血へど吐いても

 リンリンこと鈴木みずほと僕との付き合いは長い。

僕たちの家は隣で、まだ幼稚園に入る前から一緒に遊んでいた。

そのときのリンリンはとても身体が弱かった。外遊びは苦手だった。


 幼稚園のころ、お遊戯会でダンスをした。

リンリンは下手くそで、よく間違えていた。


「黒鉄くんはダンスが上手な子が好きでしょう?」

「鈴木さんみたいな下手っぴー、嫌いでしょう?」

「あのねー、あのねー…………」


 嫌なことを思い出す。同じ組の3人の女子にそう言い寄られたんだ。

誰だったか、3人と仲良しのダンスの上手い子をゴリ推ししてきたんだ。




 幼稚園のころは下手くそだったリンリンが、

今ではここまで踊れるなんて思っていなかった。

すごいよ、充分にすごい。努力は人を変えるんだ。


 リンリンを見ると、ダンスを辞めるつもりはない様子。

だったら僕が、辞めさせるわけにはいかない!


「リンリン、続行できるよね!」


「……もちの……ろんよ!」

「ふぅーん。赤坂はちょっとキツイかな」


 顔をしかめて言うリンリン、酸素ボンベをギリギリまで手放さない。

涼しい顔の赤坂さん、汗ひとつかいていないように見える。対照的だ。

天才と努力家の争い。ひょっとすると努力家が上回るかもしれない。


 しかし、甘い期待は最悪の形で裏切られる。

4曲目の序盤、リンリンが転倒する。


「リッ、リンリン!」

「もう辞めましょうよ、プロデューサー!」

「ウチ、見てらんないよーっ」

「リンリンさんが壊れてしまいますよ」


 3人の言う通りなのか? リンリンはもう限界なのか?


「何言ってるの? ちょっと汗で滑っただけでしょう。

 バカ鉄、アタシが血へど吐いてもカメラ止めんじゃないわよ!」


 すごい根性だ。リンリンはまだいけるって思った。


「あたのぼうだよ! リンリン、君はそんなもんじゃないだろう。いけーっ!」

「調子に乗って、急かすんじゃないわよ!」


 リンリンは復帰した。声は出てないし、脚はふらふらだ。

それでもステージの華やぎだけは維持して、4まわり目の残りをやり切った。


「どうしたら、リンリンさんみたいに踊れるのかしら……」


 高橋さんが疑問に思うのも無理はない。

リンリンがどうしてそこまでしないといけないのか。

それは誰にも分からない。実は僕にも分からない。

それでもやり遂げるのがリンリンだ!


 それに、今のリンリンの最大の武器であるあざとさが、

どんなに声がかすれても、どんなに脚をふらふらさせても、

ステージの華やぎだけは全く衰えさせていない。


「兎に角、最後まで見守ろう」


 そう言うしかなかった。




 5まわり目の途中、ついにリンリンがぶっ倒れた。


「リンリン!」


 倒れる瞬間に少し外へよれたのが心配だ。足をくじいたかどうか……。

リンリンは大の字になり、深く呼吸する。たくさん吸って、思いっきり吐く。

足りないから、また次を吸って吐く。不足している酸素を補うのに精一杯だ。


 さすがにもう辞めさせた方がいいのかもしれない。

ギリギリまで見極めようと、ずっとリンリンを観察していた。

と、なぜかステージ全体が今まで以上に華やぐ気配を感じた。


「そんな! もう、辞めましょうっていうのに、どうして?」

「高橋さんの言う通り。赤坂さん、なんで中央に寄る必要があるの!」


 伊駒さんに言われてハッとしてステージの中央を見る。

まだキレッキレのダンスを披露している赤坂さんがいる。

ステージ全体が今まで以上に華やいでいるのは、これが原因。

1まわり目以上のパフォーマンスだ。


 石見さんが赤坂さん用のカメラを少し前にする。

角度をつけて、画面の中心に赤坂さんが映るようにする。

通常ならナイス判断だ。でも、今はそれじゃダメ。


「石見さん、そのカメラは正面にして。少し低くしてくれるとうれしい。

 それから、あっちのカメラを前にして角度をつけて!」

と、非情な命令を下した。

戸惑う石見さんに「早く!」というおまけ付きで。


「はは、はいっ!」


 渋々というか僕に気圧されてというか、石見さんがカメラを動かす。

本当に非情な命令だった。せめて、自分でカメラを動かすべきだった。

あっちのカメラは今までリンリンを映していたのに、

僕は2台のカメラを赤坂さんだけが映る角度にさせたんだ。


 画面にはもう、リンリンの姿は絶対に映らない。

たとえ、今の立ち位置で復帰したとしても、だ。

血へど吐いてもカメラを止めんなって言われたのに……。




 5まわり目が終わると、さすがのリンリンもステージから降りた。

邪魔にならないところに移動。酸素をたっぷり吸い、水をたらふく飲む。


 僕が「お疲れ」と声をかけると、

リンリンは元気よく「うっさいわね!」と返してきた。


 相当なダメージが残ってるんだろう。ゆっくり休んでもらいたい。




 そこから、赤坂さんの華やかなワンマンステージがはじまる。


 まず、6まわり目。2台のカメラを上手に使う。

あとで動画をチェックするのが楽しみだ。


 そしてラスト、7まわり目。

赤坂さんの歌声もダンスも、今までで1番になる。

これだけ動いて、まだ動けるなんて信じ難い。けど、それが事実。

3分でここまでのパフォーマンスを引き出せるなら、

ほほを寄せ合い両手恋人繋ぎも、やった甲斐がある。


 だけど……まずいかもしれない。ちょっと心配だ。

その理由は……僕に代わってきっと誰かが指摘してくれるだろう。 

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