トラックに轢かれて転生した俺の第2の人生はトロッコ問題で轢かれる役でした

ラーさん

第1話 トロッコ問題

 トラックに轢かれて転生した俺の第2の人生はトロッコ問題で轢かれる役でした。


「ははっ……!」


 線路上に立つ俺。並行して走る線路に並ぶ5人の人間。二つの線路を結ぶ100メートルほど先に見える線路の分岐点。その横にある線路の切替スイッチのレバーを握る人間。そして遠くに動くのは分岐点に向かって高速で接近するトロッコだ。


 転生直後の視界に映るこのすべてで、俺は自分の置かれた状況と立場を知った。


 そう、これはトロッコ問題だ。言わずと知れた「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」を問う、倫理学上の思考実験だ。


問:線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が避ける間もなくトロッコに轢き殺されてしまう。この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?


「それで俺は轢かれる1人側のB氏かよ……!」


 俺は笑った。笑うしかなかった。トラックに轢かれ、神様とか名乗る訳の分からん奴に転生を勧められ、承諾して生まれ変わった直後にトロッコ問題で轢かれる役の、しかも1人側になるとは、どんな追放ものや悪役令嬢ものの転生小説よりも逆境が過ぎて笑うほかないファッキンジョークだ。はっはっは。笑えるか。糞神様ファッキンゴッド


「で、どうする?」


 心の中でどんな悪態を吐いてもどうにもならない逆境だった。逃げ出したいが、結界的なものでも張られているのか線路外に身体を出そうとしても見えない壁にぶつかってしまう。殴ってもビクともしない神の悪意がそこにあった。


 そもそもトロッコ問題で問われるのはA氏――線路を切り替える人間の倫理だ。5人の命を助けるためなら1人を殺しても構わないとするか、どんな理由があっても他人の命を勝手に犠牲にするのは許されないから5人は助けられないとするか。この重い倫理の問題に、選択権のない轢かれる側の俺はいったい何ができるというのか。俺の転生が轢死転生即轢死になるかどうかを決めるのは、すべてA氏の決断に委ねられていた。俺は自分の無力に唇を嚙みながら、そんな重い決断を迫られたA氏を見た。


 そして後悔した。


「あれは……」


 A氏はどことなく見覚えのある顔をしていた。常に余裕のある感じのうっすらとした微笑を湛えている長髪でアゴ髭を生やしたパーカーカジュアルファッションの男。あれは――そうだ、ひろ○きだ。論破が好きそうな論破顔をしている。5人と1人の命を天秤にかけたら合理的判断で1人を選ぶ――と見せかけて、1人殺すという主体的な判断で自身の責任を追及されないために、5人を見殺しにした上で「そもそも人を轢いてしまうような状況で走行しているトロッコに問題があるのだから自分は悪くない」と主張する、自己保身優先の故意の不作為を決断できる、そんな論破力の高そうなひろ○きっぽい顔をした男がそこにいた。


「ひろ○き、お前は……っ!」


 腕を組んだまま動く気配のないひろ○き風の男。俺は隣の線路の5人の方を見やる。こちらと同様に自分を取り囲む見えない壁を叩いて「誰か助けてくれ!」と叫ぶ男。泣きじゃくる2人の子供を抱いて慰める女。跪いて祈る老婆。見殺すと決められた5人。死ぬ5人。助かる俺。俺は助かる。助かる――助かる?


 そのとき俺は叫んでいた。


「こっちに切り替えろっ!!」


 俺は――助ける。


 トロッコ問題で問われるのは倫理の問題だ。自己保身で見殺されるとわかった5人を横目に、俺はただ生き延びられるのか? 何も思わずにただ助かったと胸をなで下ろすだけで生きていけるのか?


 違うだろ。


 俺はきっと俺の不作為を許せない。轢かれる側にだってやれることはある。こっちは自分の命が懸かっているんだ。自分の人生に自分の意志を示す権利くらいはある。前世の最後の記憶を思い出す。猫を助けた。トラックに轢かれそうになっている猫を。俺はそういう選択をする人間だった。


 生まれ変わっても、それは変わらなかったというだけだ。


「早くしろっ!!」


 時間がないと叫ぶ俺を見て、ひろ○き風の男が笑った。自己保身を理由に人を見殺せる男なら、俺が自己責任を負えばその決断を変える可能性は高い。


 果たして彼はレバーを動かした。

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