俺の弁当が美味しくないと言われたので、その娘のために全力で弁当を作ったら号泣された
俺は料理が大好きだ。
そして料理を振舞って喜んでもらえるのがこの上なく嬉しい。
料理が好きになったきっかけは、幼い頃にある。
当時仕事で忙しかった母さんのためにサンドイッチを作ったらとても喜んでもらえたことだ。
「ありがとう、
パンに何も塗っておらず、手でちぎった野菜とハムを挟んだだけのサンドイッチ。
美味しくはなかったであろうそれを、母さんは喜んで食べてくれた。
それが嬉しくて嬉しくて、もっと母さんを喜ばせてあげたいと思って料理を続けていたら、母さんが丁寧に教えてくれたこともあってか、めきめきと腕が上がっていったのだ。
そして今、高校生になった俺は、その料理の腕を弁当作りで発揮していた。
「う~ん!おいしー!」
「私これ好き!今までで一番好きかも!」
「俺、しょっぱい方が好き派だったんだけど、これもありだな」
「俺の分残ってる!?」
「あ~あ、佐藤くんが私のお母さんだったらなぁ」
「それ分かる。毎日こんな美味しいお弁当食べられたら嬉しいよね」
そしてその腕はクラスメイトに知られており、彼らは俺の作った甘い卵焼きに舌鼓を打っている。
別に俺が自分から食べてくれと言ったわけではない。
自己紹介で料理が得意と言ったからか友達が俺の弁当を食べてみたいと言い出して、おかずを一つあげたら美味い美味いと騒ぎ出し、その騒ぎを聞きつけたクラスメイト達が集まって来た、という流れである。
最近ではクラスメイト達に振舞う分も含めておかずを用意しており、お昼時になると皆が群がって食べにくる。
「(よし、今日も喜んでもらえた!)」
クラスメイト達の幸せそうな表情を見て、俺もまた幸せな気分になる。
これがWin-Winの関係ってやつなのかな。
「もっと食べたい~」
「ありがとう。でもそれはちょっと無理かな」
流石に作れる量には限りがあるから、一人一個だ。
少しだけ余るように用意してあるから、それを血みどろの戦いに勝利して勝ち取ってくれ。
そんなクラスの喧騒を横目に見つつ自分の弁当を美味しく頂いていたら、とある女生徒たちの話し声が聞こえて来た。
「ねぇねぇ、
「私はいいよ~」
「こんなに美味しいのに。絶対気に入るって!」
「これ食べるだけでお腹いっぱいだもん」
「何言ってるの。いつもお腹ぐーぐー鳴らしてるくせに」
「ら、らんちゃん!シー!シー!」
おや、そうなんだ。
いつも小さな菓子パン一個しか食べてないから小食なのかと思った。
ダイエットでもしてるのかな。
俺がそんなことを知っているのは、沙耶と呼ばれたクラスメイトの事が気になっていたから。
気になっていた理由は好みのタイプとかそういう話ではない。
彼女の親友がどれだけ勧めても、俺の料理を食べるのをずっと拒否していたからだ。
小柄で大人しいタイプであるため、騒がしいのが苦手で参加しなかっただけかと思っていたが、離れたところで親友が勧めても決して口にしなかった。
別に俺は無理して押し付ける気なんて毛頭ないのだけれど、はっきりと要らないと言われると、やはり何となく気になってしまうものだ。
う~ん、
今日もダメだったかと、明日の弁当について考え始めたその時、いつもとは違うことが起こった。
業を煮やした彼女の親友、
「はい、これはぼっしゅう~」
「あ、返しむぐっ」
小さな口でチビチビと食べていた菓子パンを奪い取り、代わりにその口に小さく切った卵焼きを器用に押し込んだ。
「どう?どう?」
旭川さんが期待をこめた眼差しで小金澤さんを見つめているが、俺も彼女の反応が気になり凝視してしまった。
そんな俺の反応に気付いたクラスメイト達も、俺の視線を追って彼女を見る。
奇しくも、彼女はクラスメイト達の注目の的になってしまった。
そんなことに気付かない小金澤さんは、諦めたように咀嚼を始める。
さぁ、どうだ!
「~~!!」
I Win パーフェクト!
小金澤さんは左手を左頬に沿えてうっとりとした表情を浮かべたのだ。
それは、このクラスの誰よりも幸せそうな表情であり、俺はその姿に魅入ってしまった。
「(うわー超嬉しい!それに超かわいい!)」
自分が作ったものを美味しそうに食べて貰える嬉しさと、彼女の幸せ表現の可愛らしさのダブルパンチで、俺は絶頂気分であった。
しかし、すぐに異変が起こる。
親友やクラスメイト達の『そうだろうそうだろう』という視線を一身に受けた彼女は、卵焼きを飲み込むとポツリと呟いたのだ。
「美味しくない」
……
…………
……………………は?
今、小金澤さんは何と言ったのだろうか。
美味しい、だよな。
きっと俺の聞き間違いだよな。
「ちょ、ちょっと沙耶。それは無いでしょ!」
「本当に美味しくないんだもん」
慌てた旭川さんが確認するが、どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。
別に俺は全ての人が自分の料理を好きでいてくれるとは思っていない。
好みもあるし、そもそも俺の腕だってまだまだだと自覚している。
だけれども、あそこまで美味しそうな表情をしていてNGを出すなんてありえるか?
クラスメイト達も信じられないといった表情を浮かべている。
だが、旭川さんがどれだけ確認しても、小金澤さんは自らの言葉を訂正することは無かった。
――――――
「小金澤さん、どうぞよろしくお願い致します」
「は、はいぃ……」
今日はマカロニグラタン。
クラスメイトの分も含めて弁当用に小分けするのが超面倒だったけれども、味に関してはここしばらくで一番の自信作。
今度こそ美味しいと言って貰えるはずだ。
「い、いただきます」
小金澤さんはクラスメイトの視線が集中していることに戸惑いつつも、小さなスプーンでグラタンを掬い、おそるおそる口に入れた。
「~~!!」
相変わらず可愛らしい至福の表情を浮かべている。
時間をかけてじっくりゆっくりと味わって堪能している。
「美味しくないです」
「「「「ああ~」」」」
ため息が漏れる。
またしても俺の料理は合格点を貰えなかった。
小金澤さんが初めて俺の料理を口にした日から、俺と小金澤さんの戦いが始まった。
俺は小金澤さんの『美味しくない』の理由を『美味しいけれども自分の好みとは違うからはっきりと美味しいとは言いたくない』のだと考えた。
強引だけれども、そうとでも思わなければ納得できなかったのだ。
だから味付けに工夫をしたり、和洋中色々な料理を試したりと、試行錯誤して小金澤さんの好みを探り、美味しいと言ってくれるように頑張った。
なお、小金澤さんにまた食べて貰えるように当初は仲介を旭川さんにお願いしていたけれども、それが慣れてきたので、食べて感想を教えて欲しいと俺が直接お願いしている。
それがいつの間にかクラスのイベント事のようになってしまっていた。
「今日もダメだったか~」
「私、美味しすぎてヤバかったんだけど」
「だよな、これ今までのと次元が違うぜ」
これだけ頑なにNGを続けると、小金澤さんが俺に意地悪をしているのではないかとクラスメイト達に思われて、彼女に嫌悪を抱く人が出て来てもおかしくないが、そうはならなかった。
どうやら小金澤さんがNGを出すことで、俺が工夫を凝らした色々な料理を持って来るから嬉しいそうだ。
俺のせいで小金澤さんの立場が悪くなるなんてあってはならないことだからほっとした。
「う~ん、そろそろレパートリーが切れて来たな」
新しい料理に挑戦するか、それとも既存の料理の味付けを変更するか。
流石に行き当たりばったりではダメなのかな。
小金澤さんが俺の料理を褒めてくれない理由をちゃんと調べる必要があるということか。
料理を食べて貰うだけで認めて貰えなかったのは悔しいけれど、小金澤さんが心の底から喜んでもらえるなら方針転換して考えよう。
すぐに考え付いたのは、彼女の家庭の味付けが特殊であり、彼女にとっての美味しいの基準はそちらのタイプの料理である可能性だ。
家庭の味というものは様々で、中には何でも辛くする超激辛党や、何にでもマヨネーズをかけるマヨラーなどの特殊なケースがあったりする。
もしその場合は、俺の普通の料理では永遠に認めて貰えないことになる。
「よし、聞くか」
俺は休み時間に小金澤さん、ではなく旭川さんに声をかけた。
「沙耶の家の料理事情について知りたい?」
「うん、何か知らないかな」
直接小金澤さんに聞くのは何となく悔しかったから、彼女の親友の旭川さんに聞いてみることにした。
小金澤さんの親友である彼女なら、小金澤家の料理事情について少しは知っているかもしれない。
「どうしてそんなことが知りたいの?」
「そりゃあ美味しいって言って貰いたいから」
「ふ~ん……?なるほどねぇ……」
「??」
旭川さんは、何故かにやにやしながら俺の顔を見てくる。
なんだなんだ。
「まぁいいわ。言っておくけど、沙耶にそのこと聞いちゃダメよ」
「え?」
どういうことだ。
普段どんなご飯食べているのかって聞くだけだぞ。
まさか家庭環境が荒れていてまともなご飯を食べさせてもらえない、なんてヤバイケースじゃないだろうな。
「もし私じゃなくて沙耶に聞いてたら、私、佐藤くんのこと一生許さなかったかもしれない」
「!?」
「私から言えることはこれだけ。ああ、そうだ。別に沙耶は虐待みたいな酷い目にあってるわけじゃ無いから、その点は勘違いしないであげてね」
旭川さんはそれだけしか教えてくれなかった。
やべぇ、なんかシリアスな話に足を突っ込みそうなんだが。
俺はただ料理が好きなだけの普通の男子高校生だぞ。
聞いたのは失敗だったか。
よし、すべて忘れて、明日からはまた料理だけで頑張ろう。
そう割り切ったはずなのに、小金澤さんの幸せそうな表情と、『美味しくない』と口にする時に
――――――――
真実を知るチャンスは、偶然にもすぐに訪れた。
日曜日、食材を仕入れに巨大スーパーへと向かった俺は、その途中で小金澤さんの姿を見つけた。
「(車椅子?)」
小金澤さんは、老人男性が座った車椅子を押して散歩をしていた。
その隣では老人の女性が杖をついて歩いていた。
車椅子と杖には、近くの老人ホームの名前が書かれている。
「(小金澤さんのお祖父さんとお祖母さんなのかな)」
施設に入った二人に会いに来たのだろう。
三人とも笑顔で会話をしていて幸せそうだ。
「(邪魔するのも悪いから迂回しよう)」
そして来た道を戻ろうと反転する直前、俺は気付いてしまった。
小金澤さんから寂しげな雰囲気が微かに感じられることに。
それは、あの『美味しくない』と言った時の雰囲気とそっくりだった。
俺は買い物もせずに家に戻り、ベッドに横になり悶々と考え事をしていた。
いつもお昼は菓子パンだけ。
老人ホームに入居している祖父と祖母。
寂しげな雰囲気。
そして、虐待などでは無いが家庭事情を本人に聞いてはならないという旭川さんの言葉。
これらを合わせると、なんとなく事情が見えてくる。
だがそれが正しいのかどうかは分からない。
また、正しかったからといって、単なるクラスメイトの俺に何が出来ると言うのだろうか。
余計なことをしたら迷惑をかけるだけかもしれない。
旭川さんにも激怒されるかもしれない。
他人の家庭問題に関われるほど俺は立派な人間なのか。
でももしかしたら俺が何かをすることで喜んでくれるかもしれない。
ネガティブ八割ポジティブ二割の割合で、頭の中で考えがグルグルと回り続けているうちに、俺の意識はまどろんだ。
「ありがとう、
夢か現か、ぼんやりと浮かぶ古い記憶。
ああ、そうだ。
俺の料理好きの原点はあの時の母さんの嬉しそうな顔。
誰かを幸せにできる喜びに夢中になり、俺は今でも料理を続けている。
母さん、父さん、爺ちゃん、婆ちゃん、友達、先生……
これまで俺の料理を食べて幸せな表情を浮かべてくれた人達。
彼らの姿が順番に浮かびは消えて行く。
そして……
「~~!!」
その顔が浮かんだ瞬間、俺は跳ね起きた。
急激に体温が上昇し、心臓が異様なほど早鐘を打っている。
まるで全力疾走した後のように、息が切れている。
脳裏に浮かんだあの顔が消えてくれない。
頬を押さえて蕩ける様に緩んだ可愛らしい表情が消えてくれない。
そうか、俺は別に考え込む必要なんて無かったんだ。
単なるクラスメイトが他人の家庭事情に首を突っ込むなんて変だろう。
でも、好きな女の子のためなら行動しても変じゃないからな。
――――――――
「小金澤さん、どうぞよろしくお願い致します」
「は、はいぃ……」
俺が今日用意したのは筑前煮。
クラスメイトには俺のいつも通りのものを食べて貰ったが、小金澤さんだけは特別版だ。
見た目が同じだから、そのことには俺以外気が付いていない。
「い、いただきます」
小金澤さんは小さく切られたレンコンをつまんで口にする。
「……え?」
これまでとは違う反応だ。
彼女は少しの間呆けた後、ゆっくりと噛み始める。
頬に手を当てることも無く、蕩ける様な表情を浮かべることも無く。
ゆっくりと、少しずつ味わっている。
「(今回もダメってことなの?)」
「(美味しかったと思うけどなぁ)」
「(だよね、私、煮物好きじゃないけどこれは好きだもん)」
クラスメイト達は、小金澤さんの反応を今まで以上に美味しく無いという意味だと理解したようだ。
旭川さんだけは驚いた表情で俺と小金澤さんを交互に見てるけどな。
流石親友、小金澤さんの反応の意味が分かるのね。
小金澤さんはそのままニンジン、サヤエンドウ、こんにゃく、鶏肉と、次々と箸を伸ばす。
どれを口にしても淡白な反応は変わらなかったが、今までの料理以上に味わってくれていることに、俺は気が付いていた。
そして小金澤さんは箸をおく。
クラスメイト達の誰もが『美味しくなかった』という言葉が出るだろうと思って居た中、小金澤さんの口から出た言葉は……
「……うぅ」
ほろり、と一筋の涙が頬を伝う。
それをきっかけに小金澤さんの感情が爆発した。
「うわああああああああん!うわああああああああん!うわああん……うわああん……うわああああああああん!」
小金澤さんは子供のように泣き崩れ、旭川さんが抱きとめる。
その様子をクラスメイト達が唖然として見ている。
人生で初めて料理を食べさせた相手を泣かせたこの日の事を、俺は一生忘れることは無いだろう。
――――――――
別に難しい話では無かった。
小金澤さんは幼い頃に両親と死別し、母方の祖父と祖母に引き取られて育てられた。
両親を失ったことへの悲しみから逃げるためか、あるいは彼らに溺愛されたからか、小金澤さんはかなり甘えたがりな性格に育ったらしい。
しかし、彼らは小金澤さんが高校に入学する直前に体調を崩し、老人ホームに入居することになってしまった。
そのため、現在、小金澤さんは独り暮らしで寂しさに耐える毎日を過ごしている。
旭川さんが家庭事情について聞かないようにと言ったのは、小金澤さんが祖父や祖母の事を思い出して寂しくて辛い気持ちになってしまうのを防ぐためだったのだ。
そして肝心の『美味しくない』の理由だが、祖母が作ってくれた料理が大好きで世界で一番美味しいと思っていたので、それ以外の料理を美味しいと認めたくは無かったとのこと。
この辺りの話を、俺は小金澤さんの事を最も良く知る人達から聞いた。
小金澤さんのご祖父母が老人ホームの近くで孫無しで散歩しているタイミングを見計らって、話しかけたのだ。
もちろん最初は一緒に居た施設の人に止められた。
見知らぬ人が話しかけて来たのだから当然だろう。
でも小金澤さんのお祖父さんが話をする許可を出してくれて、それで小金澤さんの境遇を知った。
その時にお祖母さんから小金澤家のレシピを教えて貰ったという流れだ。
俺は彼らに気に入られてしまい、他の料理のレシピも教えて貰えることになっていた。
生きている間にひ孫が見られるかもとかなんとか言っていたが、その辺は割愛しよう。
それはそれとして、その後どうなったのかと言うと……
「薫くん、あ~ん」
「それは食べさせる方が言うんじゃないのか?」
俺の前には雛鳥と化した沙耶がいる。
「ほら」
「~~!!」
小さくカットしたハンバーグを入れてやると、いつも通り頬に手を当てて恍惚の表情を浮かべる。
「美味しい!美味しい!美味しい!」
「はいはい、ありがとう」
そして、これまでは何だったのかと思えるくらいにあっさりと『美味しい』を連呼するようになった。
それが嬉しくて俺は彼女のために毎日弁当を作って餌付けしているというわけである。
そんな俺の姿を見て何度も揶揄ってくる人が約一名程いるのだが。
「それで、いつ告白するの?」
「な、な、何言ってるんだよ!」
「まさかバレてないと思ったの?」
「……いつから気付いたんだ?」
「う~ん、割と最初からかな。沙耶が食べる姿を見てる佐藤くん、どう見ても好きな子に惚れてる感じだったし」
「うぐっ」
「それで、いつ告白するの?」
「いや、それは、その」
「何よ煮え切らないわね。あんなに懐かれてるのに……そういえば懐かれ過ぎている気も。もしかして」
「……」
「え?まさかもうすでに!?」
ハハハ、いくらなんでも、普通のクラスメイト相手に弁当丸々作って来るわけ無いだろう。
「沙耶を泣かせたら承知しないわよ」
「いや、もう盛大に泣かせちゃったし」
「あれは良いの!」
そうか、親友の許可が出たか。
それなら俺はこれからも沙耶を時々泣かせてやろう。
涙を流す程幸せに思って貰えるなんて、料理人として、そして男として最高だろ。
まずは、沙耶の両親の味を再現して泣かすことが目標だ。
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