episode3 My Heroine

暖かい日差しを感じながら目をさます。


目を開けると春の心地よい日差しが部屋に差し込んでいる様子が見える。こんなにも気持ちの良い朝を迎えたのは何ヶ月ぶりだろうという気分になる。

ふとすると、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「今日は始業式でしょ。早く起きなさい〜!」


母の声を聞き、ゆったりとベッドから外に出て学校の支度をする。


「母さん、起こしてくれてありがとう!今から支度してそっちにいくよ。」

「朝食の準備しているから早くしてちょうだい。」

「わかった!」


そうやりとりしながら、制服を探す。昨日の夜に支度をしておいたため見つけるのに時間はかからなかった。学校用のバッグも用意し、忘れ物がないか確認してから母のところへ向かった。


「おはよう、母さん。あまりにも良い天気すぎて起きるのがつらかったよ。」

「何言ってんのよ、あんなにも新学期張り切っていたのに。朝食の準備してちょうだい。」

「へい〜」


いつもご飯を食べるテーブルに母と僕の箸を置く。父さんと姉貴の分は今日はいらないため、すぐに準備は終わった。


「いただきます。」

「召し上がれ〜。そうそう、それ。隣の関さんがお裾分けしてくれた梅干しなんだけど、美味しいから食べてみて。」

「美味しい。もし関さんにあったらお礼言っておくね」


朝食を食べ終わると、母が、


「そういえば、あんたなんでそんなにも張り切っていたの?」

「ちょっとね…まあ、母さんには関係ないよ」

「ふーん、何そんなに慌ててるの。もしかしてあの子と会えるから?」


母さんには秘密はできないらしい。でも、恥ずかしい思いが込み上げてきた。


「うるさい!もう学校行くね」

「はいはい、いってらっしゃい。今日こそは話しかけられるようにね」


クスクスと母が笑っているのをみながら、自分の部屋に戻った。


(母さんめ…だけどいう通りだからな。まあでも、今日こそは話しかけたいな…)


そう思いながら、髪の毛のセットなどの準備をして学校へ向かった。


「いってきます!!』


………


僕は、今井愛美という同級生に恋をしている。高校の入学式で一目惚れをしたのだ。

彼女を見た瞬間、心躍るような気持ちになり全身からなんとも表現しにくい思いが溢れるような気分となった。

彼女の凜としながら誰よりも可愛い姿とどんな人よりも優しい雰囲気が僕の恋心に火をつけた。

高校一年生では、同じクラスになれなかったが時に校内で見る彼女は光り輝いて見えていた。同級生の中でもかなり人気があり、学校一可愛い人というと彼女をあげる人がほとんどである。多くの人にモテるが、誰にも完全に心を許していないようで、巷では恋愛に関して、鉄壁であると聞いている。

そういうところも僕は好きなポイントでもある。

彼女と遊ぶ妄想やデートに行く妄想もたくさんしている。いつか話かけられたら…友達になれたら…などいつもいつも考えている。


………


そんなことを思いながら登校していると、偶然彼女の歩いているの姿が見えてきた。


(今日こそは、話しかけようかな…うーん、だめだ。また…でもずっとこのままだし…どうしよう、どうしよう)


そう迷っていたら、いつの間にか学校に着いていた。

学校に着いた途端、忘れていたあることを思い出した。今日はクラス替えの発表である。

昨日は今井さんと一緒のクラスに…と思いながらワクワクして寝れないぐらい楽しみにしていたのだ。

発表されている掲示板に向かい、クラス発表の紙を見えると今井さんがAクラスであることが一瞬で見つけられた。自分の名前をAクラスで探していたら、僕の名前が記載されていた。


「よっしゃーーーー!!!」


周りに変な目を向けられながらも、声が抑えきれずに喜んでしまった。

幸せな気持ちを感じながら、Aクラスに向かった。

クラスに入ると、席は出席番号順ではなく担任の先生が決めた席に座る方式であった。僕の席は、後ろの窓辺側の席であった。

席に向かうと、僕の心が震えたことに気がついた。

僕の席の隣が華々しく光り輝いていたのだ。

春の風に彼女の髪の毛が靡いて、春の香りに加えて彼女の使っているであろうシャンプーの香りも漂い、落ち着くようで心を大きく揺さぶるようなそんな感覚があった。

これを恋と言わなければ誰が恋というのか。そんな思いが頭を駆け巡る。

そう、最愛の女性である今井さんが僕の席の隣であったのだ。


緊張しながら、自分の席に座り先生を待っていた。準備をしながら冷静になろうとしていた瞬間、今井さんから


「おはよう。佐藤君だよね!隣の席の今井って言うんだけど私のこと知ってるかな?よろしくね。」

「っっ!お…おはよう!知ってる!知っているよ!今井さんだよね。佐藤と申します。よろしく御願い致します。」

「うん!そんな緊張しなくて大丈夫だよ。お互い同級生だからそんなに畏まらねくてもね。」


と、僕のことを見ながら微笑んでそう答えてくれた。やはり女神であると思っていたら、担任の先生が教室に入ってきた。


「お前たち、新学期だな。担任の佐々木という。これから1年間よろしくな。早速なんだが、お前たちのことを知りたいから今から配る簡単なアンケートに答えてくれ。」


そういうと、先生は前の列の人にプリントを配っていく。自分の机にもそのプロントが配られ、それを見るとごく一般的なアンケートが書かれていた。熱心な先生だなと思いながらペンと取り出すと、隣から声が聞こえてきた。


「佐藤君…ペン忘れちゃったみたい…ごめん。佐藤君のペンを一本でもいいから貸してくれない?」

「えっ!そんなに謝らなくても大丈夫だよ。忘れ物なんて誰でもあるものだし。これで大丈夫かな?」


と自分のペンケースから一番綺麗なペンを彼女に渡した。


「ありがとうね。絶対お返しするね!」

「そんなに気にしないでね。いつでもなんでも僕に借りても大丈夫だから!」

「ふふ、佐藤君優しいね。じゃあ、これからも隣の席として協力しあっていこうね!」


彼女はそう言って笑顔を作る。僕はそんな彼女を見るたびにドキッとする。可愛いと言いたい。綺麗だと言いたい。そう思いながら、アンケートに答えていった。もちろん、何も集中できなかった。


………

ホームルームも終わり、始業式に向かい始めた。

始業式では毎年行われているようないつも通りの流れをこなしていて、退屈ではあるが何かが始まるようなそんな気分を感じていた。

また、教室に戻ると帰りの会が始まった。担任の先生が明日から始まる授業についての説明をし、帰りの挨拶をすると下校となった。帰りの支度をしていると、今井さんから声をかけられた。


「佐藤君、今日は本当にありがとうね。めちゃくちゃ助かったよ。佐藤君が優しくて、びっくりした。改めて今日から同じクラスメイトとしてよろしくね。明日も元気に頑張っていこうね。」

「うん!こちらこそありがとうね。今井さんこそ僕より全然優しいよ。話しかけてくれてありがとうね。」


いつもいつも好きです。と言いたい気分を噛み締めながら今日は話しかけられただけでも上出来だと思った。


(今日から始まるんだ。今日から今井さんと仲良くなって、いつか必ずこの思いを伝えていくんだ。)


「じゃあ気をつけてね。じゃあね!」

「うん!ありがとう。佐藤君も気をつけて帰ってね。じゃあね!」


そう言って、お互いに下校した。


………

(今日は、本当に良い日だったな)


そう思いながら、気分が高揚したのかスーパーで母と一緒に食べるお菓子でもかって帰ろうかと思い、いつもと違うルートで帰っていった。

スーパーでは母の好物である羊羹を買った。嬉しい思いが出てしまいスキップしながら帰っていたら、ある最愛の女性を見かけた。

道路の先に今井さんがいたのだ。


今井さんの周りには三人の男の人が周りを囲んでいた。その男たちは、大きな声で彼女に迫っていた。


「ねえ、今時間ない?めちゃくちゃ可愛いじゃん。近所にできたカラオケでもどうかな」

「いいね!いいね!鈴木さんいい提案するね!どう?」

「断る理由はないよな」


男たちの声に今井さんは怯えていた。何も喋れずに立ち尽くしていた。


「あ…あの…」

「声が聞こえないな?いくってことでいいかな」

「そうじゃなくて……」

「何言ってんの?鈴木さんがそう言ってんなら断んなよ」


とどんどんとヒートアップしてきた。このままだとまずいと思い、彼女の元へ行こうとしたが、足が動かなかった。

僕は、ビビっていたのだ。あの男たちにボコボコに殴られることは目に見えているからだ。このままだと、このままだとと焦る気持ちと恐怖心が混在して、吐き出したい気分にもなった。

そんな気持ちで葛藤している中、今日の教室でのやりとりを思い出した。あんなにも優しく接してくれた今井さんが困っているなら、そんなの迷うのはおかしい。その思いが溢れ出し、恐怖に打ち勝ち、今井さんの元へ走り出す。


「お前ら!!!!!」

「お前らーーーーーー!!!!」


二人の声が重なったように感じた。僕はそんなこと無視しながら走っていたら、大きな音と共に空に飛んでいた。その大きな音には、ある一人以外は周囲は注目していない。

運転手の一人だけが、僕を見つめていた。彼と目を合わせた瞬間に僕は自分の状況を理解した。それでも、僕は彼女を必死に探した。彼女の前には、同じクラスの田村君が守るように立っていた。男たちを軽く薙ぎ倒して、彼女を抱きしめていた。今井さんは、田村君が助けてくれたらしい。僕は、今井さんが助かったことに安心した。


「これなら良かったのかな」


そう言っていると、耳元で音が鳴り響いた。世界が動きだすようなそんな音だった。


しかし、僕はその日死んだ。





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