①聖女様の取り巻きが好きです

 僕のクラスには聖女様がいる。


 聖女様と言ってもファンタジー世界での回復魔法に秀でた存在ではなく、愛称のようなものだ。


 サラサラで腰まで伸びる長い黒髪が目立つ聖女様は、容姿端麗なのはもちろんのこと、とにかくお優しい。

 誰に対しても分け隔てなく接し、慈愛に満ちた穏やかな笑みで僕らを虜にする。


 『清楚』という言葉がこれほど似合う人物を僕は知らない。


 その名を、最浄さいじょう ひじりと言う。


 彼女のあまりの清廉さに惚れ、男女問わず彼女を慕う人が多い。


「聖様に近寄らないでくださる」


 そしてその最たる人物。


 聖女様の取り巻き筆頭、おおとり ひかり


 今日も彼女は聖女様に近づこうとする悪い虫を排除せんと奮闘している。


「そこを何とかお目通り頂けないでしょうか」

「ダメよ。さっさと消えなさい」


 高校生にしては妙に丁寧な言葉を使うイケメンに対し、鳳さんは全く取り合おうとせずに強引に追い返そうとする。

 まなじりを上げてキツイ目つきでイケメンを睨む彼女の様子は、聖女様の清楚な様子とは対照的に苛烈さを感じさせる。


 取り巻きの女子達は聖女様に男子が近づくことをよしとせず、話をすることすら難しい。

 仮にイケメンが来ようとも、毎回リーダーの鳳さんが前に出てキツイ物言いで追い返す。


 そのため取り巻き、特に鳳さんの評判はすこぶる悪い。


 それがこの高校に通う大半の生徒達の印象だ。


――――――――


 そんな鳳さんも、常に聖女様と一緒というわけではない。


 授業の時間以外はほぼ聖女様の傍に居るが、ごく稀に一人になることがあるのだ。


 僕はその時をずっと待っていた。


 そしてある日の放課後、偶然その時がやってきた。


 聖女様が他の取り巻きの女子達と一緒に教室を出て帰宅する中で、鳳さんだけが一人残っている。

 しかも都合の良いことに教室内には僕と鳳さんしか残っていない。


 きっとこれが最初で最後のチャンスだ。


 僕は勇気を出して鳳さんに近づいた。


「あのっ、鳳さん!」

「?」


 話しかけられるとは思っていなかったのだろう。

 鳳さんは驚いた表情を浮かべた。


 だけどそれは直ぐに警戒モードへと切り替わった。


「何かしら」


 一見普通の返事に聞こえるものの、低く抑えられた冷たい声には拒絶の意思がこめられている。

 聖女様を狙う男子に向ける言葉と同じだ。


「少しだけお話させてください!」

「ダメよ」


 即答だった。

 断られるだろうとは思っていたが、いざ断られるとショックだ。


 でもここで諦めるわけにはいかない。

 せめて少しでもお話を聞いてもらわないと。


「お願いします。少しだけで良いんです!」

「ダメって言ったでしょう。しつこいわ」


 取り付く島もない、とはこういうことだろうか。


 ああ、鳳さんが鞄を手にした。

 このままでは帰ってしまう。


 今を逃したら次のチャンスがいつになるか分からない。

 この日のために努力してきたんだ。

 ふいになんかしたくない。


「どうしても鳳さんに・・・・伝えたいことがあるんです!」

「え?」


 良かった。

 なんでか分からないけれど、鳳さんの動きが止まった。


 鳳さんは少し思案した後、僕に一つの質問をする。


「私に?聖様では無くて?」

「はい、鳳さんに、です」


 なんで聖女様の名前が出て来るんだろう。

 僕が話をしてるのは鳳さんなのに。


「ごめんなさい。勘違いしてたみたい。それで何のお話かしら」


 まぁいいや、なんとかチャンスが繋がった。

 後は肝心なことを僕が伝えられるかどうか。


 や、やるぞ……




「鳳さん!好きです!僕と付き合って下さい!」




 そう、僕は鳳さんが好きだ。


 聖女様では無くて、嫌われ者の鳳さんが好きなんだ。


――――――――


 僕の告白を受けた鳳さんは呆然としていた。


 あまりにも予想外で思考が停止しちゃってるのかな。

 それもそうか。

 鳳さんは自分が生徒達からどう思われているか理解しているはず。


 こんな自分を好きになる人なんて居るはずが無いって思っていたのだろう。


 しばらくの間、僕は呆けていた鳳さんを照れながら見ていた。


 すると徐々に鳳さんの顔に赤みがさしてゆく。


 よかった、意識はしてもらえたみたいだ。


「な、な、な、何を突然言ってるの。聖様の間違いでは無くて?」

「違います!僕が好きなのは鳳さんです!」

「ふぇあえふぇ」


 勘違いしてもらいたくなかったので断言したら壊れちゃった。

 なんか可愛い。


「わ、わた、私は聖様一筋だから、付き合うとか、そういうのは、考えられないっていうか、その、ええと、ごめ」

「ストーップ!」


 今振られるところだったよね。

 遮ってくれた人ありがとう。


 ってこの人は!?


「聖様!?」


 鳳さんが驚いている。

 僕もだ。


 まさか帰ったはずの聖女様がやってくるなんて思わなかったから。


 というか、さっき『ストーップ!』って叫びませんでしたか?

 あのお淑やかな聖女様が?


「お帰りになったはずでは?」

「少し気になることがあったの。戻ってきてよかったわ。光が大切な機会を棒に振るところを止められたのだから」

「いえ、そんな、私は本当に付き合う気は」

「それを判断するのは彼のことをもっと知ってからでも良くて?」

「それは……」


 何故か聖女様が僕の味方をしてくれている。


「あなたは……笛吹うすい てるさんですよね」

「は、はい」


 今度は僕に矛先が向いたようだ。


「もしよろしければ、光の何処が気に入ったのかを教えて下さらないかしら」

「え?」


 聖女様気付いてますか。

 他の取り巻きの皆さんが、あなたの後ろについてきているんですよ。


 これだけの人の前で好きな人の好きなところを話すなんて恥ずかしいです。


「酷なお願いをしているのは理解しています。ですがどうしても聞いておきたいのです。光は私の大切な人だから、貴方が彼女のことを本当に・・・想っているのか知りたいのです」


 僕が鳳さんのことを本当は好きではないかもしれないって疑われているってこと?

 何でだろう。

 もしかして鳳さんをダシに聖女様に近づこうとしているって思われているのかな。


 聖女様ならまだしも、鳳さんにそんな勘違いをされたくない。

 よし、ここは男を見せる時だ。


「まずは可愛いところです」

「ふひゃぁ」

「それは私も同意するわ」

「ふぉわあぁ」


 ほらね、可愛い。


 でもそれだけじゃないよ。

 鳳さんのキツイ言動や苛烈な態度が強く印象に残っちゃうから気付きにくいけど、可愛さで言えばかなりレベルが高いと思う。

 それこそ聖女様よりも可愛い、と思うのは僕が惚れているからかもしれないけれど。


「次は、大切な人に『尽くせるところ』です」

「それは……本当は同意したくは無いのだけれど、同意せざるを得ないわね」


 今度は鳳さんから変な声が出なかった。

 普通に喜んでくれている。


 でも聖女様の本当は同意したくは無いっていうのはどういう意味なんだろう。


「笛吹さんは光に尽くしてもらいたいのかしら」

「もちろん尽くしてもらえたら男冥利に尽きると思います。ですが、僕も彼女に尽くしたい。鳳さんとはどちらかが一方的に尽くすような関係では無くて、お互いにお互いを大切にして肩を並べて一緒に歩くような間柄になりたいと思ってます」

「ひゃうう……」


 うん、声出ちゃうよね。

 僕も自分で言ってて流石にちょっと臭すぎる台詞かなって思うもん。


「それは……本当に、本当に素敵なことね」


 あれ、なんか聖女様が寂しそうだ。

 何か思う所があるのかな。


「それで光の好きなところはそれで全部かしら」

「いえ、一番大事なことが残ってます」

「それは?」

「『優しい』ところです」


 聖女様の瞳が、驚きで見開かれた。

 聖女様だけではない。

 取り巻きの女子達も同様だった。


「失礼だけど、光のどこを見てそう感じたのかしら」


 普段の鳳さんの怒っている姿ばかり見ていたら優しいなんて感想は出てこないのかもしれない。

 でも鳳さんは本当に良い人なんだよ。


「そちらのみなさんに対して、かなり優しいですよね」

「「「「「え?」」」」」


 話が振られるとは思っておらず、困惑する取り巻きの女子達。


「鳳さんは決して最浄さんを独り占めにはしません。一人でも多くの方が最浄さんと触れ合えるようにバランス良く譲ってますよね」


 それは彼女たちを見ていれば良く分かる。

 リーダーとして序列一位だから聖女様にべったりしていることはなく、むしろ鳳さん以外の人が聖女様とべったりしていることの方が多いくらいだ。

 僕は鳳さんが取り巻きの子達に聖女様と触れ合う機会を譲っている姿を何度も見たことがある。


「それに、気分が優れない人とか、悩みを抱えてそうな人とか、そういう人を優先して最浄さんとお話しできるようにして元気づけてあげてたりもしてますよね。仲間想いのとても素敵な人です」

「ひゃ、ひゃめへ……」

「そうなんです!」

「私も助けて貰いました!」

「私も!」

「私も!」

「ほんっとうに嬉しかったです。あの時はありがとうございました!」


 鳳さんが真っ赤になって困惑して何かを言おうとしているけれども、取り巻きの女子たちの声にかき消されてしまった。

 みんな鳳さんの優しさに気付いていたんだね。

 だから彼女はリーダーとして文句を言われず慕われているんだ。


 僕の言葉と仲間からの多くの感謝によって激しく照れている鳳さんを、聖女様は慈愛に満ちた目で見つめていた。


「後、告白してきた男子への対応も素敵だと思います」

「あら、気付いていたの?」


 もちろんです。


「聖女様に、その、下心しかない男子は問答無用で追い返してます」


 あのイケメンもそうだった。

 裏で女をとっかえひっかえして泣かせているという噂があったのだ。


「本気の人には、ダメな点を指摘して追い返しています。あれは自分をもっと磨いてから出直すようにというアドバイスです」


 学力がいまいちな人には勉強を頑張れと。

 スポーツが不得意な人にはもっと上手くなれと。

 見た目に頓着が無い人にはもっと整えろと。


 特に見た目に関しては具体的にどこがダメなのかを指摘してくれている。


 キツイ態度で言うからアドバイスだとは思われてないみたいだけど。


「そして鳳さんのお眼鏡にかなった人は、その場では追い返すけど後でこっそり最浄さんと話をする機会を作ってあげているのではないでしょうか?」


 追い返した後にわざわざその男子の元へ行って何かを話しているのを目撃したんだ。

 しかもその後、聖女様をつれて二人でどこかに消えていった。


 あくまでも僕の想像だけど、その男子の表情から察するに聖女様に告白する機会があったのではと思っている。


「凄いわね。本当に良く見てる」


 もちろん鳳さんの優しいところはそれだけではない。

 他にもたくさんある。


「あなたが光のことを本当に好きだという事が分かったわ。疑ってごめんなさいね」

「いえ、当然の心配だと思いますから」


 ふぅ、聖女様に認めて貰えたぞ。

 ってあれ、これってこの先の展開どうすれば良いんだろう。


「光に春が来たようで良かったわ」

「ま、待ってください聖様。私は付き合う気は……」

「あら、苦手なタイプだったのかしら」

「そういうわけでは無いのですが……」


 がっかりすれば良いのか、喜ぶべきなのかどっちなのだろう。

 ここはもう一押し、好きです、って想いを伝えるべきなのかな。


「分かったわ。ではこうしましょう」


 聖女様は何かを思いついたかのように胸の前で両手を合わせた。


「これから出す課題をクリアしたら光とのお付き合いを認めます」

「「え?」」


 課題?どういうこと?


「光はまだ笛吹さんのことを良く知らないから戸惑っているのよ。だから笛吹さんの素敵なところを光に知ってもらおうと思うの」


 なるほど、流石聖女様です。

 僕も鳳さんに自分のことを知ってもらいたいって思っていたんだ。


「聖様、私は別に彼の事を知っても……」

「あら、それでも気に入らなかったのならそう言ってお断りすれば良いだけの話でしょう。彼の事を知った上でのお断りなら、彼も納得出来るでしょう」

「それはそうですが……」

「ということで最初の課題を発表します!」


 おかしいな。

 聖女様がなんかノリノリな気がする。


 この人、こんな性格だったの!?


 今はそれはどうでも良いや。

 課題をクリアして光さんに良いところを見せるぞ!


「最初の課題のテーマは『学力』よ。来週の中間テストで全教科の平均点を前回よりも五点プラスさせること」

「「「「「「「え!?」」」」」」」


 全教科の平均点を五点も!?

 なんという無茶苦茶な課題なんだ。


 まさか聖女様は僕が鳳さんと付き合うのを本当は阻止したいの?


「聖様、流石にそれは……」


 思わず鳳さんがフォローしてくれた。

 嬉しい。


「光のことが本当に好きならば、このくらい頑張れるはずよ」


 ぐっ、そう言われたら退けるわけが無いでしょう。


「分かりました。やってみせます」

「笛吹くん!?」

「大丈夫です、鳳さん。僕の想いを見ててください」

「いや、え、いいの?」

「……やってみせます!」


 そうだ、やるしかないんだ。

 一週間もあるんだ。

 それだけあれば、やれることはいくらでも……ある……よね?




 僕は頑張った。

 ひたすら頑張った。


 でも残念ながら課題をクリアすることは出来なかった。


 たった一週間で平均八十五点を九十点にしろなんて無理に決まってるでしょおおおお!


――――――――


「無理……でした」


 僕は結果を鳳さんと聖女様に報告した。

 啖呵を切っておいて本当に情けない。


 うう、諦めたくないよ。

 でも課題をクリア出来なかったから聖女様に認めて貰えないし、鳳さんもこんな情けない僕の事なんか好きにならないよね。


「そ、そうですか。それは残念、でしたね」


 なんで聖女様、こんなに歯切れが悪いんだろう。


「ちなみに、平均点は増えましたか?」

「あ、はい、四点とちょっとだけ。五点には届きませんでした」

「四っ!?そ、そう。頑張ったじゃない」

「でも課題はクリア出来ませんでしたので」

「う゛っ」


 ん?今聖女様らしからぬ声が出たような気が。


「あなたは良く頑張りました。私が見たかったのはあなたが光のためにどれだけ一生懸命になれるか、なのです。点数は目標に達しませんでしたが、十分合格に値すると考えています。で、ですよね、光!」

「え!あ、はい、そ、そう思わなくは無いというか、なんというか」

「ということで最初の課題はごうかーく!」


 ええと、その、どういうこと?

 なんか良く分からなかったけど、合格したってことは喜んで良いのかな。


 いや、ダメだ。

 ここで甘えてしまったら僕は鳳さんに顔向けできない。


「お気持ちは嬉しいです。ですが僕が課題をクリア出来なかった事は事実です。お願いです。僕にもう一度チャンスを下さい。次の期末テストで今度こそ課題をクリアしますから!」

「次で更に五点プラス……?」

「はい!」


 かなり難しいけれど、これから毎日勉強漬けになればなんとかなるかもしれない。

 男を見せるんだ、このくらいの困難は乗り越えて見せなければ!


「え、それは、ええと」


 ん?聖女様がなんか慌ててるけど、何でだろう。

 やっぱりもう一度チャンスを下さい、なんて虫が良すぎたのかな。


「お、男が細かいことを気にしないの!合格って言ったでしょ、合格なの!ほら、次の課題を発表するわよ!」

「!?」


 この人誰ですか!?

 本当に聖女様!?


 ふと鳳さんを見ると、彼女も驚いていた。

 ということは、身近な人にも見せない姿なのだろう。


 僕はもしかして聖女様をぶっ壊してしまった!?


 こんなことが皆に知られたら殺されるかも……


 そんな僕の困惑を無視して、聖女様だったものは次の課題を発表した。


「次の課題は『スポーツ』よ。もうじき球技大会よね。男子はサッカーだったかしら。でしたら試合でハットトリックを決めなさい」

「「「「「「「え!?」」」」」」」


 ハットトリックだって!?

 なんという無茶苦茶な課題なんだ。


 やっぱり聖女様は僕が鳳さんと付き合うのを本当は阻止したいの?

 

「聖様、流石にそれは……」


 今回も思わず鳳さんがフォローしてくれた。

 嬉しい。


「光のことが本当に好きならば、このくらい頑張れるはずよ」


 ぐっ、だからそう言われたら退けるわけが無いでしょう。


「分かりました。やってみせます」

「笛吹くん!?」

「大丈夫です、鳳さん。僕の想いを見ててください」

「いや、え、いいの?」

「……やってみせます!」


 そうだ、やるしかないんだ。

 勉強はお情けで合格を貰ったから、今度こそは文句なしの合格を狙うぞ。


 まずはリフティングの練習からだ!




 僕は頑張った。

 ひたすら頑張った。


 でも残念ながら課題をクリアすることは出来なかった。


 だって一回戦の相手チーム、ほとんどサッカー部なんだよおおおおおおおお!


――――――――


「無理……でした」


 僕は結果を鳳さんと聖女様に報告した。

 啖呵を切っておいて本当に情けない。


 うう、諦めたくないよ。

 でも課題をクリア出来なかったから聖女様に認めて貰えないし、鳳さんもこんな情けない僕の事なんか好きにならないよね。


「そ、そうですか。それは残念、でしたね」


 何故か今回も聖女様の歯切れが悪い。


「ですがあなたの必死さは伝わってきました」


 サッカー部に揶揄われて終わっただけですけどね。

 お情けで一点だけ入れさせて貰えたけど。


「絶望的な状況でも諦めない姿にきっと光も心を打たれたでしょう。で、ですよね、光?」

「え!あ、はい、そ、そう思わなくは無いというか、なんというか」

「ということで今回の課題もごうかーく!」


 いやいや、流石に二連続でお情けを貰うのは男としてダメだろう。


「いえ、やっぱり今回も」

「グチグチ言わないの!この話はもう終わり!決まったこと!はい、つぎつぎ!」


 ぬお、またしても強制的にクリアにさせられた。

 この人、本当に誰ですか!?


「最後の課題はもちろん光との相性ね」

「相性ですか?」

「そう。どれだけ頭が良くてどれだけスポーツが得意でも、一緒に居て楽しく無ければ意味が無いわ」

「はい、僕もそう思います」


 別に僕は彼女と体だけの関係になりたいわけじゃないからね。


「だから次の日曜にデートしなさい」

「え?」

「聖様!?」


 で、でーと。

 僕が、鳳さんと?


「何度も申し上げますが、私は誰かと付き合う気は」

「光」

「!?」


 やっぱり鳳さんとは付き合えないのかな。

 あれ、でもさっき『誰かと』って言ってた。

 僕だから嫌ってわけじゃないのかな。


 聖女様に抗議した鳳さんだったけど、それは止められた。


「お願い。笛吹さんの事をちゃんと見て考えてあげて」


 どうして聖女様は僕にこんなに肩入れしてくれるんだろう。

 僕は聖女様とはこれまで話をしたことすら無かったのに。


 いや、違うか。


 きっと聖女様が大切にしたいのは鳳さんなんだ。

 鳳さんを見つめる慈愛の目を見れば、誰だって分かる。


私の事は忘れて・・・・・・・楽しんできなさい」

「…………はい」


 こうして僕と鳳さんのデートが決まったのであった。


――――――――


「何か言いなさいよ」

「ご、ごめん。凄く似合ってて見惚れちゃってた」

「ふぉあぃ!?」


 待ち合わせの場所に向かった僕は驚いた。

 鳳さんがとても綺麗だったから。


 今日のデートのために本気で着飾ってくれていた。

 聖女様に言われたデートから適当に済ませる、なんてことはしなかった。


 不本意かもしれなくても僕の事をちゃんと気にしてくれる鳳さんが、やっぱり大好きだ。


「あ、あなたも良い感じよ。男子にしては、ね」


 もちろん僕だって本気だ。

 今の自分に出来る全身全霊をかけて身だしなみを整えた。


 この日のために、ファッションセンスを磨いたんだ。




 デートはとても順調だったと思う。


 最初こそお互いに照れが混じっていたけれども、徐々に会話が増えて自然体で一緒の時間を楽しめるようになってきた。

 鳳さんは意地悪なことを言って僕を揶揄ったりはするものの、学校ではあまり見せない笑顔を僕に見せてくれていた。


 今は映画を見終わり、カフェで感想を語り合っている最中だ。


「探偵が犯人ってのはずるいと思うわ」

「僕もだよ。だから『これはミステリーではない』ってキャッチコピーだったんだね」

「どういうこと?」

「ノックスの十戒っていう推理小説のルールみたいなのがあって、その中に探偵は犯人であってはならないっていうのがあるんだ」

「へぇ~そうなんだ。笛吹くんって見かけによらず博識なのね」

「見かけによらずは余計だよ~」

「うふふ、冗談よ。見た目通りだから安心して」

「ほんとかな~」


 こんな感じでかなり打ち解けて話が出来ていると思う。


「見た目と言えば、そういえば笛吹君って転校生なの?」

「え?どうして?」


 なんで見た目の話で転校生だなんて思うんだろう。


「笛吹君にはもうバレてるから話すけど、私って聖様に近づく男子を選別してたでしょ」

「うん」

「だから聖様と釣り合いそうな男子がいたらチェックしてたのよ。ほら、見た目とか良くても性格が悪いかもしれないじゃない。そういうのは事前に調査しておかないと分からないから」


 あのイケメンくんみたいなタイプだよね。


「でも私が笛吹君の事知ったのって、去年の二学期からなのよね。一学期の間ずっと見落とすなんてあり得ないと思うの。だから転校生なのかなって。あ、でも転校生が来るってことになったら話題になってたか」


 あの、鳳さん。

 気付いて無いと思うんですが、滅茶苦茶嬉しいんですが。

 嬉しすぎて頬の緩みがなおらないよ。


「急に俯いてどうしたの?」

「……その、鳳さん。僕のことをチェックしてくれてたんだ」

「ええ、もちろ……あ、いや、その、そうじゃなくて、そうなんだけど、ふぃゃぁ」


 聖女様に相応しい男性だって思われてたってことだよね。

 鳳さんのお眼鏡に適う男性だって思われてたってことだよね。


 嬉しい。


「そ、そうよ。チェックしてたわよ。悪かったわね」

「悪くなんかないよ。むしろすっごく嬉しい!」

「ふえぇ。そ、それは良いから教えなさいよ。去年の一学期はどうしてたの?」


 動揺する鳳さんがかわいいなぁ。

 じゃなくて、去年の一学期か。


 う~ん、言い辛いなぁ。


「ごめんなさい、言えない事だったら無理に言わなくて良いわ」


 そしてすぐに僕の気持ちの変化を察してフォローしてくれる。

 本当に優しい人だ。


「ううん、大丈夫。ちょっと恥ずかしいけど、僕の事をもっと知ってもらいたい、かな」


 僕はスマホを取り出し、ある写真を表示する。


「はい、これがその時の僕」

「どれどれ……え!?」


 あはは、驚いて写真と僕を見比べてる。

 それもそのはず。

 だってその写真の僕は、陰キャオブ陰キャだから。


 目元まで伸びるボサボサの髪が視線を隠し、辛うじて見える表情も陰気臭い。

 センスの無い服を雑に着ており、ファッションへの興味など欠片も無い。


 近寄りがたい陰のオーラを放つ者だった。


 今の僕は全身に気を使って化粧もして肌の手入れも欠かさない。

 清潔感にこだわっている別人に見えるだろう。


「本当、なの?」

「うん、本当だよ。これが僕。幻滅した?」

「そんなことない。そんなことないけど、驚いたわ。でもどうして?」


 どうして、か。

 それは流石に恥ずかしくて言えないよ。


 好きな人に振り向いて欲しくて、全力で自分を変えたかった、なんてさ。


「高校デビューしたくてさ」

「うふふ、何よそれ。もう高校に入学してるじゃない」

「ああそっか、じゃあ夏休みデビューかな」

「うふふ」


 僕の過去を知っても嫌な顔一つ見せなかった。

 むしろ喜んでくれているみたいだけど、なんでだろう。


「でも大変だったでしょう」

「そうそう、めっちゃ大変だったんだよ、聞いてよ~」


 成績があまり良くなかったけれど、少なくとも平均以上は頭が良くないと認めて貰えないから必死になって勉強した。

 体を動かすのも苦手だったけれど、ある程度は鍛えてないと認めて貰えないからジムに通ったり大学生の兄のバスケサークルに参加させてもらったりして体力をつけた。

 誰かと話をするのが苦手だったけれど、相手を楽しませられないと付き合うなんて夢のまた夢だから、これまた大学生の姉にお願いして友達を紹介してもらい女の人と話をする訓練をして、緊張せずに自然に話が出来るようになった。


「ファッションも大変だったなぁ。雑誌見るだけじゃ自分に合ったのが全然分からなくてさぁ」

「ちょ、ちょっと待って。それ全部やったの?」

「うん。頑張った」

「信じられないわ。でも、そっか、だからこんなに……」

「?」

「な、なんでもないわ!」


 その後も鳳さんとずっと語り合っていた。

 ああ、こんな幸せな時間がもっと続けば良いのに。


 鳳さんと付き合いたい。

 そう強く実感させてくれる時間だった。


 ふと、会話が途切れた。

 何かきっかけがあったわけでは無くて、偶然話が途切れただけ。


 ずっと話しっぱなしだったのでお互い疲れたのか、飲み物を飲んで一息ついた。


 この沈黙もまた悪い気がしない。


 沈黙を破ったのは鳳さんの方だった。


「ねぇ笛吹君、ちょっと聞いても良い?」

「はい、何でも聞いて下さい」


 少しだけ鳳さんの表情に影が差した。

 一体何を言おうとしているのだろうか。


「笛吹君から見て、私と聖様ってどう見える?」


 鳳さんと聖女様の関係がどう見えるのか。

 一体鳳さんは何を期待して僕に聞いて来たんだろう。

 僕は何を答えれば良いのだろうか。


「ごめんなさい。変な事聞いたわね。忘れて頂戴」


 好きな人が寂しげな顔をしているのを忘れる事なんて出来ないよ。


 よし、ここは思ったことを素直に伝えよう。


「どうって、親友にしか見えませんけど」

「え?」


 あれ、そこ驚くとこなの。


「いやいや、私が聖様の親友なんてあり得ないわ」

「そうですか?最浄さんは間違いなくそう思ってますよ。他の方への距離感と鳳さんへの距離感は明らかに違いますし」

「それは私が取り巻きのリーダーだからよ」

「う~ん、だからって贔屓するような人には見えませんけど」

「……」


 僕には聖女様が唯一心を許している相手が鳳さんのように思えるんだけどな。


「ううん、やっぱりそれは無いわ。私なんかが聖様の親友だなんておこがましいもの」

「それは違うって言うのは僕が言っても信用できませんよね」

「どうして?」

「だって……その……僕は鳳さんが世界で一番素敵だと思ってます……から」

「ひゃひっ!?」


 うわああああ!

 何言っちゃってるの!


 ほら、鳳さんも真っ赤になって固まっちゃったじゃん。

 こんな恥ずかしいこと言われたら困らせちゃうに決まってるだろ!


「で、でも、ほら、同じことじゃないでしょうか」

「お、おな、同じ?」

「そうですよ。きっと最浄さんにとっても鳳さんのことは『なんか』じゃないと思いますよ」

「あ……」


 聖女様なら自分の事を卑下するなって優しく怒ってくれそうな気がする。


 鳳さんが僕の答えに納得してくれたかは分からない。


 ただ、いつの間にか彼女の顔から寂しさは消えていた。


――――――――


「今日は楽しかったです」


 デートもこれにて終わり。

 送って帰るつもりだったけれども、鳳さんはバスで帰るのでバス停まで見送りになった。


 バスを待つ間、最後に少しだけお話をした。


「私も楽しかったわ。笛吹くんの昔の話も聞けたしね」

「その話は止めて下さいよー」

「うふふ、今が素敵なんだから良いじゃない」


 だからナチュラルに褒めるの止めてもらえませんかね。

 自分の言った事、多分気付いて無いですよね。


「もしかして頑張ったのは好きな人が出来たからだったりして、なんてね」


 はい、その通りです。

 図星です。


 思わず照れて目を逸らしちゃいました。


「え?あれ?え?」


 気付いちゃいましたか。

 僕が鳳さんに相応しい男になるために自分を変える努力を必死でしてたってこと。


「ふぇ、ほんとに、わたしの、ため、あ、え、ふぇひゃええええ!」


 うん、変な声で照れる鳳さんは何度見てもやっぱりかわいかった。


 こんなラブでコメな感じでデートは終わりになった。







 と、なれば良かったのだけれど。


「(え?)」


 バスに乗った鳳さんは、窓際の席に座り小さく僕に手を振ってくれた。

 僕もそれに小さく手を振り返す。


 そしてバスの扉が閉まり、出発する直前に。


 鳳さんの隣に中年男性が座った。


 その男は何処となく昏い目つきをしており、鳳さんの体をねっとりと眺めながら、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「鳳さん!」


 バスは既に発車した。

 もしも僕の勘違いで無ければ、鳳さんに危険が迫っている。


 どうにかして助けないと。

 でもどうしたら!


 そうだ、この辺りは確かバス停間の距離が短かったはず。

 それに夕方のこの時間はよく渋滞する。


 走れば追いつけるかもしれない。


 僕は走った。


 バスの背を追って、鳳さんを助けるために、全力で走った。


 あのバスの中で鳳さんが酷い目に合っていると思うと、走るスピードがどんどん上がる気がした。


 呼吸の苦しさも全く気にならなかった。


 鳳さん。

 鳳さん。

 鳳さん。


 最初のバス停は間に合わなかった。


 次のバス停も間に合わなかった。


 その次を逃したら、その先は距離が開いてしまうし街中から外れて渋滞から抜けてしまう。


 これが最後のチャンスだ。


 絶対に間に合わせて見せる。


 男を見せろよ。


 これまで必死に鍛えて来ただろ。


 鳳さんに見合う男になるんだって努力して来ただろ。


 ここで成果を見せずして、いつ見せるって言うんだ!


 走れええええええええ!




「鳳さん!」


 バスは一度は閉まって出発しかけた。

 しかし運転手さんが走って来る僕の事に気が付いてくれて、扉を開けてくれた。


 ギリギリセーフだった。


「鳳さん!」


 慌ててバスの中に飛び込んだ僕を乗客が驚いた眼で見ている。

 運転手さんが飛び乗って来た僕に対して危ないよとアナウンスで声かけしてくれた。


 そんなのはどうでも良い。

 それよりも鳳さんは!


 いた。

 隣にはあの男も座っている。


 鳳さんは僕に口パクで何かを伝えようとしている。


 た す け て


 その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 この野郎、鳳さんに何をしやがった!


「鳳さんから離れろ!」


 僕は男に掴みかかり、強引に立ち上がらせ、床に叩きつけた。

 そして腕を取り、後ろ手にして身動きを封じる。


「お客さん!?」


 異常を察した運転手さんがバスの出発を止めて、僕達の方に駆け寄って来る。


「この!離せ!クソ!何しやがる!」


 どれだけ暴れようとも決して離しはしない。

 むしろ今すぐにボコボコにしてやりたい気持ちを押さえていることを感謝して欲しいくらいだ。


「お客さん、どうしました?」

「警察を呼んで下さい。こいつは……痴漢です」


 確証は無いが断言した。

 鳳さんがあの状況で涙目になるなどそれくらいしか考えられなかったからだ。

 チラりと鳳さんの方を見ると軽く頷いていたので正しかったのだろう。


「俺は何もやってねーよ!証拠なんか無いだろ!冤罪だ!離せ!訴えてやる!」

「こいつ!」


 運転手さんは困っている。

 明らかに怪しいけれども、もし本当に冤罪だったらという思いが浮かんだのだろう。


「本当です。私はこの人にここを触られました。調べて貰えれば分かるはずです」


 鳳さんが指さした場所は右の太ももだった。


 こんな気持ち悪い奴に触られただって。

 くそ、この野郎!


「ぐあああ!ち、ちがう、偶然当たっただけだ!」

「まだ言うか!」

「いでぇええええ!離せ!」


 被害者からの証言があったからか、運転手さんは警察に連絡してくれた。


「笛吹くん」


 鳳さんが僕の傍により、肩に軽く手を乗せた。

 そしてゆっくりと首を横に振る。


 僕は仕方なしに力を少しだけ緩めた。


 怖い目にあったのは鳳さんなんだ。

 彼女がそう言うのなら僕は従うだけだ。


「遅くなって本当にごめん」


 僕がもっと早くに気付いていれば、こんな奴に触らせることなんか、怖がらせることなんかなかったのに。


「私は大丈夫だから。落ち着いて」


 そう言って鳳さんは僕の肩に顔を埋める。


「助けに来てくれて本当にありがとう。格好良かった」


 鳳さんは僕に感謝してくれた。

 本当はまだ怖い筈なのに、僕へお礼を伝えるのを優先してくれたのだ。


 肩越しに伝わる彼女の震えが、一刻も早く収まるようにと、僕は祈る気持ちで一杯だった。


――――――――


 デートはそんなハプニングを最後に終了した。


 なお、鳳さんに痴漢をした男は警察に引き渡すタイミングで逃げられたが、後に捕まったとの連絡が来た。

 このまま逃がしたら警察が信用出来なくなるところだったよ。


 それはそれとして、今、僕の前には鳳さんと聖女様がいる。

 今回、他の取り巻きの女子達はいないようだ。


「けっかはっぴょう~どんどんぱふぱふ」


 あの、聖女様。

 だんだんと素を隠さなくなってきましたね。


「聞いたよ笛吹さん。ヒーローだったんだって?」

「ヒーローとか大げさですよ」

「いいえ、笛吹くんは私のヒーローです!」

「うえぇ!?」


 鳳さんからの距離がめっちゃ近いんですけど。


「結果はもう分かったようなものみたいね」


 それって、期待して良いってことだよね。


「ほら光。王子様がまだかまだかと待ってるわよ」

「ひゃ、ひゃひっ!」


 はい、待ってます。

 告白した日から、いいえ、あなたを好きになったあの日から、僕はずっとこの時を待ってました。


 高校に入学し、友達も出来ず一人で何をすることも無く、暗い気持ちでただ毎日を過ごしていたあのころ。

 クラスメイト達は聖女様がどうとか騒いでいるけれど、僕にはそんな眩しい光の世界なんて縁が無いと思っていた。

 僕のような昏い存在が少しでも触れてしまったならば、最浄聖の名が示すように、聖なる光で浄化され消えてしまうのだろうと。


 だからこそ彼女達とは特に距離を置いていた。

 それなのにあの日、僕は失敗して廊下で聖女様の取り巻きのリーダー、鳳さんにぶつかりそうになってしまったのだ。

 彼女が男子にキツイ態度を取る噂は知っていた。

 人としての尊厳を否定されるようなレベルの罵詈雑言をこれから受けるのだろうなと覚悟した。


 でも、鳳さんからそんな言葉は出てこなかった。


「あら、ごめんなさい」


 そう、普通に謝って去って行ったのだ。


 あり得ない事だった。


 僕は常にあらゆる女子から気持ち悪い物を見る様な目で見られ続けて来た。

 今思えば、そう思われるのも当然の見た目だったと自分でも断言できる。

 

 だけど、彼女は見た目で僕を判断しなかった。

 すれ違うだけで気持ち悪いと、同じ空間にいることさえ苦痛だと、そう陰で言われている僕を普通に扱ってくれたのだ。


 それ以降、僕は鳳さんのことを目で追うようになった。

 そして彼女がとても優しい人であると気付いた。


 鳳さんが好きだ。

 鳳さんに見合う自分になりたい。


 だから僕は頑張った。

 彼女が聖女様に近づく男子にダメ出しをするのを参考に、徹底して自分を磨き上げた。


 そして今、待ち望んでいた日がやってきた。


「う、笛吹くん!」

「は、はい!」


 鳳さんは少し緊張しているようだけれども、いつものような可愛い動揺はしていなかった。

 やる時はやる人。

 それもまた、僕の好きな鳳さんの一面だ。


「これからよろしくお願いします」

「はい……って鳳さん!?」

「あんなに必死になって助けに来てくれたお礼よ」


 僕は今、鳳さんに抱き締められている。

 体中が柔らかな感触で包まれて、ふんわりと花のような香りが漂ってくる。


 しあわせだ!


「仲が良いわね」

「最浄さん」


 そうだった。

 聖女様がいるのを忘れてた。


「あの、色々と手助けしてくれてありがとうございました」

「お礼を言うのはこちらの方よ。光を好きになってくれてありがとう。幸せにしてあげてね」

「もちろんです」


 聖女様の課題がなければ、こうして鳳さんからOKを貰うことは無かっただろう。

 もしかしたら、最浄さんは僕にとって本当に聖女なのかもしれないね。

 そんなことを言ったら鳳さんが嫉妬してくれるかな。


「あの、私からも」


 鳳さんは僕から離れて聖女様と向き合った。

 少し名残惜しいな。


「背中を押してくれてありがとう。

「!」


 ああ、そうか。

 あの課題によって、もしかしたら鳳さんの中でも何かが変わったのかもしれない。


 もちろんそれは良い方に。


「どういたしまして、光」


 だって聖女様がこれまで見たことが無い程に美しい笑顔を浮かべているのだから。


「笛吹くん、聖に見惚れてたでしょ」


 げっ、ヤバイ。


「別に見惚れてなんかないよ」

「なんで見惚れないのよ」

「ええ!?見惚れてた方が良かったの!?」

「もちろん怒るわ」

「理不尽だー!」

「嫌いになったかしら?」

「ううん、大好き」

「うふふ、私もよ」


 怒っていない事なんて分かっているさ。

 この程度の冗談は、あのデートの時に何度も経験済みだ。

 尤も、最後の部分だけは新しく追加されたところだけど。


 なんて夢にも見た鳳さんとのイチャイチャを堪能していたら、とんでもない言葉が聞こえて来た。


「羨ましい」


 空気が固まった。

 囁くようにつぶやいた言葉だったけれども、ここには僕と鳳さんと聖女様の三人しかいないのではっきりと聞き取れてしまった。


「あの、聖?今のは?」

「聞こえちゃった?ごめんごめん、気にしないで」

「気になるわよ!いくら聖でも笛吹くんはあげないからね!」

「分かって分かってる。それじゃお邪魔者は退散しま~す」

「ちょっと本当に分かってるのよね。まさか笛吹くんを本気で狙ってないわよね。ちょっと、聖、待ってってば、聖!」


 どうやら僕にはこれからも沢山の課題が待ち受けているらしい。

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