山手プロ裁判所!

 身体をキレイに拭ききった直後。緩やかにカーテンが開く。

4分の1? いや、8分の1ほど開いたカーテンから、さくらが顔だけを出す。

どんな下着を着ているか、全く見えない。それより……。

目がとろんとしている。少し熱っぽいのか、紅潮している。


「さっ、さくら……」

「鉄矢ぁ……緊急……事……態…………。もう……ね……」


 すでに目が閉じられている。大変、眠いんだーっ。

こんなときに、こんなところで、眠り姫に戻るなんて!

身体のバランスを崩したら、転倒しかねない。危ない! 緊急事態だ!


 咄嗟に、本当に咄嗟にカーテンの中に押し入った。何かを踏んでしまう。

2人してバランスを崩してしまう。2人して転んでしまう。

兎に角、さくらの頭だけは守ろうと、必死に身体を動かす。

両手でさくらの後頭部をガードする。


 身体を捻る。地に着いたとき、せめて僕が下になるように、祈りながら捻る。

足にカーテンが絡まる。勢いでカーテンがズレた気がする。どうでもいいけど。


 着地。何とか、僕が下になる。頭を打つが、最悪の事態は免れたのを知る。


 さくら! さくらは? 僕の上にいるのは分かる。どんな様子?

耳をすます。スースーという空気が抜ける音を聞く。健やかな音色。

生きてる! 息をしている! 寝息のようだ。さすがは眠り姫!


 あぁーっ、よかったぁ。僕は何とか、さくらを守ることができた。

天を仰ぐ。衣紋掛けにブラジャーがかかっているのが見える。

かわいくてさわやかなシトラスオレンジのブラジャーが1つ、2つ、3つ。

まだ身体が乾き切ってないのか、拭きもれがあるのか、べたーっとす。

不快からの脱出は早々に諦める。さくらに負担をかけたくないから。


 よく分からない状況ではあるが、不可抗力のキスみたいにはなってない。

ほほとほほが触れているだ。マンガみたいにはいかない現実に、苦笑いする。

ちょっと疲れた。僕も少し眠ろう……。




 さくらの声を聞く。「鉄矢ぁ、鉄矢ぁ……」と、小声で僕を呼んでいる。

目を開ける。さくらがいる。元気そう。だけどちょっと不安そう。


「さくら、大丈夫? 怪我はない?」

「そんなぁ、自分の心配してよ。鉄矢ぁ……」


「大丈夫。僕は大丈夫だよ」

「よかったーっ! 赤坂も大丈夫。心配してただけ!」


 さくらが言いながら甘えてくる。なされるがままにする。

ほほを寄せるときだけ、合わせるように動く。


 ところで、僕の胸はかなり特殊な刺激にさらされている。

それが何か、確認するのがちょっと怖いけど、確認しないわけにもいかない。

ちらりと胸元に視線を移す。くっきりとした谷間のドアップに、ドキッとする。


 そーっと手をさくらの背中にまわす。ドキドキしながら、そーっとそーっと。

右手が先に布製品を捉える。何だぁ、着けてるんだ。ブラジャー……。

これも現実と受け止める。充分なハプニングだから、これ以上は望むまい。

ただ同時に、布1枚ならやわらかさの伝わる現実の優しさを知ることができた。




 2人で起き上がる。鏡に映ったカーテンが完全に閉じているのが見える。

よかった。どうやら、脚が絡んだときにそうなったんだろう。

もし反対に全開になっていたら、密室の中の出来事は、カメラに収まっていた。

そんなの、みずほに見られたら、何て言われるか、考えるだけで恐ろしい。


 衣紋掛けには、見慣れたシトラスオレンジのブラジャーがかかっている。

その数は1つ・2つ……。あれ? 数が合わない。


「鉄矢ぁ、どう、これ? 折角だから、感想聞かせてーっ!」


 その瞬間、言葉を失った。さくらの今の姿を、どう形容しても安っぽい。

だったら……無言で抱きしめた。褒める代わりに。


「どーしたのぉ。鉄矢ぁ。なんか、言って……」

「…………」


 僕は、何か大事な教えを忘れ、無言でさくらをギュッと強く抱きしめた。


「……意味、分かんないよぉー……」


 言葉とは裏腹に、さくらは何の抵抗もしなかった。

抱きしめているのは間違いなく僕の方なのに、

僕はもっと大きな何かに抱かれているような気持ちになった。

さくらの身に何もなくって、本当によかった。




 1分ほど過ぎただろうか。さくらが言う。


「……だーめ。これ以上はぁ、怒られちゃう……急がないと……」

「いや! 怒られるのなんて、どうだって……」


 そこまで言った瞬間。隣の部屋のカーテンが豪快に開く音が聞こえた。

シャーッという轟音に、僕の脳みそは一気に現実に戻される。

脱出、しそびれた。チャンスは充分にあったのに。


 結果、みずほにめっちゃ怒られた。僕はどこで道を誤った?

みずほの下着姿を褒めたのがいけない? さくらを抱きしめたのがいけない? 

じゃあ、逃げるのが正解だったのか。それも違う気がする。

社長の計らいあたりから、詰んでいた気がする。




 裁判になった。山手プロ裁判所だ。原告、みずほ。被告、僕。

被告弁護人、さくら。裁判官、のぞみとひかりとこだまの3人。

もっとも、僕とさくらに発言権はなかったけれど。

証人の代わりに、ビデオに映った動画を観た。

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