ドッキリドキドキ!

 どっちにしても、もう田中さんの助けは借りられない。

『田中さーん!』って僕が言うことは、もうないだろう。

最後に1回、言っておきたかった。


 下を向いたまま別室のドアを開く。恐る恐る、目から順に顔を上げる。

みんなの顔は……笑顔だった。


「鉄矢P!」「鉄矢P!」「鉄矢P!」「鉄矢P!」「鉄矢ぁ!」


 1人だけおかしいけど。

5人はお揃いのドクターイエローカラーのヘルメットを被っている。

それから、何故かさくらがピコピコハンマーを持っている。

そして、みずほは看板。書かれているのは……。


「ドッ……ドッキリって……」


 全身の力が抜けていく。立っているのもやっとだ。


「鉄! よく決心してくれた。辞めないと分かったとき、俺はうれしかったぜ。

 辞めさせてやれなかったのは悪いが、俺はこれでいいと思ってるよ。

 鉄はこの仕事、向いてるだろうしなっ!」


 言われて振り返ると、田中さんもヘルメット。同じ色。


「たっ、田中さーん!」


 言いながら、ヘタレこむ。もう立てない。漏らしそうになる。


「鉄矢ぁーっ。はぁーいっ!」


 さくらが言いながら前屈みになる。谷間がちらりと見える。

堪らない背徳感に襲われる。ピコピコハンマーを受け取る。

早く受け取らないと、良心が痛むから。


 さくらが立ち上がったのを確認する。

僕が立ち上がるのは、もう少し落ち着いてからにする。


「一体、どっからどこまでがドッキリなんですか?」

「さぁな。そんなの社長に聞いてくれ!

 何にせよ、なんかあったら相談しろよ」


「田中さーん!」


 本当に、優しい人だ。侮れないのは社長だけ。底が知れない!




「ドッキリ、大成功!」と、さけばされたあと、衝撃の結論が語られる。


 のぞみ、ひかり、こだまの3人が元気に言う。


「あっ、でも、【育成企画】は本当みたいですよ。

 『47都道府県を最速で巡る旅にデビュー前のアイドルと行ったら◯◯だった』っていうやつですよね」

「どんな結論になるのか、ウチ、楽しみーっ」

「旅のこととか、いろいろ教えてくださいね、鉄矢P!」


 他の3人も含めて、結論は伏せられているみたいだ。

至上命令が下ったのは、僕だけのようだ。気が重い……。


 でもそうだ。

いつだって旅の結末は誰も知らないんだ! 何だか、やる気になった。


 結局、僕らは社長にもてあそばれている。

文句を言ったところで、どうにもならないだろうな。

なんといっても、社長は興奮すると人のはなしを最後まで聞かないどころか、

いつだって最初から人のはなしを聞いてない人、なんだから。


「兎に角、みんな『愛されてるよ』の初仕事だ! 頑張ろうね!」

「はいっ、鉄矢P」…………「はいっ、鉄矢P」「はいっ、鉄矢ぁ!」


 こうして、僕は誰にも言えない秘密を抱えて、もう直ぐ旅に出る。




 社長の計らいという言葉も、怪しむのは僕だけ。

みんなはむしろ、無邪気によろこんでいる。

1番テンション高いのは、田中さん。


「1つ目はコレだ!」


 と、持ってきたのは、純白のショートパンツとミニスカート。

いかにもアイドルっぽい品だ。


 次いで長袖・半袖のTシャツ各1枚とダウンコート。

山手プロの公式応援グッズ。赤・青・黄・緑・橙の5色。

ここまでがワンセット。実はコレ、研究生ユニット用の伝統衣装。


 沸いたのは、品物に対してというより、色決め。

僕が決定することになった。


「じゃあ、あとで発表します!」


 時間稼ぎだ。




 2つ目からは、かなりのテンションだ。


「何と、浴衣! 着付け不要のやつーっ!」

「えっ、ウソーッ!」

「本当ーっ!」

「うれしーっ!」

「フフンッ、社長も太っ腹ね!」

「あぁ……そっちぃ……」


 さくらだけは意気消沈している。浴衣に自信がないんだろうか。

着ているところを見せてくれたら『かわいい!』って言ってあげよう。

みんな、発表した田中さんに感謝の目を向ける。


「ありがとうございます!」…………「ありがとうございます!」

「ま、プロデューサーのポケットマネーだけどな!」


 そっ、そんなーっ。けど、みんなのよろこぶ顔を見たら、イヤとは言えない。

誰も、僕の方を見てくれないことは、ちょっと納得がいかないけれど。




「そしてー、3つ目はなんと…………コレだーっ! よりどり2点までーっ!」

「キャーッ!」

「ウソッ!」

「しんじらんないーっ!」

「まぁ、社長の考えそうなことね!」

「赤坂のサイズ、あるかなぁ……」


 相変わらず浮かない顔のさくらが気になる。

けど『似合ってるよ!』とか言ってあげられるだろうか。

浴衣とはハードルの高さが違う。さくらが相手の場合、直視できないまである。

それにコレ……ハニーなトラップの香りがプンプンする。

でもアイドルものの企画にはつきものだよなぁ、水着って……。


「しんぱーい、ナイさーっ! 社長は全員の体型も好みも把握しているからね」

「それだったら、赤坂もうれしぃーっ! 田中さーん、ありがとー!」


 他のみんなも、口々に田中さんに礼を言う。

礼儀正しいことはいいことだと思うけど……これもどうせ。


「当然、プロデューサーのポケットマネーだよーっ!」


 でしょうね。

そのあと誰も僕には構ってくれない。




「4つ目は、買い物クエスト!

 当日着用分も含めて、3着の下着、上下セットーッ! スコート込み……」


 って、おかしいでしょう!

さすがに撮影できない。仮にカメラに収めたとしても、世に出せない。

それなのに、どうせ……。


「……当然、プロデューサーの自腹だよーっ!」


 でしょうね。

でも今度は、先に僕持ちだって伝えてくれた。

まぁ、それなりには感謝されるんだろうな。


「ありがとう、田中さん!」……「ありがとう、田中さん!」


 いやっ、そこはさすがにおかしーだろーっ!

僕の立場って、どうなってるんだろう……。

それともここまでがドッキリなんだろうか。

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