第7話:崩賊『チャッドテイル』

息苦しさで目を覚ましてすぐ、レッドは自分の胸にシスリーが突っ伏して寝ていることに気が付いた。何故か彼女の目元が少し赤く腫れているように見えたが、一応起こさないようにゆっくりとベッドから降りてやり、使っていた布団を掛けてそのまま寝かせておいた。

ぼやける目をこすりながら、パタパタと貸出スリッパの音を立てて階段を降りていくと、客のいない食堂のカウンターで、メリルが食器を拭いているのが見えた。


「あ、レッドさん。おはようございます。よく眠れましたか?」

「ふあ~~……。おはよ~メリル。おかげさまでぐっすり寝れたぞぉ……」

「ちょっとまだ眠そうに見えますけど……。コーヒーを用意しますね」

「ああ……ミルクコーヒーにしてくれ~……」


吸い込まれるようにカウンター席に座り、レッドは手際よくコーヒーを淹れるメリルをぼーっと眺める。


「砂糖はどうしましょうか?」

「いっぱい入れてくれ……苦いのは飲めねーんだ」

「うふふ。分かりました」

「……そういやレガリオは?」

「…………今朝早くに森へ出ましたよ。いつもの事です」

「?」


レッドには昨日の夕飯の時から感じていた違和感があった。レガリオの話になると、メリルの笑顔が曇るのだ。


「はい、お待たせしました!ミルクコーヒーの甘めです!」

「お、サンキュー!いただきまーす」


差し出されたコーヒーはふわりと立ち上る湯気からも甘さが伝わってくる、優しいミルクの色合いが特徴的だった。ルーツの誰かが好んでたブラックコーヒーとは大違いだ。


『そんなに美味いのか?それ』

『飲んでみるがいい!これこそハンドレッドの言う生命が生んだ英知の結晶といえよう!』

『どれどれ……—――ブハァッ!!』


自身の苦いもの嫌いが発覚した時のことを思い出しながら、レッドは両手でカップを持ってグビグビ飲んだ。あの時もマナーがなってないと指摘されたが、相変わらず良く分からないままである。


「…………ップハァーーーー!」

「お口に合いましたか?」

「美味い!」

「ふふっ……。良かったです」


軽く微笑んでメリルは作業に戻る。人柄が伺える柔らかい手つきで流れるように陶器を拭いていく。


「…………」


掃除に至ってはカウンターはおろか、床やテーブルのどこを見てもチリ一つない。どこか執念すら感じるほどだ。一体いつからこうして一人でこの宿を守っているというのか。


「なあメリル。お前らがレガリオを気に掛けてるのは分かるんだけどよお。ならなんで森に行くあいつを放っておくんだ?」

「ッ!」


音を立てずに作業をしていたメリルの手が少し震えた。

だが彼女の反応はそのことを聞かれて驚いたという顔ではない。

それだけは聞かれたくなかったという顔だった。


「あいつだって森は危ねえとこだって知ってて行ってるんだろ?そんな顔するくらいならめりゃいいじゃねーか」

「それはッ…………それが……出来たらッ……」


悲しみと怒りと、悔しさが入り混じり声が揺れる。これまで隠していた彼女の心の叫びが表情に滲みかけたが、それでもメリルはすぐに笑顔を作り直し、レッドの質問をはぐらかした。


「いえ……この村の問題ですから……。そ、そう!宿の食料を取りに行ってくれてるんです。宿代の代わりにとあの子が決めた……必要な事なんです」

「村の問題って……」


その時、村中に響き渡る鐘の音がレッドの言葉を遮った。


「奴らだッ!『チャッドテイル』が来たッ!!子供を家の中へッ!!早くッ!!!」

「絶対出てくるんじゃないぞッ!静かに隠れてるんだッ!」


人々を急かすように何度も打ち鳴らされる甲高い音が、緊急事態を告げている。

たちまち外は、慌ただしく逃げまどう村人たちの声で溢れかえってしまった。


「なんだ?みんなどうしたんだ」

「ダメですッ!レッドさん!出ちゃダメッ!」


カウンターから身を乗り出したメリルがレッドの腕を掴む。震える手にありったけの力を込めたため、無意識にもレッドの皮膚に爪が食い込んでいた。


「メ、メリル……?出るなってのは───」

「とにかく!すぐに二階に隠れて!急いで!お願いします!」

「うお!?……え、お、おう……」

「私が呼ぶまで絶対に降りてこないでくださいッ!!」


メリルの気迫に押されるようにして階段を上る。


「何なんだよ……いったい……。何が来たってんだ?」


呆気にとられたレッドは部屋に入ることも出来ず、廊下で立ち尽くしてしまった。


(考えても分かるはずないか。ここはメリルの言うことを聞いて大人しくしてよう)


そんなことを思っていると泊まり木のドアが乱暴に開け放たれた。ドアベルが壊れんばかりに激しく揺れ、ドカドカと大きな足音が無遠慮に押し寄せてくる。


「よおぉメリルゥ……!相変わらずシケた店だなあ。邪魔するぜえッ!」

「ッ……!」


レッドはこっそり二階の床に這いつくばり、階段の上部から下の様子を覗いた。

そこにいたのははち切れんばかりの黒いタンクトップとアーミーパンツを履いた筋骨隆々逆三角の大男。二メートルはある長身と、掘りの深い顔に荒れたドレッドのロン毛がやけに似合ってる。ブレスレッドやらピアスやら、装飾品がギラギラと光って目が痛くなるくらいだ。


(なんだアイツら……?メリルの友達ダチには見えねーな)


大きな剣を背中に担いだ男の後に続いて、さらに十人ほどの男が店になだれ込む。

振る舞いを見るに彼の子分のようだ。その集団より少し遅れて、ファーカーも息を切らせて飛び込んできた。


「待て貴様らッ!用があるなら俺が聞くと言ってるだろう!何故わざわざここまで押しかけるんだッ!!」

「久しぶりじゃねぇか、いい子にしてたかあッ?……あのガキはどこだ」

「な、何の用ですか?レガリオは居ませんッ!みんなあなた達の言うことを聞いて税も納めているはずですッ!」

「ダァーーッハッハッハッハァ!……そう警戒するなよ、寂しいじゃねぇか!それにしても残念だ。ガキにも用があったんだがそうか……いねえなら仕方ねえ。クククク……」

「ふざけるなッ!何を白々しいッ!……貴様らがあの子にを吹き込み、そのせいであの子は森に行ってるのだろうがッ!!くだらん茶番はやめろッ!」

「ア‪アァァ‪︎︎ッ!?」


ファーカーが強く言い返した途端、それまでニヤついていた大男が逆上した。鬼の形相で振り返ると、片手でファーカーの首を掴んで軽々と持ち上げてしまったのだ。


「ぐぅッ!……は、離せッ……!」

「てめえいつからそんなに偉くなったんだあ?……アァコラァッ!?」


そう叫び男はファーカーの腹に強烈な膝蹴りを入れた。ゴスッと鈍い音を立て彼の体が一瞬くの字に折れ曲がる。


「ゴフゥッ!!」

「キャアッ!!」

「まだだぜオラァッ!!!」


続けざまに意識の飛びかけているファーカーを木の棒でも振り回すかの如く豪快にテーブルに叩きつけた。水気のない木片が振動に軋む床に散らばっていく。


「ガハァッ!」

「ファーカーさんッ!!」

「ヒャーッハハハハ!」「おかしらに逆らうなんて馬鹿じゃねーかァ!」「ヒッヒヒヒヒヒ!」


メリルの叫びと、嘲笑う部下の声が混じる。


「アイツらッ!───グへ!?」


思わずレッドが飛び出しかけたそのとき、後ろから何者かに頭を押さえつけられ床に顔面を打ち付けてしまった。悶絶する彼女の代わりにその人物が階段をスタスタ降りて行く。


「やめなさいギーガー。自分より弱い相手にだけ暴力なんて。暴れたいならあたしが相手になるわ」

「あぁ……?」

「シスリーさんッ!」

「シ……シスリー……よせ……来るんじゃない……」


いかる大男の背中に冷ややかな声が浴びせられる。ギーガーなる男は悪意に満ちた顔をニタリと歪めて階段へと振り返った。


「おうおうシスリー……お前はほんとに変わらねぇなぁ。そのクソ生意気な態度も、そそる見た目もよぉ」

「気色の悪いこと言わないでくれる?あんたみたいな小物に言われても虫唾が走るだけよ」

「ッ!───この女ァッ……俺のどこが小さいってんだオラァッ!!!」


常人であれば縮み上がってしまうであろうギーガーの恫喝を、シスリーは眉一つ動かすことなく受け流した。


「…………」

「チッ!この俺にビビりもしねぇでと同じでとことんいけかねぇ。思い通りにならねぇ女は癪に障る」

「で、何の用?あなたがわざわざ出向いてくるってことは何かあるんでしょ」

「もちろんそうだ。うちのからのありがたぁいお言葉を伝えてやる。新しいとしてシスリーもしくはメリル、俺たちと一緒に来てもらう。どっちが来るのかはお前らで決めていいとよ。寛大だよなぁあの方も」

「え…………」

「なッ……!?新しい……人質ですって……?」


それは素直に聞き入れるにはあまりに突拍子もない言い草だった。毅然と立ち振る舞っていたシスリーも思わず目を見開いて言葉を失う。


「ダァッハッハッハッハッハァ!そうだその顔だ!以来だな懐かしいぜぇ」

「ふ……ふざ、けるな……ッ。ギーガー貴様……あの娘は……マリーナはどうしたッ……!」

「焦るんじゃねぇよ。それはあのガキが戻ったら教えてやる。……ほらどうした?さっさと醜く言い争ってどっちか決め―――」

「私が行きます」


小さくも意志の込められた一声がギーガーの言葉を断つ。見れば、先程までの震えも無くどこか覚悟を決めたメリルがカウンターから進み出ていた。


「メリル……?何言ってるの?」

「新しい人質は私です。レガリオは夜まで帰ってきませんから。今日は私を連れて帰ってください」

「バカなことを言うんじゃないッ!行かせないぞメリルッ!」

「そうよ!あいつらがあなたに何をするかなんて分かるでしょ!あたしなら平気よ。何をされたって痛くもかゆくもないんだから!」

「ダメです」


引き留める二人の言葉を聞いたメリルはそれでも、首を小さく振るだけだった。


「シスリーさんはとっても強いです。ギーガーさんだって、人質として繋ぎ止めておくのは大変なはず」

「ああ、そうかもしれねえな」

「それにシスリーさんはここに住んで長いとはいえ、元々は旅のお方。トポロ村の生まれじゃない。私たちがその気になれば人質としての価値も薄くなります」

「メリル……あなた……」

「よぉし決まったなッ!んじゃ、待つのもだりぃし今日は帰ってやる。おい、あの女連れて来い」

「へい、カシラ」


言質は取ったと言わんばかりに、ギーガーは子分に命令を下した。


「やめろッ!メリルに何をするッ!!」

「待って!まだよ!まだ決まってないッ!!メリルをさらうのはやめてッ!」

「動くんじゃねえよッ!てめぇ少しでも邪魔しやがったら外の連中に村の人間を襲わせるからな!それに攫うとは人聞きのわりい。こいつは自分から願い出たんだろうがッ!」

「そんなッ……メリル!!お願いッ!!逃げてッ!!!」


シスリーの必死の叫びも虚しく、男が向かってくる間、メリルは固く目を瞑ってじっと立っていた。


「ほら来い!城まで楽しいデートの時間だぞぉ?ゲヒヒヒッ!」


薄汚れた手が、メリルに向かって無遠慮に伸びていく。

それは「もうお前に自由は無い」という、神の宣告が下されるかのようだ。


「ッ—――……」


しかし。

その手が彼女の体に触れる瞬間は、いつまで経っても訪れなかった。


「—――メリルに何してんだ?……お前ら」


なぜなら、男の手首はそれまでそこにいなかったはずの、銀髪の少女の手によって横から掴まれていたのだ。


「レ…………レッド……さん?」

「な、なんだこいつッ!?どうやってッ……いつの間に!?」


男は動揺を隠せない。

一瞬たりとも目を離さず見ていた場所に見知らぬ女がいきなり現れたのだ。ましてや掴まれるまで気付かなかったのだからそれも当然というもの。異様に映ったとはいえギーガーはすぐに落ち着きを取り戻していた。


「…………何者なにもんだ、てめぇ」

「客だよ。この宿の。お前らこそ何だ?何の権利があっておっさんやメリルにこんなことしてんだ?」

「あぁ?客ゥ?ただの客がなぜその女をかばう?」

「答えろや木偶でくの坊。どんな理由があんのか聞いてんだろ」


微塵も引かないレッドの不敵な態度が場を凍らせる。村人からこんな目を向けられたのは何年振りかと、ギーガーの中でふつふつと怒りが沸いた。


「ッ……この俺に向かって……木偶の坊だとォッ!?……せっかくの上玉だが仕方ねえ。おいッ!先にその女に思い知らせてやれ!」

「了解でさあッ!カシラッ!…………あれ……?」


男は掴まれた手に力を込め、振り払おうと試みる。

―――だが。


(なんだ?う、動かせねぇッ!ビクともしねえぞッ!?)


いくら引っ張っても手ごたえが無い。

少女の腕は一ミリたりとも動かなかった。


「答える気はえって事でいいんだな?」

「なんだよこれッ!は、放せやこの女あッ!!」


反対の手で腰の剣を抜き豪快に振り上げる。

刀身はその鋭さを示すようにギラリと照り返していた。


「ダメよレッドッ!!そいつらはただのチンピラじゃないッ!魔力の―――」

「うおりゃああああああッ!」


剣が力任せに振り下ろされた、その一瞬だった。

突然レッドの腕が赤光しゃっこうした。


「—――ひぇ?」


それを見て間抜けな声を漏らす男。

まばたきよりも早く迫りくる拳を認識したときには、自分の頬にその拳がめり込んでいた。


「【緋色の爆拳アレスノート☆ブラスト】ォッ!!!」

「ブゲゥッ!?」


彼は弾丸のようにギーガーの真横をかすめて後ろの集団に激突した。

巻き込まれた子分たちはりに吹き飛んでしまう。


「おわあああッ!?」「ぎゃあああああッ!?」「な、なんで殴り飛ばせるんだッ!?」「どうなってやがる!?」


慌てふためく大勢の子分を見て唖然とするギーガー。

振り返る彼の顔にはここにきて初めて警戒の色が滲み出ていた。


「…………ありえねえ。てめぇ、なんだその腕は。ただの女じゃねえってことか」

「ホントに頑丈だなこの世界の奴らは。ダキアより硬ぇか?」

「お前もバケモンのたぐいか。シスリーといいこの村はなんなんだ?……だが、残念だったな。生憎あいにく俺たちには無敵の力が―――」

「う、うわぁッ!?なんだこりゃあッ!?」

「カシラァッ!?大変だぁッ!!」


何度も語りを邪魔されたギーガーは、情けない声を上げる自分の子分に苛立ちを隠せなかった。


「なんだ騒がしいッ!おめえらは唯流ユイルに守られてんだろッ!ちょっと殴られたぐらいでガタガタと───なあッ!?」

「あん?なんだよ急に」


ギーガーの狼狽うろたえように、レッドも男たちに視線を移す。そこには倒れた子分たちに混じって蠢く黒い影—――服や武器を除いた全身がさながら墨汁を垂らした水に包まれたようにくすんだ者がいた。たった今殴り飛ばされた男だ。


「ぎゃあああッ!?なんで!俺の体、どうしちまったんだ!?」

「おお……?なんだアイツ。なんで黒くなってんだ?」

「どういうこと……?あいつの唯流ユイルが……変色するなんて……」


殴られた男もシスリーも、当然レッドも含め―――誰もこの現象を理解できない。

不可思議な光景にどよめくばかりだった。しかし、唯一ゆいいつギーガーだけは何かを察して冷や汗を流している。


「落ち着けえお前らッ!!!……なんて事ねえ。死にはしねえから黙ってろ!!!」

「カ、カシラ……」

「おい女!てめぇの名前は?」

「…………レッド」

「知らねえ名だ。だが覚えやすくていい。…………メリルを連れて行くのは今度にしてやる。おうッ!!帰るぞお前らァッ!!」

「へ、へい!了解でさぁ!」


その一声で男たちはぞろぞろと外に出はじめ、ギーガーも店を後にしようと悠然と踵を返した。


「待てよ。メリルと村長のおっさんに謝れ」

「ハッ!お断りだ。こっちにはまだ人質がいるんだ。おとなしく俺たちの見送りでもしてろ」

「外の連中とか言うやつか?上等だよ。お前が命令する前に全員ぶっ飛ばしてやる」

「待ってくださいッ!レッドさんッ!!」

「おあっ!?」


殺気を放つレッドが動くより先にメリルが背後から抱き止めた。

彼女の顔は涙で濡れていた。


「メリル……?なんで……」

「お願いしますッ……私たちは大丈夫ですから……今はどうか……」

「ダァーッハッハッハッハァッ!!そういうことだ。そいじゃっ、よおく言い聞かせとけよメリル?お友達が大事ならなあ!!」


勝ち誇ったような捨て台詞を吐いてギーガーは店を出る。しばらく村は静寂に包まれたが彼らがいなくなったのが分かってようやく、安堵した村人が外に顔を出していた。


「ううっ……うっ……ひっく……」

「大丈夫?ファーカーさん」

「ああ……なんとかな……。うッ……はぁ……」


肩を借りたファーカーが脇腹を押さえながら立ち上がる。まだ呼吸も整っていないというのに彼はメリルに向かって頭を下げた。


「すまないなメリル……。オルナの……お前があいつから受け継いだ宿の……大切なテーブルを壊してしまった……」

「そんなッ!ファーカーさんは悪くありませんッ!謝らないでくださいッ……。私また……こんな時になにもできなくて……ッ」

「あなたは十分勇気を出したわ。何もしてないなんてことない」


なぜ彼らがやってきたのか、メリルを連れ去ろうとしたのか。

レッドにはまだ何も分からない。


「……教えてくれメリル。あいつらは?この村で何があったんだ」

「ッ……」


下を向き言葉に詰まる彼女の代わりに、口を開いたのはシスリーだった。


「チャッドテイル。十年前にいきなりこの村を襲った崩賊よ。ここだけじゃなく周辺の村も、王都もあいつらの支配下にあるわ。そこにはレガリオのお姉さん……メリルの親友が今も人質として捕まってる」

「王都に……?なんでメリルのダチが?」

「それは───」

「シスリーさん。良いんです。もう」


涙を拭いたメリルが顔を上げ、今朝までと同じ笑顔を作ってこちらを見ていた。その出来栄えは痛々しいものだ。


「レッドさん。あなたまでこの村の……国の問題に関わる必要なんてありません。すぐにでもこの国を出るべきです。シスリーさんも」

「なッ!?ちょっとメリルッ!」

「いや、それが良い。君にはもう何度も助けてもらった。今までこの村のために尽くしてくれて本当に感謝している。もう十分だ」

「ファーカーさんまでッ!ダメよッ!出て行かないわ!!大丈夫!もう少しであいつの唯流ユイルを解明して絶対に―――」

「もう誰も巻き込みたくないんですッ!!」

「ッ!…………」


シスリーは張り上げられた声の悲痛さに閉口するほかない。

この十年間の村の歴史を共に歩んだ彼女には、メリルがこの明らかな虚勢を張るのにどれだけ苦しんだかが痛いほど分かってしまうからだ。


「大したおもてなしも出来ずにすみませんでした。レッドさん。隣国と繋がる道が南の方にありますから、後で案内しますね」

「………………」

「……レッドさん?」


だが、レッドは別だった。

彼女は静かに窓の外—――森がある方角に顔を向け、ここにいない少年の話を始めた。


「森の中は……あいつの通るとこだけ枝も草も極端に少なくなってた。一人で獣道けものみちを作っちまうほど通い詰めてるってことだろ?森はあぶねぇ場所だ、早く帰らねえとみんな心配するって何回も自分で言ってたくせに」

「ッ!……そう……ですか……」

「俺が喋ったって聞いたらあいつは怒るだろうけどな。でっけー魔物に出くわしたときも、自分じゃ勝てねえって知りながらあいつは命懸けで俺を守ろうとしてくれた。その時からレガリオのことは友達ダチだと思ってんだ。勝手にな」

「—――…………」


メリルは歯を食いしばり、両手で顔を覆っていた。


「俺はあいつが背負ってるもんを知りてえ。そんで今度は俺があいつを助ける番だ。関係え顔して村を出るなんて、んな薄情なこと出来るかよ」


ぽんっと頭上に置かれた手のひらから伝わる温かさ。

氷漬けの心を溶かされたメリルは、堪えた分もまとめて堰を切ったように大粒の涙を流す。


「なっ!」

「うぅッ……うッ……ひぐッ……レ……レッド……さんッ……!」

「嬢ちゃん……あんたは一体……」

「ファーカーさん。こいつは前から……こんな奴なのよ」


そうしてメリル達の口から語られたのは、トポロ村の悲劇。

今なおバダロン王国すべてを蝕む、呪いの話だった。

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