田中さーん、カームバーック!

 初耳だ。僕がアイツのプロデューサー? 聞いてないし。

そもそもアイツは今日が僕のラスト勤務だってこと、知ってるはず。

どこをどう間違えれば、そうなるというんだ? 謎だ。謎過ぎる!


 3人がアイツの言葉を信じ、笑顔になる。

演者を笑顔にさせるなんて、僕よりアイツの方が運営向きだ。


「やっぱり、黒鉄さんがプロデューサーだったんですね!」

「迫真の演技、勉強になります!」

「ドッキリですか? カメラ、どこですか?」


 違います。プロデューサーじゃありません。

演技じゃないですし、ましてドッキリでもありません。

僕は本当に、今日でバイトを辞める身ですから。


「違いますよ。リンリンも知ってるでしょ、僕は今日がラスト勤務だって!」

「あんっ? バイト辞めて、社員さんになるんでしょ?」


 どうしてそうなった! まだ僕たち、高校生だよね! 厄介なのは3人。


「おぉ、すごい! 社員さんになるんだ」

「道理で輝いてると思ったわ!」

「それはshineさんですよ、伊駒さん!」


 どうして信じる! アイツの言うことなんか、信じちゃダメーッ!


「でもまぁ、最終的な決定権はバカ鉄にあるんだけどね」

「どういうことですか?」「どういうことですか?」「どういうことですか?」


 僕が知りたい。最終的な決定ならとっくに下している。

僕は配信者になるって決めたんだ。バイトは今日でおしまい。


「要は、バカ鉄がアタシたちやアンタらを気にいるかどうかってことよ」


 私たちやアンタら? どこで分けた?


「なるほど。黒鉄さんが私たちのこと好きかどうかで決まる!」

「でも察するに、ウチらあまり好かれてないわね……」

「勝手に運命を感じてた私たちの勘違いかなぁ」


 いーえ、違います。はっきり言って、僕は3人のことが大好き。

駆け出し配信者だったあの日、再生回数が200にも及ばない動画を観て、

君たちは出演をOKしてくれたんだ。

今になって思えば、自分の好きだけを押し付けた動画だった。

それは今でも変わってないかもしれないけれど。


「そうね。アンタらたちがどう思われてるかなんて知れてるわ。

 アタシは、そこそこ好かれてけど。アドバイスとか、もらってるし!」


 アンタらたち? 複数形の複数形?


 えーっ、アドバイスなんていつしましたっけ?

アイドルさんにアドバイスとか、

山手プロ唯一のプロデューサー兼雑用の田中さんの仕事。


「どんなアドバイスだったんですか?」

「聞きたい、聞きたーい。ウチらも聞きたい」

「人のふり見て我がふり直せ、ですわ」


 僕も聞きたい。単なる好奇心だ!

でも、石見さんは向上心からきてるんだろうな。

他の2人もそうだろう。益々、3人を尊敬する。


 アイツが腕組みをする。ふんっと、鼻を鳴らす。


「教えてあげるわ。あれは2ヶ月前のこと……」


3人が一斉にうなずき、聞き耳を立てる。

伊駒さんはポッケからメモ帳を取り出す。

勉強家だなぁーっと感心する。


「……バカ鉄がさ、動画見せてくれたわけ……」


 そんなこと、たしかにあったけど、よく覚えてるなぁ。

うんうんとうなずく3人。アイツはやや恥ずかしげ。


「……その動画ってのが新幹線の連結シーンでさ。

 アタシがさ、握手会に全然、人が来なくてさ、落ち込んでたときで。

 それが『握手会では鼻を突き合わすくらい近付け』って意味だったのよ……」


 アイツ、半ベソをかいている。鉛筆を持つ伊駒さんの手が震えている。

あれは単純にかっこいい動画が撮れて、興奮してただけ。

そんな意味を込めた覚えはないんだけど、まぁいっか。


「……それで、次の握手会から頑張ったのよ。

 ちなみに赤外線っていうの? 最新車両は出してるんだって!

 そんなつもりで臨んだら、握手してくれる人が10倍に増えたのよ……」


 赤外線のことを熱く語ったのは事実。10倍って、すごい成果だ!

伊駒さんが『握手会ではビームを出せ』と、間違った解釈をさらに捻じ曲げる。


「……そりゃぁ、一部にはあざといって批判的な人がいるのも事実。けどね、

 大事なのは時間とお金を費やしてくれる人によろこんでもらうことなのよ。

 バカ鉄はアタシにそれを教えてくれたんだ」


 泣けてきた。

知らず知らずのうちにアイツをあざとくしたのは、僕だったという事実に。

ごめんなさい、リンリン! まさか、鉄道蘊蓄が仇になるとは!


「すっ、すごいです! 完璧なアドバイスです! 初日から勉強になりました」

「ウチ、黒鉄さんのリンリンさんへの愛を感じてしまいました、ううぅ……」

「それに比べて私たちなんて、まだまだですね」


 違いますって! 僕はリンリンのことをそこまで好きじゃないし。

3人のことは尊敬さえしてますのんに。どうしてこうなったーっ!




 さっきから気になることがある。リンリンの発言。

『アタシたちとアンタら』とか、『アンタらたち』とか。

まるで、もう1人いるみたいだ。


 その人はリンリンに近しい人。既存所属アイドルの誰か。

そうなると、思い当たるのはあの子しかいないけど……。

あり得ない。あり得ないだろう!




 タイミングよく、ガチャリとドアが開く。入ってきたのは……田中さーん。

物販の準備が終わったようだ。ほっとするのも束の間。


「おい、鉄。ユニット名決めは終わったのか?」

「はいっ?」


 田中さーん、どういう意味ですか?


「アイドルが5人揃ったんだ。新ユニットを結成するのが通例だろう。

 ユニット名を決めるのは鉄、お前の最初の仕事だ」


 山手プロのユニットは、基本形が5人組。

脱退やら卒業やらで4人、3人になったユニットはある。


 でも、ここにいるアイドルは4人だけ。新ユニットのはなしも聞いてない。


「えーっと……5人揃ったって……どういうこと……ですか?

 ユニット名を決めるのって、プロデューサーの仕事じゃないですか!」


 田中さんは何も答えずに、またどこかへと消えてしまった。カームバーック!

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