ほほを寄せただけなんです

 踊り切った赤坂さんをみんなして盛大な拍手で讃える。

最も大きく拍手していたのはリンリン。


「やっ、やるわね、赤坂さくら! 私が見込んだだけのことはあるわ」


 赤坂さんは僕に向かってゆっくり歩きながら、

リンリンには両手を肩の高さで振って応える。


「ありがとう、鈴木みずほ先ぱぁーい。上から目線でぇ、ありがとー。

 鈴木先輩も、すごかったですよ。パチパチパチパチ」


 赤坂さんが言いながら拍手する。

高橋さんたちも続けてリンリンに拍手。僕ももちろん!

リンリンが調子に乗る。調子に乗りついでに、僕の心配を言い当てそうだ。


「鈴木って呼ぶな! フフンッ。でも1つだけ抜かったわね、赤坂さくら!」


 ビシッと赤坂さんを指差す!


「はてぇー……」


 赤坂さんが右手人差し指を曲げて、こめかみに当てながら言う。


「……全っ然、わっかんないわぁーっ」


 赤坂さんが言い終わったころには、その顔が僕の真正面にあった。

左右の横髪は両耳を覆い隠している。全身が赤く光っている。すごい汗だ!

赤坂さんは両手でスカート裾を少し低くして、そのまま両手で僕の右手を奪う。

赤坂さんがにっこりと笑ってくれたので僕が微笑み返しをすると、

それを合図に僕の右手は赤坂さんの左手とガッツリ恋人繋ぎになる。


 赤坂さんが小声で言う。


「今度は6分、眠りますねーっ。リンリン先輩のダメージ、相当だと思うんで。

 それから……7まわり目は、プロデューサーへのサービスですから。

 個人のアーカイブに保存してくださいね!」

「はひっ!」


 2人、ソファーを目指す。




 ソファーに着く前にリンリンが指摘すると思ったら、石見さんの横槍。


「あっ、私、リンリンさんの言いたいこと、分かります。

 7まわり目ですよね。少々、言い難いことではあるんですけど……」


 石見さん、顔が真っ赤だ。それ、正解だろう。言い難いの、よく分かる。

6まわり目はよかったんだけど、7まわり目はやっぱダメだよなぁ……。

動画のチェックをする前に指摘するなんて、石見さん、たいしたものだ!


 石見さんよりもっと顔が赤いのが、リンリン。


「何よ、石見こだま! 大玉ぶら下げてるくせに!

 言いかけたんだから、最後まで言いなさいよ!」

「ですが、言い難いことですし、ここは年長者のリンリンさんが……」


「いいから、アンタが言いなさいって!」

「いやっ、でも……あっ、これってパワハラですよねぇ!」


「何言ってんのよ! アイツなんかめっちゃセクハラしてんじゃないの!」

「あれは、全員の合意の上でのことですから……あっ、今度はモラハラ?」


「ちっがうわよ。アタシはニヤニヤしてたのがセクハラだって言ったのよ!」

「結果、モラハラですよね」


「…………」

「…………」


 はなしがどんどん、ややこしくなる。

アイドルの現場が賑やかなのはいいことだけど、ちょっと度が過ぎる。

あとで注意しといた方がいいだろうか。




 そうこうしているうちに、僕たちはソファーに到着。並んで腰掛ける。

赤坂さんの右手が横髪を耳にかけるのが見える。ちょっと色っぽい。

でも、忘れるな。赤坂さんはまだ中3! 守ってあげないといけない存在。

赤坂さんの右手は続けて、僕の左手を探し出す。そのまま恋人繋ぎをする。

あとは、僕がしっかり正面を向き、ほほを寄せ合い、6分耐えるだけ。


「それではー、おやすみなさーい」


 リンリンと石見さんの言い争いをよそに、赤坂さんが宣言。

合わせて僕がほほを右に寄せる。刺激を確認する。赤坂さんが眠り姫に戻る。

あとは6分間、僕が耐えれば赤坂さんが1時間活動できる計算だ。


 ほほへの刺激は、さっきより少しやわらかく、さっきより少し面積が小さい。

その分、右の二の腕への刺激は範囲を増している気がする。

それ以外に特に変わったことはない。僕はごく普通に任務を遂行している。

そう思っていた。




 いがみ合っていたリンリンと石見さんの動きがパタリと止まる。

2人してこっちを向く。他の2人の視線もこっちを向く。単純に恥ずかしい。

ほほを寄せ合っているところを見られるのには、簡単には慣れないと思う。


 見ている方も大変だろう。その証拠に、高橋さんたちは、

両手で口まわりを覆い隠している。かなりの驚嘆ぶりだ。


 顔をユデダコ級に赤く染めたリンリン。


「アンタ、一体、何やってんのよーっ!

 3分間もそうしているつもりなの? こっ、このバカ鉄!」


 読み違えたか。リンリンにはもう、ダメージは残っていないようだ。

僕を『バカ鉄』呼ばわりするのがそう考えた理由だ。

だけど、用心に越したことはない。


「リンリンが疲れているだろうから、ゆっくりしてもらおうと思って。

 僕だって恥ずかしいけど、今回は6分。

 眠るのは6分間にするって2人で決めたんだ」


 安心してゆっくり休んでほしかった。

でも、リンリンは何故か顔をさらに赤くする。そして赤坂さんを指差す。


「2人で決めたですって……この状態も……」


 そこで言い終わるから気になって横目に赤坂さんを見る。

右耳が見える。色白で小さい、かわいらしい右耳だ。


 あれ? でもどうして右耳が見えるんだ?

さっき横髪を耳にかけてた。それはいい。

かけていたのは右耳だから、今、僕が見てるのは右耳で間違いない。

右耳があの位置にあるってことは、赤坂さんの正面は、僕の右側面で……。


「どどど、どうなってんの? 今ぁ!」


 悲痛の叫びだ。


「そそそ、そんなこと、アタシに言わすんじゃないわよ。この、バカ鉄ーっ!

 キスしてるなんて、乙女に言えるわけないでしょうがーっ!」


「ききき、キスゥー……」


 僕は言ったきり、気絶してしまった。

そして、僕と同時に目覚めた眠り姫は、3時間も元気だった。

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