勇者の軌跡閑話3:アサシン、勇者との遭逢(そうほう)を振り返る

 私はハーフリング族の「アサシン」。名前はない。隠密を旨とする私たちに、個人を特定する「名前」はかえって邪魔になる。

 私は、とある「任務」を終えて、里に戻ってきた。族長である私の父は、私の帰りを待ちわびていたようだ。やれやれ、いい加減「子離れ」をしてもらいたいものだ。

 私が久しぶりの自宅でくつろいでいると、里の周りを偵察しているものから連絡があった。

 何でも、人族のパーティらしき二人組がこちらに来ているとのことだ。

 いつものように、道に迷って、たまたまこちらに向かっているのではないかと思ったのだが、どうやら真っ直ぐこの里に向かっているらしい。

 誰かがこの里の場所を教えたのか?考えられるのは、火山のふもとで温泉宿を営む家族だが、あの者たちが教えるとは考えにくい。とすると、やはり只の偶然か?

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 この事については、後にその二人組の一人「勇者」から聞いたのだが、やはり温泉宿の家族からこの里の場所を教えてもらったそうだ。まあ、「この」勇者にお願いされたら私も里の場所を教えただろう。

 その勇者いわく、途中で偵察に来た者たちの気配を感じていたらしく、「気配の消し方が雑。おごりがあるんじゃないのか?」とのことだ。ふむ、こんな簡単に気配を察知されるなんて「斥候せっこう」としては大失態だ。族長である父に報告して鍛えなおしてもらおう。

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 話が逸れたが、その二人組が真っ直ぐこちらに向かっている理由を思案しているうちに、奴らは里の入り口まで来ていた。

 父が、何人かを確認のために里の入り口に向かわせ、私たちは家の中で息を殺して、外の様子を窺っていた。

 すると、外から人が倒れる音がした。

 もしや、何か攻撃されたのではないかと焦ったが、この里は「幻影術」を使って周りの景色に同化させているため、ただの広場にしか見えないはず。どういうことだ?

 そう疑問に思っていたら、再び人が倒れる音がした。

 違う、これは攻撃されたわけではない。本人たちが進んで転んでいるのだ。

 私達がこんな反応をするので思い当たるのは、「コケ芸」。つまり、何か「ボケ」を言われてそれに反応して「コケる」のだ。

 これは、私達が尊敬する「芸人」だけができること。もし、今里の入り口にいるのが人族なら、それはあり得ない。なぜなら、あいつらは私たちが尊敬する「芸人」を認めていないからだ。

 と言うことは、今里の入り口にいるのは、人族ではないのか?

 そんなことを考えていると、外から話声が聞こえてきた。警戒している声ではない。むしろ逆だ。

 私たちが外に出てみると、里の者と人族と思われる二人組が和気藹々わきあいあいと話しているではないか。

 里の者が私たちが出てきたことに気づくと、この者たちを紹介してくれた。

 修道服を着た少女は「聖女」。人族と思っていたらなんと「エルフ」だった。

 そして、背が高く体格ががっちりした人族の男が「流しの芸人」である「勇者」。

 勇者...、なるほど、「転生者」か。それだったらこの世界の「人族」と価値観が違うのも納得だ。

 話を聞いていると、この者も私たち同様、「芸人」を尊敬している。人族が「芸人」をないがしろにしていることを聞いたときに、延々と説教しただけではなく布教活動もしてくれたという。なんて素晴らしいんだ。

 そんなこともあり、私達はこの2人を快く迎え入れ、歓迎のうたげを催すことにした。

 勇者は、父たちと芸人談義に花を咲かせていた。あれほど熱く語る父を見たのは初めてかもしれない。

 一方、私たちの方は聖女を囲んで女子会をしていた。

 女子会と言えば「恋バナ」。私達は聖女に勇者との関係を根掘り葉掘り聞いては、その話に私達は一喜一憂していた。


 そんな楽しい宴が終わった翌日、勇者達が私達のところにやってきた。

 勇者の話を聞くと、何でも私達の中から同行できる「仲間」を紹介してほしいとのことだ。

 父に提示された条件を聞く限り、かなり厳しい。ただ、それだけ「魔王」を倒す旅が過酷なものだというのが想像できる。

 提示された条件を満たせるのは私達の種族全員でも数人、今ここにいる者だけなら一人しかいない。そう、「私」。

 私は、悩んでいる父に「自分が行く」と提案した。

 父や聖女がいろいろ心配してくれていたが、その程度だったら今までの「仕事」で何度も経験している。問題はないはずだ。

 何より、この二人と旅をしたいという好奇心が私を突き動かしていた。

 その後、父も渋々了承してくれて、私は勇者パーティの一員となった。

 それからいろいろ準備を済ませて、私は里の皆に見送られ、勇者達と一緒に旅立った。

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 私は、横を歩いている勇者を見上げる。

 聖女と違い、彼に対して「今は」恋愛感情はない。どちらかと言うと、「同士」としての感情の方が強い。

 しかし、私も今年で23になる。そろそろ結婚しなくてはいけない年齢になってきている。

 私にだって結婚願望はある。しかし今まで「仕事」が忙しく、そんなことを考える余裕はなかった。

 ただ、彼ならアホみたいに強いし、「芸人」への理解があるし、もし結婚するなら...、候補の一人に入る。

 まあ、まだ出会ったばかりだから、これからいろいろ理解してしていけばいいか、と思っている。

 そんなことを考えていたら、勇者が声をかけてきた。

「どうした、アサシン。腹でも減ったか?」

「もーまんたい(無問題)。いつもはらぺこのせいじょとちがうから。」

「あのね、別にいつも腹ペコじゃないからね?この前は『たまたま』量が少なかっただけだから。」

「20人前をあっという間に平らげて、『少ない』と言えるお前はすごいわ。別の意味で。」

「う、うるさいわねっ!ほら、だらだらしていないでさっさと行くわよ!」

「へいへい、それじゃあ、アサシン。いつも通り索敵を頼むわ。」

「ほいほいさー。」

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