第2話 英霊召喚

「さぁーて、面白くなってきやがった……!」


 ガチャンと線路は切り替えられた。トロッコはこちらに来る。隣の線路の5人が安堵とも感謝とも悲鳴ともつかない声を上げてこちらを見ている。俺は5人に向けてサムズアップしてみせた。なんの勝算もなく自己犠牲になった訳じゃない。目指すなら全員生存のハッピーエンド。俺は転生もののお約束にその可能性を賭けた。


「ステータス!」


 転生といえばチート、チートといえばスキル付与だ。俺はここに転生する前の糞神ファッキンゴッドとの会話で、転生特典であるスキルのランダム付与の説明を受けていたことを思い出した。こういうタイプの転生では「ステータス!」とか叫べばステータス画面を開けると決まっており、案の定、目の前の空間に文字列が四角い半透明枠に並んだステータス画面が開いた。


「スキル、スキル……!」


 レベル1の俺の雑魚ステータスを飛ばし見ながらスキルの項目を探し、一縷の望みを賭けてランダム付与されたスキル内容を確認する。


「……これは!」


  スキル:英霊召喚

  効果:想像上を含む様々な英霊をランダム召喚し

     その能力を行使することができる。

     召喚可能回数3回。


 なかなか強そうなスキルだ。これはイケるかもしれない。近づくトロッコを見やり、俺はさっそくこのスキルを使用した。


「英霊召喚!」


 使い方がわからないのでとりあえず叫んでみると、成功したのか俺の前に白い光の柱が現れた。おお、大した演出エフェクトだ。しかし召喚はランダム。俺はソシャゲガチャをタップするような不安と期待の入り混じった気持ちで、この光の柱の中から英霊が姿を現すのを待った。


「……は?」


 光の中から現れたのは白いドアだった。「ドア?」と思っている間に、そのドアがドン!ドン!と内側から叩かれ、そして何かがドアを突き破って飛び出てきた。斧だ。なんで斧が、と思う間もなく斧は引き抜かれ、破れたドアの隙間からそれは顔を現した。


「え? なんで? なんでジャック?」


 ジャック・ニコルソンがそこにいた。にたぁと白い歯を見せて不気味に笑う狂気に満ちた顔でこちらを横目に覗いてくる白人の中年男性。シャイニングだ。これはシャイニングのジャック・ニコルソンだ。あの破れたドアから顔を見せて笑っているシーンで有名なホラー映画シャイニングのジャック・ニコルソンだ。なんで? ジャックなんで?


 混乱する頭を振りながら、それでも俺はこの召喚されたジャック・ニコルソンが何か状況を打開してくれるものと信じ、近づきつつあるトロッコを指差して叫んだ。


「行け! ジャック・ニコルソン!」


 ポケ○ンバトルの如く叫んだ俺に、ジャック・ニコルソンはにたぁと笑っているだけだった。


「え、ジャック?」


 応じないジャック。笑っているだけのジャック。不気味なだけのジャック。おい、ジャック? やい、ジャック! なんで!? ジャックなんでニコルソン!?


「――! まさか、これがジャックの能力!?」


 俺は気づいた。英霊召喚のスキル説明にはその能力を行使できるとあった。ホラー映画からやって来たジャックの能力はなんだ? 怖いことだ。斧でぶち空けた穴から顔を覗かせて不気味に笑う男。怖い。確かに怖い。


 しかし、怖いだけだ。


「ちっくしょぉぉぉぉぉっ!!」


 ドアからシャイニングするしか能のないジャックに、俺は絶望の雄叫びを上げた。トロッコ問題の前に恐怖など無力である。何故ならトロッコは物理だからだ。物理に精神攻撃など通用する訳がない。トロッコにシャイニングするなら、馬の耳に念仏でも唱えながらぬかに釘を打った暖簾のれんに腕でも押している方がまだ意味があるだろう。使えない! シャイニング、マジ使えない! 


「はっ!」


 そうこうしているうちにトロッコが分岐点を曲がった。あと100メートル。思ったよりデカい軽トラサイズのトロッコが、物理らしく無慈悲に爆走してくる。笑うひろ○き。笑うジャック・ニコルソン。笑わないトロッコ。笑えない俺。


「英霊召喚!!」


 追い詰められた俺は、ジャックを見限ってもう一度スキルを発動させた。目の前に光の柱が現れる。光の柱が伸び、光の柱が輝き――ねぇ、演出エフェクト飛ばせない!? 早くして、早くしろ、早く出ろ、あと50メートルだよ40メートル! 30! 20! あああ、腕組んだひろ○きとシャイニングなジャック・ニコルソンに笑顔で看取られながら轢死するなんて、たとえ糞神ファッキンゴッドが認めても、俺は絶対認めなぁぁぁぁトロッコぉぉおぉぉおぉぉっ!?!?!


「フンッ!」


 目を瞑って死を覚悟した俺に、しかしトロッコの衝撃は訪れず、かわりに車同士がぶつかったような凄まじい衝撃音が聞こえた。

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