第4話 3人目の英霊

「すみませーん」


 この勝利の余韻に水を差す軽い声が飛んだ。ひろ○きだった。彼は自分の後ろに遠く伸びる線路を指差して、絶望的な事実を俺たちに突き付けた。


「いつからトロッコが1台だけだと錯覚してたんですかぁー?」


「なん……だと?」


 ひろ○きの指差す先には黒い排煙を噴き出しながら線路を爆走する異様な姿のトロッコがあった。それは車体前方に火炎放射するギターを弾く人間を吊るしながら、車上に装備されたスピーカーから大音量でヘヴィメタルを鳴らす、マッドがマックスなデコレーションを施されたトロッコだった。まるで核戦争後の暴力による支配が当たり前となった世界から現れたようなそのトロッコは、その背に「V8を讃えよ!」と連呼するウォーなボーイズたちを乗せてこちらに迫りつつあった。


糞神ファッキンゴッド!!!!」


 マッドがマックスなデコトロッコは、その派手な見た目よりも重大な問題を提示していた。大きさだ。先程の軽トラトロッコの10倍以上の質量はあるだろう車体は、つまり衝突力も10倍以上あるということだ。いかにパワー縄文人さんの筋肉が超人の域に達していても、これは明らかに物理的限界を超えていた。このトロッコ問題という奴は、どうしても誰かを殺さなければ終わらない問題であるらしい。誰だ、こんな倫理観のない問題を考えた奴は!


「どうしますかぁー? ポイント切り替えますかぁー?」


 そこに倫理観の欠片も感じられないひろ○きの声が聞こえてくる。どうするだって? そんなの答えなんて決まってる。


「かかってこいやぁぁぁっ!!!!」


「縺九°縺」縺ヲ縺薙>繧�!!!!」


 俺とパワー縄文人さんが同時に叫んだ。今さら隣の線路の5人の命を捧げて生き延びる選択肢などある訳がない。俺は最後までこの糞塗れの逆境に立ち向かってみせる! 行くぜ、パワー縄文人さん! 見てろよ、ジャック・ニコルソン!


「英霊召喚!!!」


 しかし俺とパワー縄文人さんの2人ではあのマッドがマックスなデコトロを倒せないという冷静さは欠いていない。新たな英霊を呼び出す以外にこの逆境を切り抜ける手段はないだろう。俺は最後の手札を切った。唸れ、俺のガチャ運よ!


「――これは!?」


 スキル発動とともに現れたのは黄金の光の柱だった。どこからか鐘が鳴り、ラッパを持った天使たちが英霊の降誕を祝福するように黄金の柱の周りを飛び回る。今までにない豪華な演出エフェクト。これはSSR確定排出の演出エフェクトだ。来る。今までにない強力な英霊がやって来るぞ!


「出でよ、我が英霊よ!」


 テンションが上がって思わずそんな台詞を叫んだ俺の前で、黄金の柱に浮き上がった人影が少しずつ正体を現していく。


 丸太のように太い脚、金棒のように剛健な腕、鎧のように頑強な胸筋――光の粒子となって薄れていく黄金の柱から徐々に露わになったのは、鍛え抜かれた屈強な筋肉を全身に纏い、腕を組んで仁王立つ2メートルはあろうかという見上げるばかりの巨体だった。黄金の柱は下から上へと天使たちとともに空へ吸い込まれるように消えていき、そして最後まで隠れたこの人物の顔が姿を見せる。そこには眼光鋭き――、


「君死にたまふことなかれ」


 与謝野晶子の顔があった。

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