3-0 大変な一日だった

 大変な一日だった。


 今日は大切な日だったので、居ても立ってもいられず普段より少し早めに学校へ向かった。朝のうちに、美守みもりさまに薦められた南京錠を買い、志世しよのロッカーに預けていた荷物を受け取った。志世に私の作ったクッキーを喜んでもらえて良かったな。桜の塩漬けが好評だったよって、帰ったらおばあちゃんにも教えてあげよう。


 開運メールが送られたときには、心臓が止まりそうになった。アンラッキーアイテムが私の家のものとピタリと一致したことに、ちまたで騒がれている以上の恐怖を感じた。

 犯人の美守さまは、きちんと私に謝ってくれた。撮った写真を必要以上に見せなかった私にも責任はある。メールだって、私のおばあちゃんを想ってくれての行動だったらしい。美守さまの本音を聞けたことで、これからはもっと良好な関係を築けていけることだろう。

 助けてくれた志世とはきちんと話ができていなかったけど、大きな借りを作ってしまった。今度は桜のクッキー以上のお礼の気持ちを伝えよう。そういえば、また棗子さまと一緒にいたみたいだったな。指を怪我していたのも棗子なつめこさまと関係があるのかな、いったいどんな関係なんだろう。


 今日の振り返りを終えると、私は教室から窓の外を見た。すでに夕日はしずみかけ、空には星が浮かんでいる。けれど私の一日は、まだ終わっていない。

 バッグから便箋びんせんを取り出すと、私は文字を綴った。レターセットは、南京錠と一緒に購買で買っていたものだ。瑠璃色の海がどこまでも広がっているようなデザイン可愛くて、衝動的に買ってしまったものだ。スマートフォンのメッセージでも良かったのだけれど、たまにはこうして文を綴るのも風情があって良い。

 冒頭に「拝啓」と記し、メッセージを書いていく。普段の授業ではだらだらとノートを取っているくせに、こういう楽しいときにはペンが進むものだ。自分で書いた文字が、どこか弾んで見えた。


 コツリ。コツリ。コツリ。


 音が聞こえたのは手紙を書き終え、バッグにしまった直後だった。誰かが廊下を歩く音が聞こえる。時刻はもう、下校時刻を過ぎている。見回りに来た教師だろうか、それとも私以外にも校舎に残っていた生徒がいるのだろうか。何となく、嫌な予感がした。


 コツリ。コツリ。……。


 足音は、私のいる教室で止まった。時間が止まったように静かな教室で、バクバクと鳴る私の心臓の音だけが響いた。視線の先で、ゆっくりと扉が開いていく。


 そして私は、教室に入ってきたそれを目撃した。

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