アケミ

 清花が祖父の家に戻ると、玄関先で祖母が誰かと話し込んでいるところだった。


「きよちゃん、おかえりなさい」


「ただいま」と答え、祖母の前に立つ来客に清花は会釈する。


「あらぁ、華村さんのお孫さん?」


「ええ、そうよ」祖母は自慢げな顔で頷いた。


「美人さんねぇ」


「あ、ありがとうございます」


 清花はそう答え、赤くなった顔を隠すように俯く。


「この人はおばあちゃんのお友達の坂神さかがみさん。町内会で仲良くなったのよ」


 坂神は「よろしく」と言って微笑むと、突として思い出したように両手を合わせて鳴らした。


「そうだ、美人さんと言えば! この間、長谷部さんとこの明美アケミちゃんを見たのよ。明美ちゃんもすっかり美人さんになってたわぁ」


「明美ちゃん? 長谷部さんとこにお孫さんなんておったかい?」


「違うわよぉ。あら華村さん、知らなかったのね。明美ちゃんは長谷部さんの姪っ子ちゃん。お孫さんじゃないわぁ」


「アケミ……」


 ボソッと呟く清花を見て、祖母は首を傾げた。


「きよちゃんは、その明美ちゃんを知っているのかい?」


「知らないよ! 全然知らない人」


「無理もないわねぇ。だって明美ちゃんはもう何年も顔を見せてなかったし。わたしも何年ぶりに見たかしらって感じなのよ」


「その明美ちゃんは、この辺に住んでたのかい?」


 坂神は頷く。


「中学生のころから高校卒業するまでね。その当時は色々と家族間であったみたいよ。まあ詳しくは知らないんだけどね!」


 詳しい出来事とは何なのかが気になる清花だったが、それより今は坂神から引き出せる情報をすべて引き出すことが優先だろうと判断する。


 そう。明美の今、あるいは未来の情報をわたしは知りたい――。


「その明美さんは、ご結婚ってされているんですか? お子さんとか……」


「前に見た時は一人で歩いていたし、スーツなんかも着てキャリアウーマンって感じだったわぁ。あの感じだと、子供どころか結婚もしてないんじゃないかしらねぇ」


 坂神の返答に、清花は思わず目を見張る。


「そう、ですか」


 坂神の言葉が本当であるのなら、あの生け垣の周囲で起こった現象は明美とは無関係ということになる。しかしもし、坂神の言葉が真実ではないとしたら……?


「きよちゃん? 大丈夫かい?」


 心配そうに顔をのぞき込む祖母を見て、清花は自分がずいぶんと考え込んでいたことに気づく。


「あ、えっと……外が暑かったからかな。ちょっとぼうっとしちゃって! 部屋で休んでくるねー」


 清花は祖母と坂神に会釈をしてから、サンダルを脱いで部屋に戻った。扉を閉めると、その扉にもたれかかるように座り込む。


「明美は長谷部さんの姪。これは揺るぎない真実。

 でも……ずっと姿を現さなかった明美は、なぜ今さら長谷部さんの家に? 『ごめんね』は長谷部さんに言ったの? いや、たぶん違うと思う」


 長谷部さんにじゃないのなら、そんなのはもう決まってるよ――


「あの家にいる、もう一人の住人にだ」


 白い手の正体、それはその住人に違いない。


 清花はそう確信し、その答え合わせをする時――白い手を見た時間――を待つのだった。

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