至上命令

 社長は滅多に捕まらない。しかも、人のはなしを聞かない。

でも、今回だけは伝えるべきことを伝えるまで絶対に粘る!


「おは……」

「……酒池肉林っぷりはどうだ、鉄」


 先が思いやられる。

個人アーカイブに保存されたさくらがらみのファイルのことを思い出す。

見方によっては順調だ。問題は誰にも見せられないことだけ。


「アップできませ……」

「……せんでもいいんだ。鉄にとっても最初の企画だ。

 鉄自身が楽しむことが第一だぞ。忘れんな」


 いつになく優しい社長。ウラがあるのかないのか。

今回は温かい言葉として受け取ろう。相談するなら今だ!


「はいっ。ところで……」

「……よしっ、いいだろう」


 まだ何も言ってませんけど! ツッコミを入れる間もなく、社長が続ける。


「動画の内容・アップするタイミングやチャンネル、誘導企画。

 全部、鉄の好きにしていいぞ」


 あれっ、相談しようと思ってたことが、社長には分かってるんだろうか。

はなしが早くて助かる。


「ありが……」

「……勘違いすんな。全部、任せるからには、絶対に黒字化しろよ!」


 そこを念押しされると辛い。1人あたり70万はかかることになる。

内訳は、今日の買い物が20万弱、明日以降の旅費が50万強。

この企画、黒字化なんてできるんだろうか。不安でしかたない。

失敗したらどうしよう。緊張する。喉が渇く。顔が強張る。


「善処し……」

「……まっ、楽しめ。固くすんのは股間だけにしとけ!」


 なんて言い草! でも、これって社長なりのエールだと思う。


「はいっ! ところで……」

「……あーん。まだ何かあんのか? こっちは忙しいんだぞ」


 それはお互い様、なんて言えない。


「いいメンバーを預けていただき、ありがとうございます」

「っ、このバカ鉄! そういうのは年内に武道館公演決めてから言え!」


 また、大きいことを! 山手プロは対バン上等の弱小事務所。

そう簡単にはなしが進むはずもない。でも、社長に言われると、

なぜだかやらなきゃって気持ちになるから不思議だ。


「はいっ! その際は、しくよろです!」

「返事が遅いなぁ。だが、善処しよう。鉄、全力で頑張れよ!」


 他にもたくさんのはなしができた。社長がはなしを聞いてくれたからだ。

おかげで、僕なりに企画の骨格が見えてきた気がする。




 1日目のスケジュール表が完成した。同時にみんなの食レポも終了した。

出来栄えについては田中さんのお墨付きをいただいた。

でも、これくらいはやるだろうと予想はしていた。


 だって、食レポで難しいのは美味しくないものを美味しく見せるときだけ。

うさちゃん堂のどら焼きは、みんな大好きな食べ物。失敗するはずがない。




 次の準備に取り掛かる。まずは行程の共有。


「はいっ。みんなその企画書に目を通して。いくつか略称の説明するから。

 まず、OPっていうのは……」


 さくらが手を挙げる。まだ指していないのに……。


「……おっぱーい! 鉄矢Pの大好物ですよねーっ!」

「なんでさくらが知ってんのよ、このバカ鉄ーっ!」


 出発まで6時間を切っている。はなしが進まないのはマジで困る。

のぞみにさくらとみずほのフォローをお願いする。


「……オープニングのことだから。元気よく旅立つことを視聴者に伝えること。

 ECはアイキャッチの略で、尺の調節に使う。それから、ところどころに……」


 その後はのぞみのおかげか、無駄にはなしを折られることなく、

行程の共有を無事終了。こっからは質問タイム。




「荷物は1人2個、合計6キロまでって、少なくない?

 ドライヤー・パジャマ・シャンプー・リンス・トリートメント……」


 文句を言うみずほ。全部不要だ。ちゃんと説明して理解を促す。


「基本、自分の荷物は自分で持ってもらうから。軽い方がいいと思う。

 パジャマとか宿泊施設にあるものを詰めなければ、何とかなるよ。

 それから、コインランドリーもあるから。こまめに洗濯!」

「なるほど! それで下着3点だったのですね」


 のぞみは飲み込みが早い。おかげでみずほの理解も進む。




 今度はひかり。


「げー、集合時間が朝4時00分。しかも秋葉原って、遠い……」

「始発で間に合わないなら、ホテルに前泊。もちろん、こっちもち!

 兎に角、時間厳守。遅刻は1度だって許されないからね」


 出費はイタいけど、みんなに経済的負担はかけたくない。


「なら安心! ウチは生涯、無遅刻無欠席だから、宿さえあれば!」

「ひかり。それ、フラグっぽいですよ。私のうちに泊まりなさい」

「あのぉっ、だったら私も……」


 こうして、のぞみとひかりはこだまの家に前泊となった。




 そしてお次は……。


「はぁーい」

「さくら!」


 当てられるまで待ってるなんて、成長した。


「充電タイムはぁ?」


 いい質問だと思った。優しく答える。


「いい質問だね。グリーン車にしたのは、電源がある場合が多いから。

 僕の荷物として延長コードを持っていくからこまめに充電すること!」


 文句のつけようのない、いい説明ができた!


「あんっ? それ、本気で言ってるの? このバカ鉄!」


 なぜか怒られた。

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