アイツ、登場!

 社長の資料によると……3人はスカウトではなく応募組。

自分の意思でこの業界に足を踏み入れてきた。

最初の面接ではアイドルに対する並々ならぬ思いを感じた。

努力家で、面接を重ねる度に成長を感じた……と、ある。


 努力家のアイドルなんて、そんなにたくさんいない。

アイツを筆頭に、ほとんどが目立ちたいだけの愛すべきクズだ。

けど3人が努力家ってのは納得できる。


 思えば社長の人を見る目はたしかだった。

今まで、利益は薄いけど赤字になった案件は1つもない。




「顔を上げてください。私にとっても動画出演は誇りなんですから」

「そうです。ウチの最初の作品が黒鉄さんのものでよかったって思います」

「私なんか、あれからずーっとバックショットの研究してるんですから」


 僕にとっての勝利の女神様は、癒しの女神様、でもあるようだ。

ゲスいところが全くない。はっきり言って、クズとは違う。


「あっ、それ、私も!」

「ウチも! やってみようか?」

「私はね、こうやるとちょっとだけ胸が見えて……」


「石見さんズルいですよ。私なんかそうはならないもの」

「あっでも、高橋さんもちゃんと脚の長いのが強調できてるって!」

「1番ズルいのは石見さんでしょう。何? この小顔ーっ!」


 楽しそうだ! ずっと見ていたいし、聞いていたい。幸せだーっ!


 3人は純粋に成功を夢見ている。それも自分の力で! 

そこが成り行き任せの僕や愛すべきクズとは決定的に違う。

憧れるし、尊敬する。危うさもあるが絶対に成功してもらいたい。


 だけど僕に何ができる? 交通系の動画しか撮ったことない。

アイドルのプロデューサー? バイトの僕にできるはずがない。

デビュー後にCDを買い支えることくらいしかできそうにない。


 だから、正直に言った。


「……敏腕じゃないです。プロデューサーでもない」


 本当のことだ。

3人が傷ついたとしても、嘘をついて傷つける方がよっぽど罪深い。


「僕、ただのバイトだし、今日で辞めるし。まだ高2だし……

 本当にごめんなさい。あのときは本当にありがとう」


 再会を望んでいたけど、こんな形とは思ってなかった。

もっと明るく笑って過ごしたかった。全部、僕の非力が原因。

お詫びとお礼しか言わない僕に、3人は優しい。


「まぁ、あの社長の言うことですし薄々は……」

「はなしがうま過ぎるとは、思ってました……」

「でもさすがにバイトだったのは意外……」


 あぁーっ、癒されるーっ。ぜっんぜん、怒ってない!

ただ単純に、自分がもどかしいし、悔しい。


「……本当にごめんなさい。力になれなくて……」


 もう1度言った。ちょっとスッキリした。

悔しさは残るけど、格好悪いけど、それでいいと思った。


 3人の成功を、心から願う。メディアにいっぱい露出して僕を癒して欲しい。

『3人の映像は最初に僕が公開したんだよー』って、誰かに自慢するのもいい。

そのときにまだお金に余裕があれば、本気でCDを買い支えるつもりだ。

いや、貧乏してたって買い支えてみせる。何だってする。


 だけどプロデューサーは……やっぱり、無理だぁーっ!


「私では、黒鉄さんのお眼鏡に敵わないんですね」


 そんなことない! 高橋さんの笑顔ははっきり言って好みだ。


「ウチ、勝手に運命感じてたんだけど、肝心の実力が足りなかった」


 そんなことない! 伊駒さんの力は充分。一発は重くてしびれる!


「やっぱりバックショットだけじゃ、お腹いっぱいにならないか」


 でしょうね! でも石見さんの食べっぷりは素敵で、華麗だ!


 3人ならきっと成功する。僕が関わらなくっても。

むしろ、僕が関わらない方が成功するだろう。


 吹っ切れた。もう、悔しさは微塵もない。

これが最後と思い、もう1度頭を下げる。


「本当に、ごめ……」


 と、そのとき。ガチャリとドアが開く。小声が聞こえる。




「おはようございまーす!」


 ウゲー、アイツだ。山手プロ所属の新人アイドル。ウクライナ人のクォータ。

僕と同い歳で幼馴染。まだどのユニットにも参加してない研究生ではあるが……

その名は鈴木みずほ、通称リンリン。あざとさとクズさでは業界ナンバーワン!


「あっれれーっ。運営が演者の顔を暗くしている。イイのっかなぁーっ!」


 言われてハッとなる。顔を上げる。


 アイツの顔を見る。いつものように金髪のツインテールをパタパタゆらす。

企んだような顔をしている。かわいいけど嫌な顔だ。ファンには見せられない。

そこは、本人が自覚しているから大丈夫だろうけど。


 次いで、3人の顔を見る。暗いというか、戸惑っている。

そりゃそうだ。何度も頭を下げられたら普通に戸惑う。


 それでも笑顔でいなければならないのは、ファンやカメラの前だけで充分。


「いやーっ、こりゃリンリンに1本取られたわーっ! あっははははっ」


 いつもの調子でアイツに対しておどけてみせる。


「何、ヘラヘラしてんのよ、このバカ鉄!

 今日からアタシのプロデューサーなんでしょう。シャキッとなさい!」


 えぇっ? えーーーーーーーーーーーーっ!

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