勇者の軌跡23:勇者、温泉を満喫する(ただし熱湯)

 意気揚々と俺の手を引いて聖女が旅館の入り口まで来た。

「あ、そうだ。家に入るときは『挨拶』をするんだっけ?えーっと、こんn『はいストーップ!』」

 聖女が「普通」に挨拶しようとしていたので、俺がインターセプトした。

「何を普通の挨拶をしようとしているのだ。芸人ならここで一発かまさんかい。」

 全く、まだまだ修行が足りんな。

「いや、私は『聖女』で、『芸人』じゃないんだけど。」

 と、訳のわからないことをほざいているちびっ子を無視。俺はおもむろに「気を付け」の姿勢をとると、勢いよく挨拶をした。

「ごめんください!」

「はー『どなたですか?』い?」

「東から来ました勇者一行です!」

「まぁー、それは遠いところからよくいらっしゃいました。」

「どうぞお入りください。」

「ありがとう。」

 俺はお辞儀をして、中に入ろうとしたら、横で聖女が呆れた声でこう言った。、

「アンタ、何しているのよ...。あと、旅館の人が返事したけどさえぎったでしょ。」

 むむ、このギャグが分からないとは。このちびっ子聖女にはまだ難易度が高過ぎるか。

 俺がそう考えていると、いつの間にかズッコケていた旅館の人らしき子が起き上がって、恐る恐る声をかけてきた。

「あの~、お客さんですよね?」

「そ、そうよ!ここの温泉に入りに来たの。あ、コイツのことは気にしないで。ちょっと頭がおかしいだけだから。」

 おいこらちびっ子、誰が「頭がお菓子」じゃ。そんなの「愛と勇気が友達」と他の仲間をディスっている某菓子パン頭のヒーローだけじゃ。

「良かった~、この人がいきなり『寸劇』を始められたので、『流しの芸人さん』かと思っちゃいましたよ~。」

 ん、「寸劇」?「流しの芸人」??もしかして、この娘...。

「お嬢さん、君は『お笑い』に対する理解があるようだが?」

 俺が、「キリッ」とした表情で旅館の娘(多分)に問いかけると、

「あ、あはは...、皆さんこの姿でよく間違われるんですけど、私これでも『20歳』なんですよね~。」

 とこの子(ただし20歳)が答えた。

「・・・もしかして、あなた『ハーフリング』族なの?」

 横から割って入った同じちびっ子の聖女が確認してきた。

「は、はい!お客さんよくご存じで。この旅館の従業員は、皆『ハーフリング』なんですよ。」

 ほほう、このちびっ子(ただし20歳)が「ハーフリング」なのか。確かに見た目は小学生高学年ぐらいだな。あのちみっ子王女と同じくらいだ。

 ん?とするとあのちみっ子王女は「ハーフリング」なのか?でもオカンの王妃はゴージャスボデーだったから違うのか?まあ、別にどうでもいいや。興味ないし。

 いやいや、問題はそこではない。この子は「お笑い」を分かっているような発言をしたので、その確認をしたいのだ。

 そう思って、口を開きかけた時、旅館からこれまた小学生高学年ぐらいの子が2人出てきた。

「おいおい、そんなところで何を話し込んでいるんだ?」「そうよ。それに、そちらは『お客さん』じゃないの?」

 ん、この口調、この2人もしかして...。

「あ、お父さんにお母さん、この人たち、『流しの芸人』さんなのよ!」

 OH、やっぱりそうか。この2人も「ハーフリング」だな。3人並んだら絶対親子には見えん。親戚の子供たちやクラスメートと言われた方が納得するわ。

「違うわよ!コイツはともかく、私は『聖女』よっ!!」

 ちびっ子がちびっ子に文句を言っている。傍から見ると文字通り「子供のケンカ」だな。何と見苦しい。

「え、『聖女』様?...そう言えば、そんな恰好をしている気が...、あれ、あなた『エルフ』なの!?『人族』じゃなくて?」

 ふむ、やっぱり「聖女」といえば「人族」が就くというのが常識みたいだな。まあ、このちびっ子はユニーク個体だからな。例外、もしくはレアケースだな。

「・・・ということは、この人は『流しの芸人さん』じゃなくって、もしかして...。?」

 旅館の娘が俺の方を見て、そう呟いたので、

「そう、『勇者』よ!信じられないだろうけどそうなの!!私だって未だに『?』ってなるときがあるから!!!」

 やかましいわこのロリババア。俺だったいまだにお前が「同い年」だとは信じていないわ。あ、俺と「同い年」ではなくてオカンと「同い年」か。いやー、しまったしまった島●千代子。

「『勇者』様でしたか。これは娘が失礼しました。私はこの旅館の主をしております。隣にいるのは家内です。」

「勇者様、聖女様、ようこそ我が旅館においでいただきました。」

 そう言って、この旅館の主人と女将(見た目小学生)がお辞儀をした。うむ、苦しゅうない。面を上げよ。

 そういえば、町で冒険者から聞いた話と違って、別に嫌われているような感じはしないのだが?

 とか思っていたら、その疑問をちびっ子聖女が代わりに聞いてくれた。

「ねえ、あんたたち『ハーフリング』って、人族を嫌っているって聞いていたんだけど、そんな感じはしないわよね?」

 すると、この旅館の主人と女将が「ああ」と理解した顔をして、

「それは『一般的な』ハーフリングですね。我々は客商売をしていますので、他の者よりは態度が柔らかいんですよ。」

「それでも、嫌悪感が全くないわけではありませんがね。まあ、我々も『プロ』ですから、その辺は表情に出ないように心がけていますよ。」

 と主人と女将が笑った。流石はプロや、風呂屋だけに。

「しかし、『こんな時』に勇者様が来られるとは、これも何かのお導きかもしれませんな。」

 何か、主人が不吉なことを言っているような気がする。やだよ?トラブルに巻き込まれるなんて。面倒くさいし。

「何?どうかしたの?」

 と、聖女が正義感丸出しで首を突っ込んできた。おいこらロリババア、むやみにやぶつつくな。アナコンダが出てきたらどうするんだボケ。

 すると、「待ってました」とばかりに主人が事情を話し出した。

「実は、数日前から『熱湯』の湧水ゆうすいが止まらないのです。」

「え?『お湯』が出るのが止まらないって、何が問題なの?ここ、温泉旅館よね?」

 と主人の話に聖女が疑問を呈した。

 よく話を聞きなさい。「熱湯」の湧き出しが止まらないんじゃ。「お湯」とは違うのよ?

「いえ、『お湯』なら問題なく、むしろありがたいくらいなのですが、『熱湯』なので、普通の方は入浴できないのです。」

 ほほう、「普通」の人は入浴できないとな。面白い、その挑戦、受けて立とうではないか!

「それじゃあ、俺が試しに入浴してみるわ。どのくらい熱いかを体験しないと、どう対応すればいいか分からんからな。」

 旅館の親子は「は?」とした顔をし、聖女は「またか」と言う顔とため息をついた。

「し、しかし勇者様、『熱湯』ですよ?いくら勇者様が御強いとはいえ、流石にこれは...。」

 何を言う、早●優。「熱湯」といえば、芸人にとって「鉄板」のネタではないか。これをやらずに「芸人」と言えるのか、いや、「否」だ!

「あー、別に心配しなくてもいいわよ?本人はやる気満々だから。」

 と聖女が言った。うむ、その通り。早くやろうず。

「おう、聖女の言うとおりだ。それに、万が一怪我なんかしても責任を取ってもらうなんて真似はしないから心配するな。」

 そう、俺が念を押すと、主人が渋々了解した。

「わ、分かりました。それでは、どうぞこちらへ。」

 と、旅館に入り案内された風呂場に到着。

「わっ、一面湯気で真っ白ね!」

 と聖女が言うように、風呂場は湯気で充満しており、湯舟が見えない。

 それでも、お湯の熱気が伝わってくる。ほう、そこそこ温度が高いようだな。

「あの~、本当によろしいのですか?」

 心配した主人が、再度確認してきた。

「構わん!男に二言はナッシング!ということで、秘技『アーマーパージ』!!」

 そう叫ぶと、俺の体が一瞬光り、次の瞬間、「生まれたままの姿」になっていた。(要は「すっぽんぽん」)

「キャアアアアアアっ!!な、何してんのよアンタはッ!!」

 耳をつんざくような悲鳴を上げた聖女。何を騒いでおるのだ。風呂に入るのだから素っ裸になるのは当然だろうが。

「ゆ、勇者様、あなた様の世界ではそれが普通なのでしょうが、この世界では『湯あみ着』を着て入浴するのです。」

 そう、主人が教えてくれた。なんと、そうなのか。まあ、前世でも昔は浴衣を着て入浴していたそうだからな。

「あ、そう。それじゃあ、その『湯あみ着』を貸してちょんまげ。あ、もしかして入り口にかけてあった服がそれ?」

「は、はい。少しお待ちください。すぐに持ってまいりますから。」

 主人が慌てて「湯あみ着」を取りに行った。ちなみに、聖女は真っ赤にした顔を手で覆い、後ろを向いてしゃがんでいる。ふむ、ちびっ子には少々刺激が強かったか?

 そんなわけで、主人が「湯あみ着」を持ってくるまで信楽焼のタヌキ状態になっていると、湯気が晴れてきて湯舟が見えてきた。

 ・・・ん、気のせいか?お湯が「沸騰ふっとう」しているように見えるのだが。

「勇者様、お持ちしました。」

 主人が「湯あみ着」を持ってきたので、とりあえずそれを着て主人に目の前の湯舟の状態を聞いてみた。

「なあ、俺の気のせいだったらいいんだけど、このお湯『沸騰』してない?」

「はい。その通りです。このように『熱湯』になってしまっているのです。」

 マジか。マジの「熱湯」か!?リアクション芸人がやる「熱めのお風呂」じゃないんかい!!こんなのに入ったら「茹で勇者」になってまうわボケ!!!

 う~ん、どうすべ?「エターナル・ブリザード」を使ったら一発で冷えるけど、ここら一帯氷漬けにしちゃうしな~。

 俺が悩んでいると、突然ひらめき電球(蛍光灯)が「テカテカテカーン!」と点灯した。

 そうだ、この手があったか!多少俺の「芸人」としてのプライドが傷つくが、背に腹は代えられん!では早速やってみるか!

 おっと、その前に、確認しなければならないことがあった。

「なあ、ここの温泉って、『源泉かけ流し』なのか?」

 そう、旅館の主人に聞くと、主人は「はい」と答えた。

「それじゃあ、源泉の供給を止めてくれるか?そうしないと、いつまでたっても温度が下がらんからな。」

「あ、はい。分かりました。おい、源泉を引いている管の元栓を閉めてきてくれるか?」

「はーい。」

 旅館の娘が元栓を閉めに行ってくれた。

 しばらく待っていると、旅館の娘が戻ってきた。きちんと元栓を閉めてくれたそうだ。よしよし。

 改めて、俺は湯舟に向かって、こう言った。

「布団が吹っ飛んだ」

 ビュオオオオオオーーーッ!

 突然、湯舟に吹雪が巻き起こり、見る見るうちにお湯の温度が下がっていった。

 ・・・そろそろかな?と思って、お湯に手を入れてみると、所謂「熱めのお風呂」ぐらいまで下がっていた。

「そんじゃ、入りますかね~。」

 そう言って、俺は湯舟に入り、お湯に浸かった。

「うぇぁぁ~ぃ、ちと熱いけど、この世界に来て初めての温泉だ。いやー、ビバノンノンだな。」

 俺は頭に手拭い(らしき物)を乗せ、入浴時の定番の歌を歌った。いやー、極楽極楽。

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 勇者が温泉を満喫しているとき、旅館の親子と聖女は、目を丸くして呆然としていた。

「・・・目の錯覚かしら。アイツが何か言ったら突然吹雪が起こって、お湯を冷ましたように見えたんだけど。」

「・・・まさか、『寒いギャグ』でお湯の温度を下げるとは...。流石は勇者様ですな。」

「・・・相変わらず非常識な奴ね、アイツは。」

 何故か納得した旅館の親子と、相変わらず非常識な事で暢気のんきに歌を歌って温泉を満喫している勇者に呆れる聖女であった。


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 去る8月10日、吉本新喜劇の桑原和男先生が御逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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