物語り
ノスタルジックなんてどこにもないよ。
紙の裏にたくさん、
必死で書いていた言葉たちすらも、
真新しい言葉で埋め尽くされてしまうの。
それを人は、再生と呼ぶのかもしれないね。
私は極端に記憶力が悪いんだ。
君が今日この場所で話してくれたこともきっと来週くらいには忘れてる。違う誰かが語った言葉をまた、私は拾うんだろうね。忘れっぽいから、聞き屋なんてのをやっている。それが生き甲斐で、存在意義。それだけは忘れようがないさ。だって、この看板に書いてあるじゃないか。
好きに話していくといいよ。ここには君を責める人もいなければ、意見する人もいない。
ただ聞き役の私がいるだけさ。
え?私の話が聞きたい?別にいいけどさ、大した話はできないよ。だってほとんどのことをすぐに忘れてしまうんだもの。他の誰がが残した言葉だけをかき集めて私がいるんだ。私が話すことは全て受け売りなのさ。
記憶を忘れてしまうのが苦しくないのかって?そりゃ少しは寂しいけれど、大して気にしてないよ。忘却は人間に与えられた救いだから。他の人と大して変わらないさ。ひとよりちょっと多くのことを忘れてしまうだけで。
人間はさ、経験や感情を記憶する生き物だよね。記憶として心に、身体に残ることで思い出になる。だけど、記憶には容量があってさ、いくらでも覚えていられるわけじゃない。いや、もちろん全てを忘れないという特殊能力を持った人は別だよ。彼らは、全てを覚えている。私とは真逆の世界を生きているわけだね。
思い出はノスタルジーだ。過去が救いなんだ。って人もいたけれど、過去に苦しむ人もいたんだよね。
悲しい記憶は時に今の自分を麻痺させる。記憶が全てを飲み込んで今が見えなくなる。幸せを幸せだと感じられなくなる瞬間が生まれる。
そうなるくらいなら、全て忘れてしまえたほうがいいと思ったんだって。だから、私のことが羨ましいとその人は言った。
悲しく、辛い記憶は少しずつ上書きしていくしかないんだ。そうやって人は再生していくんだ。そうやって人生を積み重ねていけることが、私には羨ましい。そう、私は思うんだよね。この気持ちもきっと、忘れてしまうんだろうけど。
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