眠り姫の計算式
新人アイドルたちは誰も、これまで相槌も反論もしなかった。
実に淡々と、しかも深々と、僕のはなしを黙って聞いてくれた。
握る力を強めたり弱めたりなんてこともなかった。静かだった。
僕が黙ったら、神様の通り道ができたみたいになった。
それが、一変した。赤坂さんが歌いはじめたからだった。
「5人の勇者 率いて立つ 君はボクらの リーダー様……」
その歌を、僕は知っている。ここにいる全員が知っている。
作詞・作曲はレジェンド。山手プロの代表歌で、ソウルソング。
年に2回の山手プロのファン感謝祭では、大トリを務める歌。
タイトルは『リーダー讃歌』で、合唱曲でもある。
この歌を歌いたくって大手のスカウトを断って、
山手プロと契約するアイドルがいるとかいないとか。
リーダー様は偉い、リーダー様なめんな、リーダー様のために血へど吐け、
そうすればリーダー様を愛する権利を与えよう、
それでもリーダー様に愛されるとは限らないけど……。
などという、かなり上から目線の歌詞が続く。
力強い曲ではあるが、赤坂さんの歌声は澄んでいて、優しかった。
どうして今、この曲? と思う前に、高橋さんが合わせはじめる。
続けて石見さん。戸惑いながらも伊駒さん。
リンリンだけは終始そっぽを向いてつまらなそう。
そして、数分が過ぎ、曲の終盤を迎えたころ……。
————テーブルがドンッと音を立てる。6杯のお茶が一斉に波立つ。
思わず、身を乗り出した。
「大丈夫よ。この子、眠ってるだけだから」
全く感情を表に出さずに、ただ僕の動揺を抑えんがためにリンリンが言った。
「眠ってるって……まぁ、納得だけど」
音を立てたのは赤坂さん。歌うのを急に辞め、そのままうつ伏せに倒れた。
僕の小指を握ったまま。
「眠り姫。活動限界は3分間よ。今は6分ちょっと。頑張ったじゃない。
やっぱり、こうして指を握ってるのがいいのかしら……複雑だわ」
高橋さんたちがきょとんとしているのは無理もない。
リンリンが、赤坂さんのことを説明してくれた。
「なるほど、それで眠り姫。幻想的ですね」
うっとりと酔いしれた顔で高橋さん。
うつ伏せになっている赤坂さんの寝顔は見えないけれど、
姫と呼ぶに相応しいものであることを全く疑わない。
「ずっと眠ってるんですね。ウチにはムリですよ、そんなこと」
伊駒さんが言いながら、僕がしたようにテーブルの下に潜り込もうとする。
直ぐ横の高橋さんが「辞めなさい、お行儀悪いですよ」と言って制する。
心の中、ごめんなさいと言う。
「でも、それってまずい、ですよね」
石見さんが気付いてしまった。高橋さんと伊駒さんが続く。
「3分程度で眠ってしまうんだったら、ライブに出られないですよね」
「赤坂さんのビジュアルや歌唱力が抜群でも、無理なものは無理かぁ」
全く、その通りだ。
ライブに出られないアイドルなんて、無用の長物、ウドの大木だ。
赤坂さんが世に出ることはないだろう。諦めムードのため息が4つ続く。
「けど、たとえば動画だったら何とかなるんじゃない。
ああいうのって、繋ぎ合わせて作るんだろうし」
リンリンが言うと、高橋さんと伊駒さんが順に明るくなる。
「だから、黒鉄さんなんですね!」
「そっか動画だ。動画なら赤坂さんのかっこいいところを繋いで作れる!」
冗談じゃない。甘いよ。甘過ぎる。
動画を繋ぎ合わせるにしても、1本30分の動画用の素材を集めるのに、
どれだけ時間がかかるか、知れたものじゃない。
「3分じゃムリじゃないかしら。次はいつ起きるかも分からないし」
石見さんはネガティブというか、冷静。僕も同意見だ。
「そうだね、10分。いや、最低でも15分はほしいかな」
それでもギリギリの線だ。高橋さんが「ダメかぁ」と言って天を仰ぐ。
「いやっ、何とかなるでしょ、何とか……何とか……」
伊駒さんの空元気。根拠を示せるはずはない。
大きなため息のあと、リンリン。
「はーっ。やっぱダメか。指を握る程度じゃ……」
また、諦めムードに逆戻り。静寂が訪れる。
「そんなの、最初から言ってたじゃないですかぁ。
指を握る程度じゃ、こんなものですって。
キスとかじゃないと、長時間はムリです。
あっ、でも今は眠っている間に握ってたから、結構行けるかも!」
と、眠り姫。リンリンがすかさず時計を見る。
「ホント、正確よね。3分眠って、起きるが標準ってわけね」
「そうそう。だから赤坂、徒歩1分の学校には1人で行けるの。保健室だけど」
それでいつも制服なんだ。
まるで白鳥のような白いセーラー服。どこの学校だろうか。
「で、今回はどれくらい保つのかしら?」
「んー、分からないけど10分くらい?
恋人繋ぎだったらー、20分はいけるよーっ。
お風呂の前とかにー、ママがしてくれるの」
当たり前のことなのに、ちょっと意外に感じた。
赤坂さんの家族のことなんて、考えてもみなかった。
3分毎に眠ったり起きたりを繰り返す、おかしな体質と
ご家族はどうやって向き合っているんだろう。
「手を繋ぐ相手は、誰でもいいんですか? 私でも?」
「んー、効果は薄いかな。赤坂、選り好みが激しいから!」
僕は好かれてるんだと信じたい。
そのあと、みんなから赤坂さんへの質問が続いた。
赤坂さんは自分の知り得る限りの体質に関する情報を提供してくれた。
伊駒さんがメモをとっているが、何が書いてあるかは不明。
あとで見せてもらってがっかりしないよう、
なるべく自分の頭にも情報をインプットした。
そして、眠り姫が次に眠りに入るのと同時に、
ある壮大な実験が行われることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます