クエスト

 社長の計らいも、蓋を開ければ1品目以外は僕の自腹。

それなのに、これまでに僕は誰からも感謝されていない。

手持ちのお金は腐るほどあるからいいけど……。


 単純に、1つの企画として見たとき、黒字化の目処が立たない。

観光系は、旅費や宿泊費の負担が大きい!

新人アイドルの動画の収益で回収するのはかなり難しい。




「社長の計らいは以上! そして、今回は何と!

 プロデューサーからの直々のプレデントもあるよーっ!」


 いやいや、今までのだって、結果、僕払いなんですけど! 聞いてないし!


 ひとり、頭の中でそろばんを弾く。これ以上の出費は命取り。

今回は投資と考えて、今後の活動を通しての黒字化を目指すしかない。

それに元々、今までの動画の収益の一部をのぞみたちに還元しようと思ってた。

対象が3人から5人に増えたと思えばいいだけ。


「鉄矢P、ありがとー」……「鉄矢P、ありがとー」「鉄矢ぁ、ありがとー」


 やや投げやりではあるが、お礼の回収はできた。今回はこれでよしとしよう!


「それはーっ! 何と! 動画撮影用のハンディカメラ一式ーっ!」


 田中さんが1番のハイテンションだった。


「あぁ……」

「そういうのですか……」

「結局、メカだよねー、男子って……」

「なんか、お礼言って損した気分ね……」

「みずほ先ぱーぃ、いいこと言うぅ……」


 辛辣! なにこれ? テンション低過ぎっ!




「じゃあ、いってらーっ!」


 と、いうわけで、僕たちはクエストに出た。ドッキリではないらしい。


 はじめに新橋の大型家電量販店。

夜の下着売り場とか、どうしても足が遠退く。

だから、サクッと買えるこっちから攻めることにしたんだ。


「ねぇ、まだですか?」

「鉄矢P、遅いですよ」

「早くしてください」

「一体、いつまで待たせるつもりよ!」

「はぁーあっ! なんか、眠くなってきちゃった」


 開始5分でこれか。もうレジは通したし、荷造りしてもらうだけなのに……。




 夜の下着売り場に向かう。ちょっと歩いて、ここは高級ブティック街。


 僕の足は重い。理由は2つ。

先にハンディカメラを買ってしまったこと。5台で重量は7キロを超える。

それに、この日のこの建物のエレベーターが故障していたこと。

12階の下着売り場まで、そうでなくても重い脚を引き摺って歩いた。


 対して、さくらの脚はすこぶる軽い。理由は2つ。

さくらにとって、これがはじめてのお買い物でだったこと。さすがは眠り姫!

それに、さくらはカメラ売り場でおまけをしてもらったんだ。

充電だ。1台分のみだけど、さくらには充分だった。

何だ、あの店員! さくらに鼻の下伸ばしやがって。

けど何にせよ、さくらがよろこんでるなら、それでいい。


 そんなこんなで、カメリハと称してさくらが撮影しながら移動。

僕たちは遂に、12階の下着売り場に到着した。

着いたときにはもう、僕は汗だくだった。


「いらっしゃいませーっ! 当店の試着室は、カップル仕様にございます!」


 なにそれ? 聞いたことない……。所以は、その立地と機能にあるらしい。

売り場からはあえて直接見えないところに設置してある。要らん気遣いだ!

そして、2人で入ってOKという無駄な広さ! 要らん機能だ!


 嫌な予感がするが……。


「いやっ、さすがに2人でインは、まずいでしょう!」


 と、先制攻撃。過剰な要求がないようにする。


「まっ、鉄矢Pがそういうなら、それでいいわよ」


 みずほが大人しく従ってくれる。他のみんなも同意。




 暑い。それにしても暑い!

歩いたせいもあるが、売り場の空調が調子悪いようだ。

飲み物を探す。物陰に発見。売り場にいるよりはましかな。そーっと移動する。


 途中、1度店員に呼び止められる。


「あーっ、お客様でしたかーっ。どうぞ、どうぞ。お通りください!」

「どっ、どうも」


 自販機があるのに、客じゃなきゃ移動させてもらえないんだろうか。

これが高級ブティック街の夜の現実? ちょっとだけ不機嫌な気持ちになる。




 物陰に人はない。ならばと上着を脱ぐ。Tシャツ1枚になる。でも、暑い。

早速、自販機。ドリンクを買う。カップに注がれるタイプ。

Lだ、Lサイズを飲もう! と、色の濃い、体に悪そうなやつを購入。


 落ち着くと、白いTシャツの一部が、赤く照らされている。

光を目でたどると、さくらが持っていたカメラを発見。


「あーこれって……やっぱり。録画中のサイン……」


 1口飲む前に、カメラに近付く。スイッチを切らないと。

途中、カーテンがシャーっと開く音がする。見ると、のぞみがそこにいる。

しっ、下着姿で! まっ、まずい!


「あっ、あれれーっ。鉄矢P……」


 慌てて反対を向く。まだカメラのスイッチは切れてない。


「ごっ、ごめん。ちょっと暑くって……」


 それで許されたら警察は要らない! どうしよう、どうしよう、どうしよう!


「そうでしたか。で、どうでしたか? 私の?」

「いっ、いいと思うよ、緑。愛したくなる!」


 余計なことを言ってしまう。でもこれは田中さんのアドバイスに従っただけ。

田中さんは「何か不可抗力があったら兎に角、褒めまくれ!」と言ってた。

その教えの通り、兎に角、褒めたに過ぎない。


「はいっ! ありがとうございます!」

「どっ、どういたしまして……」


 あれ? 田中さんのアドバイス、効くのかなぁ……。

背後のカーテンが閉じる音に、ほっと一息。束の間……。




 どういうわけか、見てるところのカーテンに限り開くのだ。

その度に、僕は180度身体を回転し、田中さんの教えを有効活用する。


「うん。ひかりの黄色、かわいいよ!」とか、

「こだまの青、とってもさわやかだね!」とかだ。


 そのあとは2人とも僕に礼を言ってカーテンを閉める。

これってすごいことじゃないのか! 田中さーん、ナーィス!

今の僕、はっきり言って、無敵モードだ!




 その直後。4つ目のカーテン。顔を出したのは、みずほ。


「やっ、やぁ。みずほ。赤いの、いいね!」


 うしろを向くことなく、動じずに言った。

当然と言えば当然、みずほの怒りを買った。


「なっなっなっ、何がよーっ……」


 みずほは言うなり、僕のドリンクを召し上げた。

そして、投げつけてきた。命中! おみごとだ。


「……このど変態スケベ。バカ鉄のバカがーっ!」


 ピシャリとカーテンが閉まったときには、僕はびしょ濡れだった。


 濡れるのはいいけど、ベタベタするのは嫌い。

僕は応急処置をした。すなわち、Tシャツを脱いだ。

そして、脱いだTシャツで裸の上半身を拭いた。

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