①家族を助けたいなら俺と付き合えと脅されている(かもしれない)美少女を助けたら、大親友と彼女が同時に出来ました

「うわ、わわわわ、うわああああ!」


 俺は自転車で河原の土手の上を走るのが趣味である。


 今日はその帰りに何となく普段とは違うルートで帰宅していたのだけれども、住宅街の細道を走っていたら突如自転車から異音が鳴り響き、俺は地面に投げ出されてしまった。


「いってぇ……」


 自転車でこけるなんて小学生の時以来であり、久しく感じたことのない痛みに思わず片目を瞑って痛みが引くのを待っていた。


 そうして座り込んでいた俺の体に、突如大きな影が落ちた。


「大丈夫?」


 こけた音を聞いてやってきたのか、女の子が心配そうに俺を覗き込んでいたのだ。

 その女の子に、俺は見覚えがあった。


川澄かわすみさん?」

片岡かたおかくん?」


 高校のクラスメイトだった。


 川澄かわすみすみれ

 学校でも屈指の美少女で、物静かで清楚なタイプ。

 窓際の席で外を眺める彼女の姿は、まるで深窓の令嬢と言った感じで、実は本物のお嬢様ではないかと密かに噂されている人物だ。


「ちょっと自転車でこけちゃって……って川澄さん、その格好は?」


 俺は立ち上がって改めて川澄さんを眺めると、普段のお淑やかな雰囲気とは全く違うことに気が付いた。


 その雰囲気を作り出しているのは服装。


 もっと端的に言うと、『つなぎ』を着ていたのだ。


 深窓の令嬢が絶対に着ないであろう衣服である。


 その『つなぎ』には胸元に『川澄製作所』と書かれている。

 良く見ると、すぐ傍に小さな工場があった。

 住宅街の中にある町工場って雰囲気だ。


 俺は生まれてからずっとこの街に住んでいるけれども、普段はこっちの方に来ないからこんなところに町工場があるなんて知らなかった。


 『川澄製作所』ってことは、ここが川澄さんのお家ってことなのかな。

 良く見ると工場が家と隣接しているので、ここに住んでいるのだろう。


「あ、その、これは、ね?」


 俺につなぎ姿を見られたことが恥ずかしかったのか、川澄さんは両手をバタバタと動かして焦っている。

 服装はアレだけど、動きは可愛いな。


 川澄さんは、何かを、恐らくは誤魔化すことを諦め、肩を落とした。


「やっぱり変だよね……」


 変っていうのは、つなぎ姿のことだろうか。


 確かに川澄さんのイメージとはかけ離れているけれども、別に悪くはないぞ。

 むしろ不思議と違和感が無い。


「似合って……新鮮な感じがして良いと思うよ」


 危ない危ない。

 年頃の女子高生につなぎ姿が似合うなんて言ったらショックを受けるかもしれない。

 そもそも川澄さんが好きでつなぎを着ているかどうかも分からないのに。


 まぁ俺のその心配は杞憂だったわけだが。


「本当!?」


 満面の笑みを浮かべて俺の答えを喜んでくれた。

 学校では感情をあまり表に出さないタイプなので、別人に見える。


 おっと、このまま話をしていたら倒れた自転車が車とか他の人の通行の邪魔になるからどかさないと。


「あ~チェーンが外れちゃったかぁ」


 言われて気付いた。

 確かにチェーンが外れて力なく地面に垂れている。


 これのせいで倒れたのか。

 仕方ない、家までは少し遠いけれど、今日はこのまま引いて歩いて帰るか。

 後で修理に出さないとなー


「直さないの?」


 俺が自転車を壁に立てかけて、川澄さんとの会話に戻ろうとしたら、彼女は俺にそんなことを言って来た。


「俺、やり方分からないから」


 自慢じゃないが、俺はパンク修理だって出来ない。

 本当に自慢じゃないな。


「じゃあ私が直してあげる」

「直せるの!?」

「もちろん、町工場の娘ですから」


 にやりと笑ってドヤァと胸を張る川澄さん。

 うん、可愛い。


「それじゃあお願いしようかな」

「お願いされました」


 そこからは十分もかからなかったと思う。

 川澄さんはあっと言う間にチェーンをつけて直してしまった。


「う~ん、せっかくだから錆も取るね」

「え、いいよ悪いって」

「あはは、気にしないで。と言うか、私が気にしちゃうの」


 川澄さんは工場に戻り錆落としのスプレーを持って来た。


「少し匂うから、そっちの方に居てね」


 指示されたように風上の方に移動する。

 匂い結構きついもんな。


「はい、完成。ちゃんとこまめにメンテしないとダメだよ?」

「肝に銘じます」

「うん、よろしい」


 俺の返答に満足したような笑み……いや、どうせ面倒臭くなってやらないだろうなぁって感じで苦笑してる。ばれてーら。


「マジでありがとうな。めっちゃ手が汚れちゃったし、スプレーの匂いもついちゃっただろ」


 錆びだらけのチェーンを素手で触り、錆落としのスプレーを体の近くで使っていた。

 深窓の令嬢を油まみれにしたなんてクラスメイト達に知られたらボコられてもおかしくはない。


「こんなのいつものことだから平気平気。ほら、この服だってめっちゃ油くさいでしょ」


 え、匂い嗅いで良いんですか?

 流石にそれはドン引きされるのでは……うっ!


「でしょー」

「す、凄いね」


 間近でクンクンしなくても、油の強烈な匂いが漂って来た。


「私はもう慣れちゃったんだけどね。むしろこの匂いを嗅ぐと安心するなぁ」

「……」

「あ……やっぱり私、変だよね」


 盛大に自爆してまたしょんぼりモード。

 どうやら川澄さんは年頃の女性に似つかわしくない服装や好みを気にしているようだ。


「変わっているとは思うけれど、別におかしくないと思うけどな」

「そう?」

「うん」


 学校では物静かで話しかけ辛い雰囲気があるけれども、こっちの川澄さんの方が親近感があって俺は好きだ。


「それにしても、川澄さんがここに住んでいるなんて知らなかったよ」

「興味ある?」

「え?」

「良かったら見ていく?」

「でも仕事中でしょ。邪魔になるから悪いよ」

「あはは、仕事なんてしてないから大丈夫だよ。ちょっとお父さんに聞いてみるね」


 え、ちょっ、行かないで!

 お父さんに言ったら絶対ヤバイやつだから!

 大事な娘が男を連れて来たってことになるんだよ!


 俺、殺されるかも知れん。


 スパナを持った頑固一徹な親父に激怒されるイメージが脳裏に浮かぶ。


「大丈夫だって~」

「マジで!?」


 俺が親だったら絶対追い返すぞ。


「ほらほら、早く早く」


 川澄さん俺の腕を引っ張らないで。

 イチャイチャしてるって思われてもおかしく無いです。

 マジで殺されちゃいます。


「お邪魔します……」


 工場に入る前にどうにか腕を解き、恐る恐る中に入る。

 中は電気はついているものの薄暗く、鉄や錆や油の匂いで充満し、見たことも無い大きな機械がいくつか置かれていた。


「へぇ~こんな感じなんだ」

「ああ、機械には近づかないでね。危ないからってお父さんが」

「うん」

「本当は動かしてないから平気なんだけどね」


 それでも何かの調子でスイッチが入ってしまうことはあるだろう。

 川澄さんは不満そうだけれど、俺はちゃんと言いつけを守ろう。


 お、あそこで機械を触っているのが川澄さんのお父さんかな。

 挨拶しないと……まずいよな。


「こんにちは。突然申し訳ありません」

「……」


 お父さんはこちらをちらりと見ると、僅かに小さく頷いて作業に戻った。

 うん、怖い

 頑固一徹な感じが想像通りだった。


「ごめんね、お父さん不愛想だから」


 そりゃあ娘が男を連れてきたら誰だって不愛想になりますよ!


「ささ、まずはこれから説明するね!」


 川澄さんは工場の中の機械について一つ一つ丁寧に熱く説明してくれた。

 もちろん大半が何を言っているのか良く分からない。


「それでこれはね!」

「凄いんだよ!」

「めっちゃ使いやすいんだから!」


 でもまぁ、楽しそうなので俺は満足だ。


「私ばかり話しちゃってごめんね」

「ううん、川澄さんがこの工場が凄い好きなんだなぁって伝わって来て、俺も何故か嬉しい気分になっちゃったよ」

「……もう、冗談上手いんだから」


 少し狙い過ぎだったかな

 一応本心なんだけどな。


 照れてくれたから良しとしよう。


「でも本当に好きなんでしょ?」

「うん、やっぱり変だよね」


 あれ、まただ。

 よっぽど気にしてるのかな。


 思い切って率直に聞いてみた。


「結構気にしてる?」


 そうしたら、川澄さんは自分の事を色々と教えてくれた。


「私ね、小さい頃から機械が大好きで、お父さんにせがんで色々なことを教えて貰ったんだ」


 お父さんが小さな娘の興味を惹くために、いっぱい機械を見せたんだろうなぁというのが想像出来た。

 俺なら自分の好きなものを見せたがるもん。

 それで川澄さんが興味を持ったってことなんだろうな。


「工場の大きな機械も好きなんだけど、身近にある小さな機械も気になっちゃってさ。分解して中身を見るのが好きになっちゃった」

「身近にある小さな機械?」

「うん、リモコンとか。親が見てないところで勝手に色々と分解しちゃってね。『菫!リモコン分解しちゃダメでしょ!』なんてお母さんに何回も叱られたなぁ」

「あはは、そりゃあお母さんも困っただろうね」


 川澄さんをこんな風にしちゃったお父さんが、裏でお母さんに怒られてそうだな。


「お母さんは私に普通の趣味も持ってほしかったみたいで、漫画とかゲームも買ってもらったんだけど……どうなったと思う?」

「もしかして、ゲームも分解した?」

「そう!」


 俺が小さい頃は『ゲームばっかりやって!』なんて怒られたものだが、『ゲーム分解しないで!』なんて怒られるのはかなりのレアケースだろうな。


「新しいゲーム機が発売される度に、今度は分解しないから、なんてねだって」

「結局分解して怒られた、と」

「やっぱり分かる?」

「うん」

「「あはははは」」


 なんだ、川澄さんってこんなに楽しい人だったんだ。

 俺はそんなに話をするのが好きなわけじゃ無いんだけれど、自然と言葉が出てきてなんか心地良い。


「実はスマホも分解してたりして」

「流石に我慢してます。めっちゃやりたいけどね!」

「高すぎるから壊したら絶対に次の買ってもらえ無さそうだもんね」

「だから早く自然に壊れないかなぁなんて思ってる」

「それで本当に壊れたら下取りに出されてしまう、と」

「いやぁ~私のおもちゃが~!」

「「あはははは」」


 あまりにも会話が楽しくて、その後も長話してしまった。


「あれ?そういえば何の話をしてたんだっけ?」


 そういえば何だっけ。

 分解……じゃなくて、そうだ。


「つなぎ姿とかを気にしてるかって話だったよ」

「あ~そうそう。それでね、私ってどう考えても普通の女子高生っぽくないでしょ。おかしな娘だなって変な目で見られちゃうだろうなぁって気になっちゃって」

「もちろん見るよね」

「ひっど~い!」

「でも実はまぁ別に良いやって思ってるでしょ」

「あ、分かる?」

「分かる」

「「あははははは」」


 って危ない危ない。また話が盛り上がって延々と続きそうだった。

 名残惜しいけれど、そろそろ外が暗くなってきたし帰らないと。


「あ、そうだ。川澄さんが持ってたゲーム機って何?」

「え?ゲーム機の種類?」


 教えて貰ったゲーム機は結構古い携帯ゲーム機だった。

 それなら大丈夫かな。


「実は俺、使わない壊れたゲーム機があるから、今度持ってこようか?」

「本当!?良いの!?」

「うん、ガラクタと化して物置の奥に眠ってる奴だし」

「やったー!ありがとう!」


 よし、これでまた川澄さんと話をする機会が出来たぞ!


「今日は楽しかったよ」

「俺もだよ、まさか川澄さんとこんなに話が出来るとは思わなかった」

「あはは、私、学校じゃ大人しくしてるからね」

「どうして?」

「だって私、みんなと趣味が全く違うから会話についていけなくて。私の趣味の話をしてもドン引きされるだろうし」

「ああ~だからか」

「だからね。今日は片岡君が私の話を引かないで聞いてくれて、とても嬉しかったんだよ」

「そっか」


 俺は引くどころか惹かれたけどな。

 手の届かないところに居る有名人的な感じから、一緒に居たい女の子へと変わった感じだ。


 帰り際。

 俺はまた河原に戻り、川澄さんに直して貰った自転車で土手を爆走していた。


「いいやったああああああああ!」


 川澄さんの素を知り、お互いに自然に笑い合える関係になれたことがとても嬉しくなり、その気持ちが爆発しそうだったので発散させたかったのだ。


 何故河原なのかって?


 だって河原は青春の象徴じゃないか。




 それからと言うものの、俺は川澄製作所を頻繁に訪れるようになった。


 使わなかったり壊れた機械を家で探して、それをプレゼントするという名目で訪問する理由を作り続けた。


 全ては川澄さんとお話しするためだ。


「ごめんな。俺、機械に詳しくなくて」

「ううん、気にしないで。話を楽しそうに聞いてくれるから、それだけで嬉しいよ」


 俺の機械オンチは早々にバレた。

 まぁ、具体的な話が出来ないのだから当然だろう。


 それでも川澄さんはがっかりしなかったからちょっと安心した。


「でも男の子はみんなこういうのが好きなのかと思ってた」

「嫌いじゃないけど、何でも分解する程好きな人はそんなにいないよ」

「あははは、だよねー」


 そんな感じで話をしていたら、見慣れない人がやってきた。


「お姉、冷蔵庫のプリン知らない?」

「私は食べてないよ~」

「じゃあ親父か。チッ、絶対後で締める」


 清楚な川澄さんとは正反対の雰囲気なのが声質や台詞だけでも分かる。


「あれ、誰か来てんの……って男!?」

「こ、こんにちは」


 お姉って言ってたし、妹さんか。

 そう思って見ると、川澄さんと何処となく雰囲気が似ている気がする。

 妹さんは年頃の女の子って感じで、オシャレ感があり、クラスの陽キャ女子に近い印象だ。


 背丈は川澄さんと変わらないし、歳はそうは離れてないのかな。


「マジか。こんな油くさいので良いの?」

「コラ!しおり!」

「いやだってマジで女としてありえないっしょ」


 ああ~これはあれだな。

 妹は機械どころか町工場なんてクソダサくて大嫌いってパターンか。


 しかし姉をそこまで悪く言うのは感心しないよ。

 ここはちょっとばかり男を見せてやろうじゃないか。


「おう、良い香りだぜ」

「片岡君!?」

「うへ~物好きだねぇ」


 おいコラ、宇宙人を見る様な目で見るんじゃないよ。


「まぁ、その、なんだ、お姉。これが最後のチャンスだから絶対に逃がさないことね」

「栞!」

「おっと怖い怖い。じゃね、お姉のこと、よろしくね」


 妹さんは逃げるように部屋の中に入っていった。


「ご、ごめんなさい。妹が失礼な事言って」

「あはは、気にしないで」


 川澄さんの顔は真っ赤だ。

 照れるつなぎ女子というのは、やはりマニアックなのだろうか。


「……」

「……」


 あ~沈黙になっちゃうか

 川澄さんはこれまで俺を友達としか見てなかったっぽいけれど、今ので異性として意識しちゃったんだろうな。

 照れる川澄さんが、どこか少し嬉しそうなのは、俺の思い込みじゃないと良いな。


 俺の気持ち?

 はは、そんなのとっくに好きになっているに決まってるじゃないか。

 そうじゃなきゃ、強引に理由作って会いに来たりなんかしないよ。


 今なら告白すればいける……?


「妹さんは川澄さんとは雰囲気が違うんですね」


 はいダメー。

 俺はチキンでしたー。


「あ、うん。私みたいにならないようにってお母さんが徹底して機械から避けさせたの。おかげで全然興味ないどころか目の敵にしてる」

「お母さんとしては安心しただろうね」

「うん……ってそれどういう意味かな?」

「しまった」

「もう!」

「「あははははは」」


 よしよし、元の雰囲気に戻ったぞ。

 もうしばらくはこんな関係を楽しもう。



―――――――― 



 だが、そうはいかない。

 俺と川澄さんの密かな関係が大きく変わるかもしれない事件が起きたのだ。


 俺が家で両親と一緒に夕飯を食べている時、母さんがとんでもない情報をもたらした。


「そういえば、川澄さんのところ、今度畳むそうね」

「そうか、あそこも持たなかったのか。時代の波とはいえ、切ないな」


 ……え?

 川澄さんのところって、まさか。


 いや、偶然同じ名字なだけかもしれないから、ちゃんと確認しよう。


「川澄さんの所って?」

「ほら、大通りの反対側の住宅街に小さな工場があるでしょ。そこが経営難で、畳むんですって」


 ざっくりとした場所の説明だったけれども、そこは彼女の家の場所に一致する。


 翌日は土曜日だったので、川澄さんの家に向かったらシャッターが閉まっていた。

 いつもは土日でも開いていたのに。


 慌てて来たものの、閉まっていては声をかけ辛い。

 いつもは工場の中を覗けば川澄さんが気付いて出迎えてくれてたのだ。


 このままウロウロしていたら不審者として通報されてしまいそうだ。


 川澄さんの連絡先くらい聞いておけばよかったと後悔し、一旦出直すしかないかと思ったら、シャッターが少し開いて中から人が出て来た。


「片岡君?」


 俺はこの日、川澄さんの私服を初めて見た。




「そっか、知られちゃったんだ」


 俺は川澄さんと一緒に河原を歩いている。

 いつもつなぎ姿だったから、制服以外のスカート姿というのは新鮮だ。


 なんで河原に?って聞かれたけれど、こういうシリアスな話をする時は河原でするのが鉄板だろう。

 ……俺にとっては鉄板なんだよ!


 川澄さんは、やはり少しだけ寂しげな感じだった。


「結構前から経営が苦しくてね、片岡君が来た時もお父さん仕事してなかったでしょ」

「あ~てっきり土日だからかと」

「小さい頃は土日も仕事してたんだよ」


 言われてみれば素人目で見ても仕事をしているという感じでは無くて、せいぜいが機械の整備をしているだけに見えた。


「そっか、無くなっちゃうんだ……」

「え~なんで片岡君が寂しそうに言うのさ~」

「そりゃあ短い間だったけど、川澄さんと楽しくお話出来た想い出の場所だもん」

「そ、そっか……」


 あれ、俺もしかして、口説いてる?

 今はそのタイミングじゃないだろ!?

 空気読めよ、俺。


「それより川澄さんが心配かな」


 あれ、これも、受け取りようによっては口説いてると取れなくもない……か?


「ありがとう。ちょっと寂しいけど大丈夫だよ。小さい頃から潰れるかもしれないってずっと言われてたから」


 良かった。

 変に勘ぐられなかった。


 それに、川澄さんが思ったよりも元気そうなのも良かった。

 ずっと覚悟してたから心の準備は出来てますよって感じだ。


 来るべき時が来た。


 受け止める心の準備は出来ていたけれど、いざ本当に来ると寂しさを感じざるを得ない。


 そんな感じなのかな。


 空元気という訳では無さそうだし、普段通りに接するのが一番良いのかもしれない。


「ごめんね、心配かけちゃって」

「あ~うん、大丈夫ならそれで良いんだ」


 俺に何が出来るか分からないけれど、いつでも頼ってくれ。


 そう言える男に俺はなりたい。


「よし、元気出さなくちゃ」


 川澄さんは胸を張った。


「実はね、元気なかった理由は別にあったんだ」

「そうなの?」

「うん、昨日お父さんと大喧嘩しちゃってさ」

「ええ?あの人と?」


 川澄さんの父親は、出会った当初こそ頑固一徹な気難しい方に見えたけれども、実は娘にダダ甘なことに気付いていた。

 それこそ、娘の我儘ならなんでも聞いてあげるバカ親父であり、川澄さんを怒るようなことは絶対に無いだろうと思える人だった。


「工場が潰れちゃうから、お金が苦しいんだろうなぁって思って、大学に行かずに働くよって言っちゃったの」

「……」

「妹が来年高校に入るし、大学にも行かせてあげたいから、私の分の進学費用を妹に使ってあげたらって思ったの。ほら、私こんなだから、大学に行くよりもどこかの工場で働く方が性に合ってるし」

「……」

「そう言ったらお父さん、滅茶苦茶怒っちゃった。『お前達を大学に送り出す金くらいあるわ!馬鹿なこと心配してるんじゃない!』って。あんなに怒られたのって、小さい頃に工場の機械に近づいた時以来かな」

「そっか」


 俺はいつもみたいに、受け止めて元気づける言葉を投げかけることが出来なかった。


 お金の問題。


 工場が閉鎖すると聞いても、その影響が具体的にイメージ出来ず、生活くらいはなんとかなるのかな、と思っていた。

 だが、大学への進学を取りやめる、と聞いて一気にその問題が身近に感じられたのだ。


 そして、それは高校生である俺にはどうしようも出来ない事。


 実は売れっ子作家でお金持ちだとか、投資で大儲けしただとか、そんなことはない普通の男子高校生だ。


 もし本当は家計が苦しくて、川澄さんが本当に大学への進学を諦めることになったのなら。


 何も出来ない自分に対する無力感で、いっぱいだったのだ。



――――――――



 それからしばらくは、変わったことは起きなかった。

 川澄さんは学校では変わらず深窓の令嬢モードであるし、休みの日には俺は彼女の家に遊びに行く。

 川澄製作所は相変わらずシャッターは閉まったままだが、川澄さんは徐々にその日常を受け入れているのか、工場の中を見た時の寂しげな表情が薄れていった。


 そんなある日、学校で大事件が起きた。


「川澄さん、少し話をしても良いかな」

「「「「「「「「!?!?!?!?」」」」」」」」


 クラス中が驚愕した。

 川澄さんに、とんでもない人物が話しかけてきたのだ。


「いやぁ、王子様が~!」

「くぅ~やっぱり美人はイケメンにもってかれるのか~!」

「爆発しろ!」


 うちの高校の王子様。


 真田さなだ 優臣まさおみ


 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能で性格も文句なし。

 親はIT企業を立ち上げて十年で大企業と肩を並べられるくらいに成長させた敏腕社長。


 金もルックスも能力も性格も完璧で何一つ欠点の無い、少女漫画に出てくる王子様のような存在だ。


 そんな人間が普通の高校に通うなよと思うが、それが父親の教育方針らしい。


 また、王子様はこれまで特定の女子と付き合うことは無かったし、誤解を招くような行動も慎んで来た。


 女性関係でいざこざが発生するのを防ぎたかったのかもしれない。


 だが今回ついに、王子様が自分から動いた。

 部活や委員会などの関係が全く無く、しかも別クラスの川澄さんにわざわざ声をかけたのだ。


 王子様を狙う女子達と、深窓の令嬢を狙う男子達から、盛大な悲鳴があがったのも当然だ。


 そして肝心の話しかけられた川澄さんと言うと……


「う、うん……」


 はい、アウトー!


 真っ赤になってもじもじしちゃってますー!


 チクショウ!


 俺は時間をかけて頑張って仲良くなったのに、一瞬で川澄さんの心を鷲掴みにしやがった。

 イケメンは卑怯だ!


「ここだと人の目が多いから移動しようか」

「は、はい!」


 ああもう、恋する乙女モード全開ですよ。

 誰も見たこと無いくらいに、感情爆発してますよ。


 俺にだってあんな表情見せたこと無いのに。

 くそぅ、実は川澄さんも俺のことを少しは好きに想ってくれてるかも、なんて考えて実は告白するタイミングを悩んでた俺が馬鹿みたいじゃないか!


 川澄さんが教室を出る後ろ姿を眺めながら、俺は大きなため息をついた。


 はぁ……マジショックだ。


 それ以降、二人は学校内で良く話をするようになった。

 川澄さんは王子様に呼ばれると目をハートマークにして近寄り、ダダ甘な雰囲気を醸し出している。


 もちろん俺は、川澄さんの家に行くことは無くなった。

 彼氏がいる女子の家になど、行けるはずが無いからだ。


 これで川澄さんとの関係も終わりか。

 あの幸せな毎日が唐突に終わってしまった悲しみに負けずに、俺はモブらしく生きていこう。


 なんて悲観に思い、気分転換に河原を散歩していたら、出会ってしまった。


「「あ」」

「?」


 なんと、川澄さんが王子様と河原の土手を一緒に歩いていたのだ。


 しかも川澄さん、めちゃくちゃ気合入れて着飾ってるじゃないっすか!

 超かわいい!


 俺と一緒に河原に来たときはもっとラフな格好なのに!

 悔しい!


 くそぅ、河原デートだなんて、俺が理想とする青春じゃないか!

 羨ましい!


「こ、こんにちは」

「う、うん、こんにちは」


 目が合わなければこっそりと逃げたのだが、合ってしまったのだから仕方なく挨拶した。


 川澄さんも何処となく気まずげな表情を浮かべている。


 王子様を妬む気持ちがあるのはもちろんだが、川澄さんのデートの邪魔をするのは本意ではない。

 このまま自然にすれ違えば良いかなと、歩みを早めてすれ違おうとしたのだが。


「川澄さんのお知り合いですか?」

「うん、クラスメイトの片岡君」


 王子様の方が話を続けてしまった。

 仕方ない、挨拶しよう。


「はじめまして、片岡です」

「はじめまして、真田です」


 う~ん、挨拶しただけなのに、なんだこの爽やかさは。

 気のせいか、そよ風が吹いて周辺の空気がキラキラと煌めいているように見える。

 イケメンってヤバイな。


「せっかくのデートの邪魔をしてしまいごめんなさい」


 この辺りはしっかりと謝らないとな。

 川澄さんを狙う危ない男だなんて思われて敵に回したら厄介だ。


「え、違」

「いやいや、俺はクラスメイトと話をするのを咎める程、小さな男じゃないよ。少しばかり妬けちゃうけどね」


 くっそー

 ウィンクがマジ格好良いじゃねーか。

 冗談を言いながら川澄さんへの想いを嫌味なくアピールしてるし、強すぎるわ。


 そういえば、川澄さんが何か言いかけてたような気がするけど、何だったのかな。


「それじゃあ真田さんが妬けすぎて焼死する前に、邪魔者は退散しますか」


 ああ、ほとんど王子様としか話をしてないや。

 まぁ川澄さんに馴れ馴れしく話しかけて勘ぐられるよりかはマシか。


 立ち去ろうとする俺の背に、声がかけられた。


「君は……」

「?」


 振り返ると、王子様は俺の事をジッと見ていた。


 ヤバイ、怪しまれたのか?

 別にストーカーとかじゃあありませんよ!

 もう一度弁明した方が良いのかな。


「いや、なんでもないよ。引き留めてごめんね」

「?」


 良く分からないけれど、なんとかなったようだ。

 ふぅ、焦ったぜ。


「あれ?」


 少し歩いてから、俺は後ろを振り返る。

 彼らはすでに歩き出しており、こちらからは背中しか見えない。


 王子様と敵対しないようにと必死だったが、改めて思い返すと何か違和感がある。


 そう、この感覚は確か……


 ああそうだ、川澄さんから工場が潰れる話をした時のような寂しげな雰囲気が少しだけ漂っていたんだ。


 いや、勘違いだよな。


 だって川澄さんは今、素敵なイケメン彼氏が出来て幸せなはずなのだから。



――――――――



 だけれども、一度違和感を覚えると、同じことが他の場面でも感じられるようになった。


 例えば、王子様がうちのクラスに来た時、川澄さんは嬉しそうな表情を浮かべるけれども、その直前に、僅かに沈んだ表情を浮かべていた。


「(何故だ……?)」


 もしかしたら工場で何か問題が起きたのだろうか。

 本当は金銭的にかなり苦しいことが分かったとか。


 でもそうだとしても、俺にはどうすることも出来ないし、そもそも彼氏が出来た今となっては会いに行って確認することも出来ない。


 だがその心配は杞憂であることが俺の両親の会話により直ぐに判明する。


「そうそう、川澄さんの所、畳まなくて良くなったんですってね」

「ああ、SSRが出資してくれることになったんだってな。親父さんも喜んでいるだろう」


 SSR。

 ガチャではなく企業の名前である。


 社長の名前は真田 健剛けんごう


 王子様の父親である。




 ベッドに横になり、俺はため息をついた。


「本当に王子様だったんだな。あるいはヒーローか」


 完璧なイケメンが彼氏になり、しかも実家まで救ってくれた。


 ただの一般人の俺には到底真似できない偉業である。


 あいつは性格も良さそうだし、きっと川澄さんを末永く幸せにするだろう。


 胸が痛む。


 仕方ない事なのだと、自分に言い聞かせる。


 川澄さんが幸せになるのだから、それで良いだろう。


 男なら好きな女の幸せを願って潔く身を引け。


 どうせ俺にはそれしか出来ないのだ。




 なんて割り切れたらどれほど楽だったろうか。

 俺は結局ウジウジと悩み続けるだけのダメ男だった。

 王子様だったらきっとこんなに情けなく悩んだりしないんだろうな。


 俺は張り裂ける様な心の痛みに耐えることが出来ず、いつしか自転車に乗り、夜の河原へと向かった。

 街灯は無いけれども、近くの家の灯りや月明りで周囲ははっきりと見えているから危なくはない。


 危なくは無いが、それは俺が男だからだ。

 人気ひとけの無いこの場所で、女の子が一人でいるのはいくら日本と言えども危険である。


 仕方ない、彼女の安全のためにも話しかけないと。


「こんなところで何をしてるんだ?」

「……青春、かな」


 立って川の方を眺めている川澄さんは俺の方を見ずにそう呟いた。


「それなら昼の方がお勧めだぞ。一番は夕方」

「色々あるんだね」

「おうよ、青春は奥が深いからな」


 辺りは見えると言っても、夜遅くだ。

 少し離れたところから話しかけているので、川澄さんの表情は良く見えない。


 ただ、声に元気が無い事だけはすぐに分かった。


「聞いたよ。工場、続けられるんだってな」

「……うん、真田君が助けてくれた」

「そっか、あいつに感謝しないとな」

「……うん」


 何故、そんなに元気が無いんだ。

 学校で王子様に見せるように、笑顔で喜べば良いじゃないか。

 俺に気を使っているのか?


「……」

「……」


 言葉が続かない。

 いつもなら会話が止まる事なんてないのに。


 川澄さんと一緒に居て、こんなにも居心地が悪いのは、初めての事だった。 


 そうしてどれくらい時間が経ったのか。

 切り出したのは川澄さんだった。


「もう、うちには来てくれないの?」


 どうしてそんなことを言うんだ。

 期待してしまうだろう。

 男って馬鹿だから、そんなこと言われたら、まだ可能性があるんじゃないかって勘違いしちゃうんだ。


 君は今、幸せなはずだろう。


「それは…………マズイだろ」

「……そっか……うん、そうだよね」


 俺の言葉は正しくて、それでいて間違っていたのだろう。


 川澄さんは説明不足の俺の言葉の意味を察して表面上は納得してくれた。

 だが、その言葉のトーンは、悲しみを含んだものに聞こえた。


「それじゃあ私、帰るね」

「送っていくよ」

「ううん、大丈夫。じゃあね」


 俺はその時、はじめて川澄さんの顔を見た。

 暗がりの中での彼女の顔は、泣いているように見えた。




 男と言うのは本当に馬鹿な生き物だ。


 ちょっとしたことで勘違いして、好きになって、振り回される。


 俺もそんな男の一人だと、痛感した。


 だって俺は、川澄さんの行動を、自分にとって都合良く解釈したくてたまらないからだ。


 川澄さんは今、イケメン彼氏が出来て家も助かり最高に嬉しい筈だ。

 だけれども、彼女は時折寂しげな表情を浮かべている。

 俺に対して悲し気な表情も見せてくれた。


 そんなことがあるのだろうか。

 だって彼女は学校であんなにも恋する乙女で幸せそうではないか。

 そう、あんなにも、わざとらしい・・・・・・くらいに。


 やっぱり俺は馬鹿だ。

 これは思い込みに違いない。

 彼女が今を満足していなければ良いのになんていう、俺の醜い気持ちが作り出した幻だ。


 彼女が王子様に寄り添う姿が、どれも作り物に見えてしまうなんて。


 だってそうだろう。


 彼女が自分の想いを偽る必要なんてどこにある。

 仮に王子様が本心では好きでなかったとして、そんなことする必要は……


「嘘……だろ……?」


 俺は一つの可能性に気が付き青ざめた。


 彼女が好きでもない王子様にすり寄る必要性。


 考えられることは一つだけだ。


「工場、なのか?」


 倒産により閉鎖が決まった町工場。

 それが王子様の父親からの出資で継続できるようになった。




 まさか彼女は、家を守るために自分をあいつに差し出したのか!?




 い、いやいや、そんな作り話みたいな話があるわけだないだろう。

 それに、もしそうだとしても王子様ならきっと川澄さんを幸せにしてくれるはずだ。


 あいつはいい奴っぽいからな。


 ……本当に?


 実は裏では酷い性格で、本当は川澄さんを脅して自分の物にしようとしているのでは。


 だからあのラブラブな姿を演技せざるを得なくて、王子様が見ていないところでは悲しんでいるのでは?


 ダメだダメだ!


 これは全部、俺が嫉妬で考え付いた荒唐無稽な想像だ。


 彼女が王子様とくっつくのが嫌で、強引に自分を納得させようとしているみっともないことなんだ。


 でも実は本当だったら……?


 うわああああああああ!




 俺は自分の中に生まれた疑念と、それは自分のあさましさが生み出したものであると思う気持ちに挟まれて、心がどうにかなりそうになった。


 そんな時は河原に行くしかない。


 俺は自転車に乗って、青春の地へと向かい、全力でペダルを漕いだ。

 何往復も何往復も、息が切れる程に走り続け、邪な気持ちを追い出そうとする。


「はぁっ、はぁっ、うわっ!うわああああああああ!」


 あまりにもがむしゃらだったからか、俺はバランスを崩して斜面を転がり落ちてしまう。


「いってぇ……」


 転がった斜面が草が多く生えているところだったからか、クッションになって大きな怪我はしなかった。


 後、自転車が俺の上に落ちてこなかったのも運が良かった。


「自転車は無事か」


 派手に落下したはずだが、壊れている様子はない。

 チェーンも外れていなかった。


 草むらに大の字になって倒れながら自転車を横目に見ていたら、ふと思い出した。


『大丈夫?』


 俺を気遣う川澄さんの心配そうな顔。


『あ、その、これは、ね?』


 つなぎ姿を見られて慌てる姿。


『うん、よろしい』


 両手を真っ黒にして油くさくなりながら浮かべる笑顔。


 川澄さんとの楽しい想い出が、彼女の笑顔が、次々と思い出される。


 そうだ、彼女は俺といる時、いつだって笑顔だった。

 いつだって幸せそうにしていた。

 いつだって一緒に居るのが心地良かった。


「はは……はははは」


 思わず乾いた笑いが出てしまう。


 だってそうだろう。


「俺は馬鹿か!」


 自分がこんなにも愚かで情けない男だったのだから。


「馬鹿!クズ!アホ!チキン!」


 倒れ込んだまま、自分に対して語彙力の無い罵倒をひたすらする。

 近くを歩いている人が驚いているだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。


 俺は今、猛烈に自分をぶん殴りたい気持ちで一杯だったのだから。


「俺の馬鹿野郎おおおおおおおお!」


 お前にとって一番大事なことはなんだ!

 彼女の幸せだろうが!


 勘違いかも知れない?

 嫉妬で思い込んでるだけかもしれない?

 強引に自分を納得させようとしているだけかもしれない?


 馬鹿じゃねーの!?


 別に間違ってあいつを糾弾したら嫌われるだけだろうが!

 俺の思い込みで、本当は川澄さんが幸せなら、何も問題無いだろうが!


 お前はただ、行動して嫌われるのが嫌で、逃げていただけだろう!


 彼女の事が少しでも心配なら行動しろよ!


 惚れた女を幸せにするのが男の役目だろうが!



――――――――



「こんなところに呼び出して、何の用だい?」


 俺は王子様と一対一で向かい合っている。


 場所はもちろん河原だ。


 秘密の話なので、土手の上では無く、人気ひとけのない橋の下である。


「川澄さんのことで話がある」

「手紙にもそう書いてあったね」


 明らかに怪しい手紙だったからボディーガード的な誰かを連れて来るかと思ったけど、その気配が全く無かった。

 俺なんか一人で十分ってことか?

 それとも隠れたところに誰かいるのか?


 まぁいいや、俺がやることは一つだけだ。


「川澄さんの工場を助けてくれたんだってな。ありがとう」

「どうして君が感謝するんだい?」

「彼女とは少し前まで親しくさせてもらっていたから。心配してたんだよ」

「少し前まで、ねぇ……」


 そうだよ、お前が登場する前までな。


「それで聞きたいんだけど、なんで助けてくれたんだ?」

「それを君に言う必要は無いと思うよ」


 そう来たか。

 まぁ川澄さんが目的だった、なんて素直に言うわけが無いよな。


 少しジャブを打ってみるか。


「なんだ、てっきりあの町工場が好きなのかと思った」


 このジャブが思いの外、クリーンヒットだった。


「それは違うよ。僕は工場とか油くさいのが苦手でね」


 なんだって。

 油くさいのが苦手だと!?


「でも川澄さんは機械いじりが好きだぞ。大丈夫なのか?」

「彼女には申し訳ないけれど、それは止めて貰おうかなって思ってるよ」

「なに!?」

「相手の事が何もかも全てが好きなのが恋愛じゃないさ。僕は彼女の事を好ましく思っているし、全力で愛すると誓うけれども、どうしても苦手なことは変えて欲しいとお願いしても変じゃないだろう。もちろん僕も彼女のために変わる努力は惜しまないさ」

 

 そうか、分かった。


 どうやらこいつは川澄さんを脅してまで手に入れたいという訳では無さそうだ。

 彼女の幸せを願う気持ちはちゃんとある。


 それだけに残念だ。


 こいつなら川澄さんの全て・・を幸せに出来たかもしれないのに。


「お前は川澄さんのことを何も分かっていないんだな」

「……どういうことですか?」

「俺は恋愛なんてしたことないからお前の言う事が正しいかどうか分からない。相手のために何かを諦めたり変える必要があるのは自然なことなのかもしれない」


 何も分からない俺だけれども、一つだけ分かることがある。


「でもな、川澄さんにとって機械を弄ることは決して他には代えられない幸せなんだ。なくしてはならない大切なものなんだ。それを変えろというのは、絶対に間違っている!」


 こいつの言っていることは、好きな人の親が自分が嫌いなタイプだから別の人に変えてくれって無茶苦茶を言っているようなものだ。


 川澄さんの当たり前の幸せを奪おうとしている。


 それは絶対に許せない。


「彼女を幸せに出来ないなら、彼女に近づくな!」

「ふふふ、では君なら彼女を幸せにできるとも?」

「出来ないさ」

「おいおい、それなのに俺に説教するのかい」

「そうさ、俺もお前も、彼女の全てを幸せにすることは出来ない」


 だからこそ、立場はイーブンなんだよ。


「お前は彼女の家を救えるが、彼女を真に分かってやることは出来ない」

「……」

「俺は彼女の家を救えないが、彼女を真に分かってやることが出来る」


 そう、信じている。

 俺といる時の彼女の笑顔がそれを証明していると信じている。


「お互いにどちらかしか出来ないのなら、条件は同じだ。だったらお前にはやらねぇ!」


 だからここで退くわけには行かない。


「あっはっはっ、面白いこと言うね。それで君はどうしたいわけさ」

「さっきも言っただろ。川澄さんに近づくな」

「ふ~ん、それで俺が融資を止め……っていうのは無粋かな」


 ああ、こいつは本当に良い奴だ。

 俺は条件は同じだと吠えたが、彼女の家を救えるというのはあまりにも大きい。


 だがこいつはそれを使って力づくで俺をやりこめようとはしなかった。


「俺も男だからね、好きな人を簡単には譲れないのさ」


 くっそ、こんな時までイケメンスマイルを見せやがって。

 少しは悪役っぽくしてくれれば気が楽なのに。


「なら、こういうのはどうかな」


 俺は制服の上着を脱いでファイティングポーズを取った。


 ここでこいつを殴っても何も解決することは無い。

 むしろ、野蛮な人間で川澄さんにはふさわしくないと糾弾される可能性の方が高いだろう。


 だけれども不思議なことに、こいつはそんなことはしないと、本能が察していた。


「なるほど、そういうのは嫌いじゃないよ」


 ほらな、こいつも上着を脱いで放り投げた。


 お互いに拳を構えて対峙する。


 敵意を篭めた目を俺に向けてくる。


 マジ格好良いわ。


 河原で好きな女をかけて決闘するという、このいかにも青春っぽい雰囲気が俺の気分を高揚させる。


 ってダメだろうそれは!?


 ヤバイ、フリだけですぐに止めるつもりだったんだけれど、はじまっちゃいそうな雰囲気になってしまった。


 ケンカなんかしたことないんだけど、マジで殴られるの!?


 内心ヒヤヒヤモノだったが、相手が先に拳を降ろしてくれた。


「なんちゃって」

「え?」


 相手の敵意が完全に消え去っていた。


「ごめんごめん。君が最高に面白いことやってくれたから、つい熱くなって調子に乗っちゃった」


 そう言って王子様は、地面に落ちた上着を拾って、傍にある橋の足の裏へと向かった。


「はい、それじゃあ後は頑張ってね」

「え?」


 そこからすぐに出て来た王子様は俺にウィンクをして颯爽と帰って行く。


 その場に残されたのは、ファイティングポーズを解いて呆然と立つ俺と、顔を真っ赤にしてもじもじしている川澄さんだった。



――――――――



 泣かれた。

 とにかくひたすら泣かれた。

 可愛く罵倒されつつ泣かれた。


 彼女の言葉は順序も何もあったもんじゃなくて、とにかく思ったことがダダ洩れになっていて支離滅裂だったけれども、想いは十分に伝わって来た。


「心配したんだから!」

「危ないことしないで!」

「ケンカなんてゼッタイダメだから!」

「どうして来てくれなかったの!」

「告白待ってたのに!」

「寂しかったのに!」

「あんな姿見せたくなかったのに!」

「ずっと一緒に居たかったのに!」


 これまでウジウジと悩んでいた罰なのか、彼女が抱えていた辛さを吐き出すたびに、俺の胸に突き刺さる。


 でも一つだけ解せないことがあった。

 俺の事を想ってくれていたのなら、何故王子様に懸想するフリをしたのか。


 長い時間をかけてようやく落ち着いた川澄さんにそのことを聞いてみた。


「真田くんに嫌われたら出資を取りやめられるんじゃないかって思って……」


 だから王子様に媚を売っていた。


 工場の継続が決まり、父親はとても嬉しそうにしていたそうだ。

 父親にとって工場は人生そのものであり、閉鎖が決まってからはとても小さく見えた。

 それこそ、このまま消えてしまうのではないかと思えるくらいに。


 その父親が生まれ変わったかのように生き生きとしている

 だから川澄さんは、なんとしても確実に出資をしてもらいたかった。

 王子様に自分を差し出して、繋ぎ止めたかった。


 でも、それは自分の気持ちを裏切る事だ。


 家族のために自分を捨てなければならない。


 こんなことは、両親にも、俺にも、誰にも言えなかった。


 俺は彼女の決意を踏みにじるとんでもないことをしてしまったのかもしれない。


 一瞬そういった考えが頭を過った俺は、やはり大馬鹿だ。


 彼女の想いを知り、俺が口にするべきなのは一つしか無いだろう。


「俺、川澄さんが好きだ」

「……うん、知ってる」


 あんだけ散々王子様と言い合っていれば、そりゃあ分かるよな。


「私も、片岡くんが好き」

「うん、知ってる」


 だってさっき散々泣きながら想いを聞かされたから。


「「あははははは」」


 ああ、こうして君と笑い合った日々が、もうずいぶん昔のように思えるよ。

 これからはずっと一緒だ。

 

「川澄さん」

「片岡くん」


 俺は青春の聖地、河原で彼女にキスをした。



――――――――



 これで物語が終わるわけが無い。

 まだ王子様との関係という大きな問題が残っているのだ。


 あの日の王子様の態度は決して俺達に害をなすような感じでは無かったが、それでもはっきりしないと不安が残る。


『川澄さんのことで話があります』


 そうしたら、俺への意趣返しか、全く同じ文面で俺を呼び出してきやがった。


 場所は少し遠く、都内の高級住宅街。

 ご丁寧に、入金されたICカードも手紙についてきた。


「ええと、ここで良いのかな?」


 指定された住所の場所には高級マンションがあった。

 俺みたいな一般人が足を踏み入れたら、即座に不審者として捕まりそうな雰囲気すらある。


「片岡君、よく来てくれたね」


 ニッコニコの王子様が中からやってきた。

 こいつこんな遠くから通ってるのか?

 電車で二時間くらいかかったんだが。


「ここは僕の実家なんだ」


 俺、どうなっちゃうんだろう。

 このまま拉致されて拷問を受けて金の力で無かったことにされるとか無いよな。


 うん、俺って金持ちへの偏見がやべぇな。


「まぁ緊張しないで。今日は俺の父に君を紹介したいだけだから」

「緊張するわ!」


 思わずツッコんでしまったじゃねーか。

 なんでだよ!

 あのなんかよく知らないけど凄いらしい社長だろ!?


 やべぇ、失礼な事したらマジで消されるんじゃねーか。

 俺、マナーとか分からねーよ!?


 うん、やっぱり俺って金持ちへの偏見がやべぇな。


「お、おい、ちょっとまって、早い、早いって!」


 王子様は俺がビビってるのを気にせずに、手を引っ張って強引に中に連れてこうとする。

 くそぅ、心の準備をさせないつもりだな。

 こいつこんな悪戯する奴だったのかよ。


「連れて来たよー」


 玄関が開くと、そこには一組の夫婦が待っていた。


「ようこそいらっ……え!?」


 何故か社長夫妻は俺の顔を見て滅茶苦茶驚いた。

 王子様はそんな俺達を見て爆笑しているし、一体どういうことなの!?




「はっはっはっ、良いねぇ!気に入った!」

「は、はぁ、どうも……」


 俺は何故か真田家で夕飯をご馳走になることになった。 

 しかも気に入られてしまったようだ。


「私も若い時はヤンチャしたものだ。君達の年頃なら青春を謳歌しないとな」

「もう、あなたは謳歌し過ぎだったじゃないですか」

「そうか?楽しかっただろう?」

「そうですけどね」


 あの、俺を差し置いてイチャイチャするの止めて貰えませんか。

 いや、やっぱり良いです。

 放置してください。


 俺は愛想笑いを浮かべて、ハンバーグに手を出した。

 旨い。


 ナイフとフォークで食べる高級フレンチとかではなく、普通に箸で食べる家庭料理だったから、それほど緊張せずに良かったよ。


「それにしても、片岡君が来た時は本当に驚いたよ。てっきり彼女を連れて来るものだと思っていたからな」

「本当よ。優臣ったら悪戯ばかりするんだから」


 どうやら王子様は『大切な人を連れてくる』と両親に伝えたそうだ。

 そりゃあ恋人が来ると思って男が来たら愕然とするわな。


 敢えて誤解を招くようなことを言って面白がっていたらしい。


「ごめんごめん、ちょっと思いついちゃってさ」


 まぁ驚いたのはご両親で、俺は被害が無かったから良かったけど。


「なぁ、そろそろ教えてくれないか。俺を呼んだ理由をさ」


 ここに来て王子様のご両親と談笑しかしていない。

 今日の目的の意図が全く掴めないまま時間が過ぎるのは嫌なので、俺は率直に聞いてみた。


「理由も何も、君の事を父と母に紹介したかっただけだよ?」


 意味が分からないから。

 俺達そういう関係じゃないだろ。


 男同士で親に紹介される関係っていうのがそもそもどういう関係か分からないけれど、まぁそれはそれとして変だろ!


「それだけ?」

「うん、そうだけど?」


 マジで不思議そうな顔してやがる。

 え、それが本心なの?


「川澄さんの件で君の事を気に入ってさ、是非とも父と母に紹介したかったんだよ」

「……マジで?」

「マジで」


 そういえばあの時『君が最高に面白いことやってくれたから』なんて言ってたな。

 まさかマジで気に入られただけってことなの!?


「川澄さんって川澄製作所のところの娘さんかい。確か優臣と同じ学校に通ってるんだったか」

「そうそう、俺達は彼女と知り合いなんだ」

「あらそうだったの」


 おお、運良く川澄……菫さんの話になった。

 せっかくだから聞いてみよう。


「あの……一つ聞いて良いですか?」

「もちろんさ。何でも聞いてくれ」

「川澄製作所へ支援した理由って何ですか?」


 息子がどうしてもとお願いするから。

 俺はそうなのだろうと思っていた。


「技術力を買ってのことだよ。実はあそこは世界で唯一の技術を持っているんだ。あれを失わせるのは実に惜しい」

「え?」


 世界で唯一。

 菫さんの家が?


 ああ、そういえば、下町の町工場でロケットの部品を作っているとかって話を聞いたことがある。

 そうか、菫さん家の工場は凄いところだったんだ。


 あれ、でもそれならもっと前から注目されてもおかしくなかったような。


「あそこのオーナーは根っからの職人気質でな。技術の宣伝が苦手だったんだよ。いやぁ、優臣が見つけてくれて本当に助かった。世界の宝が消えてなくなるところだったよ」


 頑固一徹は外に出ても、潰れそうになっても変わらなかったってことか。

 う~ん、いっそのこと菫さんがアピールすれば上手く行ったのでは?


 でもこれで安心だ。

 菫さんとは関係なく、川澄製作所そのものを気に入って貰えているのなら、融資が無くなることは無くなるだろう。


 そんな俺の内心に気付いた王子様がニヤニヤしながらこっちを見ている。

 ウゼェ。




 夕飯を食べた後、俺は王子様の部屋へと招かれた。


「川澄さんとは上手く行ったかい」

「お陰様で」


 本当にそうなので、ここは素直に感謝しておこう。

 ああ、それだけじゃないな。


「後、勘違いでつっかかってごめん」

「ははは、気にしないでくれよ。君の立場で考えたら気持ちは良く分かるからさ」


 王子様が川澄さんに異性として興味が無かったという事は既に聞かされていた。

 河原での話は俺から本心を聞き出して川澄さんに聞かせるための演技だったらしい。


 結局のところ、俺は勘違いで殴ろうとまでした大馬鹿者だった。


 そんな俺の事を快く許してくれた王子様は、本当に懐が広い良い奴だ。


「まぁただ、その、なんだ」


 ふと、突然王子様の口調がしどろもどろになった。

 常に流暢に気持ち良く話す王子様にしては珍しい。

 珍しいどころか、初めて聞いたか。


「出来れば、で良いんだが、お願いを聞いて欲しい」


 そりゃあ迷惑をかけたんだから、お願いくらい聞くさ。


「お願い、というよりも、その、相談に乗って欲しいんだ……」

「ああ、もちろんだ」


 でも俺が王子様の相談になんて乗れるのか?

 悔しいが、俺はあらゆることで負けている自信があるぞ。


「その、あの、ええと……」

「何だよ歯切れ悪いな」


 そんなに言いにくい事なのか?

 しかもなんか妙に頬を赤らめているような。


 ま、まて、俺はそういう趣味は無いぞ。

 そもそも俺には菫さんという相手がいるって知ってるだろ。

 変な気は起こすなよ!


 少しだけ距離を取った俺に、王子様はとてつもなく驚くことを言ってきたのだ。


「実は……」


 口をあんぐりと開けてしまったよ。

 こんな相談を受けるなんて思わなかった。


「……マジ?」

「うん」


 うわー

 真っ赤になって頷いてるよ。


 でもそうか。

 納得した。


 何もかも納得したよ。


 なんで王子様が川澄さんに接触したのか。

 なんで王子様が川澄製作所への融資を父親にお願いしたのか。

 なんで王子様が俺と菫さんの仲を応援してくれたのか。


 そして、なんで王子様が俺を今日ここに呼んだのか。


「お前、栞ちゃん狙いだったのかよ!」


 そう、なんと王子様は、菫さんの妹、栞ちゃんを狙っていたのだった。

 こいつは外堀を埋めて、栞ちゃんに近づきたかったんだ。


 あまりの驚きでお前呼ばわりになってしまった。


「お前なら話しかけるだけで向こうから告白してくれるだろうに」

「そんな恥ずかしいこと出来ないよ!」

「うぇええ!?」


 ああそうか。

 俺はまた、いや、俺達は盛大に勘違いしていたようだ。


 こいつは決して完璧超人なんかじゃない。


 恋に悩み好きな女の子へ声をかけるだけで躊躇する、俺達と同じ情けない男子高校生だ。


 恥ずかしくて不安でチキンで必要以上に慎重になってしまう、そんな普通の男の子。


 俺、こいつとは仲良くなれそうだ。


「ははっ、分かったよ。俺に任せとけ」

「本当!?」

「おうよ、って言っても、俺だって恋愛経験はほとんど無いから何処まで役に立てるか分からないけどさ」

「そんなことないさ。だって君は河原で青春してたじゃないか」

「え?」


 ま、まさかこいつ、同志か!?

 あの殴り合いの時にこいつがノッて来た理由はこれだったのか!


 よし決定。

 今日から王子様、じゃなくて優臣は俺のソウルフレンドだぜ。


 一緒に青春しようぜ!



――――――――



「よし、終わった。どうかな」

「う~ん、合格」

「よっしゃ!」


 俺は自転車の整備を菫さんに教わり、今日は初めて一人だけで挑戦してみた。

 めっちゃ不器用だから苦労したけど、なんとか上手くいったようで良かった。


 あれから川澄製作所は忙しくなり、土日でも機械が忙しなく動いていた。

 俺は邪魔にならないように隅っこの方で菫さんと話をしたり、自転車等の機械の手入れを簡単なものから教えて貰ったりしていた。


「これでけいくんも、一緒にここで働けるね」

「いやぁ~俺の不器用っぷりは知ってるでしょ。無理無理」


 菫さんは何度も俺を機械の世界へと引き摺り込もうとするが、俺は嫌いでは無いがかなりの不器用だから難しいと思っている。


 ただちょっと怖いのは、親父さんが『俺も君と同じくらいの年の頃は、不器用だった』とか言って俺に色々と教えようとして来ることだ。


 菫さんには近づいてはダメと言う機械も触らせようとするから、菫さんがむくれてしまい機嫌を治すのが大変だ。


 息子が欲しかった的な感じで構っているだけですよね。

 本気で跡取りにしようとか狙ってませんよね。


「まぁそれはそれで幸せかもしれないけど」

「何の事?」

「ううん、なんでもない」

「何よー教えてよー」

「ちょっ、今俺、油くさいから抱き締めるなって」

「つなぎだから平気だもん。はぁ~良い匂い~」

「くっ、手が汚れてなければ抱き締め返すのに」

「つなぎだからいいよ?」

「え?」


 ああ、そうか。

 つなぎだから汚れても平気だもんな。


 それじゃあ遠慮なく……


「なぁ~に人ん家でイチャついてんのさ」

「「あ」」


 ヤバイ、親父さんもいるのに!

 ってなんでサムズアップ!?


 いいんですか!?

 あなたの大切な娘さんですよ!?


「はぁ、この調子じゃあ直ぐに子供が生まれそうだね」

「し、栞!何言ってるのよ!」

「何ってナニ?もうやってるんでしょ。ほら、このまえ珍しくおしゃれして」

「栞!」


 う~ん、相変わらずこの家は妹の方が力関係が上なんだな。

 まぁでも今回は俺にも飛び火しかねない話題だから、助けてあげるか。


「そんなこと言って良いのかな、栞ちゃん」

「どういう意味?」

「今日は栞ちゃんも遊びに誘おうと思ってたんだけどなぁ」

「はぁ?嫌よ。なんでバカップルに挟まれて遊ばなきゃならないのよ」

「ふ~ん、そんなこと言って良いんだ」

「??」


 お、丁度良いタイミングで来たようだ。


「こ、こんにちは」

「やぁ優臣、こっちこっち」


 今日は俺の大親友を呼んだのだ。


「ちょっ!何あのイケメン!」

「俺達の友達だよ。今日は一緒に遊ぼうと思って呼んだんだよ。ちなみにフリーだ。でも残念だなぁ、栞ちゃんは行かないんでしょ」

「急いで準備して来る!」


 あははは、めっちゃ慌ててる。


「圭ぃ!」

「おいおい、情けない声出すなよ。いつも通りで大丈夫だって。なぁ菫さん」

「うん、あの子、すっごい面食いだから絶対大丈夫」

「だと良いけど……」


 不安そうな姿まで絵になってやがる、ちくせう。


「それで圭くん。今日の予定は決まってるの?」

「ああ、色々と考えてはあるよ。雰囲気次第で変えるつもりだけど」

「でも最後は決まってるんだよね」

「もちろん」

「ああ、それは俺にも分かるよ」

「「「河原!」」」

「「「あははははは」」」


 あの日、この工場の前で自転車のチェーンが壊れたのは、俺にとって人生最大の幸運だったのかもしれない。


 だってそのせいで、大親友と彼女が同時に出来たのだから。

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