第6話

「ねえ、それどういうこと。なんで公安警察があなたたちにがさ入れするのよ。そんなこといままでなかったじゃない。」加藤美和は、自宅ソファに腰かけながら、携帯電話を手に激しい剣幕をあげていた。

「ソウイワレテモ、コマルナ。ワレワレニモマッタクココロアタリガナイノデ、アナタニキイテイル。」受話器の向こうから片言の日本語が返って来る。

「公安警察はどこまで掴んでいるのかしら?」

「マフィアボクメツガモクテキトハオモエナイ。オソラク、アナタガススメテイルセイジカノスキャンダルガカンケイシテイルトオモウ。ネライハワレワレトイウヨリ、ハッカータチダッタトオモウ。」

「何故?」

「マフィアノグループハホカニモイルシ、アジトハフクスウアルガ、ハッカータチノセンプクバショガネラワレタ。」

「じゃ、私の素性もばれているんじゃないの?危ないわね。私もそちらに行くわ。場所を教えて。」

「マテ、アイテニハスゴウデノハッカーガツイテイル。アノバショヲトクテイデキルノハナミノハッカージャナイ。ココガバレルトマズイノデ、ワタシノシジドオリウゴイテクレ。」

「わかったは、あなたの指示に従ってそちらに向かうことにするわ。」

電話を切った美和は、舌打ちをして悔しそうな表情を浮かべた。「(せっかくうまく行っていたのに。)」と唇を噛んだ。

そして、その日から加藤美和は自宅から姿を消した。


🔶 🔶 🔶 🔶 🔶


 逮捕出来るわけではないが、職務質問だけでもさせてもらおうと、橘と美咲が加藤美和の住むマンションを尋ねた時には、もう彼女は出て行った後だった。

橘が警察手帳を見せて、管理人に部屋を開けさせて中に入った時には、中はもぬけの殻だった。美咲は、美和がリモート配信のスタジオとして利用していた部屋に入っていろいろ確認してから、出て来て橘に言った。

「足のつきそうなものは、みんな持ち出しているわね。」

「足取りは終えるのかな。」橘が言うと、

「相当優秀なハッカー集団だよ。こちらがマークしていることがばれたんだから、これからは絶対に足がつくようなことはしないでしょうね。かれらの新しい潜伏場所を特定するのは難しいと思うわ。」

「じゃ、どうすればいいんだ。」橘は不安そうに言った。

「サイバー戦をしかけるしかないわね。正面突破。」美咲は言い放った。

「簡単じゃないだろう。」

「他にないでしょ。今更。」

「そうだな。ハッカーたちを取り逃がしたおれが偉そうにいえる立場じゃなかったな。」

「気にしないで。ここからは私の出番よ。戦うわ。」美咲は瞳に強い決意の色を宿した。


🔶 🔶 🔶 🔶 🔶


 公安警察事務所のとある部屋に、美咲が荷物を運び入れていた。

荷物運びには橘も加わっている。IT関連機器でどんどんスペースが埋まって行く。

奥には寝台もある。

「これで全部か?」

「ええ、どうもありがとう。」機器をセットアップしながら美咲が礼を言った。

「悪いな、今日から当分ここで暮らしてもらう。君の身の安全の為と理解してくれ。」

「わかってる。」

そこに特務班の女性メンバーがコーヒーを持ってきてくれた。

「お疲れ様、美咲さん。」と声をかけてきた。

「うれしい。ありがとう、中村さん!」美咲は笑顔で礼を言った。

「何か困ったことがあったら遠慮なく行ってね。」と中村さんと言われた女性は美咲にそう言うと、今度は橘に向かって、「チーフ。それではあとはお願いしますね。」というと部屋を後にした。


 美咲はコーヒーをおいしそうに飲むと、

「ところで、KENTAROの件なんだけど、、」と言って橘を見た。

「KENTAROがどうした?」

「自宅とおぼしき場所を見つけて監視していたんだけど、、ちょっと変なの。」美咲は自分の行った調査の内容を橘に報告した。


 美咲は、KENTAROの個人事務所及び従業員の情報をハッキングして、KENTAROの所在を追っていた。通常の手段でKENTAROの情報にアクセスすると、必ずシステム障害やデータ消失事故に出くわしてしまう。誰かが先回りして阻止しているかのように。それで、事務所と関係者の情報からアプローチした。KENTAROは正式な秘書はおいていないが、従業員のアクティビティ履歴から、ある女性従業員が、週に1度、必ずきまった都内の高級マンションにセキュリテイカードを持って、終業時間中に通っていることを突き止めた。


 このマンションのセキュリテイも厳重だったが、何とか潜り抜けて、8階の803号室を突き止めた。当該マンションはオール電化で監視カメラはじめ、すべての機器がリモート操作可能な優れものだった。監視カメラ映像にもアクセスして、女性が中に入り、部屋の掃除やネット配信へのリモート参加用のスタジオ部屋の機器の調整を行ってそのまま帰っていくのを見た。監視カメラは録画機能が付与されていなかったので、美咲の側で録画することにした。


 部屋に備えられた機器に、KENTAROの絡む配信へのリモート参加の痕跡も確認できたので、ここを自宅と特定した。但、今日録画映像を見るまではということではあったが。


「これがその映像なんだけど。」美咲はモニターに監視カメラの映像を映しだした。画面は6つの小画面で構成されており、ドア前、玄関、居間、キッチン、寝室、スタジオ部屋をそれぞれ映している。女性が中に入って、最初掃除をし、スタジオ部屋で機器の調整やテストをして帰る姿が早送りで写し出されている。画面下には日付と時間が早送りされていた。そしてある日付の始まりで美咲が画面を止めた。

「この日なんだけど、この日はKENTAROが加藤美和が出る配信にゲストでリモート参加した日なの。こちらの機器にもその痕跡があるわ。」

美咲は早送りで画面を進めた。どんどん時間が経過するのに、画面には何も映らない。ドア前だけ他の部屋の住民が通過する体の一部が時々映るだけだ。そして日付が変わった。

「どういうことだ?」橘が尋ねた。

「私にもわからないの。ねえ続きを見て。」美咲はさらに早送りのスピードを上げた。ある日付で、さきほどと同じ女性が2時間滞在して帰る姿が映っていた。そしてある日付でまた美咲は映像を止めた。

「この日もKENTAROはここからリモートで配信に参加した痕跡があるの。」美咲は早送りで映像を再開させたが、日付が変わるまで室内の映像には誰の人影も写らなかった。

「どういうことだ?」橘は驚いて美咲を見た。

「私にもわからない。監視カメラを止めたのかともおもったのだけど、抜けている時間帯は無いわ。」

二人は、キツネにつままれたような顔をして、監視カメラの画像を茫然と見ていた。

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