第4話:深緋と紺碧の邂逅

「レガリオッ!」


「うわ!ちょ、ちょっと、苦しいってば……」



メリルに強く抱きしめられたレガリオは胸の中で力なくもがくが、彼女は不安を精算するようにさらに力を込め続ける。



「良かった……無事でいてくれて。本当に……」


「…………ごめんなさい、メリルさん」


「遅かったじゃないかレガリオ!何があったんだ」


「ファーカーさん……。ちょっとその、『痺れ蜂ビリビビー』に刺されちゃって……」


「ほんとに心配したんだから!帰ってこなかったらどうしようって……ッ!」


「僕も早く帰ろうとしたんだけど……今日はいろいろあってさ。この子……レッドが森で倒れてるのを見つけて、それで……」


「それじゃあ……二人で森を抜ける途中でレガリオが刺されて、この嬢ちゃんがここまで運んでくれたってことか……?」


「あーっと……ま、まぁそんなとこだな!」



レッドは頬を掻きながら口ごもってしまった。

村に向かう途中でレガリオと話し合った、みんなの前で説明する際のとある決めごとが頭から抜け落ちてしまったためだ。

しかしそれを気にする素振りも無く、メリルや村の人々はレッドを受け入れているようだった。



「分かりました。詳しい話はおうちに帰ってからにしましょう。私の家は宿になってるんです。レガリオもそこに住んでますから、ついてきてください」


「お、おう。サンキューな!」



まだ少し歩きにくそうなレガリオを再び背負って、レッドはメリルについて行きながら村を見渡した。

今しがた通った門から正面に太い道が伸びてそこから左右に枝分かれするように路地が広がり、民家が立ち並んでいる。

その玄関先からはレガリオを心配していた村人たちが物珍しそうにレッドを見ていた。

母親と手をつなぐ幼い子供とレッドの目が合い、彼女が笑って歯を見せると、その子は反対の手を振って笑顔を返してくれたのだった。



「ハハッ。やっぱお前の故郷なだけあるな」


「?……なんだよレッド。ニヤニヤして」


「さぁ着きましたよ!ようこそ『まり』へ!」



そうこうしているうちに三人は目的地に到着した。

メリルの家は中央の通りに面していて、宿屋になっていることもあって他の家と比べても一回り大きい。

先導する彼女が扉を開けると、カランカランとドアベルの音に迎えられた。



「お邪魔しまーす!」



レッドの声がよく通る一階は大衆酒場のような作りになっていて、いつつの丸テーブルにそれぞれ五~六ごろく席の椅子と、奥に小高いカウンター。客は一人も入っていなかった。

宿泊用の部屋は二階にあるようだが泊まりの客が来ることは滅多になく、今は村の人間が夕食を食べに来るのが大半らしい。

メニュー表に家庭料理のような名前が多いことから、ここは宿屋兼、大衆食堂ということなのだろう。

レッドたちは近場のテーブルに腰を下ろして、軽い自己紹介を始めた。



「改めて紹介するね……レッド、この人はメリルさん。僕がずっとお世話になってる人だよ」


「メリル・フーピンです。母から受け継いでこの宿の店主をしています。レガリオとは小さい頃からずっと一緒で……姉、みたいな……ものです」



メリルは上品に頭を下げる。

優しい微笑みも相まって、全体から母性が滲み出ているような女性だった。



「メリルさん、この子はレッド。森で倒れてて――――――」


「いやーさっき言いそびれたけど俺が記憶無くして森で倒れてたんだ!そんでレガリオに助けてもらったと思ったらデッケー魔物に襲われてちまってな」


「魔物!?レガリオあなた……魔物に襲われたのッ!?さっきは痺れ蜂ビリビビーに刺されただけって……」


「ちょッ!レッド!?僕が話すから静かにしてて!」


「あれ?これ言うんじゃなかったっけ……?」



村に着く前……レッドが見当違いの方向に進んでいたことが判明した後のこと。

レガリオは村のみんなに彼女のことをどう説明しようか非常に悩んでいた。

というのも、当の本人であるレッドの説明がいまいち要領を得ないからだ。



………………

…………

……



『だからなんつーか……何もかも創られる前にもう居たっつーか、いや前でも後でもあるんだけどな?時間とか関係なくてよ』


『んー?じゃあレッドは神様だっていうの?嘘つけ』


『神様とも違うんだって!とにかくそういうのも含めて全部がユークリアって場所そのもので……それを創ったのが俺たちルーツで、ルーツには誕生とか無くて――――――』


『よくわかんないから記憶くして倒れてたってことでいい?とりあえず僕が住まわせてもらってる宿屋のメリルさんに、レッドが落ち着くまで置いてもらえないか頼んでみるから』


『お前……ほんといいやつだなー!理解力ねーけど!』


『レッドの説明が下手くそなんだろ!?』



そんなこんなで、皆に余計な混乱を与えないようレッドは人前では記憶喪失のていをとることになった。



『お世話になってる人たちを騙すみたいで気が引けるけど……悪意はないから。神様を村に置いてくれなんていうよりよっぽどいいよ。…………うん、いいはず』



レガリオはそう自分に言い聞かせていた。



………………

…………

……



「記憶が……そうなんですか、それは……お気の毒です」


「いやー気にしてないから大丈夫だ!うははは!」


「頼むからもうちょっとそれっぽい演技してよ……」



かなり雑な噓ではあるがメリルは思いのほか親身になってくれていた。

込み上げてきた罪悪感に顔を曇らせるレガリオに気付くことも無く、彼女は推察する。



「こんなに綺麗で……堂々とした方ですもの。きっとどこか大きな国の王族にゆかりがあったんだと思います。行幸ぎょうこうの魔動車からはぐれたとかで……」


「王族……?俺が……?」


「そ、そそ、そうかもしれないねっ!……とにかく、記憶をなくしたせいでこの通り常識とか分かってないみたいなんだ。レッドが何か変なこと言ってても気にしないであげて」


「言い方に棘がねーか?」


「ふふっ。大丈夫ですよレッドさん。分からないことがあれば何でも聞いてくださいね。それにこの村には、難しい魔法の事も詳しく知ってる人がいるんです!」


「おお!そんな都合のいい奴がいんのか!」



ちょうど魔力のことを詳しく知りたいと思っていたレッドにしてみれば願ったり叶ったりだ。

その人物はどこに行けば会えるのかと、身を乗り出して尋ねようとしたその時だった。



トン、トン、トン、トン…………



「ふぁ〜……。メリル~晩御飯おねが~い……。あぁ〜眠い……」



小気味良い足音を鳴らして二階から降りてくる者がいた。



「あ、シスリーさん!丁度良かったです。今あなたの話をしていたところで……よかったら皆さんで一緒に晩御飯にしましょう!」



メリルはパタパタと夕飯の準備をしに台所へと消えていく。

明るく弾んだ声のメリルとは真逆に、レガリオは苦虫を噛み潰したような表情だ。



「うげ……あの人苦手なんだよ……。なるべく顔を合わせないようにしてたのに」


「あん……?シスリーって言ったか?……偶然か?」



かくいうレッドもその名前には聞き覚えがあった。

しかめ面のレガリオの視線を追って、後ろにある階段を振り返る。



「あれ?今日はレガリオ君もまだ食べてないの?珍しいわねー」



長めのブーツに紺のジーパン、淡いピンクのセーターの上から白衣を羽織り、レッドに並ぶ背丈とその腰まで垂れる黒髪のポニーテール。

目鼻立ちがハッキリした同年代ぐらいの少女だ。


そして何より目を惹くのは、切れ長のまぶたから覗く深い海を連想させる瑠璃るり色の瞳。

色こそ違うが、彼女のそれもまたレッドの瞳に負けず劣らずの神秘的な魅力があった。



「おっと、お客さんもいるのね。……その服はどうしたんですか?随分と露出が多いようですけど。レガリオ君はいつもより汚れてるし……」


「……森でいろいろあったんですよ。シスリーさんは気にしないでください」


「なに~?よそよそしいわねー。まぁレガリオ君が気にするなって言ってもあたしが勝手に気にしちゃうんだけどー……—―――――【解析アナライズ】」



シスリーが何かを唱えるとレッドは体の中を誰かに覗かれている感覚に襲われた。

反応を見るにレガリオも同じようだ。

彼女の手元には半透明のパネルのようなものが浮かび上がり何やらスイスイと指先で操作している。

その様子を見たレガリオは一瞬嫌そうにしていたが、諦めたように無抵抗なあたりこの感覚にも害は無いのだろう。



「どれどれ……。レガリオ君は特にケガもしてないみたいねー。気になるのは体内に麻痺の魔粒子の痕跡があることだけど……今は若干痺れが残っている程度。にしてもこれは相当強力な魔法だったはずよ。いったいどんな魔物と交戦したのか……どうやって生き残ったのか……興味深いわー」


「もう……だから苦手なんだこの人は……」



不快感を隠そうともしない溜め息を吐くレガリオに構うことなく、シスリーはふんふんと頷きながら分析を続ける。

メリルにこれ以上心配をかけたくないレガリオからすれば、隠しておきたい事情までぺらぺら喋る彼女が苦手なのは当然だ。


そんな光景を見れば見るほどレッドの頭に浮かぶ存在と目の前の人物がぴったりと重なっていく。



「このうっとおしい感じ……まさかな」


「さてと。こっちの露出の激しいお客さんは……—―――――」



そう言ってレッドに視線を移した直後。

それまでポーカーフェイス気味だったシスリーの表情が、目をパチクリさせて呆気にとられたものに変わった。



「—―――――え?……えぇ?」



何やら目をゴシゴシ擦ったり、指先をせわしなくスライドさせたり。

彼女は自分の手元とレッドの顔を何度も見比べてから、誰にでもなく呟いた。



「これは……え、いや、そんなはず無いわよね……」


「どうしたんですか?シスリーさん。レッドさんに何か……?」



四人分の飲み物を持って戻ってきたメリルが状況も読めないまま声をかけるが、シスリーの耳には入っていないようだ。

彼女は少し考える素振りをした後、探るような目つきでレッドを見つめる。



「あー、ごめんなさい……。レッドさん……って言いました?ここに来る前はどちらに?」


「……わりいが記憶がえ。俺も知りたいことだらけで困ってるとこだ」



ボロが出てしまうと思ったレッドは、テーブルに向き直って頬杖をつくことで追及を有耶無耶にしようとした。

が、シスリーは逃がさないとばかりにレッドの隣にスッと移動し、腰をかがめて耳打ちする。



「ねぇ、『ルーツ』って人たちに聞き覚えない……?さん?」


「ッ!……てめえやっぱりッ……こんなとこまで喧嘩売りに来たのか!?何が目的で――――――ンムッ!?」


「ここでそんな話しても面倒なことになるだけよ。後で私の部屋で話しましょ。……ね?」



レッドの唇は押し当てられた人差し指によってつぐまれ、不気味な笑顔に青筋を浮かべたシスリーは周りに聞こえないように囁いた。



「……?レッド?どうかした?」


「ッ……なんでもねーよ!」



様子のおかしい二人のやり取りに気付いたレガリオが尋ねるが、レッドは首を振って誤魔化す。



「…………はぁ……。なぁレガリオ。お前こいつが苦手だって言ってたな」


「あんまり本人の前で言うことじゃないけどね?」



げんなりした表情を浮かべてレッドは吐き捨てるように言った。



「……俺も苦手だ。このじゃじゃ馬は」


「……だよね」


「誰がじゃじゃ馬だって?もう一回言ってみなさいよ」


「はーいお待たせしましたー!今日は転倒猪スリップボーアの煮込みシチューと……ってあれ?皆さん、気分でも悪いんですか?」



たくさんの料理を乗せたトレーを両手に持ったメリルは、二人がうんざり、一人が危うい作り笑いをしている光景にキョトンと首をかしげていた。

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