3-3 待ってる
「
「いいえ。自殺した生徒がいる以上の情報は知らなかったわ」
申し訳なさそうに、棗子さまは首を横に振った。同じ学園にいたとしても関わりが薄ければ、報道で得た情報とほとんど違いはないだろう。
ヨル。
「今回の事件にヨルさまが関わっていると思いますか?」
「どうかしらね。ただ首のストラップは、事故ではなく何者かが関与していることを示しているわ。その何者かが
私としては幽霊やヨルさまの深掘りをしようと思っていたが、確かに事件当日のことを聞くのも重要だ。想乃にお見舞いへ向かう旨のメッセージを入れ、私たちは教室を出た。
扉を出るとすぐ、カメラを首からぶら下げた女生徒が目に入った。
「あの、昨日は、迷惑をかけてごめんなさい!」
彼女らしくない猛烈な勢いで、
「想乃さんが許したのなら、私から言うことは何もないわ。あなたが無事で、本当に良かった」
「想乃ちゃんにも、いっぱい怒られて、いっぱい心配されて、いっぱい抱きしめられた。あんなこと、もう絶対にしない」
ゆっくりと、美守さまは顔を上げた。その顔つきは、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしている。事件の後、美守さまは想乃と和解できたのだ。彼女はもう、想乃をつきまとうようなまねも、飛び降りるようなこともしないだろう。
美守さまの瞳が一年一組の教室の方を向いた。私と想乃の所属しているクラスだ。
「あの、想乃ちゃん、見てない?」
「聞いていないかしら? 想乃さんは昨日階段から落ちて、病院に運ばれたの」
「え、……」
言葉の意味が理解できないかのように、美守さまは瞳を揺らした。見開いた彼女の目が、次第に潤んでいく。ストーカー事件の後で想乃が倒れたと聞いたら、美守さまが責任を感じてしまうかもしれない。
「でも、大丈夫です! 意識ははっきりしてるみたいですし、すぐに復帰すると思いますよ!」
慌てて言葉を捲し立てる私に、美守さまはカメラを向けた。それが写真を撮るための行動でないことを私は知っていた。カメラを構えていると、彼女は心が落ち着く。心の安定を取るための、彼女なりのメンタルマネジメントなのだ。ファインダー越しに私を見たまま、美守さまは口を開いた。
「なら、私は待ってる」
その一言を発するのに、彼女はどれだけの勇気を出したのだろう。きっと美守さまは、今すぐにでも想乃の元へ駆けつけたいはずだ。直接安否を確かめたいし、非があるのなら謝りたいだろう。
けれどそれでは、前と同じ
「そうだ、実は美守さまに伺いたいことがありまして」
話題を変えるように、私は明るい声を上げた。
ヨルさまのことを聞くなら同学年である現三年生がうってつけだが、部活に所属していない私は三年生の知り合いがいない。彼女のことを聞くには、今しかなかった。
「美守さまはヨルさまという生徒をご存じでしょうか」
「え、ヨルさんなら、去年と一昨年、クラスメイトだったよ?」
「本当ですか。あ、もしかしてお友達だったとか」
まずいと思い、私は眉尻を下げた。ヨルさんのことを聞くには三年生が良いと考えていたが、彼女に近しい人であるならば、自殺したという辛い記憶を思い出させることになってしまう。
しかし予想に反して、美守さまの構えるカメラは左右に揺れた。
「違う。私、友達、想乃ちゃんしかいない」
「……えっと、美守さまはそのままで素敵だと思いますよ」
なんと言っていいか分からず、私は無難な台詞を吐く。美守さまは特に気にした様子もなく、言葉を続けた。
「彼女、一年生のころは、おうちの事情とかでほとんど欠席してた。二年生になって、ぽつぽつと、学校に来るようになった。最初はずっと一人で、クラスに、馴染めていなかったけど。ある日を境に明るくなって、友達もあっという間に、増えていった」
幽霊だったヨルさまに実体が伴ってくる。最初はクラスに溶け込まなかったけど、次第に仲良くなっていった女生徒。話を聞く限りでは、学園生活は順風で、自殺をするようには思えない。
「良い出会いが、あったんだと思う。彼女には多分、姉妹がいた。放課後はいつも、楽しそうに教室を出て行った」
「ヨルさまの姉妹、ですか」
何となく気になって、言葉を
「ありがとうございます。参考になりました」
私のお礼にコクリと頷き、美守さまはカメラを下ろした。「何かあれば、いつでも協力する」と、美守さまは柔らかく微笑んだ。普段は無表情な彼女が見せる笑顔は、先輩に対して失礼かもしれないが、可愛いなと思った。
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