勇者の軌跡閑話4:魔王、勇者を軽視する

 ここは、魔族が住んでいる東の大陸。

 そこの小高い丘に建っている、一見何の変哲もないどこにでもありそうなごくありふれた感じがする「普通」の魔王の城。

 そこの執務室で、魔王が配下の報告を聞いていた。

「・・・そうか、『また』失敗か。」

 報告を聞いた魔王は、そう呟いた。

「はっ、申し訳ありません。」

 魔王にはある野望があった。それは「魔族による世界統一」。

 過去に、神と悪魔の戦いがあり、その際に「悪魔」側に味方した魔族および魔物は、悪魔が神と相打ちになったときに、他の種族から敵視されてしまっていた。

 特に、人口割合が最も多い「人族」は「神」のしもべとして戦っていたため、明確な「敵」と認識されていた。

 ただ、神と悪魔の戦いがはるか過去(言い伝えによると凡そ1000年ほど前)と言うことと、魔族が自分たちがいる大陸から滅多に出なかったため、他種族の記憶から「魔族」の存在は薄れていた。

 そんなときに現れたのが、現「魔王」である。

 魔王はまず手始めに、現在最も多い「人族」の数を減らし、魔族と同等もしくは少なくすることで、種族間の立場で優位に立とうとしていたのだ。

 人族の脅威は、その「数」にある。その脅威を減らすことによって、魔族に優位となる状況を作ろうと考えているのだ。

「今、人族が好き勝手できるのは、『数』の暴力によるもの。であれば、その『数』を減らしてしまえば、さしたる脅威にはならない。」

 そう魔王が言うと、同席していた魔族の幹部が答えた。

「魔王様の仰る通りです。人族は、確かにその『数』によって我々の脅威になっておりますが、裏を返せば、『数』が多いだけの烏合の衆。全種族で最も『魔力』が高い我々の敵ではありません。」

 事実、タイマン(1対1)の場合は、人族は逆立ちをしても魔族には敵わない。

「そうだ、その為に、人族の大きな町や奴らの生命線である『食料』などに甚大な被害を与えるように指示したのだ。」

「はい。それに、人族は同族で争うという愚かな習性をもっておりますので、少しばかり『つついて』やれば平気で同族殺しを行います。」

 当初は、魔王の思惑通りに進んでいった。魔族の記憶が人族から薄れていたこともあり、すること全てうまく行っていたのだ。

 勿論、自分たち「魔族」が表に出ることはしない。魔王は別に「人族」を侮ってはいない。その「数の暴力」の脅威は十分理解している。矛先が「魔族」に向けられることを避けているのだ。

 ところが、最近その作戦が失敗することが増えてきていた。全体からすれば微々たるものだが、これまで「失敗」した事例がなかったため、少し気になっていた魔王だったのだ。

「しかし、人族が我々魔族を倒すことはできないはず。どういうことなのだ?」

 魔王が言った「人族が魔族を倒せない」というのは、万が一魔族の存在がバレて、数の暴力によって倒されることがないように、「対人族」用の魔術により、どれだけダメージを与えられても「人族だけ」ではとどめを刺せないようになっているのだ。

 ただ、あくまでも「人族だけ」ではとどめを刺せないのであって、他の種族(エルフなど)には普通に倒されてしまう。

「そうすると、エルフなどの他種族に倒されたというのか?」

 そう、幹部の一人が尋ねると、別の幹部が首を振って否定した。

「いや、それはない。我々が行っているのはあくまで『人族の数を減らす』ことであり、他種族には手を出していない。」

「そうか、それでは、単に『事故』とかそういうことなのかもしれないな...。」

 返答に納得した幹部が、そう結論付けようとしたとき、同席していた文官があることを思い出したような口調で話した。

「・・・いえ、『対人族』用の魔術が効かない『人族』が居ります。」

「なんだと、それは何者なのだ?」

 魔王がそう問いかけると、文官は真剣な顔で答えた。

「・・・『勇者』です。」

 その言葉を聞いた幹部たちは、どよめいた。

「『勇者』か。確かにあの者であれば、『対人族』の魔術は効かぬな。」

 魔王が納得したように呟いた。

「勇者」。「神の使徒」とも呼ばれており、正確には「人族」ではないため「対人族」用の魔術が効かない。

 また、魔族にとっては正に「天敵」に当たる者であり、過去の「魔王」が何度も「勇者」に倒されているのだ。

「ふむ、時期的に『勇者』が現れるのはあり得るが、まだ『勇者』が我々の計画を阻止しているという情報はないのであろう?」

 幹部の一人が文官に問いかけると、文官は肯定した。

「はい。そのような情報は今の所ありません。」

 確かに、「勇者」が魔王の計画を妨害しているという情報は上がっていない。

 しかしそれは情報が「あがっていないDon't」のではなく「あげられないCan't」からである。何故なら、報告できる者(魔族やその眷属)を現代の「勇者」が(無意識に)全て倒しているからだ。

「まあ、例え『勇者』が現れても、その対策は既に取っている。」

 そう魔王が言った。魔王が言う「対策」とは、単純明快。「数の暴力」である。人族が行っていることを人族の希望である「勇者」にやられるとは、何とも皮肉な事である。

 いくら「天敵」の「勇者」といえど、所詮は一人。最悪、魔族全員が相手をすれば、「勇者」を倒せると魔王は踏んでいるのだ。

「勇者のパーティは人族で組まれており、今まで例外はありません。勇者以外で我々を倒すことはできませんので、脅威は「勇者」のみとなります。」

 実際、過去に魔族の「数の暴力」によって倒された「勇者」もいたりする。

「しかし、いずれ『勇者』は我々の計画に気付き、阻止してくるであろう。それまでに、出来るだけ人族の数を減らしておくように。」

 魔王がそう言うと、同席していた魔族たちは「はっ!!」と答え、一礼した。

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 配下たちが全て退出し、一人になった魔王は、僅かに笑みを浮かべ、呟いた。

「『勇者』よ、私を倒せるものなら倒してみるがよい。尤も、その前にお前の命運は尽きるであろうがな。」

 そう言って窓から外を見ると、不気味なくらい静かな夜のとばりがおりていた。

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 魔王は知らなかった。今代の「勇者パーティ」が「人族以外」で構成されていることを。

 魔王は分かっていなかった。今代の「勇者」に今までの常識が通用しないことを。

 魔王は侮っていた。今代の「勇者」が後に「歴代最強」と呼ばれるほどの実力を持っていることを。

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