未来への分岐点

 夕食を済ませた清花は、祖母に用意してもらった寝室でスマートフォンを取り出し、ラインを起動した。


 一番上に表示されている早苗とのトーク画面を開き、清花は素早く指を動かす。


『聞いて聞いて早苗!』


 清花がメッセージを送ると、すぐに早苗から返信があった。


『どうしたの?』


『おじいちゃん家に行く途中で不思議なことがあったの!』


 きっと早苗は食いついてくる。清花はそんな予感がしていた。


『不思議なこと?』

『それってどんな?』


 早苗の返信にニヤリと笑い、清花は話を続ける。


『電話してもいい?』


 清花がメッセージを送るとすぐに早苗から着信が来た。


「もしもし?」


『どうしたの清花。何があったの?』


「うん。あのね……見ちゃったの、わたし」


『見たって何を?』


「生け垣から、白い手が生えてるところ……なんか怖くない?」


『見間違いじゃない? そんな、生け垣から白い手なんて生えるわけ――』


「見間違いじゃないよ! しっかりこの目で見た! あれは本当に白い手だったって!」


『もし本当なら、それってどうしてなんだろうね……何か事件かな』


 少し前にあった女子児童誘拐殺人事件のことを思い出した清花は、ハッとして答える。


「まさか誘拐、とか?」


『どうだろ。ねぇ、その手って白い以外に特徴はなかったの? 傷だらけだったとか、血まみれだったとか』


 血まみれという言葉を聞き、清花の背中には冷たいものが走った。


 ずいぶんと物騒な質問だと思った清花だったが、早苗は以前から刑事ドラマの大ファンだったことを思い出す。


 そういうのが好きだと分かっているからこそ、今回この話に食いつくと思って早苗に話したのだ。


「……ええっと」


 清花は先ほど見た光景を記憶の奥底から引っ張り出す。


 電灯の光を遮るように浮かぶ自分の影。その中にある生け垣には、傷一つない白く小さな手が確かに生えていた。


「綺麗な手だったよ。それと、すごく小さかった。子供の手みたいに」


『なるほど。でももしかしたら、『みたい』じゃなくて実際子供の手なのかもしれないね』


「そっか! そうかもしれない」と清花は頷く。


『何か呼びかけられたようなことはあった? 助けて、とか』


 耳にスマートフォンを当てたまま清花は天井を仰ぎ、空いている方の手を顎に添える。


「そういうのはなかったよ。ただ生け垣に生えていて、わたしに存在をアピールするかのように指を開閉してたくらい」


『それじゃあ、誘拐ってセンは無いかもね。助けを求められているわけじゃないんだから』


「なるほど……じゃあやっぱり、幽霊?」


 清花は自分の身震いする身体を抱いた。


『さすがにそれはないでしょー』と早苗は笑う。


「ねぇ、早苗はその手の主が生きていることを前提にしているみたいだけれど、幽霊かもしれないとは考えないの?」


『ありそうだけど、幽霊かなぁって疑問に思うってことはたぶん幽霊じゃないんだよ。


 それに、生け垣に生えているように見えるっていうのなら、その手の主は生け垣をすり抜けて来れないってことになるんじゃないかな』


 確かに。清花は早苗の言葉に納得し、頷く。


『直接わたしも調べに行きたいところだけど、さすがにすぐ動けるってわけでもないんだよね』


「明日も夏期講習なんだっけ」


『そうなんだ。いやはや、なんでわたしは自分の学力以上の大学に進学しようなんて思ってしまったんだろうね』とおどけた口調の早苗。


 しかし、清花は早苗本人からその理由を聞いていなかったものの、どうして早苗がその大学を選んだのかはだいたい見当がついていた。


「将来のためなんだから、そこは頑張らないとね」


 笑いながら清花が言うと、早苗は間を置いてから『うん、そうだね』と自分に言い聞かせるように答えた。


「あーあ。わたしも早く進路決めなきゃなんだけどねー」


『その辺の企業に就職して、職場恋愛からの結婚がいいって前に話してなかったっけ?』


「んー、まあ。それはそうなんだけど……」


 清花はスマートフォンを耳に当てたまま、視線を下に向ける。


 早苗は変わった。あのときの出来事があった後から。


 でも、わたしはあのときから何一つ変わっていない。ずっとあのときのままだ。


 ふいにスマートフォンを握る清花の手に力が入る。


 ――わたしはこのまま、変わらない人生を歩んでいくのだろうか。


 一番の友達である早苗が早々に進路を決め、夢に向かって歩き出していってしまうことを少し寂しく感じる一方で、そんな早苗と自分を比べ、自分の考えている人生プランが今までのもので良いのかと清花は疑問を持ち始めていたのだった。


『それで、どうする? 謎を謎のままにしておく? 清花がそれでいいのなら、わたしもそれでいいけれど』


 早苗のその声に、ハッと我に返る清花。


「……わたしも真相はちょっと気になるかな」


『じゃあ調べてみるしかないね』


「え、でもどうやって?」


『まずは清花のおじいちゃんとおばあちゃんにそのお家の事情を聞いてみたらいいんじゃない?』


「たしかに! それくらいの調査ならわたしでもできそう」


『名探偵、清花の誕生だね』


「何言ってんだか! でも、分かったことがあったらまた連絡するね」


『よろしくー』


「じゃあ、おやすみ!」


『おやすみー』


 そこで電話は切れた。


「いやいや名探偵って」


 今回のことを経て、わたしも早苗みたいに夢と言えるものに出会えるだろうか。自分を変えることができるのだろうか。


 暗くなったスマートフォンの画面を見つめながら、清花は思う。


 何にもならなかったらどうしよう――そう思ったところで、清花は首を横に振る。


「まずは聞き込み。とにかくやってみなきゃ」


 清花は部屋を出て、居間にいる祖父母の元へと向かった。

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