二人きりになると脱ぎたがる先輩が本当は初心だと知っている
昨今の文芸部のイメージといえば、隠キャのオタク達が集まって定期的に部誌を作ったり即売会に参加する感じだろうか。
それとも、ただひたすら静かに本を読み耽るといった感じだろうか。
僕が所属している文芸部は後者に近い。
ただし殆どが幽霊部員であり、部室に来るのは僕と先輩の二人だけ。
たった二人で本を読み、少しだけ感想を伝えあう。
少し前まではそんな物静かな部室だった。
それなら今はどうなっているのかと言うと……
「なんか暑くないかしら」
「いえ、全然」
「……
「やせ我慢も何も、今日は普通に気温が低くないですか?」
五月も終わり。
そろそろ衣替えの季節だというのに、冷たい風が体を震わせる。
部室内は窓が閉め切られているが、それでもひんやりとした空気が感じられる。
「私にとっては暑いの!」
「そうですか、大変ですね」
僕とは違って先輩は暑がりなのだろう。
と、思ってあげることにする。
実際は寒がりなくせに。
「はぁ~暑い暑い、上着脱いじゃおっかなぁ」
「どうぞどうぞ」
「……」
僕の反応がつまらなかったのか、先輩は小さく口を尖らせて立ち上がった。
「本当に、脱いじゃうよ?」
「どうぞどうぞ」
「……」
先輩はもじもじしながらゆっくりと時間をかけてブレザーから腕を抜いた。
普通にさっと脱げば上着を脱ぐくらい恥ずかしくも無いだろうに。
そして脱いだ上着を胸の前で抱えて、真っ赤になって眼鏡の奥からこちらを見てくる。
うん、可愛い。
今すぐに襲ってしまいたいくらいだ。
僕が文芸部の部室に来ている理由は、先輩に会うためだ。
ちょっと前までは暇つぶしに部室内の本を読むために来ていたのだけれども、先輩の事を異性として意識してからは先輩目的が九割以上になった。
好きだし、一緒にいて楽しいし、なんならエッチなことだってしたい。
年頃の男として真っ当な感じで先輩の事が大好きである。
「どう……かな」
先輩は意を決して上着を体の前からどかして、ブラウス姿を見せてくれた。
少し長めのリボンタイが、巨大なブツの上に乗っかっている。
最早凶器である。
ガン見して楽しんだ。
僕は部室にいる間、ほとんど椅子に座っている。
決して立つことは出来ない。
「どうって、何がですか?」
僕は体の一部をガン見したくせに冷静な風を装って先輩に答える。
ただ単に上着を脱いだだけのことなので僕の反応は間違ってないはずだ。
「……なんでもない」
しょんぼりとがっかりする先輩もまた可愛らしい。
なお、僕は鈍感主人公では無いので、先輩が僕の事を少なからず意識していることに気が付いている。
毎日のように真っ赤に照れながら絡んでくるので気付かない方がおかしい。
両思いなので告白すればOKを貰えるとは思うが、今のこの彼氏彼女では無いけれど微妙に距離感が近い状況が楽しくてそのままにしている。
決して僕がチキンというわけではないので、勘違いしないで欲しい。
本当だよ。
先輩の凶器攻撃により少し上気した頭を冷ますために、僕はペットボトルのスポドリを少し口に含む。
ふと、ちょっとしたいたずらを思いついた。
「先輩、そんなに暑いならこれ飲みますか?」
「え?」
飲みかけのペットボトルを先輩に差し出してみる。
「そ、そんな、悪いよ」
「気にしないでください。ちょっと多くて飲み切れないなと思ってたので、むしろ助かります。遠慮なくどうぞ」
「そ、そう?」
先輩はまた真っ赤になってペットボトルの口のところを凝視する。
「暑いなら汗かいたでしょう。水分取らないとダメですよ。ささ、飲んでください」
先輩のためを思ってプレゼントしたんです、と断りにくくなるようなことを言ってみる。
「さぁどうぞ。ほら、ぐいっと言っちゃってください。さぁ、さぁ」
追撃でわざとらしく煽ると、先輩の顔の赤みがどんどんと酷くなる。
間接キスを強いられた先輩は、盛大にテンパった。
「こういうのは良くないと思います!」
そう叫んで部室から猛ダッシュで逃げてしまった。
うん、今日も先輩は可愛い。
――――――
僕が先輩の事を好きになったのは、先輩が可愛いからでも、巨乳だからでも、眼鏡が似合うからでもあるんだけれど、それらだけが理由ではない。
以前、部室で本の感想を伝え合っていた時に、先輩は自分とは全く違う視点で物語を解釈していて、その内容がとても素敵に感じられたからだ。
こんな考え方をする人と一緒に居られたら良いな、と感じたあの日の事を、僕は絶対に忘れないだろう。
また、恐らくだけれども、先輩が僕の事を好きになったタイミングも同じだ。
『そういう考え方もあるんですね、素敵です』
先輩の考え方を聞いてこう答えた時、うっすらと涙を浮かべながら喜んでいたからだ。
感想を伝え合う直前、先輩は少し怯えた表情をしていたので、恐らく以前、先輩は自分の考えを否定されたか、それに近い苦い経験があったのだろう。
先輩を否定せずに受け入れたことが、先輩の琴線に触れたのだろうと僕は思っている。
それから先輩は僕に心を開いてくれるようになり、積極的に話しかけてくるようになった。
そして良く上着を脱ぐようにもなった。
確証は無いが、先輩の事だから多分僕を誘惑しているつもりなのだろう。
誘惑ならば、上着だけでなくもう少しアグレッシブに脱いで欲しいものだ。
とまぁ誘惑云々はさておき、素の先輩と一緒の時間を過ごす時間は純粋に楽しい。
僕は今、先輩に夢中なのである。
その先輩は今日もまた、変なことをしていた。
「何してるんですか?」
「ふふふ、今日は鹿沼くんを誘惑するのです」
今日は、ではなくて今日も、ではないのだろうか。
良く上着を脱いでるのは誘惑のつもりだと思っていたけれども違ったのだろうか。
それとも誘惑してたなんて恥ずかしくて認めたくないだけかな。
「マジですか」
「マジです」
先輩の全身は部室のカーテンにくるまれていて、足先しか見えない。
「そこの椅子を見て」
「椅子ですか……え?」
なんとそこには、先輩の制服がかけられていた。
上着も、スカートも、ブラウスも。
それじゃあ、あのカーテンの中は?
僕は椅子に座らざるを得なかった。
先輩にそんな勇気があるなんて予想外だ。
上着を脱ぐ程度の色仕掛けしか出来ないと思っていたのに、まさかこんな大胆なことをしてくるなんて。
り、理性が……カーテンを剥がしてしまいたい!
そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、先輩の誘惑は続く。
「ふふ、見・た・い?」
あまりにもわざとらしい言い方だったからか、少し冷静になった。
やはり何かがおかしい。
先輩がカーテン越しとはいえ下着姿で照れもせずに堂々と会話できるわけが無い。
つまりあのカーテンの中では、何か別の物を着ているというわけだ。
なんだ、じゃなくて、そりゃあそうだよね。
でも、見えていない今はまだその未来は確定していない。
健全な男子高校生の妄想力を舐めてはならない。
あのカーテンの中には間違いなく下着姿の先輩がいるんだ!
「慣れないことは止めた方が良いですよ」
先輩と過ごす日々の中で、エロい気持ちを抱きながらも冷静に受け答えする術を、僕は身に着けていた。
「慣れてるもん。私、遊び人で男の人を手玉に取るのが得意って有名だからこのくらい普通なの」
「誰がそんなこと言ってるんですか」
「……」
「まさか自分で言い降らしてたりはしてないでしょうね」
「そ、そんなことないよ。それじゃあ姿を見せてあげましょう」
誤魔化した。
先輩が遊び人とか男を手玉にって、無茶な設定にも程があるでしょ。
どうせ売り言葉に買い言葉で言っちゃって引けなくなったんだろうな。
そんなポンコツっぽいところも可愛いけど。
そしてそのポンコツ先輩がようやくカーテンから出て来た。
「じゃーん、うっそでーしたー」
「……」
僕は唖然としてしまった。
妄想通りで無かったからではない。
先輩が着ていたのが体操服だったからだ。
うちの学校の体操服は短パンタイプ。
白くスラっとした手足が、少しだけムチっとした太ももが、そして丈夫で柔らかな生地を大きく押し上げるアレが、僕の理性を大きく刺激する。
「どう?本当に脱いだと思って興奮した?」
なんで先輩は平気なんだ。
肌をこんなに晒して平然と居られるはずがないのに。
まさか先輩、体操服は学生が普通に着る服だから恥ずかしくないものとでも思ってるのか?
馬鹿な。
二人っきりの部屋の中で、露出の多い体操服。
健全な男子高校生なら、欲情するに決まってるでしょうが!
ま、まさか先輩、スク水も公式だから恥ずかしくないとか思うタイプだったりして……
ごくり、と唾を飲み込んでしまった。
「私、これでも運動は得意なんだよ」
誘惑が成功していることに気付かない先輩は、襲われる一歩手前である危機に気付かずにはしゃいでいる。
その場で走る真似をしたり、投げる真似をしたりと体を動かし、その度にあの部分が大きく揺さぶられる。
あぁ、僕はもうダメだよ。
ごめんなさい、先輩。
おいしくいただきます。
そう思って立ち上がろうと思ったその時。
「きゃっ!」
「先輩!?」
先輩が何かに躓いてこけてしまった。
「いたた……」
「大丈夫ですか?」
床に転がる先輩。
体操服だから汚れても良かったね。
ん、あれ?
「鹿沼君、どうしたの?」
先輩は僕の視線に気が付いた。
胸を見ている視線に普段は気付いていないくせに。
僕が見ていたのは先輩のお腹。
こけたことで、上着の裾がほんの少しだけめくれ上がって、お腹の肌色がチラりと見えていたのだ。
「鹿沼くんのばかああああああああ!」
ああ、先輩はまたしても顔を真っ赤にして部屋を出ていってしまった。
僕のこの悶々とした気持ちはどうすれば良いんだ。
惜しかった。
じゃなくて、今日も先輩は可愛い。
でもちょっと心配がある。
遊び人で男を手玉に取っている。
つまり男遊びをしていることで有名。
先輩のことを知っている人は間違いなく信じてないだろうけれども、良からぬ輩が寄って来る可能性がありそうだ。
――――――
その良からぬ輩はすぐにやってきた。
「なぁなぁ、俺と遊ぼうぜ」
部室の入り口付近、先輩は見るからにチャラそうな男に捕まって、壁ドンされていた。
制服の色的に、先輩と同じ学年の人かな。
このままスルーして部室に入ったら先輩はどう思うだろうか、とちょっとだけ悪戯心が湧いて来た。
そんなことしないけどね。
「何してるんですか」
「チッ、何だよ」
う~ん、分かりやすい。
口説くのを邪魔されて舌打ちとか、それを見た相手の女性がどう思うか考える脳みそが無いのだろうか。
「いえ、部活があるので、先輩を離して頂けないかな、と」
「部活だぁ?」
チャラ男先輩は俺の様子を見て余計なことに気が付いたようだ。
何でそんなとこだけ聡いんだよ。
「なんだよ、彼氏もちかよ」
「彼氏じゃないです!」
うわー、先輩、照れ隠しだってのは分かってますが、真っ赤になって否定するのはショックですよ。
それに否定しなければ見逃してもらえそうな雰囲気だったのに。
ほら、チャラ男先輩がニヤニヤしちゃってるじゃないですか。
「あんなヘタレと違って、俺ならお前を満足させてやれるぜ」
すげぇなこいつ。
女心は分からないくせに、俺が先輩を好きなのに告白していないことに気付きやがった。
その察する力を女性に対して発揮すればモテそうなのに。
チャラ男先輩は自分の顔に自信があるのか、先輩に顔を近づけた。
「それ以上先輩に近づかないでください」
「ああ?ヘタレは黙ってろ」
「僕のことはともかく、そんなに近づいたら先輩が怖がりますよ」
「こんなイケメンに言い寄られて怖がる女なんて居ないだろ」
自分のことをイケメンと言い切る人がこの世に居たんだ。
すげぇ、天然記念物か何かに指定した方が良いんじゃないのか?
確かに整っている方だとは思うが、イケメン……イケメン?
ま、まぁイケメンかどうかは置いとこう。
世の中の女性達がこれからしっかりと評価してくれるはずだからな、うん。
「どうみても怖がってますが、怖がってなくてもダメです。先輩は初心なんで、男の人に触れられるだけで気絶しちゃいます」
「は?」
嘘ではない。
僕の前で上着を脱いだり体操服になったりするけれども、実は指が触れるだけで気絶した過去がある。
それほどに初心な先輩が僕を堕としたくって必死になっている姿を見れるんだ。
僕が告白しないで今の状況を楽しんでいる理由が分かってくれるはずだ。
「へぇ……そっか、それは良い事を聞いたぜ。教えてくれてありがとうな、ヘタレくん」
あちゃー、舌なめずりしてるよ。
遊び人の噂を真に受けて軽い気持ちで絡みに来たと思ったから、先輩の事を恋愛ごとが苦手な面倒臭い女と思ってもらえれば諦めてくれるかと思ったけど、逆効果だったか。
う~ん、どうすっかな。
先輩が本気でビビってるし、ぶん殴って解決するのもありだな。
いや、その前にアレを試してみるか。
「先輩、付き合っている人がいるのに、他の女の人口説いて良いんですか?」
「あいつとは別れたから大丈夫だ」
あいつとは、ねぇ。
それじゃあこんなのはどうですか。
「そっちの人じゃないです」
「!?」
お、ようやく動揺した。
やっぱりな。
絶対二股以上やってると思ったよ。
もちろんカマをかけただけだ。
「てめぇ……」
チャラ男先輩は僕を睨みつけて来るが、その程度で怯む僕じゃない。
僕はヘタレなんかじゃないからね。
「チッ……冗談だよ、冗談。そんなに怒るなって。ちょっと揶揄っただけだから」
「そうですね、揶揄っただけですね」
「そうそう、だからあいつには言う必要無いからな」
「もちろんですよ」
別に怒って無いですよ。
まぁ、あいつが誰かなんて知らないし、知るつもりも無いですけどね。
お馬鹿なチャラ男先輩はようやく居なくなってくれました。
「助けてくれて、ありがとう」
あまりの恐怖で腰砕けになって立てないくらいにはなっているかと思っていたけれど、普通にこちらに寄って来た。
体が少し震えているのは気付かないであげよう。
もし告白して付き合っていたら黙って抱きしめて安心させてあげるんだけど、まさか現状維持を選んだ弊害がこんなところにあるなんて。ちくせう。
「ごめんね、怒らせて」
怒って無いです。
なんで先輩までそんなことを言うんだろう。
そりゃあ先輩があんなクズ男に言い寄られていて、本気で怖がっていて、泣きそうになってて、良い気分はしなかったどころか奴をぶん殴りたい衝動に駆られなくはなかったけどさ。
そして部室に入った先輩は少し照れくさそうに言った。
「私、別に初心じゃないからね」
あはは、それが嘘なのは僕が誰よりも知ってますよ。
「ソウデスネ、知ってます」
「心がこもってなーい」
こうやって揶揄って笑い合うことで、先輩の恐怖心が少しでも和らげば良いな。
僕はそう思っていたのだけれど、先輩は全く違うことを考えていたようだ。
あの時の僕のチャラ男への態度を見た先輩は、どうやらついに、あることを確信してしまったらしい。
「その……本当のことを言うと、男の人に触られたり肌を見られるの、死にたくなる程恥ずかしいんだけど」
「はい」
「今なら良いかなって……思ってます」
「……」
あの男は言った。
僕の事をヘタレだと。
そんなことは無いのだと、今こそ証明する時だ。
まぁ、本当に証明されたのは、先輩はやっぱり初心だった、ということだったけれども。
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