実験はバトルとともに

 実験は、リンリンの罵りと共にはじまった。


「これが限界なんだからね、バカ鉄!」


 言われた通り、しかたなく赤坂さんの横に腰掛ける。

頬を寄せ合い、両手恋人繋ぎ。


 刺激が強い、強過ぎる!

ほっぺのやわらかさに、この身が沈んでしまいそうだ。

両手恋人繋ぎというのも半端ない! 自分の手汗がすごいのが分かる。

この3分で神経伝達物質の一生分を放出・受容するかも知れない。

呼吸を裏にすれば、本当に同じ空気が吸えてしまいそうだ。

ずっと鼓動がドキドキしっぱなしだ!


 おまけもある。


 胸が少し当たっている。やわらかさをすごーく感じるが、これでおまけ扱い。

服を間に挟んでいるから、赤坂さんの活動時間を伸ばすのに寄与しないという。


 直接に触れ合う面積を増やせるだけ増やして、活動限界時間を引き延ばす。

計算によると、今ので30分ほどは保つのだというが……。

その前に僕がおかしなことにならないかの方が心配だ。


 兎に角、3分耐えることにする。

こんなところでオスの本能を曝け出すわけにはいかない!

実験の結果をなるべく冷静に待つしかないのだ。


 僕が色々なものと戦っている間に、リンリンたちは別の戦いの中にいた。

スマホとアンプとスピーカーを繋ぐだけの史上最も容易い戦いだ。

僕がやれば数秒で終わることを、2分経っても終わらない。


「手伝おっか?」

「フフンッ、いいのよ! はじめてにしては手際いいでしょう。

 アンタはアンタにしかできないことをしなさい。このバカ鉄!」


 と、無駄に怒られる。何だよ。僕だって力になりたいのに……。

はじめてなら、ちゃんと教えてあげるのに。




 リンリンの「入った! 痛いっ!」という聞き様によっては嬌声が響いた。

真相はプラグ挿し入れるのと同時に親指の腹を挟んでしまっただけ。


 そして、同時に僕の戦いも終わったのだ。

それを見越して、リンリンがスマホを操作する。前奏が流れる。


 曲名は『エピファニー』で、作詞・作曲はレジェンド。

山手プロのファン感謝祭ではオープニングを務める曲。

実際、山手プロの曲で歌なしでネットに転がってるのは、

この曲と『リーダー讃歌』くらいしかない。


 大合唱することを意識して作られている『リーダー讃歌』に対し、

『エピファニー』はダンスでその場を盛り上げることに重点がある。

この実験の趣旨からしたら、打ってつけの曲だ。


 つまり『激しいダンスに燃費は保つのか』だ。

4分12秒の曲を7まわしできるかどうか。仕掛け人は、リンリン!

でも『エピファニー』のダンスは激しい上に高難度。普通に考えてきつい。




 山手プロの事務所は、マンション2部屋を改装して作られている。

トイレもバスルームも、キッチンも2つある。

キッチンのうちの1つはそのままキッチンとして使っているが、

もう1つは配管を隠すように床板を少し高くしてある。

簡易の特訓用ステージになっている。


 赤坂さんははじめはその中央に立った。

リンリンが前奏中に赤坂さんの右に立つと、バランスをとり左にズレた。

1拍後に、山手プロきっての天才と努力家とのダンスバトルがはじまった。


 向かって右に立つ赤坂さん。リンリンは左。

それぞれの正面に来るように、2台のカメラを設置する。

曲の開始には間に合わなかったけど、2まわり目以降はフルで撮れそうだ。


『エピファニー』の序盤は全員で踊れるスローダンス。

難易度は1のお手軽ダンス。手抜きしようと思えばとことん手抜きできる。

けど2人がそんなことをするはずがない。むしろ大きく身体を動かしている。

『3倍速で3倍動け』というレジェンドの名言を忠実に守っているようだ。


 歌の部分がはじまると、難易度4のきついダンスが続く。

歌いながらここまでやるのかっていうくらいの激しさだ。

0.5倍速で踊るショート動画が流行った時期もある。

曲調は合いの手が打ち易いようになっている。

2人はもちろん全力で歌い、全力で踊った。


 中盤までくると、難易度は3に下がる。

それがかえってキツい! 有酸素運動と無酸素運動が交互になるから。


 そして終盤。ダンスの難易度は一期にMAXの5にまで上がる。

激しさもMAX、3連符を多用した歌のテンポも速い。

リンリンの汗が飛び散る。ライブならではの大迫力。

ここまで両者共にミスらしいミスなく進んでいる。


 キッチンという名のステージは、本番さながら。

並の地下アイドルのそれに比べたら、圧倒的に華やいでいる。

メジャーに行ってもおかしくはない。


 そして、1まわり目が終わった瞬間。


「さんそ!」


 言ったのは、汗ひとつかかずに決めのポーズをする赤坂さんだった。

対照的に、肩で大きく息をするリンリンに目配せしている。

僕は慌てて酸素ボンベを用意して、リンリンに渡す。


 「ありがとう」と、いつになく素直に言うリンリン。

いっぱいに酸素を吸って、2まわり目がはじまる。

両者譲らないまま、あっという間に2まわり目が終わる。


 間の数秒以外で2人に差が生まれたのは、3まわり目からだった。

リンリンが音を外した。リンリンのダンスが遅れはじめた。


「もう、充分ですよ」

「この曲、普通に1回でもしんどいですよね」

「目的はとっくに達していると思うんです」


 3人の言う通りだった。目的は、赤坂さんの燃費チェック。

3まわり目を終えても少しも呼吸を乱していない時点で、

激しいダンスを踊っても燃費は変わらないのは立証されている。

ダンスバトルをこれ以上続ける必要はない。でも……。


「まだだ! 今、辞めたらダメなんだ!」


 僕は、自分にも言い聞かせるつもりでそう言った。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る