何故か怖がられている図書委員とお憑き合いすることになった

「なぁなぁ、御剣みつるぎ。恐怖の図書委員って噂って知ってるか?」

「いや知らね。何ソレ」


 昼休みに面白いWeb小説が無いかとスマホで探していたら、噂好きの友人がやってきて妙なことを聞いて来た。


「一年女子の図書委員の中に滅茶苦茶『怖い』子がいるらしいんだよ」

「なんだよそれ、絶滅危惧種のヤンキーみたいな感じか?」

「そっち系じゃないよ。見た目は普通に可愛い女の子なんだ。小さくて大人しくていつも静かに本を読んでいて守ってあげたくなるタイプ。男子からの人気が結構あるらしいが、それはマジだろうな」

「まるで見て来たみたいに言うのな」

「ははっ、見て来たに決まってるだろ?」


 行動力の塊みたいなやつだから、むしろ見に行かない方が変か。


「それで結局何が『怖い』んだ?」

「分からん」

「は?」

「それ以上の情報が何故か出てこないし、性格が悪いという雰囲気も無さそうだった。敢えて挙げるなら可愛すぎて怖いってとこかな」

「なんじゃそりゃ」


 まるで都市伝説の類だな。

 いや、もっと現実的な理由があるか。


「その子、虐められてるんじゃないのか?」


 男子ウケする大人しい女子なんて、女子の悪意の格好のターゲットな気がする。


「う~ん、クラスの人と普通に話をしてたし、それは無さそうだったけどな」

「俺にはお前がそこまで確認してることの方がこえーよ。ストーカーかよ」

「失礼な。俺は紳士だぞ。偶然目撃しただけだよ」


 ほんとかよ。

 捕まるようなことだけはするなよ。


「じゃあ出所が分からない根も葉もない噂ってことか」

「それがちょっと違うんだよ」

「ん?」

「実は彼女の事を異様に怖がる男子が実際にいるんだ」

「ほう」

「彼女と同じ図書委員だったり、クラスの男子だったり、数は多くないんだけど、いずれも尋常じゃないくらいに彼女に怯えてる」

「んじゃそいつらに理由を聞けば良いだろ」

「それが誰も絶対に口を割ろうとしないんだ」

「不思議だな」

「だろ?」


 男がそれだけ怖がるなんて、マジで何があったんだ。

 やっぱり裏の顔がヤバいとか、実家が反社とか、そっち系なのかな。

 これは関わったらダメなやつだな。


「んで、なんでその話を俺に?」


 女の子は好きだが、別にこいつほどがっついている訳ではない。


「その子、男子から人気があるって言っただろ。だから仲良くなりたいって男子がそれなりにいるんだ」

「迷惑な話だな」


 話を聞く限り大人しそうな子なんだろ。

 知らない男子に狙われるなんて怖いだけだろうに。


「それがどうやらそこまで困ってはいないようなんだ」

「え?」

「彼女案外したたかだぜ。見知らぬ男子が声をかけようとすると、『私がお勧めする本を読んで感想を教えてくれたらお話します』って言うんだって」


 なんじゃそりゃ。


「んでさ、ちゃんと読んでちゃんと感想を伝えたら少しだけ話相手になってくれるんだけど、直ぐにまた別の本を勧めて来るんだって」

「あ~布教に使ってるのか」

「みたいだね~」


 強引に本好きの沼へ引き込もうとしてるのか。

 メンタルすげぇし、ある意味『怖い』な。


「しかもピンポイントで好みにあったオススメを貸してくれるんだって」


 だから俺にその話を振ってきたのか。

 でもあまり興味はないかな。


「俺はWeb小説しか読まねーから興味無いよ」


 今の世の中、タダでそこそこ面白い作品が大量に溢れてるんだ。

 いまのところそれだけで満足してるしな。


「彼女が個人で持ってるラノベも貸してくれるそうだぜ」

「マジ?」


 そうなると話は別だ。

 ラノベも読んでみたいが、外れを引くのが怖くて中々買う気にならないんだよな。

 その点Web小説ならタダだから外れてもそっ閉じするだけだし。


 だからラノベは大学生になってバイトして金に余裕が出来たら買い漁るつもりだった。


 もし本当にその子が俺の好みにあったのをピンポイントで貸してくれるなら大助かりだ。

 気に入った作品だったら安心して買えるしな。


「うし、後で行ってみるわ。サンキュ」

「お礼は可愛い子の紹介か『怖い』の正体で」

「うるせぇ」


――――――――


 てなわけで放課後図書室に行ってみた。


 そこそこ人が居るが、彼女が目当てなのかな。

 いや、勉強している人もいるからそうとも限らないのか。


 さて肝心のあの子はいるかな。


 名前は確か小森こもり すず


 カウンターの方を見ると、小さな女の子がちょこんという擬音が似合う感じで座っていた。

 想像してたよりも童顔で小柄だな。

 膝の上に乗せて愛でたくなりそうな感じだ。


 流石に小学生に間違われることは無さそうだが、中学生ならありそうだ。

 ってそりゃそうか、つい去年までは本当に中学生だったのだから。


 さて、さっさと用事を済ませるか。


「こんにちは、小森さんかな?」

「こんにちは、はい小森です。先輩も例のアレでしょうか?」


 話が早くて助かる。

 噂のこともあるし、結構話しかけられるのかな。


「ああ、面白いの教えてくれ」

「くすくす、率直に言うんですね」

「面倒なのは嫌いなんだ。それに図書室だから長話は迷惑だろ」

「そうですね、ちなみに読書はお好きですか?」

「Web小説しか読まないな」

「……ならこちらをどうぞ」


 小森は何かをさっと紙切れに書くと俺に手渡した。

 図書室の本に割り振られている番号らしい。


「んじゃまた後で」

「はい、お待ちしております」


 何処が『怖い』だよ。

 話しやすいし程よく明るくて良い子って感じがするぞ。


 まぁその話は良いや。

 とりあえず指定されたのを読んで条件をクリアしてお勧めのラノベを貸してもらわなければ。


 えるの、四百二十……お、これか。

 なんだこれ、こんな本が学校の図書室にあるのか。


『異世界で役立つ知識一覧。~これがあれば異世界無双間違いなし!~』


 なるほど、俺がWeb小説が好きだと言ったから流行の異世界モノに関係する本を選んでくれたってわけか。

 ふっ……大好物だぜ。


 ……

 …………

 ……………………


「あの、先輩?そろそろ図書室を閉めたいんですけど」

「え!?」


 やべぇ、もうそんな時間!?

 面白過ぎて熱中しちまった。


「良かったら借りていきますか?」

「……頼む」

「はい、手続しますね」


 嬉しそうだったな。

 そりゃそっか。

 自分が勧めた本を夢中になって読んでくれた上に借りてくれたんだもんな。


 しかし、まぁ、うん、笑顔の小森、可愛いな。

 人気があるのが分かるわ。


「はい、こちらが御剣先輩の貸し出しカードです。ここに入れておきますね」

「ああ」

「貸出期間は二週間ですので、忘れずに返して下さい」

「それは大丈夫だ。多分すぐに返す」

「くすくす、そうみたいですね」


 読み終わりそうなところだったからな。

 読み直しを入れてもそんなに時間はかからないだろう。


「それじゃあ御剣先輩、感想を楽しみにしてますね」




 てなわけで、俺はその三日後、本を返却しに図書室へ向かった。

 もっと早くに返却出来たが、小森が貸し出しカウンターに居なかったからな。


「ごめんなさい、お仕事が終わってからか別の時で良いですか?」

「ああ」


 馬鹿か俺。

 昨日自分で図書室だから長話はNGって言ってたじゃねーか。


「終わるまで待ってる。その代わりに面白いのを教えてくれないか」

「分かりました。でしたらこれなんかどうですか?」


 ……

 …………

 ……………………


「せ~んぱい、時間ですよー」

「はっ!?」


 また時間が吹き飛んだ。

 Web小説読んでてもここまで熱中すること滅多にないぞ。

 ここまで俺が気に入る本を紹介して来るとは、確かに小森怖えな。


「あ、ああ、悪い」

「お話は戸締りしながらでも良いですか?」

「邪魔にならないなら」

「大丈夫でーす」


 俺は思ったままの感想をひたすら小森に伝えた。

 彼女も同意してくれたり自分の感想を伝えてくれたので、面白い本について一緒に語り合うような感じになった。

 超楽しい。


「現代知識があっても異世界で上手くやるのってやっぱり大変だったんだな」

「ですね。私もフィクションとしては大好きですけど、絶対に行きたくは無いです」

「ほんそれ」

「御剣先輩は、異世界モノが嫌いになりました?」


 ふと、小森が突然不安げにこんなことを聞いて来た。


「なんで?」

「これからは異世界モノを読んでも、こんなの上手くいくはずない、って思って冷めちゃわないかなって」


 なるほど、確かにそう考えてしまうかもしれない。


 もしかして小森は俺にあの本を紹介したことを後悔しているのか。

 そのせいで、俺が好きだったWeb小説を楽しめなくなってしまったのではないかって。


 はは、何を馬鹿なことを。


「んなわけないだろ。小森も言ってたじゃないか。フィクションとして大好きだって。俺も同じだよ」

「良かったです」


 そうさ。

 別に事実かどうかなんて重要じゃない。

 面白い作品ってのは、そんな細かいところが気にならなくなるくらいに面白いからな。


 そもそも素人が投稿しているWeb小説なんだ。

 重箱の隅をつつくような目線で見たら粗があるに決まってるだろう。

 そんな読み方をしてもつまらないに決まっている。


「ただまぁ、一つだけ変わったことはあるかもな」

「?」

「見方が変わった、いや、増えた、かな」

「え?」

「うまく言えないけど、例えばこれまでは単純に格好良くてスゲーって思ってたところが、あれの知識を使ったんだスゲーって思うようにもなった。あの本を読んだから、この二種類のスゲーを味わえるようになったって感じかな」


 うん、俺は説明が下手すぎる。

 物語を描くのは向いてないな。 


 でもそんな俺の不器用な説明を小森は分かってくれたようだ。


「くすくす、そう言って頂けると嬉しいです。本当に、本当に嬉しいです」


 お、おい、分かってくれたのは良いが、そんなに幸せそうな顔になるなよ。

 ちょっと動揺しちまったじゃねーか。


「それでだ、小森」

「……はい」


 本題に入ることで強引に気持ちを誤魔化した。

 別に俺は小森とどうこうなりたくて話をしている訳じゃないんだよ。

 なのになんで小森は突然照れてるんだよ。


「俺に合うラノベを教えてくれ」

「え?」

「あれ、小森ならオススメを教えてくれるって聞いたんだが」


 驚いているってことは、もしかしてそれは偽情報だったのか?


「あ、はい、是非ともお勧めさせて下さい」

「やったぜ」


 何だ、間違ってなかったじゃないか。


「でも御剣先輩、良いんですか?」

「何が?」

「その、自分で言うのも恥ずかしいのですが、私とお話がしたいのでは?」

「あ~そういやそんな話もあったな」

「え?」


 本を借りることが目当てだったから忘れてたわ。


「最初から面白いラノベを教えて貰いたかっただけなんだ」

「そ、そうなんですか。なんだ」


 その『なんだ』はどういう意味だ。

 口説かれているわけじゃ無いって知って安心したんだよな。

 俺と話が出来なくてがっかりしたなんてことは無いよな。


 くっ、これじゃあ奴らを鈍感主人公だなんて馬鹿に出来ねぇ。


「まぁでも、小森と話をするのも楽しかったし、少しばかり話をしながら帰るか」

「はい!」


 その笑顔は、馬鹿な男を勘違いさせるには十分の威力だった。


――――――――


 それ以降、俺は小森からラノベを借りて感想を語り合う日々が続いていた。

 小森が貸してくれるラノベはマジで俺好みのものばかりでドハマりした。

 もちろん返した後にはちゃんと全巻購入したぞ。


 良い物は何度も読み返したくなってしまうからな。


 そんなある日、俺は学校の廊下で小森が男子に逃げられている姿を目撃してしまった。


「うわああああああああ!」

「あ……」


 おいこら、小森が悲しそうにしているじゃねーか。

 そう怒りたかったが、出来なかった。


 逃げた男子が、まるで命の危機に晒されたのではと思える程にガチでビビッていたからだ。


 一体何があればあそこまで怯えることが出来るのだろうか。


 おっと、今はそんなことはどうでも良いか。

 小森を放置するわけにはいかんだろ。


「よっ」

「御剣先輩……」


 バツが悪そうな顔だった。

 しまったな、見なかったことにするのが正解だったか。


「思いっきり股間を蹴り上げでもしたのか?」

「そんなことしませんよ。私は見た目通りひ弱ですから」

「見た目がめっちゃ可愛いのに案外強いのってよくあるだろ」

「かわっ!?も、もう、お世辞は良いですよ」


 おっと、ラブコメ主人公的な発言をしちまった。

 ドン引きはされてないようだしセーフか?


「別にお世辞でもなんでもないんだがな。それで、何があったんだ。言いたくなければ言わんでも良いが」

「……放課後、図書室で」

「分かった」


 どうやら話をしてくれるらしい。

 それだけ信頼されているってことなのかな、ちょっと嬉しい。




「少し前に先ほどの方に告白されたんです」


 放課後の図書室。

 いつものように戸締りする時間まで待つと、小森は窓にかけられたカーテンに寄りかかりながら事情を教えてくれた。


「小森は可愛いからな」

「そういうのは良いです」

「昼間は照れたのに」

「だって明らかにわざとらしく言ってるじゃないですか」


 真面目になんて恥ずかしくて言えるかよ。

 まぁ勘違いしてくれたならそれで良い。


「その、別にその人が嫌いとか、付き合いたくないとか、そういうわけじゃ無かったんです」

「おお、意外だな。てっきり知らない男の人なんて怖いってタイプかと思ってた」

「くすくす、これでも案外肝が据わってるんですよ」


 そうみたいだな。

 これまで話をしていて、小森がメンタル面で特別に弱い印象は感じられなかった。


「だから余程変な人じゃ無ければ、試しに付き合ってみても良いとは思ってたんです」

「でもそうはならなかった、と」

「はい、実は私、少し特殊な趣味がありまして」

「それを受け入れてくれる人が条件だった」


 なるほど、見えて来たぞ。

 その趣味が怖がられる原因につながっているのか。


 いや、やっぱり見えないわ。

 尋常じゃない程の恐怖を与える趣味ってなんだよ。


「それを明かしたらあんな風になってしまった、とまぁそんなお話です」

「おい」


 そこで話を終わらせるのはナシだろ。

 気になるだろうが。


「お話はここまで、じゃダメですか?」

「ダメだな」

「どうしてですか?」


 どうしても何も当然だ。


 小森が悩んでいるのなら助けてやりたい。

 小森に悲しそうな顔をさせたくない。

 小森とは笑顔で居て欲しい。


 だってそうだろう。


「俺は小森のことが好きだから」

「……!」


 ああよかった。

 小森は俺の告白を驚き、そして喜んでくれた。


 ダメだったらマジショックだったぜ。


「嬉しい……でも……ダメなんです」


 え、なんで?

 めっちゃ嬉しそうな顔してくれたじゃん。

 最高のムードだったじゃん。


 それなのに断られるの!?


「先輩にまで怖がられたら……!」


 俺が小森を怖がるだと。

 一体どういうことだ。


「俺は絶対に怖がらない」

「……」

「俺を信じてくれ」


 事情は分からないが、俺からはこれしか言えない。

 ビビりでは無い方だと思っているし、無茶をして強引に難題を突破するタイプの主人公になりたいとも思っている。

 出来るかどうかは別だが。


「分かり……ました」


 長い逡巡の後、小森は話をしてくれた。




「私、自作小説を書くのが趣味なんです」

「え?」


 なんだ、思ったより普通の話が出て来たぞ。

 一体どこに怖がる要素があるっていうんだ。


「ジャンルがその、特殊でして……」


 言いにくそうにしているな。


 女の子が言いにくいジャンルと言えば……エロかBLあたりか。


「お、おう。別に俺はそういうのに偏見は無いぞ。ただ、まぁ俺の趣味とは違うというか、ノーマルだから小森が好きと言うか、だな」

「くすくす、先輩違いますよ」

「そ、そうか」


 良かった、早とちりだったか。

 小森にBLの絡みを要求されたらどうしようかと思ったぜ。


「私の好きなジャンルは『ホラー』なんです」

「ああ、なるほど」


 ってなるほどじゃねーよ!


「『ホラー』だったら怖がられた方が嬉しいんじゃねーの?」

「あ、はい。それはそうです。怖がってくれたら最高です」

「??」


 じゃあ何で怖がられるのが嫌、みたいな話になるんだ。

 意味が分からないぞ。


「口で説明しても、多分納得してもらえないと思います」


 小森は自分のスマホを俺に差し出して来た。

 画面には多くの文字が羅列されている。

 これが小森の書いた小説なんだろう。


「先輩、これを読んだら…………いいえ、お願いします!」

「わ、分かった」


 小森は一瞬躊躇しかけたが、俺に読むように促した。

 何が起こるか分からないが、その勇気と信頼を裏切ることだけは絶対にしない。


 小説は短編であり、十分もあれば読める分量だった。


 ……

 …………

 ……………………


「せ~んぱい」

「うわああああああああ!」


 お、おま、いきなり耳元で声かけるなよ。

 思わず叫んじまったじゃねーか。


 つーか、これ。


「マジ怖えんだけど!臨場感半端ないんだけど!?」


 人生でこんなに怯える事ってあるってくらい震えが止まらねぇ。

 やばいな、この歳で今夜トイレに行けなくなるかもしれないレベルだぞ。


「文才ヤバすぎんだろ。え、ホラー小説ってこんなにすげぇの?」


 Web小説でもそのジャンルがあったけど、興味無かったから敬遠してたんだよな。

 もしかしてあそこにもこのレベルの作品があるのか?


「くすくす、そんなに怖がってくれたら最高ですよ」

「マジ怖い。ちょっと抱き締めて良いか?」

「な、何言ってるんですか!まだダメですよ!」


 まだ、ということはいずれは良いってことか。


「冗談が言えるようなら大丈夫ですね」

「まぁな。ようやく落ち着いて来たよ。しかしこれ、怖いだけじゃなくて面白いな。小森だからとか関係なくお世辞無しに気に入ったぜ」

「そ、そこまで褒められると流石に照れくさいです」


 俺としてはその照れた姿が癒しになって恐怖が和らぐからたすかる。


 ん?恐怖?


 そういえば、結局小森が気にしていたのって何だったんだろうか。

 確かに小説は怖かったけれど、それだけであの男子があんなに怯えるだろうか。

 しかもあいつは小森を見るだけで怯えていた。


 どういうことだ。


「なぁ、小森」


 俺がそのことを小森に確認しようと思ったその時。




 ドン、と大きな音が鳴った。




「な、なんだ」


 扉を大きく叩いたような音だが、図書室の入り口を見ても誰もいない。

 気のせい、にしては大きすぎだが一体何の音だったんだ。


「何だったんだろうわ!」


 今度は突然複数の本が本棚から床に落下した。

 図書室の中には俺達しか居ないことは確認済み。


「……!」


 小森はきつく目を瞑り、両手を組んで祈るような格好になっていた。


「うわ!」


 今度は図書室の電気が一斉に消えた。


 マジかよ。

 いくらなんでもガチで怖いホラーを読んだ直後のタイミングでポルターガイストとか、嫌がらせにも程があんだろ!


『クスクスクスクス。クスクスクスクス』


 声まで聞こえて来やがった。


 くそ、怖え。

 あのホラーを読んだ後だから心も体も怖がりやすい状況になってるっぽいな。


 やべぇ、今すぐにでも逃げたい。

 逃げ出したい。


 でも、そんなこと出来るわけ無いだろうが。


「小森は絶対に傷つけさせねぇ!」

「え?」


 何驚いた声出してるんだよ。

 当然だろ。


 まさか俺が好きな女を見捨てて逃げるとでも思ったのか?

 それは心外だわ。


「なぁ小森、これってまさか良く起きる事なのか?」

「うん、男の人に私の小説を読んでもらうといつも起きるの」

「マジか。普段はどうすれば収まるんだ?」

「男の人が逃げたら止まる、かな」

「逃げやがったのかよ。後でぶん殴ってやる!」


 これまで小森に告白した奴らはみんな逃げたってことか。

 確かにくっそ怖いが、それだけは絶対にやっちゃダメだろうが。


「それで、小森はこの状況に心当たりは?」

「それが無いんです」

「心霊的にヤバいところに行って連れて帰っちゃったとか?」

「そういうところには絶対に行きません。好きだからこそ危険だって分かっているので」

「それは良い事だな。じゃあホラー的にはどうすれば良いんだ」

「九割方死にます」

「なんてこった。なら残りの一割をつかみ取ろうか」


 まだラップ音や笑い声は響いている。

 このまま図書室の中にいるのは危なそうだ。

 小森を連れて入口まで移動して脱出しないと。


 周囲を警戒しながらそう考えていた俺の肩に、ポンと何かが置かれた。


「うわ!」


 そちらを見ると……


「よっ」

「誰?」


 見知らぬ女生徒が立っていた。




「ごめんごめん、驚かせちゃったね」


 どうやら心霊現象的な何かは、この人の仕業だったらしい。

 制服のリボンの色的に三年生かな。


「いくらなんでも趣味が悪くないっすか」

「だからごめんって。ちょっと怖がらせたかっただけなんだよ」


 全く申し訳なく感じて無さそうに謝るのが腹立つな。

 決してガチビビりしてたから怒っているわけではないぞ。


「なんでこんなことしたんだよ」

「君が妹に相応しい男の子か確認したくてさ」

「妹?」


 ってことはつまり。


「この人、小森のお姉さんなの?」

「……」

「お~い、小森」

「え!あ、うん、お姉ちゃん、だよ?」

「なんだその反応」


 驚きで固まってるな。

 誰も居ないと思っていた図書室の中にいたからびっくりしたのかな。


「となるとあれか、妹に変な虫がつかないように見張ってたって訳か」

「ご明察」

「いや、それでも趣味悪すぎんだろ」

「自覚してます」


 だからせめて反省している表情くらい浮かべろよ。

 小森姉の方は苦手なタイプだな。


「でも驚いたよ。まさか逃げないで妹を守ってくれるとは思わなかったから」

「むしろ逃げる方が変だろ」

「あはは、これまでの男は全員逃げたけどね」

「後でぶん殴る」

「私の分も頼むよ」

「自分でやれよ」

「あはは」


 まったくお騒がせな奴だ。


 しかしそれ以上に苛立つのが小森に告白した男子連中だ。

 女の子を見捨てて逃げたばかりか、その後も怯え続けるとか情けないにも程がある。


「それじゃ、私はそろそろ行かなくちゃ。御剣クン。妹の事よろしくね」

「言われなくても大切にするさ」

「よろしい。鈴も元気でね」

「……あ……うん」


 小森姉はそう言うと普通に入口から外に出て行った。


「まったく驚かせやがって。もしかして家でもあんな感じなのか?」

「……」


 小森は姉が出て行った扉の方をじっと見つめていた。


「小森?」

「……」

「こーもーりー」

「……あ、はい、なんですか?」

「どうしちゃったんだよ。なんか変だぞ」


 姉が出てきた時から、どうにも挙動不審だ。


「あの……御剣先輩、怖がらないで聞いて下さいね」

「ああ」


 超怖いホラー小説を読まされたし、その流れでポルターガイストもどきで超ビビらされたし、もうこれ以上怖いことなんてないだろ。







「私のお姉ちゃん、六年前に亡くなってるんです」


 ヒエッ


――――――


 まさか『本物』と話をすることがあるなんてな。


 でもこれでようやく小森の噂の謎が解けたぜ。


 恐らくは小森を見捨てて逃げた男子にあの姉ちゃんが何かしたんだろう。


 例えば『小森に近づくな』とか『このことを誰かに話したらコロス』とかって耳元で囁けば、あれだけビビっても不思議ではない。


 つーかそこまでやるなら『小森にビビるな』くらい言ってやれよ。

 お前のせいで変な噂が立ってるんだからな。


 まぁいいや、とりあえずこの件は後回しにしよう。


「あ~そういえばさ、小森」

「はい」


 小森が図書室の戸締りをして、俺達は一緒に校舎を出た。


 今日は色々とあって疲れたので暗くなる前に・・・・・・早く帰って寝たいところだが、一つだけ超重要なことがあやふやになっていたので確認しないと。


「あんなことがあって忘れてるかもしれないんだが、その、あの、俺と付き合ってくれるってことで良いのか?」


 う~ん、なんか情けない切り出し方だな。

 慣れてないんだから、そうそう良いムードなんか簡単には作れないんだよ、くそぅ。


「でも私で良いんですか?」


 それはきっと異性の好みという意味ではなく、彼女の姉的な、もっと端的に言うと、霊的な話だろう。


 確かにそれは気になるところだ。

 小森と付き合うという事は、彼女を取り巻く霊的な事情に関わるという事だからだ。


 だが俺の答えは決まっていた。


「ああ、もちろんだ」

「先輩……」


 こうして俺と小森は晴れて恋人関係になったのだった。




『大丈夫、二人は私が守るから。妹を泣かせたら承知しないからね』


 そんな声が聞こえたのは内緒だ。


 つーか、守られなきゃヤバイのが存在するってことかよ。


 こえー!

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