……


「流石は、礼節を重んじる男だな」


 ――ずに、女性の耳に受け止められてしまった。先ほどまでは誰も居なかったはずの太郎の隣に、いつの間にか女性が立っている。彼女の声は嫌でも耳に入るほどに凛としていた。


「……流石に場所を弁えるべきではありませんか?」

「弁えたさ。人前は駄目だというのは、太郎からの要求だったと記憶しているが」

「あえて選ぶには不適切な場所だと言いたいんですよ」

「でも野営組合の墓は人が来づらいだろ。ほら、この形のせいでさ」

「会話が成立していませんね。まさか僕を怒らせに来たんですか?」

「いやいや、この『冒険者組合長』が、そんな下らないことの為に外出するかよ」

「……はぁ、高名なハイエルフ様が『素人類領』に居る時点で何とも言えません」


 彼女は「ミレット・フォン・デグリア」、冒険者組合の長である。白髪の長髪、同じく白い瞳孔、それに長い耳、目を開けて作った福笑いのように完璧な配置、総じて絶世の美女である。今年で501歳で、エルフの寿命は約2000歳だが、彼女のようなハイエルフは5000年は生きると言われている。だから、まだまだうら若き乙女なのだ。今は成人女性くらいの容姿であり、そこから暫くは老化の安定期に入る。


「いや、『素人(そじん)』は興味深い分野だよ。能力が低い代わりに増殖の恵みを得ている。基礎能力の優れた種族は、繁殖力が低いからね。無論、我々のようなエルフも例に漏れない。労働力は魔法で補えるが、知力だけは無理だ」

「とは言いつつも冒険者組合長なのですから、知力だって自信があるはずです」

「それはどうかな。なんせ私は、問題を解決するのに単純な手段しか思いつかない」

「……それが要件ですか」

「そうだ。依頼書を持ってきたぞ、我らの誇る『Xランク』冒険者よ」


 青天の霹靂、ミレットは一枚の依頼書を太郎に託した。

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