②聖女様の取り巻きをやっていますが、聖女様には指一本触れさせま……え、私が好き?聖女様じゃなくて?
「
「はい!」
大変ありがたいことに
すぐにでも行動に移れるようにと、帰宅準備はすでに終えております。
「聖様、
「さようなら、また明日」
「さようなら、皆さん」
聖様をお慕いする仲間達が私達を見送って下さいます。
本当は自分達が聖様と一緒に下校したいでしょうに、文句も言わずに送り出して下さることに感謝です。
最近は私が独り占めしている事が多いような気がするので、明日からしばらくは他の方にお譲りしましょう。
誰から始めるのが良いでしょうか。
仲間達の顔をさっと見回すと、一人だけ浮かない顔をしていることに気が付きました。
そういえばあの子、今朝からずっと沈んだ雰囲気でしたね。
気になってはいたのですが、今日は忙しくて話しかける機会がとれませんでした。
……仕方ありませんね。
お手を煩わせてしまうのは大変申し訳ないですが、聖様のお力を借りるとしましょう。
「あ、ごめんなさい聖様。今日は私用があるのを忘れてましたわ」
「あらそうなの?」
「はい、折角お誘い頂いたのに申し訳ございません」
「気にしなくて良いわ」
「代わりと言う訳では無いのですが、桜さん、聖様とご一緒させて頂いたら?」
「え?私ですか?」
相変わらず私は大根役者ですね。
仲間達は気付いていないようですが、聖様は私の意図に気付いて下さったご様子。
私の提案を受けて桜さんと一緒に帰宅なさいました。
聖様ならきっと彼女を元気づけてあげられるはずです。
このまま私もすぐに帰宅してしまったら聖様と鉢合わせてしまうかもしれないので、スマホを弄りながら教室で少し時間を潰します。
その間に仲間達やクラスメイトも部活や帰宅で次々と教室を出て行きました。
そろそろ私も帰ろうかしら。
そう思ってスマホをポケットに仕舞ったとき、私にとある男子が声をかけてきました。
「あのっ、鳳さん!」
その人物はクラスメイトの
え、え、なんで笛吹君が私に!?
きゃー!格好良いー!
笛吹
クラスメイトにして超絶イケメン。
しかも成績優秀でスポーツも得意で性格も良いという完璧超人。
女子達の憧れの的が、どうして私なんかに声をかけて来たの!?
ああもう素敵すぎて涎が出ちゃうってダメダメ、そんなことしたら変態じゃない。
それに良く考えるのよ。
男子が私に話しかけるなんて理由は一つしかないじゃない。
私の大切な人。
きっと聖様に用があるんだわ。
聖様は清楚で可憐で全生徒の憧れとも言える母性溢れる女の人。
聖女様と呼ばれるに相応しい慈愛に満ちた人格者。
当然生徒達からの人気は高く、聖様に告白したい男子は山のようにいるでしょう。
ですが無神経に押しかけられても聖様はお困りになるだけ。
だから男子が勝手に近づかないように私達がお守りしているのです。
もちろん、聖様に相応しい殿方でしたらお話しする機会ぐらいは作って差し上げてます。
ただ少し悲しいことに、その『相応しい』のボーダーがとても高くてしかも高圧的に男子を拒絶してしまうことから、私は多くの男子から嫌われてしまっています。
高圧的になってしまうのは、男子との会話が緊張してしまうからなので許して欲しいのですが、『相応しい』ボーダーは決して高くないはずです。
別に成績優秀になれとか、部活のエースになれとか、超絶イケメンになれとか、そんなハイスペックは求めてませんよ。
何事も平均より少し上くらいで十分ですし、最低限の身だしなみを整えて下さればそれで良いのです。
もちろん、それでも下心しかないクズ男は問題外ですが。
笛吹君は合格どころか、聖様にお似合いの素敵な男性です。
彼はこれまで聖様に興味を抱くそぶりすら見せませんでしたが、きっとついにその時が来たのでしょう。
「何かしら」
思わず冷たい声が出てしまいました。
私に用があるのではないかと勘違いして舞い上がり、実は違うと分かったことによる自分勝手な落胆の気持ち。
笛吹君に話しかけられたことによる極度の緊張。
そして、聖様に直接アタックせずに私を通して話をしようとする男らしくない所業への苛立ち。
はぁ、笛吹君はそういうタイプじゃないと思ってたんだけどなぁ。
少しだけがっかりしました。
「少しだけお話させてください!」
ああ、やっぱり笛吹君は聖様と話がしたいのね。
それならこんな回りくどい事はしないで堂々とアタックしなさい。
そうすれば私がちゃんとその機会を作ってあげるのに。
「お願いします。少しだけで良いんです!」
笛吹君はしつこく話しかけてくる。
潔く諦めないところもまた、彼への評価が下がる理由となってしまった。
これ以上幻滅する前に、さっさと帰りましょう。
そう思って鞄を手にした時、私はとんでもない勘違いをしていたことに気が付いた。
「どうしても
「え?」
笛吹君は今なんて言ったのかしら。
聞き間違いよね。
まさかあの笛吹君が私に話があるなんてありえないもの。
で、ですが念のため確認しておきましょうか。
「私に?聖様では無くて?」
「はい、鳳さんに、です」
ふぁあああああああ!
じゃあ話があるっていうのは、言葉通りに私に向けた内容だったの!?
聖様と話がしたいから何とかして欲しいって意味じゃなかったの!?
そ、そんな、な、にゃんで私に。
笛吹君疑ってごめんなさああああああああい!
ひゃうう、ら、ダメよ光。
ここで動揺したら、その、恥ずかしいじゃない。
素直に謝って話を聞かないと。
「ごめんなさい。勘違いしてたみたい。それで何のお話かしら」
よ~し良くやったわ。
完璧に冷静に謝れたでしょ。
笛吹君もほっとした感じになってくれている。
でも勝手に勘違いして冷たい態度をとっちゃって、私の印象悪くなってしまったかしら。
光のバカバカ!
最初からやり直させて!
私の内心は後悔の嵐が吹き荒れていました。
しかしそれを決しては表に出しません。
素敵な男性に狼狽える姿を見せたくは無かったからです。
しかしそんな私のやせ我慢は、いとも簡単に打ち砕かれました。
「鳳さん!好きです!僕と付き合って下さい!」
……
…………
……………………え?
い、今、笛吹君は何て言ったのかしら。
おかしいわね、今日はどうも耳の調子が悪いみたい。
落ち着いてゆっくり思い出すの。
そう、確か笛吹君はこういったわ。
鳳さん!
好きです!
僕と付き合って下さい!
そう、そうね。
これで間違ってないわね。
ふょあふぁふぉあふぁおふぉあふぉあふょあ!?!?!?
にゃ、にゃにゃ、にゃんで!?
嘘でしょ!
だって私ですよ。嫌われ者の鳳光ですよ!?
やっぱり聞き間違いよ!
確認しないと!
「な、な、な、何を突然言ってるの。聖様の間違いでは無くて?」
「違います!僕が好きなのは鳳さんです!」
「ふぇあえふぇ」
なんでええええええええ!?
う、うう、笛吹君からこ、ここ、告白されちゃった!
ど、どど、どうしよう。
なんで?
どうしよう?
なんで?
どうしよう?
なんで?
どうしよう?
助けて聖様!
そうだ聖様だ。
私は聖様に尽くさなきゃだから、お付き合いする暇なんて無いのよ。
決して笛吹君と一緒だと心が持たないとかそういう訳じゃないから。
恋愛にビビってるわけじゃないから!
「わ、わた、私は聖様一筋だから、付き合うとか、そういうのは、考えられないっていうか、その、ええと、ごめ」
「ストーップ!」
この声はまさか。
「聖様!?」
なんでここにいるのでしょうか。
とっくに帰ったはずなのに。
「お帰りになったはずでは?」
「少し気になることがあったの。戻ってきてよかったわ。光が大切な機会を棒に振るところを止められたのだから」
まさか聖様は私に笛吹君と付き合って欲しいのですか!?
そんな、殺生な。
私はまだ聖様に尽くし足りないんです。
「いえ、そんな、私は本当に付き合う気は」
「それを判断するのは彼のことをもっと知ってからでも良くて?」
「それは……」
笛吹君のことならいっぱい知ってますから!
聖様に相応しい男子は事前に調査してあるので、彼が素敵な男性であることは聖様よりも知ってるんです。
でも、それは笛吹君には分からない事ですね。
ここで問答無用で断ったら、相手の事を知ろうともせずに拒絶されたと思われてしまいそうです。
もし笛吹君がそれで自分に自信を無くしてしまったら……そんなのは嫌です。
いやいや、だからといって付き合いたいってわけじゃなくて、ええと……
そうやって逡巡しているうちに、聖様は笛吹君に話しかけ始めました。
「あなたは……笛吹 輝さんですよね」
「は、はい」
そしてとんでもないことを聞いたのです。
「もしよろしければ、光の何処が気に入ったのかを教えて下さらないかしら」
聖様は私の事を羞恥で死なせる気ですか!?
あなたが教室に戻ってきたことに気付いた仲間達も着いて来ていて見られているのですよ!?
笛吹君お願いです。
断って下さい。
私を困らせないでください。
「酷なお願いをしているのは理解しています。ですがどうしても聞いておきたいのです。光は私の大切な人だから、貴方が彼女のことを本当に・・・想っているのか知りたいのです」
はいダメー
聖様ずるいです。
そんなこと言ったら笛吹君が退けないのは分かっているくせに!
ほらぁ、笛吹君が何かを決意した顔になっているじゃないですか。
超格好良い!
「まずは可愛いところです」
「ふひゃぁ」
「それは私も同意するわ」
「ふぉわあぁ」
ふぁ、ふぁ、もうふぁめ。
笛吹君だけじゃなくて、聖様まで。
うわああああん。
嬉しいけど恥ずかしすぎるよおおおお!
「次は、大切な人に『尽くせるところ』です」
うん、これは大丈夫。
だって自信をもってそうだと言えるところだから。
嬉しいけれど動揺はしない。
「それは……本当は同意したくは無いのだけれど、同意せざるを得ないわね」
聖様、それってどういう意味ですか?
私があなたに尽くしているのは迷惑だったのでしょうか。
でも同意せざるを得ないとも仰って下さっているし。
その疑問は一瞬で忘れ去られることになった。
「笛吹さんは光に尽くしてもらいたいのかしら」
「もちろん尽くしてもらえたら男冥利に尽きると思います。ですが、僕も彼女に尽くしたい。鳳さんとはどちらかが一方的に尽くすような関係では無くて、お互いにお互いを大切にして肩を並べて一緒に歩くような間柄になりたいと思ってます」
「ひゃうう……」
これってもうプ、プロ、プロポーズみたい。
ぴゃああああ!
「それは……本当に、本当に素敵なことね」
私は笛吹君の言葉で頭が真っ白になって、聖様のこの言葉に気付かなかった。
というかもう止めて!
私のメンタルは崩壊寸前よ!
「それで光の好きなところはそれで全部かしら」
「いえ、一番大事なことが残ってます」
「それは?」
「『優しい』ところです」
はいトドメ来ましたー
仲間達も流れに乗って私を絶賛して来るじゃないですかー
「ひゃ、ひゃめへ……」
私の抗議はもちろん届くことは無かった。
もうどうにでもな~れ。
「あなたが光のことを本当に好きだという事が分かったわ。疑ってごめんなさいね」
「いえ、当然の心配だと思いますから」
私のメンタルはもう立ち直れないくらいにボコボコにされてしまいました。
あまりにも恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
でもこのまま流れに任せたら、聖様は私と笛吹君を確実にくっつけようとしそうです。
「光に春が来たようで良かったわ」
「ま、待ってください聖様。私は付き合う気は……」
「あら、苦手なタイプだったのかしら」
「そういうわけでは無いのですが……」
やはり私の予想は正しかったようです。
笛吹君と付き合えるなんて夢みたいだけれど、でも私にはそれ以上に聖様のことが大切なんですよ。
この気持ちは決して嘘では無いのです。
「分かったわ。ではこうしましょう」
聖様は何かに思いついたように両手をぽんと胸の前で合わせました。
「これから出す課題をクリアしたら光とのお付き合いを認めます」
「「え?」」
課題とはどういうことなのでしょうか。
てっきりもう笛吹君のことを聖様はお認めになっているのかと思いました。
「光はまだ笛吹さんのことを良く知らないから戸惑っているのよ。だから笛吹さんの素敵なところを光に知ってもらおうと思うの」
「聖様、私は別に彼の事を知っても……」
「あら、それでも気に入らなかったのならそう言ってお断りすれば良いだけの話でしょう。彼の事を知った上でのお断りなら、彼も納得出来るでしょう」
「それはそうですが……」
やはり聖様は私の事を分かって下さってます。
こう言えば私が笛吹君の気持ちを気にして今すぐ断れないだろうと。
こうなったら聖様の狙い通りに笛吹君が納得する理由を見つけるしかないのでしょうか。
それはもしかしたら一番上手く行く方法なのかもしれません。
絶対にその理由は見つかるはず。
だって私
「ということで最初の課題を発表します!」
聖様は楽しそうになってきました。
これだけ感情を表に出して上機嫌なのは中学の時以来かも知れません。
「最初の課題のテーマは『学力』よ。来週の中間テストで全教科の平均点を前回よりも五点プラスさせること」
「「「「「「「え!?」」」」」」」
もしかして私は思い違いをしていたのでしょうか。
聖様は私と笛吹君が付き合うのを阻止したいのかもしれません。
だって笛吹君はこの高校でトップクラスの成績優秀者。
全ての教科で隙が無くて総合成績のトップ十に入っている人です。
確か前回のテストでは総合平均点が八十点台の半ばだったはずです。
つまり次のテストで平均九十点近くにしなければならない。
六十点を六十五点にするのとはわけが違います。
クリアさせる気があるとは思えない、あまりにも無茶苦茶な課題です。
「聖様、流石にそれは……」
思わずフォローしてしまいました。
いくらなんでもこれは笛吹君が可哀想です。
「光のことが本当に好きならば、このくらい頑張れるはずよ」
「分かりました。やってみせます」
「笛吹くん!?」
「大丈夫です、鳳さん。僕の想いを見ててください」
「いや、え、いいの?」
「……やってみせます!」
お願いですから私をみつめるのは止めて下さい。
自分がイケメンだってことを自覚してください。
恥ずかしくて溶けてしまいそうになっちゃいますから!
ひとまずこの日はこれで解散となり、笛吹君は早速勉強するためか急いで帰宅しました。
仲間達も解散したので、私は聖様に気になったことを聞いてみました。
「どうしてあのような無茶な課題を出されたのですか?」
「そうかしら。五点くらい少し頑張ればいけそうでしょ」
まるで五点を上げる余地がかなりあるとでも思ってそうな物言い。
まさか聖様は。
「笛吹君の前回の総合平均点は八十五点くらいなのでかなり難しいかと」
「へ?」
ああ、やはりそうでしたか。
最近は鳴りを潜めていたのですっかり油断してました。
聖女様は少しだけ、その、ポンコツなところがあるのです。
きっと笛吹君の成績を知らなかったのでしょう。
やらかして慌てる聖様の様子が懐かしくて、私はつい小さく笑ってしまいました。
――――――――
「グチグチ言わないの!この話はもう終わり!決まったこと!はい、つぎつぎ!」
サッカー部集団を相手にハットトリックを達成せよという課題に失敗した笛吹君を強引に合格させようとする聖様。
もちろんこれもポンコツを発揮して誤った課題設定をしてしまった自分を誤魔化しているだけです。
なお、笛吹君はテストの課題を後一歩のところで達成できず、そちらも聖様が強引に合格にしました。
というか、平均点九十点ギリギリとか凄すぎます。
学校でも必死に勉強してましたし、それが私と付き合うためだと思うと嬉しすぎて自分の勉強が捗りませんでした。
サッカーの試合も、サッカー部に翻弄されているけど必死の思いで食らいついている様子が見ていられなくて、思わず両手を組んで神様に祈ってしまいました。
はぁ……格好良かったぁ。
聖様は失敗したと思ってますが、私のために絶対に無理だと思われた難題に必死になって挑戦する笛吹君の姿を見て惚れない訳がありません。
いえ、最初から笛吹君のことは惚れてましたが。
ええ、惚れてましたよ。
別に私は自分の気持ちを見ないふりなんてしてませんもの。
でもそれと付き合うかどうかは別の話です。
「最後の課題はもちろん光との相性ね」
「相性ですか?」
「そう。どれだけ頭が良くてどれだけスポーツが得意でも、一緒に居て楽しく無ければ意味が無いわ」
「はい、僕もそう思います」
それは私も気になっていました。
果たして
「だから次の日曜にデートしなさい」
「え?」
「聖様!?」
で、でで、デート!?
私が笛吹君とデート!?
しょれは無理いいいい!
二人っきりで話なんか出来るわけないです。
今はこうやって聖様が間に入って下さっているから、辛うじて話が出来ているんですよ。
笛吹君の顔を見るだけで顔が真っ赤になってしまいそうなんです。
遠くから眺めるだけで胸の高鳴りが止まらなくて呼吸すらままならなくなってしまうんです。
それなのにデート!?
これだけは阻止しなければ。
「何度も申し上げますが、私は誰かと付き合う気は」
「光」
「!?」
聖様の様子が変わりました。
これまでの浮ついた雰囲気が消えて、真面目に私の目を見つめてきます。
「お願い。笛吹さんの事をちゃんと見て考えてあげて」
それはもちろんそうします。
ここまで関わったのに、おざなりに返事をするなんて失礼にもほどがありますから。
でも答えは決まっています。
私は笛吹君よりも聖様を選ぶって。
「
そんな私の内心は見透かされていたのだろう。
聖様はそんな私の
これまで目を逸らしていたことに、立ち向かう時が来たのかもしれない。
それを直感的に感じたからか、私は思わず返事をしてしまった。
「…………はい」
――――――――
きゃー!笛吹君とデート!デート!デート!
ど、どど、どうしよう。
何着て行こうかしら。
笛吹君はどんなのが好みかしら。
大人っぽいのが良いのかな。
それとも可愛らしい系かな。
男子ウケを狙うべきよね。
でもやりすぎだと引かれそう。
ああもう、どうしようどうしようどうしよう。
あれ、スマホに聖様から通知が来た!
『露出多めで押し倒されちゃえ』
聖様ああああ!
なんてこと言うんですか。
露出多めなんて恥ずかしいですよ。
でも笛吹君も男の子だから少しくらい多い方が喜んでくれるかしら。
ってダメよ、笛吹君は誠実な男子だから逆に困らせるだけよ。
……私でも押し倒したいって思ってくれるかしら。
ひゃふぁあああ!
私ったら何考えてるのよ!
ええ、そうですよ。
滅茶苦茶楽しみですよ。
グダグダ文句ばかり言ってたくせにって思われるでしょうね。
さっさと付き合えって言われるでしょうね。
あんな素敵な方とデートが出来るんだから舞い上がってもしょうがないじゃない。
私だって本心では……!
ってきゃああああああああ!
笛吹君格好良すぎるぅ!
私服のセンスも最の高よ!
欠点とか無いの!?
「ご、ごめん。凄く似合ってて見惚れちゃってた」
「ふぉあぃ!?」
幸せ過ぎて、死んでも良いかも。
なんてことを何度思ったかしら。
最初は笛吹君と街を歩くだけで幸せだった。
歩くスピードを合わせてくれて、人や物にぶつからないようにさりげなく気遣いしてくれることが嬉しかった。
緊張してキツメの言葉を口にしても笑って受け止めてくれるのが素敵だった。
緊張が解けて来て自然に会話が出来るようになると、好きとか照れとかそういうのを忘れて楽しかった。
くだらないことを笑い合い、揶揄い合ってふざけたり、同じものを見て同じように共感した。
ずっと緊張で何も出来ないと思っていたのに、こんなにも自然体で楽しめるなんて思わなかった。
聖様はこのデートで相性を確認するようにと私達に言った。
少なくも私の方は文句なしだ。
笛吹君もそう思ってくれているでしょうか。
私達は映画を見終えてカフェで楽しい時間を過ごしました。
その時に、笛吹君の過去についても教えて貰いました。
まさか笛吹君が元々はあんなにも根暗なキャラだったなんて。
今の清潔感溢れる爽やかイケメンとは真逆の雰囲気だったわ。
よっぽど努力したのね。
これほどに自分を磨く努力をする人なんて見たことが無いわ。
私はまた笛吹君を惚れ直した。
と思ったのは甘かったわ。
「成績は元々平均点以下!?」
「運動が全く得意じゃなかった!?」
「話をするのが苦手だから練習した!?」
なんと笛吹君が努力したのは見た目だけじゃなかったのです。
「ちょ、ちょっと待って。それ全部やったの?」
「うん。頑張った」
「信じられないわ。でも、そっか、だからこんなに……」
非の打ち所がない王子様のような人に感じられるのね。
「?」
「な、なんでもないわ!」
そんなこと照れくさくて言えないけれど。
こんな素敵な人が、どうして私を好きになったのだろう。
笛吹君との会話が途切れた時、ふと、その考えが頭を過った。
私の事を好きな理由は知っている。
でも、たったあれだけのことで好きになって貰えるものなのかな。
私
決して釣り合わない相手。
そんな笛吹君が私と肩を並べて歩きたいとまで言ってくれた。
正直、嬉しい。
釣り合わないのなら、釣り合う自分になれるように努力したいとも思う。
そして一緒に肩を並べて歩けたら、どれだけ幸せだろうか。
でも私にはもう一人、同じ想いを抱く相手が居る。
聖様だ。
今の私では到底聖様の隣に立つ資格なんて無い。
聖様の隣にさえまだ立てていない私が、笛吹君の隣を歩こうだなんて許されるはずが無い。
そう思っていた。
『私の事は忘れて楽しんできなさい』
デートの前に聖様にこう言われる前までは。
聖様は分かっていたんだ。
私が自分のことを卑下して笛吹君や聖様と共にありたいと思う気持ちから逃げていたことに。
だから逃げるなと。
聖様と並び立てない自分が情けないと思う気持ちを理由に笛吹君から逃げるなと。
少なくとも笛吹君は今の私を好きになってくれたのだから、今の私を肯定してやりなさいと。
でも私は、聖様にも認めて貰いたいのです。
聖様は私の事をどう思って下さっているのでしょうか。
笛吹君なら。
私の事をずっと見てくれていた笛吹君なら、それが分かるのでしょうか。
私は聖様と一緒に居ることが多かったから、きっと聖様の様子も見て来たはず。
「笛吹君から見て、私と聖様ってどう見える?」
ああしまった。
考えただけで口にするつもりは無かったのに。
ポロっと本音が漏れてしまいました。
こんなことを言われても困らせてしまうだけですよね。
「ごめんなさい。変な事聞いたわね。忘れて頂戴」
そう、これで良いんです。
これは自分で考えなければならないこと。
ですが笛吹君は答えてくれました。
「どうって、親友にしか見えませんけど」
「え?」
親友。
私が聖様の親友?
そんな筈はありません。
私
「いやいや、私が聖様の親友なんてあり得ないわ」
「そうですか?最浄さんは間違いなくそう思ってますよ。他の方への距離感と鳳さんへの距離感は明らかに違いますし」
「それは私が取り巻きのリーダーだからよ」
「う~ん、だからって贔屓するような人には見えませんけど」
「……」
笛吹君の言う通りです。
聖様は誰かを特別扱いするような人ではありません。
誰にでも等しく優しい素敵なお方。
でも私にだけ距離感が違う。
そこに他意は無い。
そんなはずは。
「ううん、やっぱりそれは無いわ。私なんかが聖様の親友だなんておこがましいもの」
「それは違うって言うのは僕が言っても信用できませんよね」
「どうして?」
「だって……その……僕は鳳さんが世界で一番素敵だと思ってます……から」
「ひゃひっ!?」
なんでこの流れで照れさせるのよ!
シリアスな場面だったじゃない。
もう、笛吹くんのばか!
違う、好きぃ。
「で、でも、ほら、同じことじゃないでしょうか」
「お、おな、同じ?」
笛吹君はどれだけ私の心を揺さぶれば満足なのでしょうか。
この日、ううん、笛吹君から告白されたあの日から、私の心はずっと衝撃を受けっぱなしでした。
そして今、笛吹君はまた一つ、私の心を破壊するかのような、ううん、浄化するかのような言葉を投げかけて下さいました。
「そうですよ。きっと最浄さんにとっても鳳さんのことは『なんか』じゃないと思いますよ」
「あ……」
――――――――
私は中学一年生の時、いじめられていた。
いじめの内容は古典的かつテンプレとも言えるもの。
無視。
原因が何だったのか、はっきりとしたことは分からない。
ただ気が付いたらこうなっていた。
高校と違って中学ではペアやグループになって活動する授業が多く、どのクループにも入れて貰えない私にとって学校は地獄でしか無かった。
そんな私に話しかけてきたのが
聖とは中学二年生で同じクラスになり、席で一人所在なさげに佇む私に何故か話しかけてきた。
「話しかけないで!」
聖はすでに学校で人気者だった。
流石にまだ聖女とまでは呼ばれていなかったけれど、すでに多くの生徒達を虜にしていた。
そんな彼女への嫉妬心。
同情されたことへの悔しさ。
そして私に話しかけたことで彼女がいじめのターゲットになることへの恐怖。
これらの気持ちが混ざりに混ざって、私は聖を拒絶してしまった。
それなのに聖は何故か笑顔で私に話かけ続けて来た。
どれだけ嫌がっても止めることは無かった。
次第に私の方が折れて、ぶっきらぼうな感じだけれども少しばかりは会話するようになった。
「最浄さん、なんであの子ばかり構うんだろう」
「マジムカつくよねー」
聖が私に構えば構うほど、それを良く思わない女子が増えている。
このままでは私だけでは無くて聖の立場も悪くなってしまうかもしれない。
そう思った私は、聖のことを完全に拒絶することにした。
話しかけられても嫌がる事すらせず、無視することにした。
しばらくの間は聖は諦めなかったけれど、私の意思が固いのが分かったのかある日を境に話しかけてこなくなった。
これでまた元通り。
孤独で地獄の日々が再開される。
この時、私は聖のことを甘く見ていた。
彼女はこの程度で諦める様な、やわな『聖女様』では無かったのだ。
無視されているとはいえ、グループ演習では強制的にどこかの班に割り振られる。
もちろんそこでは居ない者として扱われた。
それは林間学校でも同じだった。
そしてその林間学校で事件が起きる。
湖畔のキャンプ場での二泊三日。
その二日目のイベントで、数キロ離れた遠くの町まで歩いて食材を買いに向かい自炊するというものがあった。
そこで私は一人、迷ってしまったのだ。
それが班員による意図的なものだったのか、それとも偶然だったのかは分からない。
ただ、いじめられている私を探そうとする声は班員からはあがらず、地図も何も持たせてもらえなかった私は、どことも分からない場所を長時間彷徨い続けることになってしまった。
「光!」
助けに来てくれたのは聖だった。
激しく息を切らせて、汗で髪がぐしゃぐしゃになり、いつもの可憐な姿は見る影も無かった。
そんな彼女が、私を見つけて涙を浮かべて喜んでいる。
抱きしめられたけれども、彼女の体はとても汗臭くて涙が止まらなかった。
そんなこんなもあって私は聖に助けられたのだけれど、実は別のことでも助けられていた。
「ごめんなさい」
なんとクラスの女子が私に謝って来たのだ。
どうやら聖が私へのいじめを止めるように裏で色々と動いてくれていたらしい。
何もかも聖に助けられてしまった。
「これで遠慮なく光とお話しできるね」
出来るわけが無かった。
だって聖は私を助けてくれた恩人だ。
しかもクラスメイトからも先生からも信頼されていて、優しさに満ち溢れた聖女様のような人。
何も出来ずにいじめられて俯いているだけだった私
『最浄さん、なんであの子ばかり構うんだろう』
前に聞いたクラスの女子の言葉が私の気持ちを締め付ける。
でも聖はそんな私の気持ちはお構いなしに話しかけてくる。
私が拒絶するのを望んではない。
それならば、私は聖のために生きるとしよう。
聖に尽くし、聖が笑って過ごせるように、彼女をサポートしよう。
それが私
『そうですよ。きっと最浄さんにとっても鳳さんのことは『なんか』じゃないと思いますよ』
私、本当に馬鹿よね。
聖がそんなことを望んでいないなんてこと、心のどこかで気付いていたはずなのに。
私の事を『友達』だと思っていてくれたことなんて、とっくに分かっていたはずなのに。
あの日、楽しそうに私に話しかけてくれた聖の姿を見れば、誰だって分かるのに。
自分なんかを友達だと思って貰っているわけが無いと、聖女様は優しいからこんな自分を気にかけてくれているだけなんだと、劣等感でそう思い込もうとしていた。
聖が本当に望んでいるのは恩返しなんかではなくて、友達として一緒に肩を並べて歩くこと。
笛吹君が私のことを好きになってくれたように、聖も私の事を『なんか』なんて思わずに友達と思ってくれている。
もう、目を逸らすのは止めよう。
劣等感と恩に縛られるのは止めよう。
笛吹君のように自分の気持ちに正直になろう。
ありがとう笛吹君。
あなたの想いと言葉が、私に自信をくれたわ。
その……返事、期待しててね。
――――――――
その後デートは順調に終わり、お別れの時間がやってきました。
正直なところ寂しいです。
もっと一緒に居たいです。
バスの待ち時間、そんな気持ちを誤魔化すように、ちょっと笛吹君を揶揄ってみました。
「私も楽しかったわ。笛吹くんの昔の話も聞けたしね」
「その話は止めて下さいよー」
「うふふ、今が素敵なんだから良いじゃない」
本当に驚いたんだから。
だって別人じゃない。
いったいどうしてこれほどまでに頑張ったのかしらね。
本人は高校デビューとか言ってたけど、絶対他に理由があるでしょ。
例えば……
「もしかして頑張ったのは好きな人が出来たからだったりして、なんてね」
流石にこれは無いわよね。
いくらなんでも私に好かれるためにここまでやるとか、無い無い。
無い、わよね。
なんで照れて目線を外すのでしょうか。
ここは即答で違うって言うところじゃないですか。
もしかして本当に?
「え?あれ?え?」
う、嘘。
そんなことって。
そこまで私のことを。
「ふぇ、ほんとに、わたしの、ため、あ、え、ふぇひゃええええ!」
ふょあふぁふぉあふぁおふぉあふぉあふょあ!?!?!?
笛吹君、笛吹君、笛吹君。
バスに乗り、席に座った私の頭の中は笛吹君の事で一杯でした。
だって私のためにあそこまでの努力をしたなんて知ったら、嬉しくてどうにかなるに決まってるじゃない。
バスの外で見送ってくれる笛吹君の顔をまともに見るのも難しくて、目線を少し逸らしながら小さく手を振って誤魔化しました。
バスが出発してからも、今日のデートの想い出に浸ってしまい頬が緩んでしまいます。
笛吹君が好きすぎて胸の高鳴りが止まりません。
耐えきれなくなって他の事を考えます。
思い浮かぶのは聖様、ううん、聖のこと。
これからは聖の友達だと自覚しようと決意新たにするものの、そのきっかけを与えてくれたのが笛吹君だと思い出してまた顔が真っ赤になります。
そんな幸せな帰り道。
しかし私は気付いていませんでした。
とてつもない危機が迫っていたことに。
ふと右の太ももに何かが触れました。
今日のデートは少しだけ冒険して足を見せるコーデにしたため、太ももまで露出しています。
その剥き出しの肌に生暖かい感触がありました。
「!?」
それはいつの間にか隣に座っていた中年男性の左手。
その人は右手でスマホを弄りながら、左手を私の太ももに置いたのです。
まさかバスで痴漢!?
電車ならまだしも、それほど混んでいないバスで痴漢するなんて信じられません。
せっかく最高のデートで最高の気分だったのに、最後の最後で台無しよ。
残念だけれど、私はあなたみたいな人が相手でも怖がらないタイプなの。
遠慮なく叫ばせてもらうわ。
私はその手を掴み、『この人痴漢です!』と叫ぼうとしました。
しかしその直前、男は手に持っていたスマホの画面を私に見せて来たのです。
『騒ぐな。騒いだら力づくで襲うぞ』
何を言ってるのでしょうか。
バスの中には他にも乗客が何人もいますし、バスの運転手もいます。
私に何かしてもすぐに止められるに決まってます。
それともまさか刃物を持っていて私を殺そうと!?
いいえ、それは無いわ。
だったら最初から殺すぞとか言ったりナイフをこっそり見せて脅してくるはず。
やっぱり気にせずに叫びましょう。
すると男はまた別の言葉を私に見せました。
『捕まろうが構わない。その代わり、お前をひん剥いて乗客共に見せつけてやる。その格好なら簡単だ。もしかしたら誰かに撮られてネットにアップされるかもな』
何を言ってるのでしょうか?
捕まっても構わない?
乗客に見せつける?
そんなこと出来るわけが無いじゃないですか。
はったりに決まってるわ。
ふとその人の目を見ると、尋常ではない程に血走っていました。
無敵の人、という言葉が頭を過ります。
私が叫んだら本当に襲われるのではないかと思える程の雰囲気をこの人は発しています。
大丈夫よ。
本当にそうなったとしても、すぐにみんなが助けてくれます。
周りの人がきっと。
ですが、私の周囲に座っている人は、若い女性や主婦ばかり。
この人を止めてくれそうな男性は前の方にしかいません。
でも狭いバスの中よ。
前の方と言っても大した距離じゃないわ。
きっと助けに来てくれるはずです。
本当に?
本当にすぐに助けに来てくれる?
戸惑って動けなかったりしないでしょうか?
私の今日の服装は全体的に薄手のもの。
特にスカートはミニで、男の人が本気で襲ってきたら簡単に……
ぞくり、と背筋が凍りました。
男の脅しは無茶苦茶で絶対に成功しないと思えるのに、最悪の展開が頭を過り恐怖してしまいました。
私は頭の中が真っ白になり、押さえていた男の左手を解放してしまいました。
私が抵抗しないことが分かったからか、男は遠慮なく私の太ももをまさぐりはじめます。
いや、気持ち悪い。
私は笛吹君のために肌を晒していたのに。
こんな汚らしい男に触られるためでは無いのに。
気持ち悪い、怖い、気持ち悪い、怖い、気持ち悪い、怖い。
誰か助けて!
私の心の叫びに気付いたという訳では無いでしょうが、タイミング良く次の停留所につきました。
バスを飛び降りて逃げたかったけれども、男は私の太ももを強く握って抑えつけます。
通路側に男が座っているため、私は逃げることが出来ませんでした。
無情にも扉は閉まりバスは発車します。
男は相変わらず私の太ももを撫で続けています。
ただしそれ以上の事はやってきません。
恐らくは人が減るのを待っているのでしょう。
このまま郊外まで進んで周囲の乗客が減ってから、男はもっと大胆な行為に及ぶはず。
私は耐える事しか出来ず、絶望に心が塗りつぶされるのを感じました。
お願い、助けて。
聖様。
笛吹君!
「鳳さん!」
幻聴かと思いました。
だって笛吹君がいるはずがないもの。
バス乗り場で別れた笛吹君が私を追いかける理由も、追いついた理由も分かりません。
ですが間違いなく本物でした。
激しく息を切らせて、汗で髪がぐしゃぐしゃになっている姿は、あの林間学校で私を助けに来てくれた聖の姿とそっくりでした。
私は笛吹君に口パクで『たすけて』と伝えました。
男は笛吹君の登場に驚いて固まっています。
もし私が言葉を発したら男が正気に戻って激昂するかもしれなかったからです。
「鳳さんから離れろ!」
笛吹君は男を私から引きはがして地面に組み敷きました。
強い!格好良い!
恐怖でまだ震えが止まらないのに、笛吹君の一挙一動に目を奪われてしまいます。
力強い姿が、私を安心させてくれました。
笛吹君はその男の人に激怒しています。
私を悲しませたことに怒ってくれました。
そのことが嬉しかった。
「遅くなって本当にごめん」
笛吹君が謝る必要なんて全然ありません。
むしろどうやって助けに来てくれたのでしょうか。
未だに息を切らせている様子から、相当苦労したことが分かります。
無茶を通して助けに来てくれたあなたは、私にとってヒーローよ。
でもね、私のためとはいえ笛吹君が誰かに憎しみを抱くようなことはして欲しくないです。
ですから傍に寄って私はもう大丈夫だよと伝えました。
「助けに来てくれて本当にありがとう。格好良かった」
笛吹君の肩に顔を埋めると、彼の体はとても汗臭くて涙が止まりませんでした。
――――――――
「けっかはっぴょう~どんどんぱふぱふ」
聖ったら、昔みたいにはしゃいじゃって。
もしかしたら私が聖様なんて信者みたいになっちゃったから、素を見せる相手がいなくて溜まってたのかしら。
「聞いたよ笛吹さん。ヒーローだったんだって?」
「ヒーローとか大げさですよ」
「いいえ、笛吹くんは私のヒーローです!」
「うえぇ!?」
あれがヒーローじゃなかったら誰がヒーローになるのよ。
笛吹君ったら、そのくらいは自覚して欲しいわ。
「結果はもう分かったようなものみたいね」
これは勘だけど、聖は最初からこうなることが分かってたんじゃないかしら。
なんとなくだけど、そんな気がするわ。
「ほら光。王子様がまだかまだかと待ってるわよ」
「ひゃ、ひゃひっ!」
王子様って、確かにそうだけど、なんてこと言うのよ。
せっかくなるべく今日の事を意識しないように頑張ってたのに、意識しちゃったじゃない!
「う、笛吹くん!」
「は、はい!」
私は笛吹君と向かい合いました。
彼はいつものように照れながら私に素敵な笑みを向けてくれます。
ああ、格好良い。
こんな素敵な人が私のことを好きでいてくれるなんて、本当に夢みたい。
私は恋にも友情にも臆病だったけれども、勇気を出すって誓ったの。
だから覚悟しててね、笛吹君。
私があなたのことをどれだけ好きになったか、たっぷり思い知らせてあげるんだから。
「これからよろしくお願いします」
「はい……って鳳さん!?」
「あんなに必死になって助けに来てくれたお礼よ」
軽く抱き着くと、笛吹君は慌ててくれた。
この程度は序の口よ。
でもこれ、お礼になっているのかしら。
私が嬉しい事のような。
まぁいっか。
「仲が良いわね」
「最浄さん」
あら、聖のことを忘れてたわ。
今日は聖にも言わなければならないことがあるから同席するようにお願いしたのに。
「あの、色々と手助けしてくれてありがとうございました」
「お礼を言うのはこちらの方よ。光を好きになってくれてありがとう。幸せにしてあげてね」
「もちろんです」
笛吹君が聖にお礼を言いました。
次は私の番です。
「あの、私からも」
少しだけ緊張します。
聖のことを信頼しているけれども、実は自分の勘違いだったらどうしようかと言う不安が少しだけ蘇ります。
勇気を出しましょう、光。
聖と友達として肩を並べて歩くと決めたのでしょう。
「背中を押してくれてありがとう。聖」
「!」
聖にならこれで伝わるはず。
私にとってあなたは『聖様』では無く『聖』なんだと伝えたことと、その意味を。
「どういたしまして、光」
そう返してくれた聖の笑顔は、中学時代に私に拒絶され続けても諦めずに絡み続けてきた時のものと同じでした。
これで終われば良かったのに。
私はつい気恥ずかしくて笛吹君を揶揄ってしまいました。
「笛吹くん、聖に見惚れてたでしょ」
「別に見惚れてなんかないよ」
「なんで見惚れないのよ」
「ええ!?見惚れてた方が良かったの!?」
「もちろん怒るわ」
「理不尽だー!」
「嫌いになったかしら?」
「ううん、大好き」
「うふふ、私もよ」
そうしたらまさかあんなことになるなんて。
「羨ましい」
聖がとんでもない爆弾発言をしたのだ。
羨ましいって何が?
私に恋人が出来たことが?
聖よりも仲が良さそうなことが?
それともまさか、笛吹君が恋人になったのが羨ましいって意味じゃないですよね?
笛吹君が実は気に入っているってことじゃないですよね?
「あの、聖?今のは?」
「聞こえちゃった?ごめんごめん、気にしないで」
「気になるわよ!いくら聖でも笛吹くんはあげないからね!」
「分かって分かってる。それじゃお邪魔者は退散しま~す」
「ちょっと本当に分かってるのよね。まさか笛吹くんを本気で狙ってないわよね。ちょっと、聖、待ってってば、聖!」
やめてよ、私が聖に敵うわけないじゃない!
お願いだから違うって言って!
絶対負ける三角関係なんて嫌ああああ!
笛吹君は私の恋人だもん!
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