第3話
天才高校生・KENTAROがネット上でカリスマ性を増大させて行き、その行動が国内外に波紋を広げるようになってくると、今度は政治が動き出すことになった。日本政府は、過激で膨大なフォロワーを抱え、巨大な影響力を持ち、関連の配信で、著名人のスキャンダルも扱うようになって行ったインフルエンサー「KENTARO」という存在に脅威を抱き始めていた。政府はその対策として、国家公安委員会の中に特務班を結成して、健太郎たちの活動に対して対策をさせることを秘密裏に決めた。彼の影響力は、転び方によっては、国家の安全保障に関わる危険な事態を引き起こしかねないとの懸念を持たれたからだった。特務班は、「カリスマインフルエンサーKENTARO対策」という特命を帯びて結成されたのだった。
特務班のリーダーには、元警視庁捜査1課の敏腕刑事で、現在公安警察のエースでもある橘大輔が選ばれた。彼は、幹部候補生でありながら、志願して現場の捜査官としての経験を例外的に積んでおり、持ち前のIQの高さに加え、リーダーシップと卓越した推理力で数々の難事件を解決してきた実績を持つ凄腕の刑事であった。長身で細マッチョの鍛え上げられた肉体に、インテリジェンスの高そうな聡明な容姿をしていた。30歳台後半で、すでに警部になっていたが、まだ独身だった。
「橘、お前に特務班のリーダーを任せる。この任務は極めて重要だということを理解してくれ。だからこそお前が選ばれたのだ。」
公安委員会幹部から直々に特命を受けた。橘は任務の重大さをひしひしと感じていた。
「KENTAROの暴走を阻止し、かならずや国家の安全を守ることを誓います。」
橘は背筋をピンと伸ばし見事な敬礼でそれに応えた。
橘も当然、有名人である「KENTARO」のことは知っていた。まだ何か犯罪のようなものを犯したわけでないことも百も承知だ。だが、力を持ちすぎると国家を脅かす存在になるし、その危険を国は放置しないことを橘はよく理解していた。そのような不安の芽を早い段階で摘み取ってきたからこそ、日本はこれまで法治国家としての威信を保って来れた。そうして歴史が正しく繰り返されてきたのだと彼自身も信じていた。
発令に立ち会っていた、直属の上司である岡田管理官が橘に言った。
「KENTAROってまだ何か問題を起こしているわけではないんだがな。」
「強大な力はいつだって、秩序を脅かす大敵なんですよ。国家というシステムの中に異常に早くて大きな歯車はいらないんです。」と言って橘は笑ってみせた。
「そうだな。期待してるよ。」岡田管理官は橘の肩をポンとたたいてその場を去っていった。
「(KENTAROか、気になっていた存在ではあったんだよな。悪いけどサクッと潰させてもらうぜ。悪く思うなよ。)」橘は心で呟いた。
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特務班はチーフの橘を入れて5名で組織され、インフルエンサーはじめ数々の顔と肩書をもつ「KENTARO」の行動を追跡するための情報収集が、早速始まることになった。
「KENTARO」の直営及び関連サイトでは、政治家や財界人のスキャンダルを扱うことが増えていった。過激なフォロワーが、暴露された著名人のところに直接行って抗議行動を起こしたり、それをさらにほかのチャンネル運営者が配信したりして、政治や経済への影響力は増大していった。その過激さに慣れた視聴者にとって、既存のメディアは退屈な存在となり、収入も落ちて、どんどん影響力を失っていった。なぜか、「KENTARO」関連サイトから出てくる情報には信憑性があり、どこから入手したのか、明確な証拠も出てくるため、実際の逮捕劇や失脚などが次々と起き、それが視聴者をさらに熱狂させていた。
KENTAROの情報収集を行っていた特務班のメンバーは、関係のインフルエンサーの情報は入手できるのだが、肝心のKENTARO自体の情報や足跡を全く追うことが出来なかった。
「かれは本当に実在する人間なの?」特務班の女性メンバーが溜息をこぼした。
「奴は、いつも一人で登場するし、他人と同じ場所で登場したことが無い。余程厳しいい情報統制をしいているんだろうな。」
橘大輔は苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
「チーフ、KENTAROもそうですが、今やKENTAROファミリーの女帝とまでいわれている加藤美和についても、情報がとれません。経歴も海外生活が長いということで足跡を追えません。複数の言語を操るようで、帰国子女であることは間違いないようですが、とにかく情報がとれないんです。著名人のスキャンダルは、いろいろなインフルエンサーが騒いでいますが、情報の発信元は必ず彼女ですしね。」
特務班の他のメンバーが橘に情報報告していた。
「このままでは手詰まりだな。何とか打開しないとな。」
腕を組んで考え込む橘だった。
翌日、上司である岡田管理官に現状を報告にいった橘は、去り際に岡田からメモを渡された。
「管理官。これは?」
「上層部もそうとうやきもきしている。手札は全部使えと命令があった。お前は優秀な刑事だが、これは情報戦だ。お前の得意分野ではない。特務班には情報収集に優れたメンバーも加わっているが、そのレベルでとれる情報ではないということなんだろう?」
「そうですね。要するに、ハッキングのプロをかませろということですね。」
「その通りだ。彼女は、その世界では有名な人間だ。過去に我々も何度か助けてもらった。当然そのことはトップシークレットだがな。」
「わかりました。早速接触します。」橘は、携帯電話番号が書かれたメモを見て、岡田に敬礼してその場を後にした。
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橘は、早速メモの携帯番号にかけて、出た女性に経緯を話して会う約束を取り付けた。
場所は都内某所のショットバーで、公安刑事OBがやっていて、奥に個室がある店だった。橘が良く使う店であった。橘は約束の時間より早めに来て個室で待っていた。時間になると、若い女性が案内されて部屋に入って来た。金髪に染めたショートヘアの細い若い女性だったが、どう見ても20代前半にしか見えなかった。
「始めまして、麻生美咲と申します。」
橘が固まってしまったこともあり、向こうから先に挨拶してきた。
「こちらこそ始めました、特務班の橘です。」
橘も慌てて立ち上がって挨拶すると、
「今日は無理を言って時間を作ってもらってすみません。さあ、座ってください。」と言って、橘は美咲に席を進めて、改めて彼女をまじまじと見た。
「若いんで驚かれました?」と美咲は視線に気付き、いたずらっぽく橘に笑いかけた。
「正直言って、もっと年齢のいった方かと思っていました。」
「聞いていると思いますが腕は確かですよ。女子高生ハッカーの成れの果てですけど。」と言って美咲はかわいらしく笑って見せた。そして、若干戸惑いを見せている橘に言った。
「私、そちらとのお仕事も何度も経験していますので、いきなり要件に入っていただいてかまいませんよ。報酬もそれなりにいただきますので、こき使っても構いません。ご上司の岡田さんもそうしてこられたので、問題ないです。」
橘はあっけにとられていたが、「それでは、お言葉に甘えて。」と言って、要件の説明に入った。美咲は真剣に橘の話を聞いていた。
「デジタル・カリスマのKENTAROがターゲットなのですか。面白そうですね。確かにあの方は謎が多いんですよね。」
「そうなんですか。何故それを?」橘が聞くと、
「いえ、勿論本格的なハッキングをして調査したわけでは無く、興味本位の範囲で追ってみただけなんですが、それでも謎が多いという印象を持ったんです。それに加藤美和さんという方についても不審な印象を持っています。」
「そうなんですか。何故ですか?」と橘は少し驚いた。
「よく見てればわかるのですが、すべて政治家のスキャンダル暴露は、彼女の情報提供から始まっているのです。肩書通りの人かもあやしいかもしれませんね。私の勘ですけど。」
「麻生さんの勘ならあてになりそうだな。岡田さんの信頼も厚かったようだし。」
「それでは、二人の足跡を追うというところから始めますね。1週間時間をください。」
橘はうなずいた。こうして、敏腕公安刑事・橘大輔と天才ハッカー・麻生美咲の遭遇は果たされたのだった。
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