1-7 どうしたら

源子もとこさまは病院に運ばれました。出血しているわけでもないし、息もあったので、命に別状はないと思います」

「そう……良かったわ」


 虚ろな表情で、棗子なつめこさまは第二美術室に貼られた絵を眺めていた。背もたれのない椅子に重心をかけ、二本足でフラフラと揺れている。

 彼女を横目に、私はホールから持ち帰った衣装をトルソーに着せた。当然のことながら、演劇部の稽古は中止となった。使うはずだった衣装は着る機会を失い、第二美術室へと返却された。


「あの姉妹、これからどうなるのでしょう……」


 結局、源子さまの真意を掴むことはできなかった。サファイアの指輪を眺めている源子さまの愛おしげな表情に、嘘があるとは思えない。源子さまは希生きなりさまのことを本当に大切に想っているはずだ。なのに、事件は希生さまに罪を着せるためとしか思えなかった。希生さまを想う源子さまと、希生さまを害する源子さま、どちらが本当の彼女なのだろう。


志世しよさんはこの事件、人を傷つけてまで解いて良かったと思う?」


 棗子さまの問いに、私は答えることができなかった。


 私が犯人探しをするこなく、棗子さまが犯人として処理されれば、モヤを残しながらも演劇部の稽古は続いていただろう。ルビーとサファイアの姉妹は今も舞台の上で輝いていたはずだ。


「源子さんが犯人であることはすぐに分かったわ。いえ、源子さんが犯人でなくとも、私はきっと同じことをする。解かない、という選択肢を取るわ。謎を解くことだけが、事件を収める唯一の方法じゃない」

「だからあえて、自分が犯人だと名乗り出ていたんですね」


 自分が犯人であると宣言したのは、棗子さまなりの事件解決方法だった。真実にいち早く気がついたからこそ、彼女は犯人として名乗り出るという行動に出たのだ。

 あの状況で、部外者の棗子さまが犯人ではないことは明らかだ。そこをあえて自分に矛先を向けることで、一応の解決を見せる。真犯人である源子さまには、後日呼び出して真意を確かめればいい。演劇部員全員の集まるホールで真相を明かす必用はなかったのだ。


 事件は結果として、誰一人報われない結末になってしまった。上手くいくはずだった場を、私がひっくり返してしまったせいだ。あろうことか、私は無実の希生さまを犯人だと告発した。棗子さまのフォローにより、希生さまに無実の罪を着せてしまうことは防げたものの、源子さまは怪我を負い、希生さまは信頼を寄せていた源子さまに背かれたのだ。壊れた指輪が元に戻ることは、ない。


「真実を明かすということは、誰かの傷をナイフでえぐるようなものよ。宝石をナイフで裂いても、両方に傷が付くだけ。多くの人を傷つけた加害者という点で、やっぱり犯人は、私よ」


 棗子さまは誰も近寄らせないような孤独な目を私に向けた。そのまま泡となって消えてしまいそうなほど、彼女の存在は希薄になっていた。


「……それでも真実を知りたい場合は、どうしたらいいですか?」


 震えた声で、言葉を絞り出す。私はそれでも、事件解かないことが正解だと思えなかった。思いたくなかった。

 もしかしたら棗子さまが犯人だと名乗り出ることで、それを信じて棗子さまに害をなす人がいたかもしれない。それでは棗子さまが一方的に傷付くことになる。そんなのは正しいはずがない。


「どうしたらいいのかしらね」


 棗子さまは天使の描かれた絵画に手を伸ばす。壁に貼られた絵は高く、手が届かない。

 きっと棗子さまも自分が犯人だと名乗り出ることが正しいとは思っていないのだろう。ホールで見せた彼女の冷たい目。あの瞳が納得して行動している人のものだと思えない。衣装を製作しているときの彼女の姿が浮かぶ。棗子さまの瞳はもっとキラキラとしていたのだ。


 放課後の第二美術室に、夕日が差し込まれる。低い位置から注がれる太陽の光が目に入り、くらんでしまう。同じ事を思ったのか、棗子さまは窓に近寄ると、カーテンを閉めた。明るかった第二美術室が光を失い、暗くなっていく。


 棗子さま励ましてあげられるだけの言葉を、今の私は持っていなかった。

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