第6話:崩賊『チャッドテイル』

息苦しさで目を覚ましてすぐ、レッドは自分の胸にシスリーが突っ伏して寝ていることに気が付いた。

何故か彼女の目元が少し赤く腫れているように見えたが、一応起こさないようにゆっくりとベッドから降りてやり、使っていた布団を掛けてそのまま寝かせておいた。


ぼやける目をこすりながらフラフラと階段を降りていくと、客のいない食堂のカウンターでメリルが食器を拭いているのが見えた。



「あ、レッドさん。おはようございます。よく眠れましたか?」


「んあ~~……。おはよ~メリル。おかげさまでぐっすり寝れたぞ~……」


「ちょっとまだ眠そうに見えますけど……。コーヒーを用意しますね」


「ああ……ミルクコーヒーにしてくれ~……」



吸い込まれるようにカウンター席に座り、レッドは手際よくコーヒーを淹れるメリルをぼーっと眺める。



「砂糖はどうしましょうか?」


「いっぱい入れてくれ……苦いのは飲めねーんだ」


「うふふ。分かりました」


「そういやレガリオは?」


「……今朝早くに森へ出ましたよ。いつもの事です」


「…………?」



レッドには昨日の夕飯の時から感じていた違和感があった。

レガリオの話になると、メリルの笑顔にほんの少しだけ陰りが見えるのだ。



「はい、お待たせしました!ミルクコーヒーの甘めです!」


「お、サンキュー!いただきまーす」



差し出されたコーヒーはふわりと立ち上る湯気からも甘さが伝わってくる、優しいミルクの色合いが特徴的だった。

ルーツの誰かが好んでたブラックコーヒーとは大違いだ。



『そんなに美味いのか?それ』


『飲んでみるがいい!これこそハンドレッドの言う生命が生んだ英知の結晶といえよう!』


『どれどれ……—―――――ブハァッ!!』



自身の苦いもの嫌いが発覚した時のことを思い出しながら、レッドは両手でカップを持ってグビグビ飲んだ。

あの時もマナーがなってないと指摘されたが良く分からなかった。



「…………ップハァーーーー!」


「お口に合いましたか?」


「おう!甘くて美味いぞー!」


「ふふっ……。良かったです」



軽く微笑んでメリルは作業に戻る。

人柄が伺える柔らかい手つきで流れるように陶器を拭いていく。



「…………」



掃除に至ってはカウンターはおろか、床やテーブルのどこを見てもチリ一つない。

どこか執念すら感じるほどだ。

一体いつからこうして一人でこの宿を守っているというのか。



「なあメリル。お前らがレガリオを大切にしてるのは分かるんだけどよー。ならなんで森に行くあいつを放っておくんだ?」


「ッ!」



音を立てずに作業をしていたメリルの手が少し震えた。

だが彼女の反応はそのことを聞かれて驚いたという顔ではない。

それだけは聞かれたくなかったという顔だった。



「あいつだって森は危ねえとこだって知ってて行ってるんだろ?そんな顔するくらいならめりゃいいじゃねーか」


「それはッ…………それが……出来たらッ……」



悲しみと怒りと、悔しさが入り混じり声が揺れる。

これまで隠していた彼女の心の叫びが表情に滲みかけたが、それでもメリルはすぐに笑顔を作り直しレッドの質問をはぐらかした。



「いえ……この村の問題ですから……。そ、そう!宿の食料を取りに行ってくれてるんです。宿代の代わりにとあの子が決めた……必要な事なんです」


「村の問題って……あのなあ、俺は――――――」



ガァンッ!ガァンッ!ガァンッ!



「奴らだッ!『チャッドテイル』が来たッ!!子供を家の中へッ!!早くッ!!!」


「絶対出てくるんじゃないぞッ!静かに隠れてるんだッ!」



突如けたたましい鐘の音が村中に響き渡る。

たちまち外は慌ただしく逃げまどう人々の声で溢れかえってしまった。



「なんだあ?みんなどうしたんだ血相変えて」


「ダメですッ!レッドさん!出ちゃダメッ!」



カウンターから身を乗り出したメリルがレッドの腕を掴む。

震える手にありったけの力を込めたため、無意識にもレッドの皮膚に爪が食い込んでいた。



「メ、メリル……?出るなってのは──────」


「とにかく!すぐに二階に隠れて!急いで!お願いします!」


「うお!?……え、お、おう……」


「私が呼ぶまで絶対に降りてこないでくださいッ!!」



メリルの気迫に押されるようにして階段を登る。

呆気にとられたレッドは部屋に入ることも出来ず、廊下で立ち尽くしてしまった。



「何なんだよ……いったい……。何が来たってんだ?」



……考えても分かるはずがない。ここはメリルの言うことを聞いて大人しくしていよう。


レッドがそんなことを思っていると泊まり木のドアが乱暴に開け放たれた。

ドアベルが壊れんばかりに激しく揺れ、ドカドカと大きな足音が無遠慮に押し寄せてくる。



「よおぉメリルゥ……!相変わらずシケた店だなあ。邪魔するぜえッ!」


「ッ……!」



レッドはこっそり二階の床に這いつくばり、階段の上部から下の様子を覗いてみた。

そこにいたのははち切れんばかりの黒いタンクトップとアーミーパンツを履いた筋骨隆々逆三角の大男。二メートルはありそうだ。

掘りの深い顔に荒れたドレッドのロン毛がやけに似合ってる。

ブレスレッドやらピアスやら、装飾品がギラギラと光って目が痛くなるくらいだ。



「なんだアイツら……?メリルの友達ダチには見えねーな」



大きな剣を背中に担いだ男の後に続いて、さらに十人ほどの男が店になだれ込む。

振る舞いを見るに彼の手下のようだ。

その集団より少し遅れて、ファーカーも息を切らせて飛び込んできた。



「待て貴様らッ!用があるなら俺が聞くと言ってるだろう!何故わざわざここまで押しかけるんだッ!!」


「久しぶりじゃねぇか、いい子にしてたかあッ?……あのガキはどこだ」


「な、何の用ですか?レガリオは居ませんッ!それにあの時約束したはずです!もうこの村に手は出さないとッ!」


「ダァーーッハッハッハッハァ!……馬鹿言っちゃいけねえなあ!約束はそんな内容じゃなかったはずだぜえ?それにしても残念だ。ガキにも用があったんだがそうか……いねえなら仕方ねえ。クククク……」


「ふざけるなッ!何を白々しいッ!……貴様らがあの子にを吹き込み、そのせいであの子は森に行ってるのだろうがッ!!くだらん茶番はやめろッ!」


「ア‪アァァ‪︎︎ッ!?」



ファーカーが強く言い返した途端、それまでニヤついていた大男が逆上した。

鬼の形相で振り返ると、片手でファーカーの首を掴んで軽々と持ち上げてしまったのだ。



「ぐぅッ!……は、離せッ……!」


「てめえいつからそんなに偉くなったんだあ?……アァコラァッ!?」



そう叫び男はファーカーの腹に強烈な膝蹴りを入れた。

ゴスッと鈍い音を立て彼の体が一瞬くの字に折れ曲がる。



「ゴフゥッ!!」


「キャアッ!!」


「まだだぜオラァッ!!!」



続けざまに意識の飛びかけているファーカーを木の棒でも振り回すかの如く豪快にテーブルに叩きつけた。

水気のない木片が振動に軋む床に散らばっていく。



「ガハァッ!」


「ファーカーさんッ!!」


「ヒャーッハハハハ!」「おかしらに逆らうなんて馬鹿じゃねーかァ!」「ヒッヒヒヒヒヒ!」



「アイツらッ!──────ンガ!?」



思わずレッドが飛び出しかけたそのとき、後ろから何者かに頭を押さえつけられ床に顔面を打ち付けてしまった。

悶絶する彼女の代わりにその人物が階段をスタスタ降りて行く。



「やめなさいギーガー。自分より弱い相手にだけ暴力なんて。暴れたいならあたしが相手になるわ」


「あぁ……?」


「シスリーさんッ!」


「シ……シスリー……よせ……来るんじゃない……」



いかる大男の背中に冷ややかな声が浴びせられる。

ギーガーなる男は悪意に満ちた顔をニタリと歪めて階段へと振り返った。



「おうおうシスリー……お前はほんとに変わらねぇなぁ。そのクソ生意気な態度も、そそる見た目もよぉ」


「気色の悪いこと言わないでくれる?あんたみたいな小物に言われても虫唾が走るだけよ」


「ッ!──────この女ァッ……俺のどこが小さいってんだオラァッ!!!」



常人であれば縮み上がってしまうであろうギーガーの恫喝を、シスリーは眉一つ動かすことなく受け流した。



「…………」


「チッ!この俺にビビりもしねぇでと同じでとことんいけかねぇ。思い通りにならねぇ女は癪に障る」


「で、何の用?あなたがわざわざ出向いてくるってことは何かあるんでしょ」


「もちろんそうだ。ならうちの上司様からのありがたぁいお言葉を伝えてやる。新しいとしてシスリーもしくはメリル、俺たちと一緒に来てもらう。どっちが来るのかはお前らで決めていいとよ。寛大だよなぁあの方も」


「え…………」


「なッ……!?新しい……人質ですって……?」



それは素直に聞き入れるにはあまりに突拍子もない言い草だった。

毅然と立ち振る舞っていたシスリーも思わず目を見開いて言葉を失う。



「ダァッハッハッハッハッハァ!そうだその顔だ!以来だな懐かしいぜぇ」


「ふ……ふざ、けるな……ッ。ギーガー貴様……あの娘は……マリーナはどうしたッ……!」


「焦るんじゃねぇよ。それはあのガキが戻ったら教えてやる。……ほらどうした?さっさと醜く言い争ってどっちか決め――――――」


「私が行きます」



小さくも意志の込められた一声がギーガーの言葉を断つ。

見れば、先程までの震えも無くどこか覚悟を決めたメリルがカウンターから進み出ていた。



「メリル……?何言ってるの?」


「新しい人質は私です。レガリオは夜まで帰ってきませんから。今日は私を連れて帰ってください」


「バカなことを言うんじゃないッ!行かせないぞメリルッ!」


「そうよ!あいつらがあなたに何をするかなんて分かるでしょ!あたしなら平気よ。何をされたって痛くもかゆくもないんだから!」


「ダメです」



引き留める二人の言葉を聞いたメリルはそれでも、首を小さく振るだけだった。



「シスリーさんはとっても強いです。ギーガーさんにしても人質として繋ぎ止めておくのは大変なはず」


「ああ、そうかもしれねえなぁ」


「それにシスリーさんはここに住んで長いとはいえ、元々は旅のお方。トポロ村の生まれじゃない。私たちがその気になれば人質としての価値も薄くなります」


「メリル……あなた……」


「よぉし決まったなッ!んじゃ、待つのもだりぃし今日は帰ってやる。おい、あの女連れて来い」


「へい、カシラ」


「やめろッ!メリルに何をするッ!!」


「待って!まだよ!まだ決まってないッ!!メリルをさらうのはやめてッ!」


「動くんじゃねえよッ!てめぇ少しでも邪魔しやがったら外の連中に村の人間を襲わせるからな!それに攫うとは人聞きのわりい。こいつは自分から志願したんだろッ!」


「そんなッ……メリル!!お願いッ!!逃げてッ!!!」



部下の男が向かってくる間、メリルは固く目を瞑る。

いつかは訪れると思っていた自分の番がついに今日来ただけだと、その身を差し出す覚悟を決めたのだ。



「ほら来い!城まで楽しいデートの時間だぞぉ?ゲヒヒヒッ!」



魔の手が迫る空気を肌に受ける。

もう二度と会えなくなる大切な人たちの顔が脳裏に浮かび、メリルは抑え込んでいた恐怖心が溢れそうになるのを唇をギュッと結んで堪え続けた。



「ッ—―――――………………?」



…………長い。

たった一瞬がとても長く感じる。

もしや死に直面した時に走馬灯を見るのも同じ感覚なのだろうか。

そんなことを考える程度には時間が経ったはずなのだ。

しかし待てど待てど服を引っ張られる感触も、乱暴に腕を掴まれることも無い。

異様に静かだった。


動けずにいる彼女の疑問を晴らしたのは深く鋭利な凄みを含んだ少女の声。



「お前ら…………メリルに何してんだ……?」



気付けば惹き付けられるようにゆっくりと目を開けていた。

何故かやけに優しく視界が明るさに慣れていく。

それは伸ばされた男の手首を片手で掴む者の白銀の髪が窓から差し込む光をキラキラと柔らかく反射してくれていたからだ。


メリルはこの光景を生涯忘れないだろうと直感した。

目の前に立つ少女の後ろ姿を。



「レ…………レッド……さん?」


「な、なんだこいつッ!?どうやってッ……いつの間に!?」



手下の男は動揺を隠せない。

一瞬たりとも目を離さず見ていた場所に見知らぬ少女がいきなり現れたのだ。

ましてや掴まれるまで気付かなかったのだからそれも当然というもの。

異様に映ったとはいえギーガーはすぐに落ち着きを取り戻していた。



「…………何者なにもんだ、てめぇ」


「客だよ。この宿の。おめーらこそ何だ?何の権利があっておっさんやメリルにこんなことしてんだ?」


「あぁ?客ゥ?ただの客がなぜその女をかばう?」


「答えろや木偶でくの坊。どんな理由があんのか聞いてんだろ」



微塵も引かないレッドの不敵な態度が場を凍らせる。

村人からこんな目を向けられたのは何年振りかと、ギーガーはの中でふつふつと怒りが沸いた。



「ッ……この俺に向かって……木偶の坊だとォッ!?……せっかくの上玉だが仕方ねえ。おいッ!先にその女に思い知らせてやれ!」


「了解でさあッ!カシラッ!…………あれ……?」



手下の男は掴まれた手に力を込め、振り払おうと試みる。

…………しかし。



「(なんだ?う、動かせねぇッ!ビクともしねえぞッ!?)」



いくら引っ張っても手ごたえが無い。

少女の腕は一ミリたりとも動かなかった。



「答える気はえって事でいいんだな?」


「なんだよこれッ!は、放せやクソ女があッ!!」



反対の手で腰の剣を抜き豪快に振り上げる。

刀身はその鋭さを示すようにギラリと照り返していた。



「ダメよレッドッ!!そいつらはただの暴漢じゃないッ!魔力の――――――」


「うおりゃああああああッ!」



力任せに振り下ろされた剣が皮膚に到達するまでの一瞬だった。


…………ボシュウッ!



「—―――――ひぇ?」



レッドの腕が赤光しゃっこうし間抜けな声を漏らす男。

まばたきよりも早く迫りくる拳を認識したのは、自分の頬にその拳がめり込んだ後だった。



「【緋色の爆拳レッド☆ブラスト】ォッ!!!」


「ブゲゥッ!?」



弾丸のようにギーガーの真横をかすめて後ろの集団に激突。

巻き込まれた男たちはりに吹き飛んでしまった。



「おわあああッ!?」「ぎゃあああああッ!?」「な、なんで殴り飛ばせるんだッ!?」「どうなってやがる!?」



慌てふためく部下たちを見て唖然とするギーガー。

振り返る彼の顔にはここにきて初めて警戒の色が滲み出ていた。



「…………ありえねえ。てめぇ、なんだその腕は。ただの女じゃねえってことか」


「ホントに頑丈だなーこの世界の奴らは。ダキアより硬ぇか?」


「お前もバケモンのたぐいか。シスリーといいこの村はなんなんだ?……だが、残念だったな。生憎あいにく俺たちは無敵の――――――」


「う、うわぁッ!?なんだこりゃあッ!?」


「カシラァッ!?大変だぁッ!!」



一斉に喚き始める手下に語りを邪魔されたギーガーは情けない声を上げる自分の部下に苛立ちを隠せなかった。



「なんだ騒がしいッ!おめーらはに守られてんだろッ!ちょっと殴られたぐらいでガタガタと──────なあッ!?」


「あん?なんだよ急に」



ギーガーの狼狽うろたえようにレッドも男たちに視線を移す。

そこには倒れた部下に混じって蠢く黒い影……服や武器を除いた全身がさながら墨汁を垂らした水に包まれたようにくすんだ者がいた。

たった今殴り飛ばされた男だ。



「ぎゃあああッ!?なんで!俺の体、どうしちまったんだ!?」


「おお……?なんだアイツ。なんで黒くなってんだ?」


「どういうこと……?あいつのユイルが……変色するなんて……」



殴られた男もシスリーも、当然レッドも含め……誰一人この現象を理解できない。

不可思議な光景にどよめくばかりだった。

しかし、唯一ゆいいつギーガーだけは何かを察して冷や汗を流している。



「落ち着けえお前らッ!!!……なんて事ねえ。死にはしねえから黙ってろ!!!」


「カ、カシラ……」


「おい女!てめぇ名前は?」


「…………レッド」


「知らねえ名だ。だが覚えやすくていい。…………メリルを連れて行くのは今度にしてやる。おうッ!!帰るぞお前らァッ!!」


「へ、へい!了解でさぁ!」



その一声で男たちはぞろぞろと外に出はじめ、ギーガーも店を後にしようと悠然と踵を返した。



「待てよ。メリルと村長のおっさんに謝れ」


「ハッ!お断りだ。こっちにはまだ人質がいるんだ。おとなしく俺たちの見送りでもしてろ」


「外の連中とか言うやつか?上等だよ。お前が命令する前に全員ぶっ飛ばしてやる」


「待ってくださいッ!レッドさんッ!!」


「おあっ!?」



殺気を放つレッドが動くより先にメリルが背後から抱き止めた。

彼女の顔は涙で濡れていた。



「メリル……?なんで……」


「お願いしますッ……私たちは大丈夫ですから……今はどうか……」


「ダァーッハッハッハッハァッ!!そういうことだ。そいじゃっ、よおく言い聞かせとけよメリル?お友達が大事ならなあ!!」



勝ち誇ったような捨て台詞を吐いてギーガーは店を出る。

しばらく村は静寂に包まれたが彼らがいなくなったのが分かってようやく、安堵した村人が外に顔を出していた。



「ううっ……うっ……ひっく……」


「大丈夫?ファーカーさん」


「ああ……なんとかな……。うッ……はぁ……」



肩を借りたファーカーが脇腹を押さえながら立ち上がる。

まだ呼吸も整っていないというのに彼はメリルに向かって頭を下げた。



「すまないなメリル……。オルナの……お前があいつから受け継いだ宿の……大切なテーブルを壊してしまった……」


「そんなッ!ファーカーさんは悪くありませんッ!謝らないでくださいッ……。私また……こんな時になにもできなくて……ッ」


「あなたは勇気を出したわ。何もしてないなんてことない」



なぜ彼らがやってきたのか、メリルを連れ去ろうとしたのか。

レッドにはまだ何も分からない。



「……教えてくれメリル。あいつらは?この村で何があったんだ」


「ッ……」



下を向き言葉に詰まる彼女の代わりに口を開いたのはシスリーだった。



「チャッドテイル。十年前にいきなりこの村を襲った崩賊よ。ここだけじゃなく周辺の村も、王都もあいつらの支配下にあるわ。そこにはレガリオのお姉さん……メリルの親友が今も人質として捕まってる」


「王都に……?なんでメリルのダチが?」


「それは──────」


「シスリーさん。良いんです。もう」



涙を拭いたメリルが顔を上げ、今朝までと同じ笑顔を作ってこちらを見ていた。

その出来栄えは痛々しいものだ。



「レッドさん。あなたまでこの村の……国の問題に関わる必要なんてありません。すぐにでもこの国を出るべきです。シスリーさんも」


「なッ!?ちょっとメリルッ!」


「いや、それが良い。きみにはもう何度も助けてもらった。今までこの村のために尽くしてくれて本当に感謝している。もう十分だ」


「ファーカーさんまでッ!ダメよッ!出て行かないわ!!大丈夫!もう少しであいつのユイルを解明して絶対に――――――」


「もう誰も巻き込みたくないんですッ!!」


「ッ!…………」



張り上げられた声の悲痛さに閉口するほかない。

この十年間の村の歴史を共に歩んだシスリーには、メリルがこの明らかな虚勢と張るのにどれだけ苦しんだかが痛いほど分かってしまう。



「大したおもてなしも出来ずにすみませんでした。レッドさん。隣国と繋がる道が東の方にありますから、後で案内しますね」


「………………」


「……レッドさん?」



だが、レッドは別だ。



「森の中は……あいつの通るとこだけ枝も草も極端に少なくなってたんだ。一人で獣道けものみちを作っちまうほど通い詰めてるってことだろ?森はあぶねぇ場所だ、早く帰らねーとみんな心配するって何回も自分で言ってたくせに」


「ッ!……そう……ですか……」


「俺が喋ったって聞いたらあいつは怒るだろうけどな。でっけー魔物に出くわしたときも自分じゃ勝てねえって知りながらあいつは命懸けで俺を守ろうとしてくれた。その時からレガリオのことは友達ダチだと思ってんだ。勝手にな!」


「—―――――…………」



メリルは歯を食いしばり、両手で顔を覆っていた。



「俺はあいつが背負ってるもんを知りてえ。そんで今度は俺があいつを助ける番だ。関係え顔して村を出るなんて、んな薄情なこと出来るかよ!」



ぽんっ……と頭上に置かれた手のひらから伝わる温かさ。

氷漬けの心を溶かされたメリルは堪えた分も堰を切ったように大粒の涙を流す。



「なっ!」


「うぅッ……うッ……ひぐッ……レ……レッド……さんッ……!」


「嬢ちゃん……あんたは一体……」


「こいつは……こんな奴なのよ。ファーカーさん」



語られるのはトポロ村の悲劇。

今なおバダロン王国すべてを蝕む呪いの話である。

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