episode2 ism

突然、自分の手足がなくなる感覚があった。その感覚は、痛みも何もない感覚で自分でも気付けたのが奇跡というほど無の感覚に近いものであった。その後、さらに下半身がなくなり上半身もなくなる寸前で僕は目を覚ました。


(夢か)


………


窓に日が差して何分経ったのだろうか。

朝ということは気づいているのだが、まったくもって起きれない。磔の魔法にかかっているのようなそんな感覚だ。

僕…いや、私は朝が非常に苦手である。どうせならずっと寝ていたい。毎朝、そういう気分になっている。

そんなことを思っていると、ドンドンと鈍い音が鳴っているのに気づいた。隣人であるオークのミハエルさんが私を起こすために戸を叩いているみたいだ。


「おーい、ニンゲンさん!そろそろ時間だぞ」


今日は、ミハエルさんと一緒にある会合に行く予定であった。私があまりにも起きるのが遅くて心配して来たのであろう。私が起きるまでずっとドンドン叩いている。


(さすがに起きないとな)

「すまない、ミハエルさん!ちゃんと起きた。今から化粧をしてそちらに向かうから少しの間待っていてくれ」

「早く準備してくれ、また遅れると会合のメンバーに嫌な顔される」


そう伝えると、私はすぐに支度を始めた。髪をまとめ、綺麗な服を着て果物で軽食を済ませ、ミハエルさんの元へ向かった。


「遅れてすまなかった。この通りだ。許してくれないか?」


私は、彼に向かって深々と頭を下げた。ミハエルさんは私を見た後、少しして、


「大丈夫だ。そんなに頭を下げないでくれ。私が悪いことをした気分になる。

 …それにしても今日のお前は綺麗だな。」


突然褒められて、かなり恥ずかしい思いでいっぱいになった。


「そんなこと言ってくれるなんて嬉しいな!この前の会合で、ミハエルさんとガブさんの二人に化粧をした方が良いってアドバイスをもらったおかげだよ。」

「お前には、それがあってると思ったんだ。素直にそうしてくれるとは思わなかったよ。」

「みんなが私にそう言ってくれたからだよ。疑いの余地なんてない」


そう話しながら私たちは会合をする場所に到着した。

実は、私と彼は人魔主義という立場でいる。人魔主義とは、人間と魔族の完璧なる平等を目指す集団のことを指す。この世界は過去に魔族が差別されていた時代があり、今もそれが残る文化がある。このような文化に対して、抗議していくような活動をしている。今日は、その活動の報告会である会合に私たちは出席するのだ。


……


「…ということになっております。そういうことで、活動報告を終わらせていただきます」

「なかなか良い活動をしたではないか。このまま、その活動をしていきなさい。では、次の方々の報告を頼む。」


私たちの活動報告の順番になった。


「はい!では、このニンゲンから報告させていただきます。私たちは、人魔主義に賛同してくれる協力者を集める活動をいたしました。ギャザリングという最新の魔法を使い、多くの賛同者を得ることができました。数としては五千人となります。来週から、彼らの教育を始める予定であり、彼らの能力に合わせて今後の活動に活用していく次第です。」


数ヶ月前にギャザリングという魔法が開発された。情報発信が誰でもできる魔法であり、決められた時間に決められた詠唱を唱えた後にギャザリングというと使用できるものである。有名人同士の話の内容を第三者として聞くことができる。この魔法によって、いろいろな情報発信ができるようになったのだ。私はこれを使い賛同者を集めている。


「そんなにも集まったのか!ギャザリングの使い心地は良いものかね?」

「そうですね、こんなにも情報発信ができる魔法があると一言一言が慎重になり、少しでも間違えると多くの人に殺されかける点が怖いところです。」

「そうか…慎重に使用してくれ。随時、どのような情報発信をしたかは報告書に記載の上、本部に提出を願う」

「わかりました。そのようにさせていただきます。ついで、報告があります。ギャザリングの中で他鏡主義という方々の情報発信を見ました。なかなか関心するところがあり、ぜひ皆様に共有したいと思いここで報告させていただきます。」

「本当に良いものなのか。セバス、後でニンゲンの報告書を読んで判断してみてくれ。」

「ありがとうございます。これで、報告を終わりにしたいと思います。失礼いたします。」


私たちは、頭を下げてその場を退出した。


……


帰路で、ミハエルさんが心配そうに尋ねてきた。


「他鏡主義って、本当に参考になるのか?かなり問題を抱えた集団であると聞いたが…」


そう言われた私は自分を否定されたような気がした。


「そんなことはないよ。きちんと頭を使って情報発信を見たのか?彼らの考えには、利他主義に近い考えがあるのだ。とても素敵じゃないか」


そういうとミハエルさんはもっと心配したような表情をした。


「彼らには確かに利他主義に近いものがあるが、根底には他人を利用して自分を上げるような考えだと思ったがそうではないのか…いや、あれこれ言うのはやめておくよ」


そう言って、彼は諦めた表情をした。私はそんな彼を無視して他鏡主義について語った。


「彼らの考えには、沢山面白いものがあったんだよ。それを明日から実践してみようと思う。」


そう伝えて、お互いの家に戻った。そして、家に置いてあった果物を食べて眠りについた。




……




前回の会合の日から数ヶ月がたった。また、定例となっている会合の日となった。


俺は、日が差す前に起床をし、会合の準備をした。いつものように果物で軽食を済ませ、ミハエルを起こしにいく。


「ミハエル!今日は会合だ!!早く起きなさい!!!」


ミハエルは、支度をするから待ってくれと言ったので、俺は無視して会合に向かった。

会合の途中に、転んで怪我した子供を見かけた。俺はその子供に対して、


「きちんと前を見て歩きなさい。転んだ理由を深く考えなさい。あなたは、朝何をたべて、何をして過ごしたのか?」


子供は、大泣きをしてどこかさっていった。


(なぜ気付かないのか)


目的の場所に着いたが、予定通り会合まで二時間前だったので先週から始めたドラゴンのモノマネをやっていた。

モノマネをやって一時間が経ってからか、ある人から声をかけられた。


「ーーさんですね。やっと見つけました。あなたの母から捜索願いが出ていました。少し待っていてください。」


私は奇怪なことを言われたので、立ち尽くしていた。三十分ぐらい経った後に、40代ぐらいの女性が私の目の前に現れた。


「あんた、どこ行ってたの!!」


そう言って、彼女は俺に抱きついてきた。彼女は目に涙を浮かべていた。


「あなたは誰だ。僕はあなたのことなんて何も知らない」


その場にいた二人は、不思議な顔をしていた。心配な表情を浮かべて、話をかけてきた。


「ーー、数ヶ月どこ行ってたの…本当に覚えてないの…?」


そう言われて、僕は母を見た。懐かしいような感情に駆られた。同時に、脳に大きな圧力がかかった。それがすぐに痛みになってきた。このままだと死んでしまうと思うほどに。


「俺は、お母さんのことなんて知らない。知りたくなんてない。知らない、知らない、知らない…」


私はこうしているうちになぜだかあの夢のような感覚に陥った。今は手足だけでなく、全身がなくなっていく感覚がある。いや、本当に心までも完全に全部なくなっている。本当にその場にいるのかわからなくなってきた。手を伸ばしてくれる存在が目の前にあるのに掴めない。


最後に、これだけは…

「ーーーーーーーー。ギャザリング」


そう言った瞬間、俺はこの世から完全に消えていたことに気が付いた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る