勇者の軌跡30:勇者、念願のソウルフードに出会う

 漁師町の事件が解決した翌日、俺らは町の人々に見送られて、に向かって旅を続けていた。

 何故「南」に向かっているのかと言うと、このまま西に進んでも、町がないこととその先に海があって行き止まりになるからである。

 海を渡ってさらに西に向かうということも出来なくはないが、そこまでして西に行こうという考えもないため、北か南に行こうということで、多数決で南に行くことになったのだ。

 ここから南は、漁師町の町長曰く、穀倉地帯となっており、主に「小麦」が栽培されているとのことだ。まあ、この大陸での主食は「パン」みたいだから、必然的にそうなるわな。

「わぁ~、まるで『緑の絨毯じゅうたん』みたいね~。」

 周りの景色を見て、聖女がそう言った。

 小麦の苗植が終わったばかりなのか、辺り一面緑色の苗が所狭しと植わっている。

 今の季節は前世でいうところの「春」。この世界、と言うかこの大陸には「四季」はなく、「春」か「秋」の2つしかない。今は丁度「秋」から「春」へ変わるところだ。

「ゆうしゃ、あといちじかんぐらいでまちにつく。」

 索敵に行っていたアサシンが戻ってきて、そう言った。

 俺達のパーティ内では、時間を「刻」ではなく「時間」で表現している。俺はどちらでもよかったんだが、聖女が「そっちの方がいい」と言うので統一している。まあ、通じればいいので特に問題はない。

「さっきの漁師町の町長からの情報だと、これから向かう町は『勇者の恩恵』を受けているらしいわね。」

「そうだな。確か『農業技術』を搾s...『教授』してもらって一大穀倉地帯に成長したらしいな。」

 俺たちは知らなかったのだが、この辺りの穀倉地帯でこの国の小麦の4割を収穫するのだそうだ。

 そう言うことで、アサシンが戻ってきてから俺たちは景色をのんびり眺めながら歩いて行き、暫くして町に着いた。

「うわぁ~、大きな町ね~。」

 着いたときに、そう聖女が言った。

「うむ、俺の生まれ故郷もこのくらいの規模だったな。」

「へぇ~、やっぱり『勇者の恩恵』はすごいのね~。」

 聖女が暢気のんきにそんなことを抜かした。

 まあ、搾取される方はたまったもんじゃないけどな。ここの勇者も大変だったんだろうな~。な~む~。

 そんなことを話しながら、町に入ると、町長らしきイケメンのおっちゃんとその取り巻き(?)らが待ち構えていた。

「ようこそ勇者様。わが町によくぞいらっしゃいました。ささ、こちらへどうぞ。」

 うむうむ、久しぶりの歓待だな。皆の者、大儀である。

 それにしても、よく俺らがこの町に来るって分かったな、とか思っていたら、どうやら漁師町から早馬で連絡があったようだ。

「さすゆう、こんなかんげいうけたのはじめて。」

 まあ、アサシンはそうだろうな。なんせ「隠密」だから、逆にこんなに目立つといろいろ不都合なことがあるだろうしな。

 そんなわけで、現在町を挙げて接待を受けている最中である。

 聖女は相変わらず出される食事を手あたり次第貪っていた。アイツ飢饉ききんの時に真っ先にくたばるな。

 アサシンは、あの身なりを生かしていろいろな人から情報収集していた。ありゃ「職業病」だな。

 そんな中、俺は出されている料理の中で一際目をひくものがあった。

「な、なあ。あそこにあるのはもしかして『コメ』か?」

 俺が近くにいるイケメンの町長に聞いてみた。

「はい、そうです。この町を発展していただいた『勇者様』はとにかく『コメ』に執着...熱心にされておりまして、今回『勇者様』が来られるということで、特別にご用意いたしました。」

「『コメ』キターーーーーー(゚∀゚)ーーーーーーーーーーーー!!」

 俺が感嘆の声を上げると、会場の人たちが一斉に俺を見た。

「どうしたの!?アンタがこれほど興奮したの見たこと...、一回あったわね。」

 聖女が食い散らかしている皿を持ったまま俺の元にやってきた。

「これが興奮せずにおられるか!この世界に来てようやく出会えたソウルフード!!おお、この町を作った勇者に感謝するっ!!!」

 興奮冷めやらぬ俺を見て、周りはあたふたしている。

「おいコラおっさんこれはどこに行けば手に入る隠し立ては為にならんぞさっさと白状しろちんたらしてんじゃねえぞボケ。」

 俺が勢いに任せてイケメン町長にまくし立てた。

 勢いに押されたイケメン町長は、おろおろしながらこう言った。

「お、落ち着いてください勇者様。この『コメ』はあまり人気がなく、それでいて大量に取れますので我々としても困っている状態でして...。」

 なん...だと...?あの「何をおかずにしてもおいしくいただける」キングオフ主食がぞんざいな扱いを受けているとは...。

 少し冷静さを取り戻した俺は、テーブルにあるコメをよく見てみた。

 そこには、俺が望んだ「白飯しろめし」ではなく、前世の西洋で出ていた所謂いわゆる「サラダ」としての「コメ」であった。

「なあ、この町の勇者はどのようにして『コメ』を食べていたんだ?」

 俺が町長にそう問いかけると、取り巻きの一人がこう答えた。

「はい、勇者様は『コメを炊く』と言うことをして食べておられました。ただ、勇者様がいなくなったことで、その『炊く』技術が失われてしまい、今のように「茹でる」ようになったのです。」

 何と言うことでしょう。まさかの「米を炊く」技術が失われているとは。まあ、上手に炊くのは結構手間暇かけないといけないからな。あとは、「炊く」と言う調理法が特殊なのかもしれない。

「よーし、それじゃあ俺が『米を炊く』技術を教えてやるから、生米とお釜を用意しろ。ほれ、ちゃっちゃと動く!」

 俺の号令の下、給仕や料理人たちが慌てて準備に取り掛かる。

 暫くして、会場に大量のお米と大きな釜が用意された。

「よーし、それじゃあやるか。まずは米を研ぐ。これをやらないとぬか臭くなるからな。次に米をお釜に入れて、水を入れる。水は米に手のひらを置いた所まで浸して、そのまま半刻(1時間)待つ。」

 周りの者は興味深そうに俺の作業を見ている。合法ロリーズも同じだ。

「米が充分に水を吸ったところで、火にかける。最初は中火で吹きこぼれるまでそのまま。そして、吹きこぼれたら弱火にしてしばらくそのまま。最後に火を止めてまた暫く蒸らすと、はい、上手に炊けました~。」

 水につけてから炊き上がるまで約一刻(2時間)、漸く俺が待ち望んだ「白飯」が出来上がった。

 お釜の蓋を開けると、立ち上る湯気とかぐわしき香り。うーん、まいっちゃうなたまんないぜ。

「おお、これはかの勇者様がいつも召し上がられていた『ご飯』と全く同じ!流石は勇者様、素晴らしい!!」

 と、町長と取り巻きらが感動している。うむ、その気持ちわかるぞ。俺は感動で涙がちょちょぎれそうだからな。

「う~、なんかへんなにおい。」

「そうね、少しだけど温泉の所の臭いに似ているわ。」

 そう、合法ロリーズが言った。まあ、炊き立てのご飯は聖女の言ったような臭いが微かにするからな。

「よし、それではこの炊き立てご飯を美味しく食べるとしよう。町長、『塩』は用意してくれたか?」

 俺が隣でお釜の中の白飯を眺めている町長に尋ねると、こちらを向いて頷いた。

「はい、料理人に命じて用意させました。」

 よし、それでは始めますか。

 まずは、良く手を洗って、手のひらに満遍まんべんなく塩を付ける。

 それから、しゃもじ(前の勇者が使っていたものらしい)を使ってご飯をよそって、米粒を潰さないように絶妙に力加減で握る。炊き立てなのでかなり熱いが我慢。

 そして出来たのが、素朴にして至高の一品、「塩おにぎり」だ!!

 既に我慢の限界だった俺は、早速作った塩おにぎりを一口食べてみた。

「うーーーーーーーまーーーーーーーいーーーーーーーぞーーーーーーーっ!!」

 目からビームが出るほど絶叫した。人生15年、漸く魂の食べ物ソウルフードに出会うことができた。勇者さん感謝感激雨あられ

 うむ、正に至高の品。贅沢ぜいたくを言えば、これに「沢庵たくあん」があれば文句なしなのだが、これは我儘わがままだな。いや、それも探してみるか。あれは「ぬか漬け」だから、どこかにあるはずだ。

 そんなことを思っていたら、ふと視線が集まっているのに気づくと、腹ペコ聖女を先頭に皆涎を垂らしながらガン見していた。

「あ、アンタがそんなに叫ぶほどおいしいものなの?私にも頂戴!」

 と、聖女が言ったのをきっかけに次々と要望が上がった。

「まあ待て、こういうものは自分の手で握ってこそ味わいがあるものだ。ということで、いまから「おにぎりパーティー」だーっ!!」

「「「おおおーーーーっ!!!」」」

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 そんな訳で約一刻後(2時間)、追加で炊いた飯計30しょう(45kg)がこの場にいた皆の腹に収まった。

 特に聖女の食べっぷりが凄まじく、手と口に米粒を付けまくってまるで「飲み物」のように塩おにぎりを食べていた。ちなみにこのちびっ子、3升食いやがった。

「勇者様、我々に失われた技術をご教授いただき、誠に感謝いたします。」

 イケメン町長が、膨れた腹をさすりながら俺に礼を言ってきた。

「うむ、これから『米飯べいはん』を推奨し、広く布教するように。」

「ははぁーーーー。」

 俺がそういうと、町長をはじめとした町民たちが平伏した。うむ、励むがよい。期待しておるぞ。

 こうして、俺は念願のソウルフードを手に入れた。やったね!

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 12月29日、自分が敬愛する偉大なる坂田利夫大師匠が鬼籍に入られました。

 謹んでお悔やみ申し上げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。

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