第5話:世界の仕組み

「ところでレッドさん。今夜は帰る場所がありませんよね?」



夕食を済ませると俺の寝床ねどこの話になった。

正直どこでも寝れるから無くても大丈夫と言えばそれまでだ。極端な話は。



「それなんだけど……メリルさん。僕と同じように食べ物の調達とか、村の手伝いでここに住まわせてあげられないかな。レッドはこの世界のこと何も知らないぐらい常識が無いし僕が教えてあげないと……」


「そうなんだよ。記憶が戻るまでの間だけでもいいんだ。お願いしま――――――」


「もちろんいいですよ!私も同じことを言おうとしてましたから!」


「す……。—―――――え、いいのか!?」


「むしろ記憶も無くして何も分からない人から代金なんて頂けませんから、そんな条件出さなくても今回は無料でも――――――」


「いやーそれはダメだ!手伝いだけはやらせてくれ!」


「ええ……?そ、そうですか……?そこまでおっしゃるのでしたら……お願いしちゃいますね?」



流石に騙してる上でそこまで甘えるわけにはいかない!



「部屋はそうですね……レガリオの隣がいいでしょうか」


「待ってくださいっすメリルさん!」


「はっ?はい、シスリーさんどうしました?」


「レッドさんはこの僕と、相部屋でどうっすか!」


「はあ!?お前何言ってんだ!?」


「メリルさんの負担を減らすためにも使う部屋は少ない方がいいっす。それにこの世界のことを教えるんであれば魔法学者である僕が適任だと思うっす」


「ぐっ……がッ!てめーこんな時だけ口が回りやがって……ッ」


「なるほど……確かにレッドさんの今後を考えればそれがいいかもしれません。どうですか?レッドさん。それで大丈夫でしょうか……」


「…………」



こ、断りづれえ…………!




………………

…………

……





「ほらほら、こっちっすよ!」


「…………」



シスリーに腕を引かれて部屋に連れ込まれた。内装はいたって普通の机と椅子、ベッド、姿見……これと言って珍しい物は置いてない。強いて言うなら備え付けの本棚が難しそうな本でぎっしり埋まっていて、机の上に細かい文字と図形が書き込まれたレポート用紙が何枚も散らばっていること。



「適当に座っちゃってくださいっす!」


「…………じゃあ……」



俺は窓辺にあったベッドに腰かけた。

すると当然のようにシスリーが隣に座って身を寄せてくる。

こいつはこの世界じゃ平均身長らしいが俺とは二十センチくらい差があるせいで顔が胸元に当たってくすぐったい。



「なんで隣に座るんだよ!抱きつくなバカ!椅子もあるじゃねーか!そっちに座れ!」


「なに言ってるっすか!僕だって心細かったっすよ!……あーよかったっすー。ハンドレッドさんが来てくれて……」


「おい!ハンドレッドじゃねぇ。レッドだ!俺はもうこの名前気に入ってんだから間違えんなよ!」


「ああ……そうだったっすね。いい名前じゃないっすか。レ・ッ・ド・さん」


「だああああッ!!気色悪きしょくわりぃッ!お前のそういう変態みてーな性格が前から嫌だったんだ!!いつもいつも俺にまとわりつきやがって!離れろコラッ!!!」



俺にとってこいつはストーカー以外の何者でもない。

ルーツで一人浮いていた俺のそばにやたらと現れて、体を触ってきたり匂いを嗅いできたり。何回注意してもそうだった。……困った奴ではある。

でもそれと同時にこいつは、魔力に対する俺の訴えを否定せずに聞いてくれた数少ない存在でもあった。



「—―――――つまり、今お前は旅の学者って肩書きでこの宿に住んでんのか。いつからこの世界にいるんだ?」


「ついさっきっすよー?……十六年前っすね。気がついたらすぐそこのロヴィ平原に裸で倒れてたっす」


「俺と似たようなもんか」


「数年間バダロンでフラフラして以来この宿に住んでるっす。困ったことって言ったらこの見た目っすねー。すれ違う人に頻繁に絡まれるし何年たってもほとんど変わらないんすよ。村のおばちゃんに激しく聞かれたっす。若返りの魔法なんてあるのかいって。そういう種族なんだってことにしてるっすけど」


「そりゃめんどくせえな。……ところでよー、ユークリアを滅茶苦茶にしてくれた奴は誰か分かるか?」


「さっぱりっすー……僕はあのとき何人かと一緒にいたんすけど急に……—―――――あッ!」



シスリーがいきなり何かを思い出したように大きな声を出して人差し指をピンッと立てた。



「そうっす!僕と一緒にいたルーツの人達っすけど……—―――――消滅したっす!」


「—―――――……は?」



思わず自分の耳を疑った。

ルーツが消滅なんてどう考えても有り得ない。誰か一人でも欠けたらユークリアが崩壊してこの世界も存在できないはずだからだ。



「こっちに来てからひとりで調べ回って研究した結果、ルーツのおそらく半数以上は存在ごと消滅したっすね。うん。間違いないっす」


「ちょちょちょっと待て!消滅ってなんだ!?俺だって一回消えかけたけどこの体でこうしてここにいるんだぜ?みんなも同じじゃねーのか!?」


「いいえ、彼らはもうどこにもいないっす。ぜんぶ魔力が原因っす」


「魔力が……?なんでそこで魔力が出てくる」



理解できずに聞くとシスリーはジェスチャーを交えて解説し始めた。



「僕たちルーツは一人一人がユークリアの均衡を維持するのに必要不可欠な存在っす。でも魔力っていう新しい概念が誕生したことで、世界に不必要になったルーツが出てきたっす!まあつまり『それ、魔力でよくね?』ってことっすね。消えた全員、魔力に『上書き』されちゃったっすよ」


「じゃあ、今は上書きされなかったルーツしか残ってねーって事か?」


「うーん……それが一概にそうとは言えないんすよ」



シスリーは指を自分のほっぺに押し当てる。いちいちリアクションの大きい奴だ。



「気づいてるかもっすけど。今僕は魔力を持ってて魔法が使えるっす。この十六年でだいぶ腕を上げたんすよー?もうこの世界で『禁忌』って言われてる誰も知らないような魔法まで習得しちゃったっす!」


「なんで自慢げなんだよ」


「要するに……上書きで存在が消されるまではされなかったっすけど、残ってるルーツもみんな『浸食』はされちゃったってことっす。いやーまさか魔力がここまで影響力があるとは思わなかったっす……あっはっはっは!」


「笑ってんじゃねえよ!結局この世界のことなんにも分からねえじゃねーか!」


「もーそんなに焦らないで欲しいっすー。僕だって知らない場所で心細い中、頑張って色々調べたんすよー?」



そういいながらシスリーは棚から分厚い本を一冊とって、ぺらぺらページを探しだす。



「いいっすか?この世界には数多くの国があって、それぞれに国王がいるっす。王様たちは全員が対等な立場で、毎年一回集まって話し合いの場を設けるっすよ。そうやってより良い世界を作ろうとしてるっすねー」


「おお、結構な事じゃねーか」


「実際は対等かどうかも怪しいっすし、話し合いという名の腹の探り合いでしょうっすけどね……。でも、その議会が世界のトップ集団って訳じゃないっすよ」


「……?国王の集まりより偉い奴らがいるのか?」


「はいっす。『零峰園れいほうえん』という機関が実質この世界の最高権力っす」


「れい……ほうえん?」


「零峰園は人類史が始まった当初から存在して、人の進化を導いてきたらしいっす。これはどうやら一般常識っぽくて……みんな零峰園をとーっても高貴な集団として崇拝してるっす。さらに彼らが作った『峰騎士ほうきし』と呼ばれる組織が各地に支部を作って治安維持をしてるっす。でもそこは別に神聖なものでは無くて入団試験を通れば誰でも所属できる普通の軍隊っす」


「ほーん……そんな奴らがいるのか」


「しかーしッ!……僕が調べていくうちにおかしなことに気づいたっす!」


「うわッ!?」



いきなりバフッと本を閉じたことにびっくりした俺の悲鳴をスルーして、シスリーは机の上のレポート用紙を持ちだした。



「王都の図書館に侵入したり聞き込みもやったっすけど、誰ひとり零峰園がある場所も、トップの顔も知らないっすよ!資料の一つも無いっす!零峰園の使いと名乗る末端まったんの人は時々姿を見せるんすけど、王様たちは彼ら下っ端にすら頭が上がらないっす!一国の王がそこまでする相手っすか!」


「おう……ちょっと落ち着けよ……」


「峰騎士は民衆との距離も近いオープンな組織っす!でもその上司である零峰園は信用するには闇が多すぎるっす!だから各国の王は自分でも兵士を持って自衛することがほとんどっす!なんかいびつなシステムだと思わないっすか!?」


「落ち着けっつってんだろ変態野郎ッ!!」


バゴッ!!!


「あいたぁーーーーーっスッ!?」



熱くなりすぎて鼻の先が触れるまで顔を近づけて来たので、俺はシスリーの脳天に垂直に拳骨をお見舞いした。



「痛いっすう……ひどいっすよお……」


「おめーが興奮し過ぎなのが悪い。……それで?分かったのは零峰園がなんか怪しいってとこまでか?」


「いいや!もうちょっとあるっすよ!」



シスリーは涙目で頭を押さえながら違う紙に目を落とす。



「さっき出た峰騎士っすけど……名目上は治安維持のためって言ってるっすけど、具体的には治安を脅かすに対抗するために作られたんすよ」


「とある存在……?」


「はいっす……。『崩賊ほうぞく』って言うんすけど。魔法や武器を利用して零峰園の意向に反逆し暴虐の限りを尽くす犯罪者たち――――――というように世間では認識されてるっす」


「世間では?ほんとは違うのか?」


「……ある意味、ここからが本題っす」



そういうシスリーの顔つきはいつになく真面目だった。少し驚いた俺は自然と姿勢を正して聞いていた。



「もちろん認識そのままの崩賊もいるんすけど……彼らの目的は零峰園を探し出す事っす。厳密には零峰園のどこかに眠っていると言われる、ある魔法がしるされた一冊の本を狙ってるっす。使えば全てを思いのままにできるというその魔法の名前は……」



それまで資料を見ていたシスリーが、真っ直ぐ俺に目を向けた。



「—―――――根源魔法、【プラス・ワン】」


「なッ!?……に……?」



冗談だと思った。真剣なふりをして俺をからかってるのかと。

でも俺を見るシスリーの目が、ふざけてなんか無いとはっきり言っていた。



「はぁ!?プラス・ワン!?……ってお前……それはあいつらが狂ったみてーに固執してた……ッ!!」


「はいっす。僕たちルーツの悲願とされていた、架空領域の名称と同じっす。……これが偶然に思えるっすか?」


「じゃあ……もしかして……零峰園を創ったやつらってのは……」


「……ルーツの生き残りの誰かだと僕は思うっす」


「そいつらが……零峰園のボスが……ユークリアをぶち壊した張本人か!」



俺は拳と掌をバシッと合わせた。

自分のやるべきことが分かってなんだか興奮してしまった。



「難しいことは分かんねーけど要は――――――」


『崩賊がプラス・ワンって魔法を狙って零峰園を探し回ってる』

『それを良く思わねぇ零峰園が峰騎士を作って対抗してる』

『崩賊は悪い奴!峰騎士は良い奴!零峰園は神様!ってのがみんなの常識!』


「—―――――ってことだな!」


「完璧っす!脳筋のくせにやるじゃないっすかレッドさん!」


「それ褒めてんのか?」


「当たり前っす!さすがルーツいちのお茶目番長!」


「よっしゃ!そうと決まりゃあチャチャっと零峰園の頭を締め上げて全部吐かせてやるとするか!」



そうと決まれば!さっさと零峰園に行こう!

俺は勢いよく立ち上がって部屋のドアに向かって一歩目を踏み出した――――――



「……あれ?どうやって零峰園を探せばいいんだ……?」


「あ、気づいたっすか?問題はそこっすよねー。何せ誰も知らないし情報も残されてないっすから」



そりゃそうか。分かってたらこいつがこんなとこで立ち止まってるわけがない。



「んぐぅッ──────……くぁ~……ダメだ……いろいろ考えすぎて眠くなってきた……。今日はもう寝よ……。おやすみー」


「そうした方がいいかもっすね。色々とお疲れっぽいっすし」



俺は大の字で背中からベッドに倒れた。こいつの布団だし遠慮はいらねーだろ。


…………しかし妙にリラックスできるベッドだ。

これならすぐに……寝ら……れ――――――




………………

…………

……




「もう寝ちゃった。相変わらず単純というかなんというか……」



ルーツの時からそうでした。裏表がなくて、誰に対しても、自分の気持ちにも正直で……存在感があって。うらやましい。



「スー……。スー……—―――――」



今なら大丈夫。何を言っても聞こえないし、覚えてないですよね。



「……レッドさん。どうか寝たままで……お願いしますね」



横になっているレッドさんの体に触れるか触れないか。そんな位置に手を置いて、僕は胸の内を吐き出した。

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