判決!

 罪状は、

いきなりTシャツを脱ぎ、試着室に押し入り、乱暴・狼藉をはたらいた疑い。




 動画はみずほの下着姿からはじまる。

それより前は裁判官の判断で割愛された。僕の個人アーカイブの奥底に眠る。


「あーこれ、被告はドリンクがかかってびしょ濡れですね」

「Tシャツ脱いではいますが、いきなりというのはちょっと違います」

「酌量の余地あり。いいえ、むしろ被告は白。原告の過失責任も認められます」


 よかった。僕が苦しい状況にあることを認めてもらえたんだ。


「そうね。悪いのは、むしろ私。折角、褒めてくれたのにあんなことして……。

 ごめんなさい。

 でも、被告の悪いのはここからよっ!」




 動画の続きを見る。さくらが顔を出した場面。


「これはっ! さくらは今にも眠りそう。直ぐに助けないと、危険!」

「被告は的確に判断し、勇気ある行動をしたと認められるわ」

「試着室に入るも、押し入ったというのは言い過ぎです。白です!」


 あの状況、僕も必死だった。それが認められて何よりだ。


「たしかに。私、言い過ぎてたわ。バカ鉄、よく頑張ってるわよ……」




 続きの動画がある。カーテン、むしろ全開だ。

脚に絡まったとき、開いちゃったんだ。


「両者、動きません。乱暴・狼藉は認められません」

「さくらは眠り姫に戻ってるようです。被告は全く動きません」

「さくらが起きた。ノーブラ? カーテンを閉めるのもやむなしですね」


 ふえっ? 僕が目覚めたときには、さくらはブラジャーを着けてたのに。

その前、倒れてたときにはノーブラだったってこと? それって……。


「そうね……バカ鉄にもさくらにも、何の落ち度もないわね……」


 みずほの元気がない。




 判決が言い渡された。


「被告は無罪!」「被告は無罪!」「被告は無罪!」


 判決文にはただし書きがある。

『今後はさくらも『鉄矢P』と役職込みで呼ぶように!』とのことだ。

『バカ鉄』が禁止にならないのが不思議だけど、一応は呼び名が揃う。


 どうやら僕は、無罪を勝ち取ったようだ。


「ごめんなさい。私が早とちりだったわ」

「いいんだよ、終わったことだし。今後、不可抗力には僕も気をつけるよ!」


「鉄矢P、懐が広い!」「鉄矢P、懐が広い!」「鉄矢P、懐が広い!」


 こうして、新人アイドルユニット『愛されてるよ』の現場に平和が戻った。




 保留にしていたイメージカラーを発表する。


「のぞみは緑! ひかりは黄! こだまは青!」

「はいっ!」「はいっ!」「はいっ!」


 3人とも上機嫌。意中の色が当たったのかな。だったらうれしい。

3人のひそひそ声が聞こえてくる。


「問題は赤です。ユニットの顔であるリーダーになることは、正妻への登竜門」

「この正妻戦争、ウチはさくらがリードしていると分析しているわ」

「甘いですよ! さくらは遊んでるようで遊ばれてるタイプですわ」


 聞こえてますけどーっ!




 ちょっと言い難いが……夜の高級ブティック街で決めた!


「赤は、みずほにお願いしようと思うんだけど、どうかな?」

「えっ、アタ……私? 私がリーダー! いいのかしらっ?」


 いつになくモジモジしているみずほ。


「僕としては年長者でもあるみずほが適任と思うけど、いや?」

「ううん。私、リーダーとしてみんなをまとめられるように頑張る!」


 と、いうわけで。


「さくらには橙をお願いするよ!」

「うん。頑張る!」




 みんなには食レポの練習をしてもらうことになった。

お土産に買ったうさちゃん堂のどら焼きがこんなところで役に立つとは。

残念ながら、僕にはやることがある。だから、現場は田中さんにお任せした。


 やることが、本当にいっぱいある。


 まず、チケットの再手配。

全日程を通して1人分はあるけど、5人分を買い足さないといけない。

自由席では心許ないので、なるべく上等の席を予約することにした。

撮影旅行特有の、充電問題の解決がその狙い。


 そして、旅程表の仕上げだ。どこでレポートを入れ、どこで休むか。

慣れない5人には身体を動かす時間も指示してあげたほうがいい。

細かな行動予定を一目で分かるように組むことにした。


 1人旅にはない作業だから、ちょっと時間がかかりそう。

みんなが食レポを終えるまでに、何とか明日の分だけは仕上げたい。




 撮影許可申請も忘れてはいけない。

交通施設は、収益を伴う映像撮影を無条件に許可していない。

他の人の顔を映さないことなどを記したガイドラインのほか、

事前申請が必要な施設も多い。


 たとえば、羽田空港の場合は、ターミナルでの収益を伴う映像撮影には

3営業日前までの申請が必要。これまでに僕は9回ほど申請している。


 僕1人のことは申請済み。だけど、急遽6人になったことはもちろんまだ。

だから、直接電話をした。


「黒鉄さん、急にどうしました?」


 窓口の太田さんだ。以前、1度だけお会いしたことがある。

年明けに、挨拶がてらうさちゃん堂のどら焼きを持っていったのだ。


「それが、実は……」


 事情を説明すると、太田さんはうれしそう。


「山手プロって、あのレジェンドの? 黒鉄さん、すごい!

 是非、6人でいらしてください。私も立ち合っちゃおーかなーっ!」


 一発OKだった。幸先がいい!

うさちゃん堂が効いたのか、太田さんがレジェンド神推しなのかは謎だけど。


「無理はなさらないでくださいね……」


 このあとも、いくつかの施設に追加申請したが、

どこからも断られることなく、順調に進んだ。


 そんな折、着信音が鳴る。社長からだ。

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